第三十七話
「……これ以上は、何も出てきませんね」
サン社員が本を閉じた。
俺たちはしばらくの間、リーン伯爵家が冒険者とどう関わってきたのかを調べていたが、見つかった記録のほとんどは、これまでに分かっていたことと同じだ。
リーン伯爵家は昔から冒険者を受け入れていて、魔物の被害が増えた時には、冒険者に討伐を依頼する。
さらに、武器屋や宿屋などに冒険者向けの設備を整え、町全体で冒険者を受け入れる体制を作っていた。
結果、魔物による被害は減り、町の商業も活発になった。
「冒険者を利用して、町を発展させてきたってことか」
「そう考えてよさそうですね」
始まりの町の領主とは、ずいぶん考え方が違う。
始まりの町では、冒険者の力を警戒する一方で、リーン伯爵は冒険者を積極的に受け入れている。
「どっちが正しいんだろうな」
「どちらも領民を守るためですからね。そう考えると、どちらも正しいことをしていますね」
「そうだな」
魔物が多い場所なら、強い冒険者を受け入れた方がいいし、逆に、冒険者が強くなりすぎることで町に被害が出るなら、警戒する必要がある。
どちらも間違っているとは言い切れない。
『環境が違うから政策も違うってことか』
『考えれば当たり前のことだったな』
『始まりの町はいきなり冒険者が増えすぎた結果、警戒するようになったのかもな』
「その考えがしっくりくるな」
俺はそこで一度、話を止める。
それなら一つ気になることがある。
「結局、黒装備の連中は何なんだ?」
「黒装備の方々ですか?」
「ああ」
リーン伯爵は昔から冒険者を受け入れていることは分かった。
新しい町で黒装備の連中が歓迎されているのも、そこまで不思議ではない。
でも、武器屋で受け取った弓は、町が解放される二週間前から注文されていたこと。
その注文書を持ってきた人物には、リーン伯爵家の紋章が入った短剣があった。
そうなると、
「リーン伯爵家と何らかの関係がある可能性は、やっぱり残るよな」
「そうですね」
「でも、これだけじゃ伯爵が黒装備の連中を支援しているとは言えないよなぁ」
『冒険者を昔から支援してたんだもんな』
『黒装備だけ特別扱いしてた証拠がない』
むしろ、リーン伯爵家が冒険者を支援しているからこそ、黒装備の連中もその恩恵を受けているだけかもしれない。
「だったら、あいつらは何のためにここにいるんだろうな」
新しい町ではNPCと普通に接していて、武器屋では歓迎され、注文した武器まで用意されていた。
その一方で、始まりの町ではNPCとの関係を悪化させようとしている。
「……進化の条件がやっぱり一番怪しいか」
『黒装備本人が言ってたしな』
『条件のためだったって』
『NPCと仲良くしてたら邪魔になるってやつな』
「そうなんだよな」
あいつらは、進化の条件を知っていてその条件を満たすために行動している。
NPCとの関係を悪化させることも、その一つなのだろう。
「それでも、まだ分からないことが多すぎる」
「例えば、どのようなことでしょう?」
「どうして始まりの町なんだ?」
リーン伯爵が冒険者を支援していることと、黒装備の連中が始まりの町で問題を起こしていること。
この二つは、今のところ直接は繋がっていない。
むしろ、両方の領主の考え方が違うからこそ、黒装備の連中がそれぞれの町を利用している可能性だってある。
「いったん、リーン伯爵について調べるのはここまでにしよう」
「よろしいのですか?」
「ああ。これ以上調べても、今の情報だけじゃ答えは出ないと思う」
『珍しく諦めが早い』
『石が弱い』
「いや、別にうまくねえからなそれ」
俺は配信コメントにそう返す。
「それより、始まりの町に戻った方がいい」
「侯爵様に報告するんですか?」
「それもある」
俺は少し考える。
そういえば、始まりの町の領主から依頼されたクエストがあった。
【クエスト:陰謀を暴け】
最近、この町と周辺地域で冒険者と住民の間に不和が生じている。
その裏で何者かが暗躍している可能性がある。
原因を調査し、陰謀の全容を明らかにせよ。
俺は改めて、その文章を思い出す。
「なあ、サン社員」
「はい?」
「このクエストって、誰の陰謀を暴けって書いてた?」
「……いえ」
「だよな」
クエストには、誰が黒幕なのかなんて書かれていない。
最初から「リーン伯爵を調べろ」と言われたわけでもない。
むしろそこの部分について侯爵は濁していた。
こっちが勝手に解釈したような形になっている。
ただ、この町と周辺地域で起きている不和を調査しろとクエストでは言われただけだ。
侯爵が口頭で黒装備の連中を調べて欲しいとは言っていたが、このクエストの内容には含まれていない。
「だったら、まだ調査する場所は残ってる」
『始まりの町に戻るのか』
『侯爵に報告してみようぜ』
「そうしよう」
俺はそう答えた。
その時、ふと配信コメントの一つが目に入った。
『そういえば侯爵家の紋章って何なんだ?』
「紋章?」
『ほら、リーン伯爵家は槍だったじゃん』
「ああ」
『始まりの町の侯爵家にも紋章とかあるんじゃない?』
「たぶんあるだろうな」
俺は以前、門や役所などで見た紋章を思い出そうとするが、はっきりとは覚えていない。
「日出夫、知ってる?」
俺がコメント欄を見ると、すぐに返事があった。
『もちろん知ってるよ(´・ω・`) 始まりの町を治める侯爵家の紋章は、太陽だよ(´・ω・`) 』
「太陽?」
『うん(´・ω・`) かなり昔から使われている紋章だね(´・ω・`) 』
『へー』
『ここにもいて草』
『伯爵家が槍で侯爵家が太陽か』
『なんか格好いいな』
「そうなんだ」
俺はそれだけ答えた。
日出夫はこういうことを本当によく知っている。
貴族の爵位についても詳しかったし、今回のリーン伯爵についても色々と教えてくれた。
情報の出所を教えてくれないのは情報屋でもやってるんだろうか?
「……まあ、今はいいか」
それよりも、始まりの町で確認したいことがある。
黒装備の連中。
NPCと冒険者の関係。
そして、あの侯爵が何を考えているのか。
俺たちが今まで集めてきた情報を、もう一度整理する必要がある。
「それじゃあ、帰ろうか」
「はい」
サン社員は立ち上がり、図書館を出る。
そして、始まりの町へ向かうために町の出口へと歩き始めた。
今回の調査で、すべてが分かったわけではない。
それでも、今回の調査で一つはっきりしたことがある。
リーン伯爵家が冒険者を受け入れていることと、始まりの町の侯爵が冒険者を警戒していること。
どちらも、領民を守るための行動なのだと考えられる。
その二つの考え方の間で、黒装備の連中はいったい何をしているのか。
「……やっぱり、あいつらをもう一度調べる必要があるな」
そう呟きながら、俺たちは始まりの町への帰路についた。




