トロピカルカクテル
意味が分からなかった。
どうして泣いてるんだろう。
裕一が心配しておろおろしていたが、アルバイトに出かける時間になったので、茂樹に追い払われるように出かけた。
茂樹は、自分は仕事が休みだから落ち着くまで一緒にいるよ、と言ってくれた。
裕一が慌しく出て行くのを見送って祥太はため息をついた。
「……ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「泣いたりして恥ずかしい……」
茂樹のカクテルが喉を通っていくと同時に、込み上げてきた何かを一気に引きずり出した。
自分はずっとそれをなかった事にしたかった。
宏人に押し倒されてキスをされた事。
暴れた時に傷ついた心と体の痛み。
あれ以来、目を合わせてくれない宏人の事を思うと、たまらなくなった。
どうして無視をするのか。
許してもらおうとする自分を憎んでいるのだろうか。
そう言った不安を隠して凍らせたのに、その氷塊を茂樹の作ったドリンクで溶かされてしまった。
照れ隠しにへへっと力なく笑う。
「もっと泣いていいよ」
「泣きたくないです。男はそんなに泣くもんじゃないから」
「男だって泣くよ。それに、祥太くんは素直でいいと思うよ」
「茂樹さんも泣いたりする?」
「泣くよ」
「どんな時?」
「玉ねぎが目に染みた時とか」
「そうじゃなくてっ」
「ふふ。ごめんね」
茂樹はおかしそうに笑うと、
「そうだねえ」
と考えながら答えた。
「カクテルを飲んだお客さんに嫌な顔をされた時とか、あんまりまずいのができちゃうと、泣きそうになるな」
「あんなに美味しいのに?」
「ありがとう」
茂樹は、祥太の頭を優しく撫でた。そっと撫でる手のひらが気持ちいい。
目を閉じていた祥太は小さい声で呟いた。
「俺、宏人に嫌われたかもしれない……」
「うん?」
思わず弱音が出た。それから、堰を切ったように自分の隠していた弱い部分が溢れ出した。
「何度も話しかけたんだ。でもそのたびに無視されて、本当は声をかけるのもすごく怖くて、無視されるのが怖くて……。でも、宏人が離れてしまったら、もっと怖かったんだ……」
「うん」
再び溢れ出した涙を茂樹が指で拭ってくれる。
「もう……どうしていいのか、分からない」
祥太は顔を覆った。涙が零れる。
「どうしたら宏人は許してくれるの?」
「辛かったね」
茂樹の言葉がすとんと胸を突いた。
「よく今日までがんばったね。偉いね、祥太くんは」
「偉くないよ……」
「偉いよ。よくがんばったんだよ。だから、もう無理する必要はないんだよ」
「え……?」
「祥太くんは少し無理をしちゃっただけなんだ。君も彼もまだ心の整理がついていないのかもしれない」
「心の整理?」
「うん。ねえ、祥太くん一度深呼吸してみて」
「え? あ、はい」
祥太は言われた通り深く息を吸って、大きく吐いた。
そうすると、少しだけ落ち着いた。へへっと笑う。
「答えなんてすぐには出ないから、焦らないで。今日は頭の中を空っぽにして、君の好きなことをやってみて」
「俺、いつもサッカーに夢中で、でも、本当はサッカーもきつかったんだ」
新しい学校、サッカー、宏人への思い、すべてがぐちゃぐちゃのまま一気に走ってきた。
祥太が黙り込んだのを見て、茂樹が優しく言った。
「もう、深く考えるのはやめよう。じゃあ。僕はそろそろ帰るよ」
「もう帰るの?」
「うん。君に会えてよかった。元気をもらった」
「茂樹さん、元気がなかったの?」
「僕の作ったソフトドリンクを飲んで、あんなに涙を流したのは祥太くんが初めてだったよ」
「ごっ、ごめんなさいっ」
「違うよ。嬉しかったんだ」
「嬉しかった?」
きょとんとすると彼は頷いた。
「うん。祥太くんの泣き顔、見られてよかった。来た甲斐があったよ」
意味は分からなかったが、からかわれている事は分かった。
「今日は……ありがとうございました」
「じゃあね。ゆっくり休むんだよ」
祥太は一緒に家を出て、玄関先で見送った。
茂樹の後ろ姿はほっそりしていて優しい雰囲気にあふれている。
茂樹は少し進んで立ち止まると振り返って手を振った。
手を振り返しながら、裕一とは違う兄ができたような気がして祥太は胸が熱くなった。
部屋に戻りそのままベッドに横になった。
時計を見ると、本当なら、宏人の家に向かってチャイムを鳴らしている頃だった。
いつも、宏人に会いに行くと、宏人は出て来なくて、代わりにお母さんが出てくる。
そして、お母さんが言う。
『ごめんね、祥太くん。あの子に何度も言うんだけど、今は会いたくないってそればかりなの』
宏人のお母さんのセリフはいつも同じだ。
もしかしたら、自分のやっていることはお母さんにも迷惑をかけていたのかもしれない。
そう思うと、もう、強引に自分の気持ちを押し付けるのはやめた方がいいのかな、と思った。
天井を眺めながら、いつの間にか祥太は眠ってしまっていた。




