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安らぎ


 ベッドに横になり、裕一が慌しく出て行くのを見送ってから、祥太はため息をついた。


「ごめんなさい」


 しおらしく謝る祥太に、茂樹は面食らった顔をした。


「どうして謝るの?」


 祥太は、その薄茶色の瞳にどぎまぎしながら、枕に頬を押し付けた。


「泣いたりして恥かしいよ」


 その上、泣き過ぎたせいか体がだるくて起き上がれない。

 こんなに泣いたのは久しぶりだった。

 茂樹のドリンクは冷たく喉を通っていくと同時に、込み上げてきた何かを一気に上まで引きずり出した。

 その何かを忘れようとしていた祥太は思い出したのだった。


 宏人に押し倒されてキスをされた事。

 暴れた時に傷ついた心と体の痛み。


 あれ以来、目を合わせてくれない宏人の事を思うと、たまらなくなった。


 どうして無視をするのか。


 許してもらおうとする祥太が憎いのだろうか。

 そう言った不安を隠して凍らせたのに、その氷塊を茂樹の作ったドリンクで溶かされてしまった。

 照れ隠しにへへっと力なく笑う。


「もっと泣いていいんだよ」

「泣かない。男はそんなに泣くもんじゃない」

「男の人だって泣くよ。それに、祥太くんは素直でいいと思うよ」


 祥太は照れて頬を掻いた。


「茂樹さんも泣いたりする?」

「泣くよ」

「どんな時?」

「玉ねぎが目に染みた時とか」

「そうじゃなくてっ」

「ふふ。ごめんね」


 茂樹はおかしそうに笑うと、


「そうだねえ」


 と考えながら答えた。


「自分の作ったカクテルを飲んだお客さんに嫌な顔をされた時とか、あんまりまずいのができちゃうと、泣きそうになるな」


 まずいもの? 祥太は目を丸くした。


「あんなに美味しいのに?」

「ありがとう」


 茂樹は、祥太の額を優しく撫でた。

 そっと撫でる手のひらが気持ちいい。

 目を閉じていた祥太は小さい声で呟いた。


「俺、宏人に嫌われたかもしれない……」


 思わず弱音が出た。


 それから、堰を切ったように自分の隠していた弱い部分が溢れ出した。


「何度も話しかけたんだ。でもそのたびに無視されて、本当は声をかけるのがすごく怖くて、無視されるのが怖くて…。でも、宏人が離れてしまったらもっと怖かったんだ……」

「うん」


 再び溢れ出した祥太の涙を茂樹が指で拭ってくれる。


「もう……どうしていいのか、分からない」


 祥太は顔を覆った。涙が零れる。


「どうしたら宏人は許してくれるの?」

「辛かったね」


 茂樹の言葉がすとんと胸を突いた。


「よく今日までがんばったね。偉いね、祥太くんは」

「偉くないよ…」


 祥太は首を振った。


「偉いよ。よくがんばったんだよ。だから、もう無理する必要はないんだよ」

「え……?」

「あきらめないでいい」


 茂樹はそっと言った。


「君がそんなに想っている相手なら、きっと想いは伝わっていると思うんだ。だから、そんなに自分を追い詰めなくていいよ。祥太くんの気持ちはもう届いているはずだ」

「本当に…?」


 またぐずぐずと涙が出てきた。茂樹は祥太をあやすようにゆっくりと髪を撫でながら言った。


「彼はもう君の事を許しているはずだ。祥太くんは彼の事を信じて待っていればいい」

「信じる?」

「そう。信じてあげて」

「うん」


 祥太はほっと息を吐いた。何だか胸につかえていたものがなくなった気がした。


「俺、信じる。宏人の事あきらめない」

「よかった」


 茂樹は、ほっとしたように笑うと、スッと立ち上がった。

 祥太は離れた手を思わずつかんだ。


「もう帰るの?」

「うん。君の笑顔を見たら僕も元気が出た」

「茂樹さん、元気がなかったの?」


 困惑しながら手を握り締めると、その手を握り返してくれた。


「僕の作ったソフトドリンクを飲んで、あんなに涙を流したのは祥太くんが初めてだったよ」

「えっ」


 祥太は真っ青になった。


「ごっ、ごめんなさいっ」

「違うよ。嬉しかったんだ」

「嬉しかった?」


 きょとんとすると彼は頷いた。


「うん。祥太くんの泣き顔、見られてよかった。来た甲斐があったよ」


 意味は分からなかったが、からかわれている事は分かった。


「ひどい…」


 手を離して口をすぼめると茂樹がくすっと笑った。


「そうだ。僕の家にも裕一に負けないくらいのホームバーがあるんだ。よかったら遊びに来て」

「いいのっ?」

「もちろん歓迎するよ。ただ、僕は夜型だから、学校が休みの日の昼間においで。いつでも連絡してくれていいから。ご馳走するよ」

「やったあっ」


 祥太はベッドの上で両手を上げた。


「絶対に行くっ」

「元気が出たね。じゃあ、今日はもう休んで、君は無理をし過ぎていたんだ。何も考えないで目を閉じたらいい」

「うんっ」


 大きく頷き、茂樹の目を見る。


「ありがとうっ。茂樹さん」

「じゃあね。ゆっくり休むんだよ」


 そう言って茂樹はそっと部屋を出て行った。

 階段を静かに下りる音がして、やがてパタンと玄関のドアが閉まった。

 祥太は思わずベッドの上で飛び跳ねそうになった。

 茂樹の優しい笑顔が脳裏に焼き付いている。

 あんな人になりたい、と初めて思った。

 興奮したままベッドに横になったが、祥太はすぐに寝息を立て始めた。

 これまでにないくらい、規則正しく穏やかな気持ちのまま眠りについた。






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