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けなげな王子に愛を  作者: 春野セイ
第一部 中学生編
20/51

もうやめる


 春希の家から祥太の家は、歩きで15分ほどかかる場所にあった。

 少し大きめのバッグがちょっと重い。

 自分の家に向かうと、その間に宏人の家の前を通過しなくてはならない。思わず早足になってしまった。

 そう言えば、電話、無視しちゃった。宏人に、どう思われただろう。

 

 家について、玄関に入ると兄の裕一の靴ともう一足見知らぬ靴があって、祥太は首を傾げた。

 誰のだろう。


「ただいま」


 靴を脱いで家に上がるとリビングから足音がして誰かが出てきた。


「祥太っ」


 駆け寄ってきたのは、宏人だった。


「あ、な、なんで……?」


 どうして家に宏人がいるんだろう。

 後ずさりしそうになって、宏人の悲しそうな顔にハッとする。


「あ……あの、祥太……。おかえり」

「た、ただいま……」


 荷物をフローリングに置いてうつむく。

 何を言ったらいいんだろう。


「き、昨日電話してごめんね。数日、祥太に会えなかったから、何かあったのかなって思って、ちょっと心配で……」


 宏人が自分を心配してくれていた? 祥太は驚いて顔を上げた。

 確かに、毎日会いに来ていた奴が来なくなれば、何かあったと思うかもしれない。


「宏人……」


 祥太は、宏人を傷つけてしまったと思い、思わず手が伸びて洋服をつかんでいた。宏人がびくっとする。

 すると、宏人はおずおずと祥太の背中に腕を回してそっと抱きしめた。

 ほっとした。久しぶりに嗅ぐ宏人の匂いだ。祥太は唇を噛みしめた。泣きそうだ。

 久しぶりの宏人の腕が強くなった気がする。


「ごめんっ。祥太、ごめんねっ」


 必死で謝る声が耳に届いた。


「うん……」


 宏人がそばにいる。嬉しくてたまらなかった。手を伸ばして背中を抱きしめると、びくりと宏人の体が震えた。

 お互い久しぶり過ぎて言葉が出てこなかった。

 いつまでも抱き合っていると、母がリビングから出てきて、あんたら何してんの? と呆れた声で言った。



 今日は土曜日で何も予定はない。

 そして、何か月かぶりに宏人が部屋にいる。

 祥太は、今まで自分たちはどうしていたのか、すっかり忘れてしまうほど緊張していた。

 あのことがあってから、宏人と話すのは本当に久しぶりだった。

 お互いの学校の話を少しして、泊まりに行った友達の話をすると、宏人はものすごく真剣に聞いていた。


「そ、その春希くんって、祥太のことどう思ってるの?」

「どう思ってるって? 別にただのクラスメートだけど」

「そ、そうだよね……」


 宏人がハハハと笑ったが、あんまり笑顔じゃない。


「あ、あのさ……」


 祥太が話しかけると、宏人がびくっと体を揺らした。


「な、何?」


 どうしてキスしたの? って聞いていいのかな、と祥太は思った。

 あの時のことを考えるだけで、頭がグラグラする。

 宏人は、俺のことが好きだからキスをしたってことは分かっている。

 分かっているんだけど、自分の気持ちを置いて行かれたことに、ショックを受けていた。

 祥太は好きだという感情がよく分からなかった。好きの中にキスするって言う行為が含まれるのなら、怖いという感情の方がはるかに大きかった。

 今も宏人が何を考えているのか、よく分からない。

 ちらっと見ると、彼もなんだかそわそわしていて、お互いが遠慮しているため、話がうまく嚙み合わない。


「ジ、ジュースかコーヒー淹れてくるよ」


 祥太は立ち上がって部屋を出ようとすると、宏人が手をつかんだ。


「し、祥太、僕のこと嫌い?」

「ま、まさかっ」


 嫌いじゃない。けど、なぜだか宏人の気持ちが少し怖いのかもしれない。

 祥太の心を読み取ったのか、宏人はしょんぼりしてしまうと、手をそっと離した。


「し、心配しなくていいよ……」

「え?」

「か、彼女できたんだ……。隣のクラスでね、高校に入ってすぐだったんだけど、けっこう可愛いんだよ」

「は? あ、そ、そっか……」

「だから、安心していいよ。もう、祥太の事好きなんて言わないからさ」


 それを聞いて、声が出なかった。


「そんなにびくつかないで大丈夫だよ」


 宏人が手を伸ばして、祥太の頬に触れようとした。思わず体を引くと、


「ほら」


 と苦笑して、宏人は両手で祥太の両方の頬を優しくつまんだ。


「変な顔」


 痛くない程度に頬を伸ばされ、祥太はうーっと唸った。宏人はクスクス笑い出した。その笑い顔を見て、祥太は何だかムカムカした。


「や、やめろよっ」


 手で払いのけると、うん、と宏人が大人しく言った。


「うん……。もうやめる」


 その声がなぜか悲しそうに聞こえた。


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