お願い
「ねえ、祥太」
「何だよ…」
宏人が声を出すたびに耳に息がかかる。
「僕さ、彼女できたんだ」
すぐには理解できなかった。
「え?」
祥太が聞きなおした。宏人が後ろで笑っている。
「彼女ができたんだ。同じクラスの子でさ、高校に入ってすぐだったんだけどね。けっこう可愛いんだよ」
「ふ、ふうん……」
胸のあたりがざわざわしている。
「よ、良かったな。おめでとう」
声が震えていなかっただろうか。なぜか素直に喜べなかった。
もう自分たちは高校生になったのだから、彼女がいてもおかしくない。
しかし、祥太の高校は男子校だ。女の子との出会いなんてほとんどない。
「こ、今度、紹介しろよ」
つっけどんに言うと、宏人はうんと頷いた。そしてスッと体を離した。
宏人は大人しく横になると、
「だから、安心していいよ」
と言った。
「え?」
「もう二度と祥太の事好きなんて言わないからさ」
それを聞いて、声が出なかった。
「もう、祥太の事、好きじゃないから安心して」
頷く事もできずにいると、
「そんなにびくつかないで大丈夫だよ」
と宏人が悲しそうに言った。
「びくついてなんか……」
言いよどんだ時、宏人の腕が伸びて頬に触れようとした。
「あ……」
思わず体を引くと、
「ほら」
と苦笑して、宏人は両手で祥太の両方の頬を優しくつまんだ。
「変な顔」
痛くない程度に頬を伸ばされ、祥太はうーっと唸る。
宏人はクスクス笑い出した。その笑い顔を見て、祥太は泣き出したくなった。
「や、やめろよ」
手で払いのけると、うん、と宏人が大人しく言った。
「僕に触られるの、嫌?」
「え? そ、そんな事ないよ」
あまりに悲しそうな口調で言うので、祥太は思わずそう言っていた。
すると宏人は嬉しそうににっこりすると、良かったと言って再び祥太を抱き寄せた。
「んー、祥太にさ、お願いがあるんだ」
「な、何だよ、お願いって」
唇が触れそうなほど顔を近付けて、宏人は囁いた。
「女の子と付き合うの初めてだから、練習とかしたいんだ」
「練習?」
首を傾げると、宏人は耳元に口を寄せて囁いた。
「キスとか」
「はあっ?」
息が耳にかかりぞくっとした。慌てて宏人を押しのけた。
「お前バカかっ?」
「バカじゃないよ。本気だよ」
「い、嫌だっ。絶対に嫌っ」
「どうしてさ? お願いだよ」
懇願されても困る。
「俺は男子、女子じゃない」
「知ってるよ。だから、祥太に頼んでいるんじゃないか。この間、彼女にキスした時、上手くできなくて恥かしい思いをしたんだ。どうせなら、もっとかっこよくしたいじゃない」
キスしたなんて、言われても。
祥太はムッとする。
「ヌイグルミと練習しろ」
「冗談だろ。僕は祥太がいい」
祥太はくらくらした。
冗談じゃない。