第三十二話 暴君の目覚め
西部山脈。
そこは既に地獄だった。
木々がなぎ倒されている。
巨大な岩壁は崩れ。
谷には無数の亀裂が走っていた。
まるで。
災害そのものが歩いた後のようだった。
「……これは」
リリアは言葉を失った。
商隊と別れ。
山脈へ入ってから一時間。
目の前に広がる光景は、人類の常識を遥かに超えていた。
「暴れてるな」
ヴェルドが呟く。
「ああ」
ガイアも頷く。
「相当だ」
ディノは周囲を見回した。
「戦闘の跡ではないな」
「違うわ」
ルナが空から降りてくる。
「一体だけ」
「しかも、まだ動いてる」
その言葉に。
全員の表情が変わった。
レクスは地面に触れる。
伝わってくる。
巨大な魔力。
そして。
懐かしい気配。
「……間違いない」
その時だった。
ドォォォォォン!!
山が揺れた。
リリアが思わずしゃがみ込む。
遠く。
山の向こうから土煙が上がった。
「来るぞ」
レクスが立ち上がる。
次の瞬間。
轟音。
爆音。
そして。
山を突き破って。
それは現れた。
「……っ!」
リリアは息を呑んだ。
巨大。
とにかく巨大だった。
黒い鱗。
太い四肢。
鋭い牙。
そして。
頭部を覆う、分厚い骨の鎧。
十数メートルはある。
怪物だった。
その咆哮だけで。
周囲の木々が吹き飛ぶ。
「うおおおおおおおお!!」
理性がない。
ただ。
怒りだけがあった。
ディノが目を見開く。
「まさか……!」
ガイアも顔をしかめた。
「あいつか」
ヴェルドは苦笑する。
「最悪だな」
リリアは震える声で聞いた。
「し、知ってるんですか?」
レクスは頷いた。
「ああ」
巨大な恐竜を見上げる。
かつて。
何度も王族に反旗を翻した。
力だけなら最強クラス。
だが。
頭が悪い。
そして。
誰よりも暴れる。
「パキケファロ族最強の戦士」
巨大な恐竜が再び咆哮する。
山が揺れる。
空気が震える。
レクスは小さく息を吐いた。
「ドランだ」
その瞬間。
巨大な恐竜――ドランが。
レクスたちに気付いた。
真紅の瞳。
その視線が。
一瞬だけ。
レクスで止まる。
「……?」
怒りが。
止まった。
数秒。
沈黙。
そして。
ドランの巨大な目が。
ゆっくりと見開かれる。
「……お……う……?」
掠れた声。
レクスは目を細めた。
「久しぶりだな」
ドランは固まった。
さらに。
ヴェルド。
ガイア。
レヴィア。
ディノ。
ルナ。
カル。
全員を見る。
そして。
山を揺らすほどの声で叫んだ。
「おおおおおおおおおっ!!」
歓喜だった。
次の瞬間。
巨大な身体が。
全力で。
レクスに向かって走り出した。
「レクス様!」
カルが叫ぶ。
「違う」
レクスは動かない。
「あれは――」
ドォォォォォン!!
大地が揺れる。
そして。
巨大な恐竜は。
レクスの目の前で。
思い切り土下座した。
「王ぉぉぉぉぉ!!」
山脈全体に。
泣き声が響き渡った。




