彼女
その後、宏人はあまりむちゃを言わなくなった。
彼女と楽しくやっているのか知らないが、言われた通り部屋には入って来ない。
そろそろ、解禁にしてやろうかと考えていた矢先、兄と茂樹がソフトドリンクを試飲して欲しいと言って来た。
もちろん、祥太にとって、願ったり叶ったりである。
宏人にも声をかけると、二つ返事で来ると言った。
久しぶりに宏人とまともな会話ができる上に、茂樹にも会える。
祥太は四人で会える日をとても楽しみにしていた。
早く日曜日にならないかなと心待ちにしていた当日、想定外の出来事に、裕一と祥太は言葉を失った。
「宏人、お前……」
最初に声を出したのは裕一だった。
玄関先にニコニコと笑って立っているのは、見た事もない少女だった。
宏人の彼女であると言うのは一目瞭然だった。
「こんにちはぁ」
語尾を延ばして二人の顔をじっくりと見てから、にたあっと満足げに笑った。
少女は下着が見えそうなデニムのミニスカートに、寒くないのだろうか、胸の谷間を強調させるキャミソールに薄いカーディガンを羽織っていた。
「お邪魔しまーす」
宏人の後について少女は上がった。
甘ったるい香水の匂いがする。
祥太は顔をしかめた。
何だよ、俺とこの女のどこが似ているんだよ。
茶髪のショートカットの少女は、ぱっちりと目が大きかった。
ピンクの口紅をべったりと塗り、ばさばさの付け睫に、大きな目にアイシャドーにアイラインを引いて、チークなど濃い化粧をしている。
祥太は少女をひとめ見て、宏人、趣味わりぃ、と小さくぼやいた。
素顔が似ているのかよく見ようと思ったが、見ているとうんざりしてきた。
目が合うたびに、少女がウインクするからである。
「瑞穂です。よろしくお願いします」
瑞穂は、いちいち宏人の横にぴったりと寄り添い挨拶をした。
宏人は困った顔をして、肩をすくめた。
「いいでしょ。裕一兄ちゃん。瑞穂がしつこいんだ」
「しつこくなんか言ってないわよ。宏人がかっこいいバーテンダーを紹介してくれるって言うから。すっごく楽しみにしていたの。あたし、お酒大好き」
そう言ってキャッキャッと猿みたいに笑っている。すると、
「どうしたの?」
と、リビングから茂樹が現れた。
「あーっ、この人すっごくかっこいい。この人がお酒飲ませてくれるの? やったあ」
茂樹を見るなり、瑞穂が黄色い声を上げる。祥太はムッとした。
「君は未成年だよね」
茂樹がやんわりとした口調で言った。
「そうだけど…別に構わないでしょっ」
未成年には飲ませてくれないのか? という顔でたちまち不機嫌な顔をした。
「そう言うわけにはいかないよ」
「えーっ。つまんない」
いちいちうるさい女だ。
今日は四人が集まるので父と母には出かけてもらって、リビングを占領していた。
テーブルには様々な用具とフルーツ、お酒が並んでいる。
瑞穂は図々しくソファに座ると部屋の中をキョロキョロした。
祥太は苛々しながら瑞穂を睨んだ。すると、目がばっちり合った。
「あなたが祥太ね」
「そうだけど……」
「かーわいいっ」
「なっ」
祥太はむっとして睨んだが、瑞穂は気付かず宏人の手を握ると、来てよかったあと歓声を上げた。
祥太は口を膨らませた。
今日はせっかく茂樹とステアの練習ができると思っていたのだ。
あれからすっかりカクテル作りにはまった祥太は、時々兄に教わって練習を続けていた。
今は、一番難しいとされるステアの練習をしている。
ステアはバースプーンで中心を押さえたまま回すだけだが、これが非常に難しい。
プロの茂樹の手元をじっくりと見つめるつもりだったのに、瑞穂が何かやらかすのでは、という気がした。
まさか、こんな邪魔が入るとは夢にも思っていなかった。
昨日は眠れないくらい緊張していたのに、この女のせいでめちゃくちゃだよ。
ぷんぷんと口を膨らませると、瑞穂がにこっと笑って近寄ってくる。
「ねえねえ」
気がつけば瑞穂が隣に立っていた。確かに身長は同じくらいだ。
「祥太って呼んでもいい?」
「勝手にしろよ」
「うんっ」
瑞穂は祥太の腕を取ると、癖なのか抱きついてぴとりと体を寄せてきた。
「おい、くっつくなよ。暑いだろ」
「かっこいいなあ、茂樹さん」
祥太の話も聞かないで、目線だけは茂樹を見ている。
「お前さ、宏人の彼女だろ?」
呆れていると、彼女は何でもないというようにけらけら笑った。
「そうだけど、別に見るだけならいいでしょ」
彼女の目はとろんとしている。
祥太はちらりと茂樹を見た。
裕一と顔を寄せて話しをしている。兄が何か言うと、茂樹は頷いてふわりとほほ笑んだ。
「いいなあ、何の話しているのかなあ。ちょっとからかってこようっと」
瑞穂はそう言うと、するっと祥太の体から離れた。
「ちょっと待てよっ」
「なあに? 構って欲しいの?」
瑞穂がニヤニヤしながら戻って来た。
「はあ? 何でそうなるんだよ」
「だって、男子校なんだよね。女の子珍しいでしょ」
「お前、バッカじゃねえの?」
バカにされたみたいで腹が立った。
「やだー、おかしい。顔真っ赤よ」
「ふ、ふざけんなよっ」
きゃははと瑞穂は豪快に笑うとシェーカーを振る茂樹の元へかけていった。