第九話
『うん、私だよ』
「まあ、分かってた」
次の日、例の疑惑のオオカミついて聞いてみるとあっさりと答えられた。
『そりゃ獣型のアバターでソラのこと知ってるとなるとねぇ』
『ここの視聴者だったら分かるわ』
「正直、嬉しかったわ。会いに来てくれてありがとな」
『いや、ただ定点カメラに映りたかっただけだから』
『こいつ、ちょっと照れてないか?』
『思春期か?』
『恥ずかしがらずに正直に言えよ』
「でも、嬉しかったよ」
俺は正直な気持ちを、そのまま言葉にした。
『おっ......おぅ』
『大胆な告白は男子の特権やね』
自分で言っておいて、急に少し気恥ずかしくなった。だから、話題を変えることにする。
「そんなことは置いといて、なんか最近のトピックとかある?」
『そうだな。最前線のプレイヤーで、レベル30に到達したやつがちょいちょい出てきてるとか?』
「すごいな、それ」
このゲームはレベル10で一度進化し、その後はレベル30、50に到達すると再び進化できるようになる。つまり、二度目の進化が可能なプレイヤーが出てきたということだ。
「その人たちはもう進化したん?」
興味本位で聞いてみる。
『いや、なんか進化できないみたいで、そこで止まってるみたいよ』
『だから前線組のレベルが全員30で止まってんの』
『条件が分かってないらしい』
「条件?」
『そう。進化の項目がグレーアウトしてできないらしい。それで、何らかの条件が必要なんじゃないかって言われてる』
『だから前線組の連中が、たまにこの街にいるのか』
「なるほど。だから立派な装備のやつが、たまにいるのか」
周囲を見渡す。確かに、最近は以前よりも立派な装備をしたプレイヤーを見かけるようになった。その多くがPVPのステージに集まっている。今も、いつもの赤髪と立派な装備を身につけたプレイヤーが戦っていた。赤髪は毎日PVPをしているおかげか、おそらくTOP層のプレイヤーを相手にしても健闘していた。
「今やってるいい装備のやつも、PVPの回数が条件なんじゃないかって予想して戦ってるのかね」
『そうだろうな。ノーヒントだもん』
『とっかかりがなさすぎる』
「......ん?」
何かが引っかかった。
「プレイヤーが最初にレベル30になったのって、いつ?」
『あれ? いつだっけ?』
『確か二、三日前ぐらいじゃなかったっけ?』
『一昨日だよ』
「一昨日か......」
何かが頭の中に引っかかる。だが、それが何なのか分からない。......いや、待て。一昨日、何かあった。確か、NPC関連だった気がする。
俺はこれまでに見てきたNPCたちの行動を思い返した。道具屋のおばあさんも、パン屋の娘も、宿屋の店主も、武器屋の店主も、決まった時間に店を開け、決まった時間に店を閉める。NPCは決められた行動を毎日繰り返す。それが、このゲームの常識だ。
街を見渡す。今日もNPCたちは、いつもと変わらない行動を取っている。......だが。何かが引っかかる。行動が変わった?いや、変わっていない。今日もいつも通りだ。気のせいなのか?
「......いや」
違う。確かに、何かが変わっている。理由は分からない。だが、妙な確信があった。俺はもう一度、注意深く街の様子を観察する。
その時だった。街門の方から、三人組のパーティーが帰ってきた。どうやら狩りから戻ってきたらしい。今日は調子が良かったのだろう。三人とも楽しそうに話しながら、ギルドへ向かって歩いていく。そのまま道具屋の前を通り過ぎる。
――その瞬間。ほんの一瞬だった。道具屋のおばあさんの顔が曇った。
「......え?」
何だ、今の反応?俺は思わず画面を見つめる。今まで、あんな反応をしたことがあったか?
配信に黙り込んでいたことを詫びながら、過去のアーカイブを漁る。一日目。二日目。三日目。さらに遡る。何度も道具屋の前をプレイヤーが通っている。だが――。
「......ない」
あの表情は一度も出ていない。これまでの彼女は、誰が前を通っても同じ笑顔を浮かべていた。
「これが......違和感の正体か?」
NPCの行動そのものが変わったわけじゃない。もっと細かい。ほんの些細な反応。今まで存在しなかったものが、NPCの中に生まれている。
「ちょっと聞きたいんだけど、NPCってどんな存在?」
『NPCはNPCだろ』
『設定された行動を繰り返してるだけでしょ』
『ゲームの背景みたいなもんじゃね?』
『拙狼、NPC驚かせると結構いい反応があるから好き』
コメントを眺めながら、俺は噴水で遊んでいる少女に目を向けた。確か、初期の頃に一度観察している。なら――。何か変化していれば、観察で分かるはずだ。俺は少女をじっと見つめる。
――観察。視界に情報が浮かび上がる。
【観察】
対象:NPC『シーナ』
前回観察:7日前
状態:正常
変化:あり
「やっぱり......」
だが、その詳細までは分からない。ならば――。これは、この子だけに起きている現象なのか?試しに、道具屋のおばあさんに観察をかけてみる。
【観察】
対象:NPC『マーサ』
前回観察:7日前
状態:正常
変化:あり
「......こっちもか」
こちらも同じだった。さらに別のNPCにも観察をかける。武器屋の店主。
【観察】
対象:NPC『ドッジ』
前回観察:7日前
状態:正常
変化:あり
「......まさか」
俺は街を見渡した。
「この街のNPC......全員変わってるのか?」




