第十五話 速すぎる男
訓練場の中央。
ヴェルドが肩を回しながら前へ出る。
「次は俺だ」
銀髪の男は気楽そうだった。
まるで散歩でもするような雰囲気だ。
一方。
バルドは斧を構える。
先ほど吹き飛ばされたとは思えない。
むしろ目は輝いていた。
「面白ぇ」
バルドが笑う。
「今度はお前か」
「ああ」
ヴェルドも笑う。
「少し遊ぼうぜ」
嫌な予感しかしない。
リリアはもう諦め始めていた。
試験開始の鐘が鳴る。
カーン!
その瞬間。
バルドが飛び出した。
先ほどより速い。
本気だ。
観客席から歓声が上がる。
「おお!」
「ギルドマスター本気だ!」
斧が振り下ろされる。
だが。
空を切った。
「なっ!?」
バルドが目を見開く。
ヴェルドがいない。
どこにも。
「遅い」
声が後ろから聞こえた。
バルドが振り向く。
そこにヴェルドが立っている。
観客席がざわついた。
「いつ移動した!?」
「見えなかったぞ!」
再びバルドが突撃する。
横薙ぎ。
突き。
連撃。
だが。
当たらない。
ヴェルドは紙一重で避け続ける。
最小限の動きで。
まるで未来が見えているようだった。
「面白ぇ!」
バルドは笑う。
「面白ぇな!」
攻撃速度がさらに上がる。
だが。
当たらない。
一撃も。
かすりもしない。
ヴェルドは余裕だった。
片手をポケットに入れたまま避けている。
「おい」
レクスが呟く。
「舐めすぎだ」
「大丈夫だろ」
ヴェルドは笑う。
「人類の実力も見たいしな」
バルドの額に青筋が浮く。
「余裕見せやがって!」
全力の一撃。
だが。
やはり当たらない。
ヴェルドはため息を吐いた。
「悪くない」
素直な感想だった。
「三万年でここまで強くなったのは認める」
その言葉に。
バルドは違和感を覚えた。
三万年?
さっきから何だそれは。
だが。
考える暇はなかった。
ヴェルドが初めて構えたからだ。
「一回だけだ」
銀髪の男が笑う。
「見せてやる」
次の瞬間。
姿が消えた。
観客席がどよめく。
「消えた!?」
違う。
速すぎて見えないだけだ。
バルドが反応する。
だが遅い。
気付いた時には。
ヴェルドは背後にいた。
軽く肩を叩く。
それだけ。
それだけだった。
しかし。
ドォォォォン!!
衝撃波が発生した。
バルドの身体が前方へ吹き飛ぶ。
訓練場を転がり。
壁の直前でようやく止まった。
静寂。
完全な静寂だった。
誰も理解できない。
何が起きたのか。
バルド本人ですら分からない。
「終わりだ」
ヴェルドが言う。
観客席が凍り付く。
レクスは腕を組んだ。
「加減したな」
「した」
ヴェルドは頷く。
「死ぬからな」
さらっと言った。
リリアは遠い目になった。
基準がおかしい。
完全におかしい。
だが。
その時だった。
バルドが立ち上がる。
ふらつきながら。
それでも立った。
観客席から歓声が上がる。
「すげぇ!」
「まだ立つのか!」
ヴェルドも少し驚いた。
「丈夫だな」
「誰のおかげだと思ってる」
バルドは笑った。
血だらけだった。
だが。
笑っていた。
「次だ」
斧を地面へ突き立てる。
「残り二人も見せろ」
その言葉に。
レヴィアがにやりと笑った。
リリアの背筋が凍った。
今までで一番嫌な笑顔だった。
「私の番ね」
レヴィアが前へ出る。
周囲はまだ知らない。
四人の中で。
最も厄介なのが誰なのかを。




