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転生したら奴隷でした。  作者: 二一人


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4/5

物語は最深部からはじまる。

「散れッ!!」

 ガドの怒声と同時に、ゴーレムが腕を振り下ろす。

 その瞬間。


 ドゴォォォン――ッ!!


 地面が砕けた。石片が飛び散る。

 直撃していたら人間など肉片も残らなかっただろう。


「化け物かよ……」

 思わず呟く。

 ガドの声がなければ反応が遅れていた。


 ゴーレムは再びこちらへ向き直った。


 紫色の瞳が怪しく輝いている。


「ガド! どうする!?」

「知らねえ!」


 即答だ。


「知らねえって!?」

「見りゃ分かるだろ! 俺も初めて見る!」

 ガドは毒づきながら短剣を抜く。

 だが、その表情には焦りはなく、むしろこの緊張感を楽しんでいるようにすら見える。


「ミナ、絶対に前に出るなよ!」

「うん!」


 ズシン。ズシン。

 ゴーレムが近づく。心臓の鼓動と合わさるようにして。


(こんな怪物をどうしたらいいんだ……?)


 その時だった。


「め……」

 小さな声。ミナだった。


「おめめだけひかってる」

 全員の視線が集まる。


 確かに。身体はただの石だ。

 だが目だけが紫色に光っている。


「核です」

 トリエが呟く。


「魔物は魔石が弱点の個体もいます」

「なるほどな」

 ガドが笑った。


「なら話は簡単だ」

 全然簡単じゃない。

 どうやって三メートルの化け物の顔面を叩くんだ。


 思った瞬間。ゴーレムがこちらへ突進してきた。


「避けろ!」

 ガドの声に合わせて、必死に横へ飛ぶ。


 風を切る音。轟音。

 壁に拳が突き刺さる。石壁が砕けた。


 そして。

 バラバラと崩れた岩の中から青白い光が零れる。


「魔石です!」

 トリエが叫ぶ。

 壁の中にも埋まっていたのか。なぜ壁の中に? この部屋魔石だらけじゃないか。


 考える間もなく、紫色の光がこちらを向く。

 壁に突き刺した腕をゆっくりと戻して、振りかぶる。


「うわぁぁぁ!」

 必死で飛び退く。

 パァン、と破裂音が背後からして、背中に多数の石片が当たるのを感じる。


(こんなのいつまでも避けれるわけじゃない……!)


 その時、様子を見ていたトリエがブツブツと独り言を始める。


「――ゴーレムは厳密には……ではなく……存在としては……」

「トリエさん……?」

 名前を呼ぶミナの声も聞こえていない。

 腕のシビレもきつくなってきている。何か突破口がほしい。


「ユウト!」

「なんだ!」

「壁に誘導しろ!」


 その瞬間理解した。無茶なこと言う。


 俺はまだ割れていない壁際を走る。ゴーレムが追いかけてくる。

 拳が飛んでくる。壁が砕ける。

 それによって、青白い結晶が次々露出する。


「おおおおおッ!!」

 ガドが笑う。

 あいつ、魔石に狂ってやがる。

 迷宮の呪いなのか、その顔には興奮が浮かんでいた。


「もっとだ!」


 ズドォォォン!!

