二人きり
一人残された祥太は、なぜか居たたまれなくてその場に立っていた。
すぐに茂樹が戻ってきた。二人きりになると部屋は静かになった。
「よかったね」
「え?」
「仲直りしたんでしょ?」
茂樹がカウンターを片付けながら言った。
「うん……」
頷いた時、からんとトップが外れて中身が零れた。
「あっ」
床に滴る液体に慌ててしゃがむと、
「いいから、気にしないで」
と茂樹が祥太の手を取った。
「ああ、皮が剥けちゃったね。痛いでしょ」
温かい手が手のひらをなぞる。祥太はぞくりとしながら首を振った。
「だ、大丈夫です」
「今日はもうやめておこう。あまり無理をすると腕が動かなくなってしまうから。ちょっと待っていて」
言うなり部屋を出て行った。すぐに戻って来た手には湿布薬が握られている。
「腕を出して」
「え?」
「湿布だよ。たぶん家に着く頃には、腕が痛くてたまらないはずだよ」
茂樹は優しく腕に湿布を貼ってくれた。
「無理しなくていいよ」
ひやりとした湿布を貼りながら茂樹が言った。
「茂樹さん」
「何?」
「俺、何をやっても駄目だ」
「誰だって、上手にできる人なんていないよ。できたら僕の方が困るよ」
「俺も茂樹さんみたいに上手くなるかな」
「なるよ。大丈夫」
ぽんと肩を叩かれてほっとした。
「へへ、ありがと」
「さ、送るよ」
茂樹が立ち上がった。
「え? でも……」
「車で送ってあげる」
祥太を立たせて二人は部屋を出た。ぱちんと明かりを消すと、あっという間に真っ暗闇になる。
「車持っているの?」
ドアが閉まり、別の世界に引き戻された気がした。
「十八歳の時に免許を取ったんだよ。運転には慣れている」
「茂樹さん、年はいくつなの?」
靴を履いて二人が外へ出ると、日が落ちて暗くなっていた。茂樹は鍵をかけると、
「今年で二十九歳だよ」
と答えた。
「ええっ? 見えない。もっと若く見えるよ」
素直に驚くと、茂樹が嬉しそうな顔をした。
「ありがとう。祥太くんに言われるとすごく嬉しいな」
「そう?」
「うん」
何気なく交わされる会話が心地よかった。
腕の痛みも忘れて、彼のやわらかな声に釣られるようにエレベーターに乗っても笑顔でいられた。