第八話 不動の盾
ピシッ。
巨大な壁の亀裂が広がる。
地下空間に緊張が走った。
「全員退避!」
「防御結界展開!」
「急げ!」
兵士たちが叫ぶ。
魔導士たちが一斉に術式を展開する。
だが。
レクスは動かない。
ヴェルドも動かない。
二人とも壁の向こうを見つめていた。
そして。
ドォォォォォン!!
爆音。
壁が内側から吹き飛んだ。
大量の土煙が舞い上がる。
リリアは思わず目を閉じる。
やがて煙が晴れた。
そこに立っていたのは、一人の大男だった。
身長は二メートルを超えている。
褐色の肌。
鋼のような筋肉。
額には二本の角。
まるで歩く要塞だった。
男は周囲を見渡す。
そして自分の腕を見る。
拳を握る。
開く。
もう一度握る。
「……変な身体だな」
低い声が響く。
混乱している様子はない。
だが違和感は感じているらしい。
首を傾げながら自分の身体を確かめている。
「おいおい」
ヴェルドが笑った。
「もっと驚けよ」
大男の視線が向く。
「ヴェルドか」
「あ?」
「生きていたのか」
「第一声がそれか?」
「死んでいると思っていた」
「失礼な奴だな」
大男は無視した。
次にレクスを見る。
数秒。
沈黙。
そして。
「レクスだな」
言い切った。
リリアが思わず声を上げる。
「分かるんですか!?」
「魔力で分かる」
大男は当然のように答えた。
「姿など関係ない」
レクスは苦笑する。
「相変わらずだな」
「お前ほどではない」
短いやり取り。
だがそこには確かな信頼があった。
少なくともヴェルドとの関係よりは穏やかだ。
「状況を説明しろ」
大男が言う。
レクスは簡潔に語った。
封印。
三万年。
人類の文明。
そして現在の状況。
大男は最後まで黙って聞いていた。
途中で一度も口を挟まない。
そして。
「そうか」
それだけだった。
リリアは思わず叫ぶ。
「それだけなんですか!?」
大男が首を傾げる。
「何がだ」
「三万年ですよ!?」
「そうだな」
「世界が変わってるんですよ!?」
「だろうな」
「もっと驚いてください!」
大男は少し考えた。
そして。
「腹は減った」
真顔で言った。
沈黙。
リリアは固まる。
ヴェルドが吹き出した。
「ははははっ!」
「相変わらずだな!」
「三万年ぶりに起きて最初が飯か!」
「重要な問題だ」
大男は真面目だった。
「最後に食事をしたのは三万年前だからな」
「確かにそうだが」
レクスまで苦笑している。
リリアは頭を抱えた。
この恐竜たち。
思っていたよりずっと変だった。
「紹介しよう」
レクスが言った。
「トリケラトプス族最強の戦士」
大男が腕を組む。
「ガイアだ」
兵士たちがざわつく。
また一体。
伝説の存在が目覚めた。
しかしガイア本人は気にしていない。
「ところで」
ガイアが言った。
「何だ」
「ここは地下だろう」
「ああ」
「なら地上へ出るぞ」
レクスが頷く。
「我もそう思っていた」
ヴェルドも肩を竦めた。
「三万年後の世界か」
金色の瞳が細くなる。
「少し興味があるな」
リリアは目を瞬く。
「見に行くんですか?」
「当然だ」
ガイアが答えた。
「今を知らなければ始まらん」
その言葉にレクスも同意する。
世界は変わった。
ならばまず知るべきだ。
自分たちが今どこにいるのかを。
「案内しろ」
ガイアがリリアを見る。
「え?」
「人類の娘」
リリアはぽかんとする。
「私ですか?」
「他に誰がいる」
当然のように言われた。
リリアは思わずレクスを見る。
すると。
「頼めるか」
レクスが言った。
「むしろお前しかいない」
ヴェルドも頷く。
「安心しろ」
「食わん」
「そこを心配してるんじゃありません!」
地下空間に笑いが広がる。
緊張していた兵士たちも少しだけ肩の力を抜いた。
こうして。
三万年の眠りから目覚めた恐竜たちは。
初めて地上へ向かうことになった。
だが。
彼らはまだ知らない。
三万年後の世界が。
自分たちの想像を遥かに超えていることを。




