第四十八話
次の日、俺は炎児とサン社員に声をかけて集まってもらった。
「なあ、二人とも。日出夫のことなんだけど」
「昨日のやつか?」
炎児が腕を組んだ。
「どう考えても怪しいだろ。侯爵の家紋を知ってるわ、図書館の話はおかしいわ。問い詰めれば、何か出てくるんじゃないか?」
「怪しいのは確かですが、だからといって黒幕だと決まったわけではありませんよ」
サン社員が落ち着いた声で返した。
「彼は、私たちの調査が間違っていないと言っただけです。何かを知っているのは間違いないでしょうが、それだけで黒幕だと判断するのは早いと思います」
「まあ、それはそうなんだけどさ」
俺も日出夫が黒幕だと決めつけるつもりはない。
俺たちの調査状況を把握し、普通のプレイヤーには知る機会がなさそうな情報まで持っている。日出夫のことが、どうにも引っかかっていた。
「……一つ、気になることがあるんだ」
「なんです?」
「クエストの更新だよ」
俺がそう言うと、二人は黙った。
俺たちが侯爵に調査結果を報告した後、クエストの達成条件が更新された。
だが、侯爵は新しい依頼を出していない。
そもそも、クエストが更新されたこと自体、侯爵は知らない様子だった。
「侯爵がクエストを更新したわけじゃない。なのに、クエストの内容は変わった」
「つまり、侯爵とは別の何かがクエストを管理している、と?」
サン社員の言葉に、俺はうなずいた。
「そう考えるのが自然だと思う」
「でも、それと日出夫がどうつながるんだ?」
炎児の疑問はもっともだ。
クエストを更新した存在がいることと、日出夫がそれに関係していることは、別の話なのだから。
「日出夫は、俺たちが何を調べているのか知っていた。しかも、調査の方向性が正しいとまで言ったんだ」
「偶然、事情に詳しいプレイヤーだった可能性もありますね」
「うん。だから、これだけなら決め手にはならない」
俺は少し考えてから続けた。
「でも、クエストの更新と合わせて考えたらどうだろう。ゲーム側には、俺たちの調査状況を把握して、クエストを更新する仕組みがある。そして日出夫は、俺たちがどこまで調べているのかを知っている」
炎児が眉を寄せる。
「……お前、まさか」
「日出夫は、普通のプレイヤーじゃないんじゃないかと思ってる」
口に出してみると、考えが少しずつまとまっていく。
「もっと言えば、この一連の出来事を管理している側の存在なんじゃないか、って」
二人は何も言わない。
日出夫がゲームの管理者そのものなのか、それともイベントの進行に関わる特別な存在なのか確証はない。
だが、少なくとも、ただ物知りなプレイヤーという説明では足りない気がする。
「もしそうなら、黒装備の冒険者たちについても何か知っている可能性はありますね」
サン社員が言った。
「じゃあ、そいつらを操ってるってことか?」
「いや、それは別だと思う。日出夫がイベントを管理しているとしても、黒装備の冒険者たちはプレイヤーだ。何を考えて、行動するかは制限できない」
「だったら、直接聞いてみますか」
炎児が言う。
「聞いて答えてくれるかはわかりませんが、今のまま考え続けても進展はなさそうですね」
サン社員も同意した。
俺もそう思う。
これ以上、推測だけを積み重ねても仕方がない。
俺は配信画面を開いた。
「よし。もう一度、聞いてみよう」
配信を開始し、コメント欄が動き始めるのを待つ。
そして、いつもの名前を探した。
いた。
俺はさっそく聞いてみる。
「日出夫、ちょっと聞きたいことがある」
少し間が空いた後、返事が来た。
『なにかな?(´・ω・`)』
相変わらずの顔文字だ。普通に返信が来たことに一瞬止まってしまう。
だがいつものように、質問すれば答えてくれそうだ。
「お前、本当にただのプレイヤーなのか?」
コメント欄がざわつく。
『急に直球で草』
『また日出夫か』
『確かに前の話は怪しかった』
『知識量が普通じゃないんだよな』
日出夫からの返事は、すぐには来なかった。
数秒後、ようやくコメントが表示される。
『どうしてそう思ったの?(´・ω・`)』
質問に質問で返してきた。
だが、ここでごまかすつもりはない。
「侯爵の家紋を知っていたこと。図書館の話が合わなかったこと。そして、俺たちの調査が正しい方向に進んでいると知っていたこと」
一つずつ、理由を挙げていく。
「それだけなら、詳しいプレイヤーってだけかもしれない。でも、俺たちが侯爵に報告した後、クエストが更新された。侯爵は何もしていないのに。だから、俺はこう考えた」
ここから先は、ただの疑問ではない。
「お前は、俺たちが調べている事件の関係者じゃない。もっと外側から、この事件全体の進行を把握している存在なんじゃないか?」
コメント欄が一気に流れた。
『外側?』
『運営ってこと?』
『いや、さすがに飛躍してないか?』
「あと、前に『ここにもいて草』ってコメントで見たんだけど、日出夫って他の配信にもよく現れるらしいんだ」
俺はその言葉が少し引っ掛かっていたことを思い出す。
「気になって他の配信も見てみたんだけど、確かにいくつかの配信にいたよ。それだけなら、ただの配信好きで済む話だ。けど、俺たちの調査状況まで把握していることと合わせれば、話は変わってくる。お前は、このゲーム内で起きている一連の出来事を管理している側の人間なんじゃないのか?」
今度こそ、日出夫はすぐに返事をしなかった。
コメント欄だけが流れていく。
やがて、いつもの顔文字が現れた。
『うーん、どうだろうね(´・ω・`)』
……はぐらかされた。
『肯定も否定もしないのかよ!』
『日出夫、怪しすぎるだろ』
『これもう答え合わせでは?』
これまでの日出夫は、わかることには答え、わからないことははっきりとそう言っていた。
それなのに、今回は答えを濁した。
それだけで正体がわかったわけじゃない。けれど、疑いは確実に強まった。
「……まあいいよ。俺たちは黒装備の謎を解きに行くよ」
『……頑張ってね(´・ω・`)』
それっきり、日出夫は何も言わなくなった。
コメント欄では、まだ日出夫の正体について意見が飛び交っている。
だが、俺はもう、日出夫が何者なのかを考え続けるつもりはなかった。
ゲームの管理者なのか、イベントの進行役なのか。それとも、俺たちの知らない別の立場なのかわからない。
だが、俺たちの調査には、まだ見落としている何かがある。
そして、それを見つけなければ、クエストは終わらない。
「……よし」
俺は視聴者に向けて宣言する。
「わかった。なら、最後まで調べてやる」
ただ、視聴者一覧には、日出夫の名前が残っていた。
あいつは、まだ俺たちを見ている。
だが、今はそれでいい。
俺たちがやるべきことは、あいつの正体を暴くことじゃない。黒装備の冒険者たちが何者なのか。そして、この一連の出来事が何を目的としているのか。それを突き止めることだ。
俺は、ふと最初に目撃した黒装備の大剣の男を思い出した。
あの男は、黒装備の連中を取りまとめているように見えた。仲間の発言を制止し、進化条件に関する情報を不用意に漏らさないよう注意していた。
だが、それ以外のことはほとんどわかっていない。
あいつは、仲間たちが何を話し、何を隠すべきなのかを把握していた。
なら、黒装備の冒険者たちが何を目的に動いているのかについても、何か知っているかもしれない。




