第十六話 最も厄介な女と不動の盾
レヴィアが訓練場の中央へ歩き出る。
蒼銀色の髪が揺れる。
その姿だけ見れば美しい女性だ。
危険には見えない。
少なくとも。
初対面なら。
「次はお嬢さんか」
バルドが笑う。
「手加減してやるよ」
その瞬間。
レクスが顔をしかめた。
ヴェルドは吹き出した。
ガイアは目を閉じる。
リリアは意味が分からない。
「何ですかその反応」
「終わったな」
ヴェルドが即答した。
「何がです?」
「バルドが」
嫌な予感しかしなかった。
訓練場中央。
レヴィアはにこにこしている。
機嫌が良さそうだった。
「始めるぞ」
審判が叫ぶ。
鐘が鳴る。
カーン!
しかし。
レヴィアは動かない。
バルドも動かない。
数秒。
沈黙が流れる。
「来ないのか?」
バルドが聞く。
「そっちこそ」
レヴィアが笑う。
「女の子を待たせるなんて失礼よ」
「言うじゃねぇか」
バルドが踏み込む。
速い。
冒険者たちが歓声を上げる。
斧が振り下ろされる。
だが。
当たらない。
レヴィアが避けた訳ではない。
突然。
彼女の前に水の壁が現れたのだ。
ドゴォン!!
斧が弾かれる。
「なっ!?」
バルドが目を見開く。
レヴィアはその場から動いていない。
笑っているだけだ。
「面白いわね」
指先をくるりと回す。
すると。
空中に水球が生まれた。
一つ。
二つ。
三つ。
十。
二十。
三十。
観客席がざわつく。
「何だあれ……」
「上級魔法か?」
「いや、多すぎるだろ」
レヴィアは首を傾げた。
「上級?」
意味が分からなかった。
三万年前なら珍しくもない。
少なくとも強者なら。
「行くわよ」
指を鳴らす。
次の瞬間。
大量の水球が飛んだ。
ドドドドドドドド!!
訓練場に轟音が響く。
バルドは必死に避ける。
斧で弾く。
防御する。
だが。
「うわっ!?」
足元から水が現れた。
転ぶ。
そこへ水球が殺到する。
ドォォォン!!
盛大な水しぶきが上がった。
観客席から悲鳴が上がる。
「死んだか!?」
「いや生きてる!」
水の中からバルドが飛び出した。
全身ずぶ濡れ。
それでも笑っている。
「最高だ!」
完全に戦闘狂だった。
レヴィアは楽しそうに笑う。
「丈夫ね」
「誰かさんに散々やられたからな!」
バルドも笑う。
だが。
その時だった。
レヴィアの笑顔が変わる。
悪戯を思いついた子供のような顔。
レクスが気付く。
「まずい」
「何がです?」
リリアが聞く。
ヴェルドも察したらしい。
「やりやがる」
ガイアは深いため息を吐いた。
レヴィアが両手を広げる。
すると。
訓練場全体の水が浮き上がった。
巨大な水塊になる。
観客席が静まり返る。
「おい」
バルドも引いた。
「待て」
レヴィアは笑顔だった。
「大丈夫よ」
「死なない程度にするから」
「その言葉が一番信用できねぇ!」
バルドが叫ぶ。
巨大な水塊はさらに膨れ上がる。
訓練場全体を飲み込めそうな規模だった。
職員たちの顔色が変わる。
「結界を張れ!」
「急げ!」
「間に合わない!」
しかし。
レヴィアは止まらない。
「いくわよ」
その時だった。
ガイアが前へ出た。
ゆっくりと。
レヴィアとバルドの間へ歩いていく。
「ガイアさん?」
リリアが目を瞬く。
ガイアは立ち止まった。
そして。
腕を組む。
それだけだった。
「来い」
レヴィアが首を傾げる。
「本気で?」
「ああ」
「壊れても知らないわよ?」
「お前では無理だ」
レヴィアの眉がぴくりと動く。
ヴェルドが吹き出した。
「あーあ」
「怒ったな」
レクスも頷く。
「怒ったな」
レヴィアは笑った。
とても綺麗な笑顔だった。
だが。
仲間たちは知っている。
本気で怒っている時の顔だと。
「後悔しても知らないわよ」
巨大な水塊が動く。
轟音。
津波。
まるで災害そのものだった。
観客席から悲鳴が上がる。
そして。
直撃。
ドォォォォォォォン!!
訓練場が揺れた。
水しぶきが天井まで吹き上がる。
誰も前を見ることができない。
やがて。
静寂が訪れた。
「終わったか……」
誰かが呟く。
だが。
水煙が晴れた先。
そこには。
ガイアが立っていた。
最初と同じ場所に。
最初と同じ姿勢で。
腕を組んだまま。
微動だにせず。
服すら乱れていない。
沈黙。
完全な沈黙だった。
「……は?」
バルドが呟く。
ガイアは首を傾げた。
「終わりか?」
レヴィアが数秒固まる。
そして。
「ふふっ」
吹き出した。
「あはははは!」
訓練場に笑い声が響く。
「相変わらず化け物ね!」
「お前にだけは言われたくない」
ガイアが答える。
レクスは頷いた。
「これで試験は十分だろう」
バルドは苦笑した。
もう理解していた。
勝てるとか勝てないとか。
そういう話ではない。
目の前の四人は別格だ。
自分たちとは根本から違う。
「合格だ」
バルドが宣言する。
「全員合格」
訓練場が歓声に包まれる。
こうして。
四体の恐竜は正式に冒険者となった。
ただし。
ギルド職員たちはまだ知らない。
自分たちがとんでもない問題児を四人まとめて登録してしまったことを。




