第五話 目覚める狩人
地下区画へ続く階段を、レクスは迷うことなく駆け下りていた。
後ろからリリアが必死についてくる。
「レ、レクスさん! 待ってください!」
だがレクスは止まらない。
感じるのだ。
地下深くから漏れ出る懐かしい魔力を。
数万年前、確かに存在していた気配を。
そしてその気配は、刻一刻と強くなっていた。
最深部へ近づくにつれ、兵士や魔導士の数も増えていく。
「封印値低下!」
「第三結界崩壊!」
「魔力供給が追いつきません!」
怒号が飛び交う。
現場は混乱の渦中だった。
やがてレクスたちは巨大な空間へ辿り着く。
地下とは思えないほど広大な空洞。
中央には巨大な魔法陣。
幾重にも重なる封印術式。
無数の鎖。
そしてその中心には、一つの巨大な結晶が浮かんでいた。
「やはりか……」
レクスが目を細める。
この気配を忘れるはずがない。
その瞬間。
パキッ。
小さな音が響いた。
誰もが凍りつく。
結晶に一本の亀裂が走っていた。
「まずい!」
魔導士が叫ぶ。
「封印が限界だ!」
次の瞬間。
パキパキパキパキッ!!
無数の亀裂が広がる。
そして。
ドォォォォォン!!
轟音と共に結晶が砕け散った。
爆風が吹き荒れる。
兵士たちが吹き飛ばされる。
魔導士たちが悲鳴を上げる。
リリアも思わず目を閉じた。
やがて煙が晴れる。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
肩まで伸びた銀髪。
金色の瞳。
細身ながら引き締まった身体。
人間によく似た姿。
だが首筋には深緑の鱗が浮かび、指先には鋭い鉤爪が伸びている。
男はゆっくりと目を開いた。
「……ここは」
掠れた声。
そして自分の手を見る。
「何だ、これは」
長い指。
人間のような腕。
巨大な前脚ではない。
男の眉がひそめられる。
「ふざけるな……」
次に自分の身体を見下ろす。
尾がない。
巨体もない。
見慣れた姿がどこにもなかった。
そして。
「……人語?」
自らの声に気付く。
なぜ話せる。
なぜ理解できる。
知らない知識が頭の中に流れ込んでいる。
理解できない。
だが異常が起きていることだけは分かった。
「対象確認!」
「包囲しろ!」
「攻撃準備!」
兵士たちが武器を構える。
魔導士たちが魔法陣を展開する。
だが男は気にも留めない。
その時だった。
ふと。
懐かしい魔力を感じた。
男が顔を上げる。
視線の先。
一人の黒髪の青年が立っていた。
「……?」
知らない顔だった。
だが。
その魔力だけは違う。
忘れるはずがない。
数万年経とうと。
姿が変わろうと。
「まさか……」
黒髪の青年が口を開く。
「久しいな」
男の瞳が大きく見開かれる。
「……レクス?」
「そうだ」
短い返答。
男は絶句した。
「馬鹿な」
「本当に貴様か」
信じられなかった。
だが魔力が告げている。
目の前にいるのは間違いなくレクスだと。
「貴様も……その姿になったのか」
「お前も同じらしいな」
レクスが答える。
沈黙が落ちる。
だが再会を喜ぶ空気はない。
むしろ逆だった。
男――ヴェルドの表情が徐々に険しくなっていく。
「……なるほど」
低い声。
「目覚めて最初に見る顔が貴様とはな」
明確な苛立ちが滲んでいた。
リリアは思わずレクスを見る。
二人の間に流れる空気がおかしい。
同胞。
仲間。
そんな雰囲気ではなかった。
「相変わらずだな」
レクスが呟く。
「黙れ」
即答だった。
周囲の兵士たちも異変に気付く。
張り詰めた空気。
今にも衝突しそうな気配。
「封印の中心にいた王族が生きている」
ヴェルドはレクスを睨む。
「笑えん冗談だ」
「我も同じ気分だ」
「ほざけ」
金色の瞳が細められる。
その殺気にリリアは息を呑んだ。
殺意だ。
本物の。
隠そうともしていない。
「レクスさん……」
思わず声が漏れる。
だがレクスは動じない。
まるで慣れているかのようだった。
「三万年だ」
レクスが言った。
ヴェルドの眉が動く。
「何?」
「我らは三万年以上封印されていた」
沈黙。
ヴェルドは数秒固まった。
「……は?」
初めて動揺が浮かぶ。
「三万年?」
「そうだ」
再び沈黙。
ヴェルドは天井を見上げた。
長い時間だった。
長すぎる時間だった。
知る者は誰もいないだろう。
敵も。
仲間も。
家族も。
すべて失われている。
「……そうか」
小さく呟く。
しかし次の瞬間。
再びレクスを見る。
「だが関係ないな」
その言葉にリリアは目を瞬いた。
「え?」
「三万年だろうが十万年だろうが関係ない」
ヴェルドは吐き捨てる。
「王族は嫌いだ」
地下空間が静まり返る。
「特に貴様はな」
殺気が膨れ上がる。
兵士たちが青ざめた。
魔導士たちが後ずさる。
レクスだけは静かだった。
「相変わらずだ」
「当然だ」
ヴェルドは笑う。
獰猛に。
獲物を見つけた肉食獣のように。
「次こそ殺してやる」
その言葉に。
レクスもまた僅かに口元を吊り上げた。
「できるものならな」
数万年ぶりの再会。
だがそれは感動的なものではなかった。
太古の時代から続く因縁。
それが再び動き出した瞬間だった。




