真実
職員室を出るとすっかり日が暮れていた。
祥太は廊下に出てぶるると身震いをした。
室内は温かかったが、外は冷たい空気に包まれている。
すると、職員室の外で待っていた少年が祥太を見て嬉しそうに駆け寄ってきた。
噂の王子の登場である。
「祥太っ。待ってたんだ。早く帰ろっ」
祥太は、幼なじみの宏人を見上げた。
三年生になって二人の身長差は目立つようになった。
まだ157センチの祥太とは違って、宏人は170センチもある。
祥太はそっと宏人を盗み見た。
彫の深い顔立ちをしている。
くっきりとした形の良い眉毛と整った鼻筋、少しまなじりが垂れているが、それがとろけるような甘い表情になる。
「今日は寒いね」
宏人がそう言って体を寄せてきた。
「うん……」
「先生、何だって?」
祥太は、その言葉にぎくりとして立ち止まった。
「え?」
「呼び出されたんでしょ? 何の話だったの?」
「ああ、えっと……。勉強のし過ぎじゃないかって心配してくれたみたい」
思わずでまかせを言うと、宏人がぱあっと顔を明るくした。
「優しいよなコニちゃん。それに比べて、僕のクラスの青木チャンなんかさ『あと一ヶ月』が口癖なんだよ」
宏人はそう言いながら、次第に顔を曇らせた。
「何だ? あと一ヶ月って」
「推薦入試の事だよ」
「推薦入試?」
聞き慣れない言葉だ。
「うん。僕のクラスって、半分以上が推薦で受験できるんだよ」
「嘘だろ?」
「本当だよ」
急ごうか、と宏人が祥太を歩かせる。祥太は足をもつれさせながら聞いた。
「俺のクラスで推薦なんて聞いた事もねえぞ」
「だって、僕たちのクラスは選抜クラスだから……」
「選抜?」
祥太が今知ったような顔をするので、宏人は驚いた。
「そうだよ。だから、僕の方が先に合格が決まってしまうんだけど、祥太なら大丈夫だよね。どうして祥太とクラスが分かれちゃったのかなあ。今度、青木チャンに聞いてみようかな」
祥太は中学三年の終わり頃になって、自分たちが成績別に区別されていた事を知って愕然とした。
玄関を出て外に出ると、すっかり日は落ちて暗くなっている。
空を見上げて、宏人が呟いた。
「あと少しで卒業だね」
しんみりとした顔の宏人だったが、すぐに笑顔になると祥太を見た。
「僕、高校では祥太と一緒のクラスになりたい。今まで一度も同じになったことがないから」
「小学校の時は同じだったじゃねえか」
そういえば小学生の頃、毎晩一緒に風呂に入っていた事を思い出した。
「そう言えば、何で俺たち毎晩一緒に風呂に入ってたんだ?」
「僕の家のお風呂が壊れていたからだよ」
「そうだっけ?」
小学生の頃、宏人の背中は真っ白でつるつるだったのを思い出す。
今はかっこいいと女子に騒がれているけど、中身は変わらない。昔のままである。
「祥太、これからもずっとそばにいてよね」
はしゃぐ宏人を見ながら、何でこんなに大きく成長したんだろうと思った。
「祥太、聞いてる?」
返事をしない祥太の袖を引いた。
「当たり前だろ」
「へへへ」
「何だよ、気持ち悪いな」
「高校に入ったら部活に入るのが楽しみなんだ。東高校って部活動も盛んでしょ。祥太、サッカーは続けるよね」
「ああ」
レギュラーになりたいとか野心があるわけじゃないけど、サッカーは大好きだ。
「僕、マネージャーになるよ。祥太の事、必死で応援するからさ」
「おう、サンキュっ」
「今日の夜、遊びに行ってもいい? 宿題で分からないところがあるんだ。教えてよ」
宏人に分からない問題が祥太に分かるはずがない。
いつも思うのだが、嘘もここまで来ると今さら本当の事は言えない。
「なあ、宏人、たまにはゲームをして生き抜きしようぜ」
実を言うとゲームのせいで寝不足なのだが、担任には黙っていた。
「受験前だよ、何言ってんの?」
宏人が呆れたように言う。
「ちぇっ」
また、兄ちゃんに勉強教えてもらわなきゃと思うと、思わずため息が漏れた。
「そういえば、竜ちゃんは私立の星陵高校一本って言っていたよね」
「ああ。そういえば言ってたな」
竜ちゃんとは、祥太の親友の森竜之介のことである。
「何でだろ。あそこレベルめちゃくちゃ低いのに」
「そうなのか……?」
宏人の言葉にぎくりとする。
祥太はすべり止めで星陵高校を受ける。この事は宏人にはまだ言っていなかった。
「そうだよ。竜ちゃんって頭よさそうなのに意外だなって思っていたんだ」
祥太は返す言葉もない。
「あ! でも、あそこサッカーが強いんだっけ。全国大会に毎年出場していた気がする」
救いのある言葉であった。
何となく高校へ行くのが楽しみになる。
あれ? と祥太は思った。
俺、宏人と同じ高校に行くんだよな。
ふと、宏人に言わなくてはならない事を思い出した。
「あ、あのさ、宏人……」
「有名な監督を引き入れたって新聞に出ていた気がするよ」
「はあ? お前、新聞なんか読んでんの?」
思わず呆れた口調になった。
祥太にとって新聞はテレビ欄を見るためにある。
「うん。国語のさっちゃんがさ、新聞ぐらい読めってうるさいんだよね」
「そんな事、言ってたかな?」
国語の女教師の顔を思い浮かべるが、彼女の赤い口紅しか思い出せない。
「毎日言ってるよ」
「ふうん……」
「あ、もう着いちゃった。じゃあ、夕飯食べたら遊びに行くから待っていてね」
「うん」
結局言い出せず、いつものように宏人と分かれた。
「ま、後でいっか」
この後が、いつを指すのか、祥太自身分かっていなかった。