第十二話 金がない
「合計で――」
店員が伝票を見る。
嫌な予感がした。
「銀貨三十二枚になります」
リリアは固まった。
「……はい?」
聞き間違いだと思った。
「銀貨三十二枚です」
聞き間違いではなかった。
リリアはゆっくりと隣を見る。
テーブルの上。
積み上がった皿。
空になったスープ皿。
山のようなパン籠。
追加注文の伝票。
そして。
満足そうな顔をしている四体の恐竜。
「美味かったな」
レクスが言う。
「うむ」
ガイアも頷く。
「悪くなかったわ」
レヴィアは紅茶を飲んでいる。
ヴェルドは椅子にもたれかかった。
「また来ようぜ」
リリアは頭を抱えた。
「誰が払うんですか!?」
四人が同時に首を傾げる。
「払う?」
レクスが聞き返した。
「お金です!」
「お金?」
レヴィアも首を傾げる。
リリアは絶望した。
そうだった。
この四人は三万年前の存在だ。
貨幣経済なんて知らない。
「まさか」
店員の笑顔が引きつる。
「お持ちでは……」
沈黙。
四人が顔を見合わせる。
そして。
「ないな」
レクスが答えた。
店内が静まり返った。
「ないな」
ガイアも頷く。
「ないわね」
レヴィアも同意した。
「ないな」
ヴェルドが締めた。
リリアは椅子に突っ伏した。
最悪だった。
「無銭飲食じゃないですか!!」
店内に叫び声が響いた。
数分後。
事情を説明し。
研究機関の経費で何とか支払いを済ませた。
店を出る頃にはリリアの顔色は真っ青だった。
「終わった……」
「何がだ?」
レクスが聞く。
「予算です!」
リリアは叫んだ。
「皆さんの食費だけで研究費が消えます!」
四人は顔を見合わせる。
「大変だな」
ガイアが言った。
「他人事じゃありません!」
リリアは泣きそうだった。
すると。
ヴェルドがふと前方を指差す。
「あれは何だ?」
視線の先。
巨大な建物があった。
剣と盾の紋章。
多くの武装した男女が出入りしている。
「ああ」
リリアが振り返る。
「冒険者ギルドですね」
「冒険者?」
レクスが聞き返した。
「魔獣討伐とか護衛とか依頼を受けて報酬を貰う職業です」
その瞬間。
四人の足が止まった。
リリアは嫌な予感がした。
とても嫌な予感だった。
「報酬が出るのか」
レクスが言う。
「はい」
「金になる?」
ヴェルドが聞く。
「なります」
レヴィアが笑った。
「じゃあ解決じゃない」
ガイアも頷く。
「確かに」
リリアは慌てた。
「待ってください!」
「何だ」
「皆さんが普通に登録できると思います!?」
沈黙。
四人とも考えていない顔だった。
「大丈夫だろ」
ヴェルドが言う。
「何がですか!?」
「強いし」
「そういう問題じゃありません!」
リリアの叫びは誰にも届かなかった。
レクスは既にギルドを見ている。
ヴェルドも見ている。
ガイアも見ている。
レヴィアは面白そうに笑っていた。
嫌な予感しかしない。
本当に。
嫌な予感しかしなかった。
「行くぞ」
レクスが歩き出す。
「賛成だ」
ガイアも続く。
「面白そうね」
レヴィアも笑う。
ヴェルドは肩を回した。
「久々に暴れるか」
「暴れないでください!」
リリアの悲鳴が響く。
だが。
誰も止まらない。
こうして。
四体の恐竜は。
冒険者ギルドへ向かうことになった。
後に。
結界都市アルマのギルド職員たちが。
「人生最悪の日だった」
と語る事件の始まりであることを。
この時はまだ誰も知らなかった。




