第十話 災厄の魔女
結界都市アルマの地下。
警報が鳴り響いていた。
「第三区画の封印強度低下!」
「崩壊率四十パーセント突破!」
「魔力流出を確認!」
魔導士たちが慌ただしく走り回る。
兵士たちも緊張した面持ちで持ち場へ向かっていた。
その中心を。
レクスたちは歩いていた。
「本当に心当たりがあるんですか?」
リリアが尋ねる。
レクスは頷く。
「ああ」
「おそらくな」
ヴェルドが露骨に顔をしかめた。
「外れていてほしい予想だがな」
ガイアも腕を組む。
「面倒なことになる」
三人とも同じ反応だった。
リリアの不安は増すばかりだった。
やがて。
一行は第三区画へ到着する。
巨大な封印扉。
そこには無数の亀裂が走っていた。
封印術式も激しく明滅している。
「全員退避!」
指揮官が叫ぶ。
兵士たちが後退する。
魔導士たちは防御結界を展開した。
そして。
ピシッ。
さらに亀裂が広がる。
次の瞬間。
ドォォォォォン!!
封印扉が吹き飛んだ。
暴風。
衝撃。
魔力の奔流。
リリアは思わず目を閉じる。
数秒後。
静寂が訪れた。
「……あら?」
女性の声だった。
ゆっくりと土煙が晴れていく。
そこに立っていたのは。
一人の女性だった。
長い蒼銀色の髪。
透き通るような白い肌。
青い瞳。
首筋には青い鱗が浮かんでいる。
人間離れした美貌。
だが本人はそんなことを気にしていなかった。
「何これ」
女性は自分の手を見る。
指を動かす。
腕を曲げる。
肩を回す。
何度も身体を確かめる。
「変な身体ね」
不快そうというより。
純粋に興味深そうだった。
そして足元を見る。
爆発でできた水溜まり。
そこに一人の女性が映っていた。
女性は数秒見つめる。
「……誰?」
真顔だった。
地下空間が静まり返る。
女性は頬を触る。
髪を触る。
耳を触る。
もう一度水面を見る。
「これ私?」
「そうらしいな」
ヴェルドが肩を竦めた。
女性は再び水面を見る。
そして笑った。
「面白いわね」
その反応にリリアは目を瞬く。
もっと驚くと思っていた。
だが目の前の女性は違う。
困惑より好奇心が勝っていた。
やがて女性は立ち上がる。
そして周囲を見渡した。
兵士。
魔導士。
封印施設。
見知らぬ世界。
最後に。
三人の恐竜へ視線が向く。
「……?」
首を傾げる。
「誰?」
沈黙。
ヴェルドが吹き出した。
「はははははっ!」
「やっぱり分かってねぇ!」
「顔が違うじゃない」
女性は当然のように言う。
「お前もだろうが」
「そうね」
あっさり認めた。
そして三人を順番に見つめる。
銀髪の男。
褐色の大男。
黒髪の青年。
知らない顔ばかりだ。
だが。
魔力だけは違う。
女性の目が少しずつ見開かれる。
「……あ」
最初に銀髪の男を見る。
「ヴェルド?」
「やっとか」
次に褐色の大男を見る。
「ガイアもいるじゃない」
最後に黒髪の青年を見る。
数秒。
沈黙。
「嘘でしょう」
女性が吹き出した。
「レクス?」
「ああ」
「本当に?」
「ああ」
女性は肩を震わせる。
「ふふっ」
笑い始めた。
「ふふふふっ!」
「何がおかしい」
レクスが眉をひそめる。
「だって」
女性は笑いを堪えながら言った。
「レクスがそんな顔してるんだもの」
ヴェルドが大笑いした。
「分かる」
「お前は黙れ」
ガイアは深いため息を吐く。
封印前と変わらない光景だった。
だからこそ。
レクスは確信した。
目の前の女性こそ。
かつて恐竜社会を散々引っかき回した問題児。
「久しいな」
レクスが言う。
女性は笑みを浮かべた。
「ええ」
そして優雅に一礼する。
「スピノサウルス族」
「レヴィアよ」
その瞬間。
ヴェルドがぼそりと呟いた。
「災厄が起きたな」
「同感だ」
ガイアも頷く。
「聞こえてるわよ?」
レヴィアが睨む。
だが二人とも全く気にしていなかった。
リリアは困惑していた。
伝説の恐竜。
世界を滅ぼしかねない存在。
そう聞いていた。
だが目の前にいるのは。
ただの変わり者にしか見えない。
「それで?」
レヴィアが周囲を見渡す。
「ここはどこなの?」
そこで。
レクスは三万年の空白を説明し始めた。
太古の戦争。
神による封印。
流れた歳月。
そして現在。
人類が繁栄する世界。
レヴィアは最後まで黙って聞いていた。
途中で一度も口を挟まない。
そして。
「三万年?」
確認するように尋ねた。
「ああ」
「人類は生き残ったの?」
「滅ばなかった」
「むしろ繁栄している」
ガイアが答える。
レヴィアは数秒考えた。
そして。
「へぇ」
楽しそうに笑った。
「それは見てみたいわね」
嫌な予感がした。
レクスも。
ヴェルドも。
ガイアも。
三人とも同じ顔をしている。
「何よ」
レヴィアが不満そうに言う。
「別に暴れたりしないわよ」
誰も信じなかった。
「信用の問題だ」
レクスが即答する。
「前科が多すぎる」
ガイアも頷く。
「その通りだ」
ヴェルドは腹を抱えて笑っていた。
地下空間に少しだけ和やかな空気が流れる。
そして。
レクスは静かに言った。
「まずは地上だ」
「三万年後の世界を見なければ始まらん」
ガイアが頷く。
「賛成だ」
「私も」
レヴィアも即答した。
そして。
三人の視線が同時にリリアへ向く。
「え?」
嫌な予感がした。
「案内しろ」
レクスが言う。
「頼む」
ガイアも言う。
「面白い場所がいいわ」
レヴィアは笑顔だった。
リリアは頭を抱えた。
こうして。
四体の恐竜は初めて揃った。
三万年後の世界を巡る旅が。
ここから始まろうとしていた。




