第十八話
サン社員は今、巨大な木製のドアの前に立っている。
さかのぼること、一時間ちょっと前。
兵士の後に続いて館へ入る。
領主の館は、意外なことに質素だった。
もっと絵画や鎧、そのほか高価そうなものが飾られていると思っていたが、そういったものはほとんどない。
むしろ、機能性に特化した館という印象が強かった。
そんな館を進んでいくと、とある部屋に案内された。
「ここで待っているように」
兵士はそう言うと、自分の職務に戻っていった。
しばらくすると、館のメイドが入ってきた。
どうやら、お茶を提供するために来たようだ。
茶色の髪をした彼女は、慣れた手つきでお茶を入れると、一礼して部屋を後にした。
特にすることもなく待つこと三十分。
すると、部屋に執事らしき人物が入ってきた。
「大変お待たせいたしました。主人の用意が整いましたので、私についてきてください」
部屋に設置されたソファから立ち上がり、執事についていく。
そして、領主と面会する部屋の前に立った。
執事が部屋をノックする。
「ご主人様、お客人をお連れいたしました」
「入れ」
低く、威厳のある声が部屋の中から聞こえてきた。
執事が扉を開き、中に入るよう促す。
「失礼いたします」
そう一言声をかけて一礼し、室内へ入っていく。
部屋の中も、館と同じくシンプルで機能的なものになっていた。
ただ、一つだけ違う。
正面には年季の入った執務用の机があり、その後ろにはアッシュグレーの髪をした五十代半ばほどの男が座っていた。
彼が領主なのだろう。
こちらを見つめている。
直接顔を合わせているわけではない。
それでも、俺はその男を見ているだけで、なぜか少し寒気を覚えた。
「お初にお目にかかります。私、冒険者をしております。サン社員と申します。ご多忙の中、お時間をいただき、誠にありがとうございます」
「よい。私はアンリ=ギルフォード。この国の侯爵であり、王からこのあたり一帯の領主を任されている」
領主が椅子に深く腰を掛け直す。
「君が私に聞きたいことだが、その前に一つ確認しておきたい」
「はい」
少し気圧されているのか、サン社員の声がわずかに上ずっている。
「君は、なぜ高レベルの冒険者について調べている?」
サン社員が答えに迷っているようだ。
『正直に話していいと思う』
俺は配信のコメントにそう書き込んだ。
それを見たサン社員が小さく頷く。
「きっかけは、お店の人たちの反応でした……」
そう切り出すと、高レベルのプレイヤーに対する態度の違い、町の人々が特定の事項について口を濁すこと、「私には」「私は詳しくない」といった表現をしていたことなど、これまでに調べた結果を簡潔に領主へ伝えた。
領主は一通り説明を聞くと、
「……なるほど」
と、一言だけつぶやいた。
そして少しの沈黙の後、
「そこまで調べたのか」
と、何かをかみしめるような顔で頷いた。
『これまでの考察が正しいか聞いてみてくれ』
「何か、間違っていますか?」
「いや。むしろ、そこまでたどり着いたことに驚いている。君たちが聞きたいことは、わかっているつもりだ。我々がなぜ情報を隠しているのかについてだろう?」
そして領主は、一段優しくなった声でこちらに問いかけてきた。
「この町に住む者たちが、冒険者を恐れる理由を知りたいのだろう?」
「はい」
「それならば聞きたい。君たち冒険者とは、どういう存在だ?」
「それは……。モンスターを狩り、日々の糧を稼ぎ、成長していく人間という認識です」
「そうか。そういう認識なのだな」
領主は一瞬だけ、悲しそうな顔をしたような気がした。
「それでは、私たちの立場になって冒険者という存在について考えてみるといい。彼らは強い。我々にはない力を持っている。そして、死んでも蘇る」
その言葉に、俺は衝撃を受けた。
そうだ。
NPCにとって俺たちは、強大な力を持った得体の知れない存在なのだ。
そして領主は、言葉をつないでいく。
「そして、その力を持つ者たちの中には、町の人間を傷つける者もいると考えている。武器の販売をしている者が街道で襲われ、今も生死の境をさまよっている。その傷はモンスターによるものではなく、人の手によって作られた武器によるものだった。そして、その者が取り扱っていた武器と似たものを、ある冒険者が持っていたと報告が上がっている。だが、襲われた本人の訴えがなければ、こちらは動くことができない。そういった報告が、いくつも上がってきている」
「それは……」
その言葉に、何も言うことができなかった。
「他にも、冒険者ギルドから報告を受けている。この町に近いところで、森の奥に住んでいるはずの強大なモンスターの姿が見られるようになったとな。それに加え、素材の供給が過剰になったせいで、市場にも大きな影響が出ている。だから我々は、冒険者がこれ以上強くなることを望んでいない」
「……進化ですか?」
「そうだ」
『やはり進化について領主は何か知ってるのか』
「レベルが30に到達した者が、さらに力を得る方法を知ればどうなる? これ以上の混乱が起きることは目に見えている。我々には、それを止める術がないのだ。だから情報を封じている」
領主が、力のこもった目でこちらを見つめている。
「我々が情報を隠していることを、君は卑怯だと思うか?」
その問いに、サン社員は何も答えられなかった。
そこにいるのが俺でも、何も答えられなかっただろう。
「我々は、一度死ねばそれまでだ。だが、君たちは違う。何度死んでも蘇る。そんな者たちが、我々よりはるかに強い力を持とうとしている。私は、隠すしかないと思っている。冒険者のために、住民を危険にさらすわけにはいかないのだよ」
そこまで黙っていたサン社員が、口を開く。
「では、すべての冒険者が危険だと思っているのですか?」
「いや、すべてではない。だが、我々にはその区別がつかないのだ」
『実際に今いる冒険者たちはどうなのか聞いてみてくれ』
俺のコメントを、サン社員が代わりに問いかける。
「……それを知りたいのか?」
「はい」
「君たちは冒険者なのだろう? ならば、冒険者たちが何をしているのかを自分の目で見てくればいい。そして、そのうえで私の話が間違っていると思うなら、またここへ来るといい」
そう言うと、面会は終わりを告げた。
サン社員が館を出ると、巨大な木製のドアがゆっくりと閉じていった。
その扉はまるで、俺たちを拒絶しているように見えた。




