もうやめる
春希の家から祥太の家は、歩きで15分ほどかかる場所にあった。
少し大きめのバッグがちょっと重い。
自分の家に向かうと、その間に宏人の家の前を通過しなくてはならない。思わず早足になってしまった。
そう言えば、電話、無視しちゃった。宏人に、どう思われただろう。
家について、玄関に入ると兄の裕一の靴ともう一足見知らぬ靴があって、祥太は首を傾げた。
誰のだろう。
「ただいま」
靴を脱いで家に上がるとリビングから足音がして誰かが出てきた。
「祥太っ」
駆け寄ってきたのは、宏人だった。
「あ、な、なんで……?」
どうして家に宏人がいるんだろう。
後ずさりしそうになって、宏人の悲しそうな顔にハッとする。
「あ……あの、祥太……。おかえり」
「た、ただいま……」
荷物をフローリングに置いてうつむく。
何を言ったらいいんだろう。
「き、昨日電話してごめんね。数日、祥太に会えなかったから、何かあったのかなって思って、ちょっと心配で……」
宏人が自分を心配してくれていた? 祥太は驚いて顔を上げた。
確かに、毎日会いに来ていた奴が来なくなれば、何かあったと思うかもしれない。
「宏人……」
祥太は、宏人を傷つけてしまったと思い、思わず手が伸びて洋服をつかんでいた。宏人がびくっとする。
すると、宏人はおずおずと祥太の背中に腕を回してそっと抱きしめた。
ほっとした。久しぶりに嗅ぐ宏人の匂いだ。祥太は唇を噛みしめた。泣きそうだ。
久しぶりの宏人の腕が強くなった気がする。
「ごめんっ。祥太、ごめんねっ」
必死で謝る声が耳に届いた。
「うん……」
宏人がそばにいる。嬉しくてたまらなかった。手を伸ばして背中を抱きしめると、びくりと宏人の体が震えた。
お互い久しぶり過ぎて言葉が出てこなかった。
いつまでも抱き合っていると、母がリビングから出てきて、あんたら何してんの? と呆れた声で言った。
今日は土曜日で何も予定はない。
そして、何か月かぶりに宏人が部屋にいる。
祥太は、今まで自分たちはどうしていたのか、すっかり忘れてしまうほど緊張していた。
あのことがあってから、宏人と話すのは本当に久しぶりだった。
お互いの学校の話を少しして、泊まりに行った友達の話をすると、宏人はものすごく真剣に聞いていた。
「そ、その春希くんって、祥太のことどう思ってるの?」
「どう思ってるって? 別にただのクラスメートだけど」
「そ、そうだよね……」
宏人がハハハと笑ったが、あんまり笑顔じゃない。
「あ、あのさ……」
祥太が話しかけると、宏人がびくっと体を揺らした。
「な、何?」
どうしてキスしたの? って聞いていいのかな、と祥太は思った。
あの時のことを考えるだけで、頭がグラグラする。
宏人は、俺のことが好きだからキスをしたってことは分かっている。
分かっているんだけど、自分の気持ちを置いて行かれたことに、ショックを受けていた。
祥太は好きだという感情がよく分からなかった。好きの中にキスするって言う行為が含まれるのなら、怖いという感情の方がはるかに大きかった。
今も宏人が何を考えているのか、よく分からない。
ちらっと見ると、彼もなんだかそわそわしていて、お互いが遠慮しているため、話がうまく嚙み合わない。
「ジ、ジュースかコーヒー淹れてくるよ」
祥太は立ち上がって部屋を出ようとすると、宏人が手をつかんだ。
「し、祥太、僕のこと嫌い?」
「ま、まさかっ」
嫌いじゃない。けど、なぜだか宏人の気持ちが少し怖いのかもしれない。
祥太の心を読み取ったのか、宏人はしょんぼりしてしまうと、手をそっと離した。
「し、心配しなくていいよ……」
「え?」
「か、彼女できたんだ……。隣のクラスでね、高校に入ってすぐだったんだけど、けっこう可愛いんだよ」
「は? あ、そ、そっか……」
「だから、安心していいよ。もう、祥太の事好きなんて言わないからさ」
それを聞いて、声が出なかった。
「そんなにびくつかないで大丈夫だよ」
宏人が手を伸ばして、祥太の頬に触れようとした。思わず体を引くと、
「ほら」
と苦笑して、宏人は両手で祥太の両方の頬を優しくつまんだ。
「変な顔」
痛くない程度に頬を伸ばされ、祥太はうーっと唸った。宏人はクスクス笑い出した。その笑い顔を見て、祥太は何だかムカムカした。
「や、やめろよっ」
手で払いのけると、うん、と宏人が大人しく言った。
「うん……。もうやめる」
その声がなぜか悲しそうに聞こえた。




