第四十話 浄化の水
レヴィアが巨大な魔獣の前へ歩み出る。
巨大な魔獣は低く唸った。
赤い瞳がレヴィアを捉える。
「グルルルル……」
「そんなに睨まなくてもいいじゃない」
レヴィアはくすりと笑う。
両手をゆっくりと広げた。
その瞬間。
周囲の空気が震える。
サラサラ……。
森中の水分が集まり始めた。
木々の葉から。
地面の土から。
小川から。
無数の水滴が空へ舞い上がる。
「な、何だあれ……」
冒険者たちが息を呑む。
あっという間に、水は巨大な球体となって空中に浮かんだ。
リリアも思わず見上げる。
「すごい……」
レヴィアは水球を見つめながら、小さく首を傾げた。
「全部流しちゃえばいいのよね?」
レクスが頷く。
「ああ」
「なら」
レヴィアは人差し指を軽く振った。
巨大な水球が一瞬で形を変える。
幾本もの水の縄となって巨大な魔獣へ襲いかかった。
ドバァッ!!
魔獣は避けようとする。
しかし、水は意思を持つように体へ巻き付いた。
前脚。
後脚。
胴体。
首。
瞬く間に拘束される。
「グオオオオッ!!」
魔獣が暴れる。
だが、水の縄は切れない。
それどころか。
体を覆っていた黒い瘴気が、水へ溶けるように剥がれ始めた。
ジュゥゥゥ……。
黒い煙が立ち昇る。
「効いてる!」
リリアが声を上げた。
巨大な魔獣は苦しそうに咆哮する。
その赤い瞳からも、少しずつ黒い光が消えていく。
レヴィアは眉をひそめた。
「やっぱり」
「魔獣そのものがおかしいんじゃない」
「この黒い力が原因ね」
ガイアが腕を組む。
「つまり、操られていたのか」
レクスも静かに頷いた。
「ああ」
その時だった。
巨大な魔獣の体から最後の瘴気が剥がれ落ちる。
ドサッ。
巨体が地面へ倒れ込んだ。
森が静まり返る。
ゆっくりと。
巨大な魔獣が目を開いた。
もう赤くはない。
澄んだ金色の瞳だった。
親子の魔獣が恐る恐る近付く。
巨大な魔獣は二頭を見ると、小さく鼻を鳴らした。
敵意はなかった。
「助かった……のか?」
バルドが呟く。
レクスは巨大な魔獣へ歩み寄る。
魔獣は静かに頭を下げた。
まるで礼を言うように。
そして。
森の奥へゆっくり歩いていく。
親子の魔獣も、その後を追った。
やがて三頭の姿は木々の向こうへ消えていった。
しばらく誰も口を開かなかった。
「討伐依頼だったのに……」
若い冒険者が呟く。
バルドは腕を組み、大きく笑った。
「違うな」
全員が振り向く。
「依頼は達成だ」
「魔獣はもう人を襲わねぇ」
「それで十分だ」
冒険者たちから歓声が上がる。
リリアも嬉しそうに笑った。
その様子を見ていたレクスは、小さく頷く。
「これが」
静かに呟く。
「今の時代の冒険者か」
その言葉に、バルドは笑みを浮かべた。
「ああ」
「守るために戦う」
「それが冒険者だ」
レクスはその言葉を胸に刻むように、静かに空を見上げた。




