第八話
分析を取得してから、数日が経った。相変わらず赤髪は、毎日のようにPVPに現れて戦いを楽しんでいる。
「平和だな」
『そうだな』
『最前線組はひたすらレベル上げで忙しそうだけどな』
『最初の街はだいぶ人が少なくなったよね』
「確かに。全然プレイヤーの姿が見えんな」
周囲を見渡す。プレイヤーを示す緑アイコンはまばらで、そのほとんどはPVPエリアに集まっているようだった。
こんなにプレイヤーが少なくなったのには理由がある。どうやら、新しい街が解放されたらしい。新しい街では、より強力な武器や防具、新しいアイテムなどが取り揃えられている。当然、プレイヤーたちはそちらへ押し寄せる。その結果、始まりの街は以前とは比べものにならないほど閑散としていた。
そんな噴水広場に、光の粉が舞い始めた。
「あれは......」
確か、新しいプレイヤーが街にやってきたときに出るエフェクトだ。舞っていた光の粉が一点に集まり、強く発光する。そして、その光の中から現れたのは――。
「おぉ、気合の入ったプレイヤーが来たな」
そこにいたのは、一匹のオオカミだった。
『獣系か。センスいいな』
『でも、話せないのはやっぱりきついよなぁ』
「それな。俺が言えることじゃないけど」
『加えて移動までできないからな、あんた』
『より高度な縛りプレイなんよ。あなた』
『人の振り見て我が振り直せよ』
『お前、その言葉の意味理解してないだろ』
「俺だって直せたら直してぇよ。おっ、オオカミが動くみたいだぞ」
新しくやってきたオオカミは、周囲をきょろきょろと見渡している。何だ?こちらをじっと見ているような気がする。
「......なんか、こっちに歩いてきてない?」
オオカミは、音もなくこちらへ近づいてくる。
「おい、これどうすればいい?」
『どうすればって、あんた何もできないでしょうよ』
『ビビってて草なんよ』
コメントはもっともだ。俺は動けない。何もできない。だったら、どんと構えているしかない。
そう考えている間にも、オオカミはどんどん近づいてくる。二メートル。一メートル。そして、とうとう目の前まで来た。獣なのににおいは全くないんだなと見当違いのことを考えていた。
「......近くで見る狼って、怖いんだな」
思った以上に大きい。俺が石じゃなかったら、普通に腰が引けていたかもしれない。
「おい、なんだ? 何か用か?」
もちろん、ゲーム内では声は出ていない。配信には俺の声が乗っているが、ゲームの中ではただの石だ。
オオカミは立ち止まり、こちらをじっと見つめている。そして――。ゆっくりと頭を下げた。
「へ?」
突然の行動に、変な声が出た。頭を下げたオオカミは、そのまま何事もなかったかのように立ち上がる。そして、スタスタとどこかへ歩いていってしまった。
「......なんだったんだ、あれ?」
『もしかしたら視聴者じゃね?』
『まあ、そう考えるのが妥当か』
「いや、そんなことある?」
自分のチャンネルの視聴者はまだ二桁いればいい方だ。そんな奴に会いに来てくれる奴なんているだろうか。
『むしろ、ただの石のお前にあんなことするやつがいるか?』
『そうだよな。だって普通の石だぞ』
『俺、前にゲーム内で見たけど、遠くから見たら普通の石だったぞ』
「......そうか。それなら、本当に視聴者だったのかもな」
これが噂に聞く「凸」ってやつだったのだろうか。実際、配信者が募集などをしていない限り、こうして会いに行くのはマナー違反とされることもある。
だが――。本当に視聴者がいてくれた。そして、わざわざ俺に会いに来てくれた。その事実が、どうしようもなく嬉しかった。
『ここの視聴者って結構少ないから、誰か分かりそうだよな』
『まあ、特定はできそう』
『というか、なんとなく想像つくだろ』
『まあ、あいつだろうな』
『......うん』
そんな感傷に浸っている俺とは裏腹に、コメント欄では誰があのオオカミだったのか、すでに話がまとまりつつあるらしい。
「そういや、あんなアバターにするような奴、誰かいたっけな......」
よく来てくれている視聴者の名前を思い浮かべていく。
- サン社員
- +堕天使日出夫+
- 灯ノ森灯火
- 獣になってハッスルし隊長
- 社竹
「......うん」
俺は小さく頷いた。
「たぶん、あいつだろうな」
そして、少しだけ笑う。
「なんて言っていいか分からないけど......夢、叶えてそうでよかったな」
『『『うん』』』
その瞬間、コメント欄が不思議なくらい静かになった。そして、ぽつぽつと流れていくコメントを見ながら、俺は奇妙な感覚に包まれていた。たった一匹のオオカミ。たった一度の挨拶。それだけなのに――。この瞬間だけは、画面の向こう側にいる誰かと、本当に繋がっているような気がした。




