第三話
目を開く。そこには、中世ヨーロッパ風の街並みが広がっていた。空は抜けるような青空。頭上には太陽が燦燦と輝き肌を焦がすようで現実の世界が秋だということを忘れさせる。だが、風があるおかげか暑すぎるということは無かった。その風に乗ってかすかにパンと炭火焼きのようなのにおいが香ってきて腹がすいてくる。
街並みも赤茶色をしたレンガ造りの建物が並び、昔見た赤レンガ倉庫や東京駅を思い出し感動してしまった。そこに何かが体に当たる。後ろを振り向くと、噴水があり、水が勢いよく吹き上がった。この水滴が体にかかっていたようだ。五感でこの雰囲気を感じられるのだ、高かったけど買ってよかった。
人もかなり行き来している。楽しそうな声が、そこかしこから聞こえてくる。見たところ、人間が最も多い。次いで獣人やエルフといった種族が多そうだ。また、かなり少数ではあるが、目だけの怪物や妖怪のような姿をした異形の存在も確認できる。
さて。観察もそこそこにして、自分も行動しなくては。視界の右上にはミッションが表示されている。最初はギルドへ行き、身分証明書を作るところから始めるようだ。それでは、移動しよう。
......。どうやって移動するんだ?いや、覚えてるよ?自分の種族が「石」だってこと。目を覚ました瞬間、明らかに目線が低かったんだもん......。冷静を装っていたけど、びっくりしたよ?だって、周りが巨人だらけなんだもん。ガリバーって、こんな気持ちだったんだろうな。誰にも共感されることのない感情が湧いてきた。
うん。無理だ。一回ログアウトしよう。
このゲームは意外と高性能で、手で操作しなくても目線だけでUIを操作できる。これも、手のない種族が選べることへの配慮なのだろう。だが、それを使うのが自分であってほしくはなかった。そんな悲しい思いをしながら、メニューを操作してログアウトする。
自分の部屋で目を覚ます。さて、やることは決まっている。急いで椅子に座り、パソコンを立ち上げる。そして公式ホームページへ飛ぶ。Q&Aのページを開き、マウスホイールを回しながら「やり直し」の項目を探す。見つけた。
Q. このゲームでキャラクターのやり直しはできますか?
A. できません。
――終わった。楽しみにして、この一週間を過ごしてきた。まさか、こんなことで挫折することになるなんて思ってもみなかった。
一応、公式にメールでやり直しができないか問い合わせてみた。しかし、返ってきたのは定型文。要約すると、
「できません」
それだけだった。その返信を見てから、一時間ほど何もやる気が起きなかった。
そんな時間が過ぎたころ、一つの考えが浮かんだ。こんな風に何もせず過ごすくらいだったら、ゲームの中でぼーっとしていた方がマシなのでは?そんな錯乱した考えから、俺は再びゲームにログインしていた。
目の前に広がる景色は輝いていた。だが、それに触れることはできない。だって俺は――。手も足もない、ただの石なのだから。




