籠の鳥のわたし 3
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……ここは、どこかしら?
目が開けると、知らない部屋にいた。
というか、部屋と呼んでもいいのかしら?
いえ、部屋は部屋なんだけど、部屋の内側に半透明な、まるでガラスで作られたかのような檻と言うか――まるで巨大な鳥籠みたいなものがある。
その中にベッドやソファ、ローテーブルなどがあって、もちろんわたしは今、そのベッドの上にいる。つまり、巨大な鳥籠の中。
……なにかしら、これ?
巨大な透明な鳥籠が邪魔をして窓や扉には近づけそうもない。
透明な鳥籠は、朝日を反射してキラキラしてとっても綺麗だけど、この状況は喜べないわ。
わたしはベッドから上体を起こして、ひとまず窓に近づいてみた。
窓に近づいても、鳥籠が邪魔をして窓から下を眺めることはできない。
せいぜい、レースのカーテン越しに見える青空を眺めるくらいよ。
床はふかふかした薄い緑のカーペットが敷かれている。
わたしは裸足なんだけど、おかげで痛くも冷たくもないわ。
調度品はひと目で一級のものとわかるほど豪華で、ローテーブルの上にはどこかで見たような赤い薔薇が生けられていた。
……そうよ、シャルルにもらった薔薇と同じだわ!
どうしてこの薔薇がここにあるのかしらと、窓からローテーブルの前に移動して、カーペットの上にぺたんと座り込むと、しげしげと薔薇を見つめる。
……ここはどこで、どうしてこの薔薇があって、なんで鳥籠みたいな中に閉じ込められているのかしら?
たぶん、閉じ込められている、という解釈で間違いはないと思う。
だって窓とか扉とか、出入りできる場所には一切近づけなくなっているもの。
服はホテルで来ていたナイトウェアのままね。
お腹の空き具合から考えると、それほど時間はたっていないわ。今はあの夜から換算して次の日の朝ってところかしら?
わたしが現状で把握できることはこのくらいね。
あとはさっぱりわからないわ!
だからとりあえず部屋の中を探検ね。
窓と出入り口の扉には近づけないけれど、一か所、鳥籠の扉が開いているところがあって、それが内扉に続いている。
何かしらと思って向かえば、内扉の奥はバスルームだった。
つまり、外には出られないけれど、バスルームは使えるのね。外に出られないこと以外は、いたって快適な空間と言えるわ。
わたしをここに閉じ込めた人だけど、思い当たるのはあの紫の髪の男の人だけね。
閉じ込められてはいるけれど、快適な部屋が用意されているってことは、悪意は……ないのかしら? あら、でも、閉じ込められているから悪意はあるのかしら?
……うーん。というか何か引っかかるのよ。
わたしの中のセンサーというか、女の勘というか……何か、見落としている感じがあるのよね。
することがないからソファに座って考え込んでいると、がちゃりと扉が開く音がした。
顔を上げると、透明な鳥籠の外に紫色の髪の背の高い男の人が立っている。
昨日の男の人だ。
彼は手にほかほかと湯気を立てる朝食を持っていて……。
ぐぅううううう。
……あら、お腹がなっちゃったわ。
恥ずかしくて視線を左右に揺らしていると、彼は目を丸くして薄く口端を持ち上げた。
……まあ、笑うと優しそうよ!
だけどすぐに真顔に戻ると、彼はまっすぐこちらに歩いてくる。
って、ええ⁉
透明な鳥籠を、すり抜けちゃったわ! どういうことかしら⁉
ものすごく気になったから立ち上がって鳥籠まで駆けていく。
だけど、わたしはすり抜けることはできないわ。伸ばした手に、ちゃんと硬質な鳥籠の感触があるもの。
「どういうことかしら?」
なんで彼はすり抜けられて、わたしはすり抜けられないのかしら?
ぺたぺたと鳥籠を触っていると、いつの間にかわたしの背後に立っていた彼が、頭上から低い声を落として来た。
「……逃げたいのか?」
ぞくりとするような固い声だ。
思わずびくりと肩を揺らして振り返る。
見上げるほど背の高い彼は、黒い瞳をくらーく染めてわたしを見下ろしていた。
……うーん。やっぱり何か引っかかるというか……?
