第三十七話 守るための牙
レクスはゆっくりと魔獣へ歩み寄った。
「レクス様!」
カルが慌てて後を追う。
だが、レクスは右手を軽く上げた。
「来るな」
カルは足を止める。
魔獣たちは一斉に牙を剥いた。
グルルルル……。
低いうなり声が森に響く。
今にも飛びかかりそうだ。
しかし、レクスは立ち止まらない。
「危険です!」
リリアが叫ぶ。
それでもレクスは歩き続けた。
やがて。
一頭の魔獣と数歩ほどの距離まで近づく。
互いに見つめ合う。
長い沈黙。
その時だった。
奥の茂みから、小さな鳴き声が聞こえた。
「キュゥ……」
子どもの魔獣だった。
まだ歩くのもおぼつかないほど幼い。
親らしき魔獣は、すぐに子どもの前へ立つ。
牙を剥きながらも、一歩も前へ出ようとはしない。
戦いたいのではない。
守りたいだけなのだ。
レクスは静かに振り返る。
「バルド」
「ああ」
「依頼は討伐だったな」
「そうだ」
バルドは剣を握ったまま答える。
「だが、ギルドは理由もなく魔獣を狩れとは言わねぇ」
その言葉に、レクスは頷いた。
「なら問題ない」
ヴェルドがニヤリと笑う。
「お前、考えがあるんだな?」
「ああ」
レクスは再び魔獣を見る。
「この群れを街へ向かわせなければいい」
リリアは目を瞬かせた。
「討伐しなくても……?」
「依頼の目的は、人々を守ることだ」
レクスは淡々と言う。
「倒すこと自体が目的ではない」
バルドは腕を組み、しばらく考え込んだ。
そして。
「……確かにな」
剣を鞘へ納めた。
「よし!」
討伐隊へ振り返る。
「武器を下げろ!」
冒険者たちは驚いた。
「ギルドマスター!?」
「こいつらは縄張りを守ってるだけだ!」
「刺激するな!」
命令を受け、全員が武器を下ろす。
すると。
魔獣たちも少しずつ牙を収め始めた。
緊張が解けていく。
その時。
ルナが空を見上げた。
「待って」
全員が彼女を見る。
ルナの表情が険しい。
「何か来る」
次の瞬間。
森の奥から、大木をなぎ倒す轟音が響いた。
ドゴォォォン!!
地面が揺れる。
魔獣たちが一斉に怯えたように後ずさる。
親の魔獣は子どもを庇い、低く唸る。
「この反応……」
ガイアが目を細める。
「さっきの群れとは別だ」
バルドが剣を抜く。
「全員、警戒!」
森の奥から姿を現したのは――
魔獣だった。
しかし、その体は通常の倍近い大きさ。
全身を黒い瘴気が覆い、赤い瞳だけが妖しく光っている。
そして。
目の前の親子の魔獣へ向かって、大きく咆哮した。
レクスは静かに一歩前へ出る。
「……なるほど」
その瞳は、巨大な魔獣を真っ直ぐ見据えていた。




