ごめん
「ん……」
ぼんやりと目を開けて、祥太はあたりを見渡した。
「あれ……?」
いつの間にか自分の部屋にいる。ベッドの上にいて、着替えはそのままだった。
「気持ち悪い……」
急に込み上げてきた吐き気に祥太はゆらりと起き上がった。
口を押さえて部屋を出る。壁に手をついてふらふらしながら歩いていたら、兄の部屋から話し声がした。
茂樹さんかな、とそっと覗くと、裕一と宏人が話をしている。
何を話しているのだろう。
祥太は気分が悪いと、兄に言おうと思った。
部屋に入ろうとしたら、突然、兄が声を荒げたのでびっくりして目が覚めた。
兄の気迫に驚いて思わず隠れてしまった。
「宏人、どうして彼女を連れて来たんだ」
兄は怒っていた。宏人は肩を落として、うな垂れている。
「だって……」
小さな声で聞こえなかったが、祥太はその場を動けなかった。
「だってじゃないだろ。お前、祥太がそんなに嫌いなのかっ」
自分の名前が飛び出してどきりとした。宏人は黙ったままでいる。
「黙っていたら分からないよ。お前、高校に入って何か変わったな」
兄は言葉を吐き出すと、宏人がムッとして顔を上げた。
「祥太のせいだよ」
「え?」
兄が眉をひそめた。祥太は心臓が止まりそうなほど驚いた。
「僕、中学の時、祥太に告白したんだ」
祥太は口を押さえた。思わず声を出しそうになってしゃがんだ。
「告白…していたのか……?」
兄が驚いたように声をかすれさせた。
「裕一兄ちゃんは僕が祥太の事好きだって気付いていたでしょう?」
「まあな……」
裕一が苦々しい顔をしている。祥太はますます驚いた。兄ちゃんは知っていたの?
「僕、祥太のそばにいたくて、好きだって言ったら……祥太に気持ち悪いって言われたんだ」
気持ち悪い。その言葉を聞いたとたん、祥太はあの日の事を思い出した。
気分が悪くなって吐きそうになり口を押さえた。
確かに自分はそう言った。でも、それは宏人の事が怖かったからだ。
あんな宏人を見たのは初めてだったから。
「そうだったのか……。だからってやり過ぎだぞ、お前」
「どうしても許せないんだ」
聞いた事もないくらい怖い声だった。
祥太は口を押さえたままがくがくと震えた。廊下にしゃがんだまま動けない。
「宏人……」
兄がなだめるような口調で言う。
「あの時の祥太の言葉が忘れられない。僕の事を気持ち悪いって……。だから、祥太がちゃんと謝るまで僕は絶対に許さない」
絶対に許さない。
兄がその後何か言ったようだったが、祥太は離れようと四つん這いになった。
そんなに嫌われていたなんて。知らなかった。
祥太は我慢ができなくなってトイレに駆け込んだ。
一気に喉に詰まったものを吐き出す。
「うう……っ」
喉がひりひりして、同時に涙が出た。
苦しい。こんなに憎まれていたなんて知らなかった。気がつこうともしなかった。
祥太は泣きながら便器のそばにうずくまった。
「ごめんっ。宏人っ、ごめん……」
涙が止まらなかった。
トイレから出て脱衣所で顔を洗うと、鏡に写る自分の目が真っ赤に腫れていた。
その顔を見て苦笑する。泣いていた事はばれないようにしなきゃ。
泣いてすっきりした祥太は、顔を数回叩いて脱衣所を出た。
「兄ちゃん……」
廊下に出て祥太を探していた裕一と宏人は、祥太の姿を見てハッとした。
「祥太。大丈夫か?」
兄が駆け寄ってきて額を撫でた。
祥太は頷きながら宏人の方を見ると、彼はさっと顔を逸らした。
祥太は胸がちくりとした。
「大丈夫か? 顔が赤いぞ」
「気持ち悪くてトイレで吐いた」
「えっ? 大丈夫か?」
「うん……。吐いたら気分が楽になった。ねえ、何で俺寝ていたんだ?」
祥太が不思議そうな顔をすると、裕一はほっとして祥太の頭を撫でた。
「覚えていないのか?」
呆れたように言って祥太の濡れた顔をこすった。顔を洗ったので髪の毛が濡れていた。
「覚えてない」
「かなり強いお酒を飲んだんだ。ごめんな、祥太」
「なあんだ。そっか」
祥太はそう言っておどけて笑った。