そして、どうしてわたしの心臓はドキドキするのかしら。怖いからかしら。でも、何か違うドキドキな気がするの。
……どうしましょう、本格的に浮気の危機かしら?
わたしにはシャルルがいるのに!
よくわからない自分の鼓動を確かめようと胸に手を置くと、彼にぐいっと肩を抱かれた。
片手に朝食を乗せたトレイを持った彼は、そのままわたしをソファに誘う。
「簡単なものしか用意できなかったが、腹がすいているはずだから食べろ。……口に合うといいんだが」
「え、ええ」
それはありがたいんだけど、どうしてわたしは、ソファに座った彼の膝の上に抱き上げられているのかしら?
ものすごく困る姿勢だわ。第三者が見たら浮気確定よ!
彼がスープ皿を持って渡してくるから、わたしは素直に受け取っておくけれど……本当に、今のこの状況が理解できないわ。
わかっていることは、彼からやっぱりいい香りがして、そしてわたしがドキドキしちゃうってことよ。
……違うのよシャルル! このドキドキは、きっと恐怖がもたらすものだと思うの! 浮気じゃないわ! わたしはあなた一筋よ!
心の中で言い訳しつつ、わたしはスープを一口――
「あ、美味しい!」
まあ、とっても美味しいわ!
塩味の野菜スープなんだけど、とっても優しい味がするの。入っている野菜も食べやすいように小さめに切られていて、サイズが揃っていないのはご愛敬なんだけど、柔らかく煮込んであるから食べやすいわ。
「そうか、よかった」
彼がほっと息を吐き出した。
もしかして、このスープは彼が作ったのかしら? だとしたら天才だわ! サティ侯爵家の料理人に匹敵する……と言ったらプロの人に失礼だけど、張り合えるくらい美味しいと思うの! わたし好みの味よ!
もぐもぐとスープを口に運んでいたら、彼の手が悪戯をするようにわたしの髪の毛に触れる。
透くように撫でて、くるくると指に巻き付けて……昨日もだったけど、もしかして彼はわたしの髪をいじるのが好きなのかしら?
夢中でスープを飲み干すと、今度はパンを差し出された。
パン・オ・ショコラだわ。まだ温かいわね! パンはサクサクで中のチョコレートが柔らかくて、とっても美味しいわ!
「どうだ?」
「とっても美味しいわ!」
「そうか。君はチョコレートが好きらしいからな。これを買ってきて正解だった」
まあ、どうして知っているの?
わたしたち、初対面なはずなのに。
パンは美味しいけれど喉が渇いて来ちゃって、視線を動かしたらオレンジジュースを取ってくれた。ジュースもフレッシュで美味しい。
わたしは夢中でご飯を食べ終えて――そしてハッとしたわ。
呑気に朝ご飯を食べている場合じゃなかった。
「ねえ、ここはどこかしら?」
「君が知る必要はない」
む! 知る必要はあると思うわ!
「ねえ、どうしてわたしはここにいるのかしら?」
「それも、君が知る必要はない」
そればっかりね!
むかっとしたわたしは、キッと彼を睨む。
横抱きに抱き上げられている状況ではカッコつかないけれど、しっかりと腰に腕が回されているから逃げられないんだもの。
「ここに閉じ込められているのはとっても困るわ! わたし、大切な人に会いに行かなくちゃいけないの!」
すると、急激に彼が放つ空気が尖った。
わたしの両腕をあれよあれよとひとまとめにしちゃって、ソファの上に押し倒してくる。
「言ったはずだ。逃がさない、と」
だから、どうしてなのか、せめて説明をお願いしたいのっ!
頭に来たわたしは、顔を近づけてきた彼に向かって、昨日と同じように頭突きを放ってやったわ!
ゴンッという鈍い音のあとでうずくまる彼に――今回は、同情なんてしないんだから!
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