第二十話 王族の資格
黒い魔力が森を覆う。
木々が軋む。
地面が割れる。
暴走した同胞は苦しそうに咆哮を上げた。
ドォォォォォォン!!
衝撃が周囲へ広がる。
リリアは思わず顔を庇った。
「これが……暴走……」
「封印の後遺症だな」
ヴェルドが珍しく真面目な顔で答える。
「三万年も閉じ込められていたんだ」
「こうなる奴もいる」
レヴィアも頷く。
「むしろ今まで出なかった方が不思議よ」
しかし。
レクスだけは黙っていた。
暴走する同胞を見つめている。
その目には怒りも敵意もない。
ただ責任だけがあった。
やがて。
レクスが前へ出る。
「お前たちは下がっていろ」
リリアが目を瞬く。
「一人で?」
「ああ」
ガイアも止めない。
ヴェルドも止めない。
レヴィアも当然のように見ている。
まるで。
結果が分かっているかのように。
黒い巨体がレクスを見つける。
そして突進した。
地面が抉れる。
巨木が吹き飛ぶ。
圧倒的な質量。
圧倒的な速度。
人間なら反応すらできない。
だが。
レクスは動かない。
そして。
迫る巨体へ向かって右手を伸ばした。
ドォォォン!!
衝撃。
森が揺れる。
しかし。
止まっていた。
巨大な身体が。
レクスの片手によって。
「なっ……」
リリアは声を失う。
あり得ない。
体格差は何十倍もある。
それなのに。
レクスは一歩も下がらない。
黒い巨体が暴れる。
吠える。
押す。
だが動かない。
「落ち着け」
レクスが静かに言う。
「ここは戦場ではない」
返事はない。
代わりに咆哮。
黒い魔力がさらに膨れ上がる。
「駄目か」
レクスは小さく呟いた。
そして。
初めて魔力を解放する。
ズン。
空気が沈んだ。
森全体が静まり返る。
鳥も。
獣も。
風さえも。
止まったように感じた。
リリアの背筋が震える。
今まで感じたことのない圧力だった。
「これが……」
声が出ない。
ガイアが腕を組む。
「久しぶりだな」
「そうだな」
ヴェルドも笑う。
レヴィアは楽しそうに眺めている。
黒い巨体も止まった。
目の前の存在を理解したからだ。
本能で。
魂で。
理解した。
自分より上だと。
「聞け」
レクスが告げる。
低く。
静かに。
だが逆らえない声だった。
「お前は一人ではない」
巨体が震える。
「恐れる必要もない」
レクスは一歩前へ出た。
「もう終わった」
その瞬間。
黒い巨体の瞳から力が抜ける。
暴れていた魔力も収まり始める。
そして。
巨体が崩れ落ちた。
ドォン。
森が揺れる。
静寂が訪れた。
「終わったか」
ガイアが呟く。
レヴィアも肩を竦める。
「やっぱり王族ね」
ヴェルドは笑う。
「こういうのはお前の役目だ」
リリアだけが理解できなかった。
戦った訳ではない。
倒した訳でもない。
それなのに。
あの暴走が止まった。
レクスは眠るように倒れた巨体を見つめる。
そして。
静かに言った。
「後は目覚めるのを待つだけだ」
その言葉と共に。
巨大な身体が淡く光り始めた。
リリアは目を見開く。
何かが起きようとしていた。




