第四話
噴水の前では、エルフの女の子がそわそわしている。少し不安そうな顔をしている。誰かとの待ち合わせなのだろうか。とても微笑ましい。
おや?一気に笑顔になった。どうやら、待ち人が来たようだ。待ち合わせの相手もエルフだったらしい。とてもお似合いだなぁ、と思う。二人は楽しそうに話しながら、どこかへ歩いていった。
おや。向こうでは何か言い争いをしている男二人組がいる。耳を澄ませてみると、どうやら武器と防具のどちらを先に揃えるかで言い争っているようだ。赤い髪の方は武器を先に揃えようと言っている。一方、青い髪の方は防具が先だと主張している。話を聞く限り、赤い方はアタッカー。青い方はタンクの役割をしているようだ。
すると、遠くから緑色の髪をした男が二人の方へ近づいてくる。どうやら二人の知り合いで、仲裁に入るようだ。緑髪の男は安定志向らしい。両方を揃えるために、これから狩りに行かないかと提案している。言い争っていた二人も、ここで争うよりその方がいいと思ったのだろう。三人で狩りに行くようだ。
というか......。アタッカーは攻撃力を上げて、タンクは防御力を上げる。それぞれの役割に必要なステータスを伸ばせばいいのに、どうしてあいつらは争っていたんだろう。それだけが謎だった。
そんな風に、俺は周囲を観察していた。そのとき――。頭の中にファンファーレが鳴り響いた。
......あれ?これって、レベルアップの音では?そう不思議に思いつつ、そういえば自分のステータスを確認していないことに気づいた。急いでメニューを開き、ステータスのタブを開く。
【ステータス】
個体名 :ソラ
種族 :石
ジョブ :無職
レベル :2
生命力 :120
魔力 :0
筋力 :0
耐久 :120
敏捷 :0
器用 :0
知力 :78
幸運 :30
スキル
・硬化 Lv.10
・ヒール Lv.1
・観察 Lv.1
称号
・異邦人
状態:不動
レベルアップしている。どうしてだ。俺は何もしていない。ただ周りを観察していただけだ。この中で唯一、関係がありそうなのは......。「観察」か?
詳細は見られないのだろうか。スキル欄にある「観察」の文字を見つめ続ける。すると突然、目の前に画面がポップアップした。
【観察 Lv.1】
効果:周囲を凝視することにより、経験値を微小に取得
周囲数メートルの俯瞰視点の解禁
取得条件:対象を注意深く見ることにより取得可能
これだ。
このスキルのおかげで俯瞰視点が解禁された。
これはでかい。
今までは足元しか見えなかったのが遠くまで見えるようになる。
しかも経験値を取得できてレベルアップまでできる。
だが、この「微小」というのは、いったいどれくらいなのだろう。えっと、今は何時だ?メニュー画面の現在時刻を見る。17時。確か、俺がこのゲームに再ログインしたのが15時だったはずだ。つまり、二時間この周辺を観察していたことになる。
事前に調べた情報では、レベルを1から2にするために必要な経験値は10だったはず。ということは、大体一時間で5の経験値を取得したことになる。そうなると、10分で約0.83。......だいぶ気持ち悪い数字だ。こういったゲームでは、こんな中途半端な数字に設定するだろうか。俺だったらしない。だとすると、何かを見落としている。
......。そうか。簡単なことじゃないか。スキルを取得するまでに、二十分ほどかかっていた。そうであれば、実際に経験値を取得していた時間は100分。100分で10の経験値を取得したのであれば、計算はきれいに合う。ただ、これも今はただの仮説だ。この説を立証するには、次のレベルアップで確認するしかない。
確か、レベル2から3へ上がるために必要な経験値は20だったはず。ということは、仮説が正しければ、次のレベルアップは3時間20分後。
「え......」
だっる。こんな身動きのできない状態で、3時間ちょっと周りの人間が楽しそうにしているのを見ているしかないのか。こんな苦行を進んでする奴など、このゲームの中には存在しないだろう。
だが、俺にはかすかな希望がある。このゲームの異形種には、一定のレベルに達すると進化できるというシステムが存在する。俺は、この可能性に賭けたかった。
一回目の進化はレベル10。このゲームでは、レベルアップに必要な経験値が倍々になっていく。結局、レベル10までに必要となる経験値は5,110。単純計算でも、約850時間かかる。日数にすれば36日ほどだ。だが、これは24時間ログインし続けた場合の話。無理ゲーである。
VRMMOというゲームの仕様上、とりあえずログインして、あとは放置して自分は別のことをする――ということはできない。そのため、ずっと意識をゲームの中に置いておく必要がある。一日にログインできても12時間もできればいい方だろう。平均して8時間と考えれば、約108日。つまり、三か月以上もこの苦行に耐えなくてはいけない。そんなことができるほど暇な奴は、そうそういないだろう。
だが、今の俺は自由だ。その暇がある。さらに、このゲームには配信機能もあるらしい。これならコメントを読みながら、暇を潰すこともできる。こうなったのも何かの縁だ。そう思って、配信用のアカウントを作成した。
アカウント名は何にしようか。石だと分かりやすい方がいいよな。そうだ。『路傍の石』でいいか。
そうして始めた配信初日。視聴者は――一人もいなかった。そりゃ当たり前だろう。何の知名度もない奴が配信しているのを、いったい誰が見るというのだ。しかも、このゲームは発売したばかり。配信している人数も多い。その中で、ただただ景色を映しているだけの配信なんて、誰も見ない。こうして、配信一日目はほろ苦い記憶とともに幕を閉じた。