 ガドと俺がゴーレムの攻撃を避ける。また壁が砕ける。同時に、魔石も砕け散った。


 そして。異変が起きた。

 ゴーレムの身体の一部が崩れたのだ。

 ほんの小さな部分が、いきなり砂のようになった。


「――魔力の供給源」

 トリエが呟く。


「この部屋そのものが魔力源です」

「どういうことだ!?」

「魔石をもっと壊してください!」


「――ォォォ」


 ゴーレムを見ると、最初と比べて明らかに動きが遅くなっている。


 壁の魔石を掘れば掘るほど弱くなる。

 その時には勝負は決まっていた。


 その後も、ガドと俺を中心にゴーレムの攻撃を壁に誘導し続ける。


 避ける。壊れる。遅くなる。避ける。壊れる。遅くなる。


「いいぞ!」

「よし、もっと壊させろ!」


 やがて。

 繰り返す内、ゴーレムの動きは燃料切れの機械のように緩慢になった。

 その振りかぶった拳に、壁を壊すほどの勢いはない。


「――よっと」

 ガドがゴーレムの腕に乗る。

 凄まじい身体能力だ。明らかに常人のそれではないし、片腕が動かない人間とは思えない。


 そのまま、腕を伝って頭へと一直線に走る。

 手に持った短剣を思いっきり振りかぶった。


「オラァ!!」

 パキン、と硬質な音が響き、紫色の瞳が砕ける。

 一瞬の静寂。そしてゴーレムの巨体が内側から崩壊し始める。


 ガドは切り抜けた勢いのまま余裕で着地した。

 崩れ落ちる岩の破片に当たらないように、おれたちはその様子を離れてみていた。


「お、おい!」

 ガドが叫ぶ。

 なんと、ゴーレムが崩壊を始めると同時に、部屋にあった魔石から青白い輝きが失われていっている。


「壁にあった魔石はゴーレムと共生関係にあったようですね」

「な、なんだと……」

 ショックでその場に崩れるガド。


 共生関係とは面白い表現だ。まるで、魔石が生きているというみたいに。

 しかし、そのトリエの言い方にどこか納得している自分もいた。この迷宮では、ありとあらゆるものに意思を感じる。迷宮自体が一つの生き物として確立しているみたいだ。


 そうやって、俺が思考しているときだった。


「ただ、石碑の周りにあったものは回収できそうです」

「ちっ。まあ収穫があっただけマシか」


 石碑の周りを、ガドとトリエがうろついている。壁に埋まってたものと比べると少量ではあるが、中々の量の魔石を回収できそうだ。


「ユウト、これみて!」

 ミナが何かを見つけたらしく、ゴーレムの崩壊した場所から何かを拾ってきた。

 見れば、妖しい紫色の輝きを放つ魔石だった。


「すごいのとれたよ?」

「ミナ、やったな!」

 ゴーレムの核となっていた魔石だろう。道中で拾ったものよりも、明らかに貴重なものであることが分かる。


 隣で見ていたガドが、広場の奥を指さす。


「出口だ。行くぞ」


     ◆


 広間の奥。

 そこには下へ続く巨大な階段があった。


 第二層への入口。

 そして。その横には青白く輝く石門が存在していた。


「転移門だ」


 ガドが言う。


「迷宮から帰るための門だ」


 やっと地上へ帰れる。

 迷宮に入ってからあまりにも困難な状況がありすぎた。


 生き残れただけで奇跡だ。


 俺たちは魔石を持って門へ向かった。


     ◆


 光が消える。

 気付けば外だった。


 巨大な迷宮の入口。見上げるほど高い石壁。

 そして衛兵たち。


「生還者か!」

 門番の男が驚いたように言う。

 生還者、その言葉を聞いた瞬間だった。


「……っ」

 俺はその場に膝をついた。


「おにいちゃん!」

 ミナが心配そうに駆け寄る。


 気が抜けたのもあるだろう。限界だった。腕は肩近くまで黒ずんでいる。


「毒か」

 兵士の顔が曇る。


「この街の教会はどこにある?」

 ガドが兵士に聞く。

 教会、か。そこに行けば治療を受けられるのか。


「冒険者登録証は?」

「ない」

「なら無理だ」

「な……」

 返ってきた言葉は冷たかった。


「大聖堂のある教会は冒険者向けの治療施設だ。登録していないと高額になる」

「この魔石でも足りないか?」


 ガドが俺の腰から革袋を取ると、中身を兵士に見せる。


「……足りないだろうな。お前たちは奴隷だから、なおさら足元見られるだろう」

 目の前が暗くなる。

 ここまで生き残ったのに。

 頼みの綱は命よりも金が大事だったらしい。


「だが」

 兵士は少しだけ声を潜めた。


「スラム街の教会なら別だ」

「あぁ?」

「変わり者のシスターがいる」


 兵士は魔石を見て、歪んだ笑みを浮かべる。


「この場で換金してやるよ。もちろん情報料含め手数料は多くもらうがな」

「……」

 ガドの顔が一瞬で暗くなった。と思った次の瞬間には、彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……っ! おいおい、衛兵に手出したらどうなるか分かってんのか!?」

「クズには容赦しねえって決めてんだ……」


 兵士の言葉に耳を貸さず、ガドは短剣を徐々に首にめり込ませていく。


「――わ、分かった! せめて相場の値段にさせてくれ! 俺だって生活があるんだ」

「最初っからそうしろバカが」


 ガドが短剣をしまいながら悪態をつく。


「ちっ……あんた只者じゃねえな」

 それには同意だ。

 渋々といった様子の兵士に、魔石を換金してもらう。


 金よりも魔石を成果物として持ち帰ったほうが良い、というガドの考えから、最初に拾った魔石だけを換金してもらう。

 目算通り、銀貨二十枚になった。


「例の教会はスラム街……南門の方だ。目立つ建物だからすぐ分かるはずだ」

「けっ。嘘だったらどうなるか分かってんだろうな」

「あぁ、ああ! さっきので分かったよッ!! あんたなら()()()()()()って!」


 フン、と鼻を鳴らしながらガドがこちらへ来る。


「立てるか?」

「ごめん。無理そうだ」


 右腕は完全に感覚が無くなっていて、足にも力が入らない。

 口の中から苦い味と腐臭がする。俺はここから助かるんだろうか。


「おにいちゃん……」

「仕方ねえな。女、少し手伝え」

「分かりました」

 トリエが手伝ってくれて、ガドに担がれる。

 情けないが、もう一歩も動けそうにない。


「急ぐぞ」


 駆け足になるガドに揺られながら、俺も意識を手放さないようにした。


     ◆


 スラムは酷かった。


 臭い。汚い。

 泥と飢えた人間がその辺に転がっている。貴族街と同じ都市とは思えない。

 とはいえ、俺らの格好もそこまで変わらない。ボロい服で、むしろこの街によく馴染んでいる。


「あそこだな」

 古びた小さな教会があった。

 周辺は腐った木材や藁の家が並ぶ中、その教会だけはまるで聖域であるかのようだ。古くはなっているが汚れてはいない。宗教の建物独特の神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「おい! 誰かいないか!?」

 ガドが扉を叩く。

 しばらくして、扉がゆっくりと開いた。


 そして。

 全員が言葉を失った。


 銀髪だった。月光を溶かしたような長い髪。

 絹のような白い肌。宝石と見紛う青い瞳。


 汚れたスラムにまるで似合わない。まるで天使みたいなシスターだった。


「どうされましたか?」

 優しい声。


「今すぐ治療してほしい奴がいる」

「もちろんです」


 彼女はそう言って微笑んだ。


     ◆


 教会の中。奥にあった部屋にはベッドが用意されており、俺はそこに横たわった。

 視界が黒く滲む中、シスターの顔だけが映る。


「もう大丈夫ですからね……」

 慈愛に満ちた瞳が、輝く。

 彼女は、俺の汚れた身体に優しく触れる。


「我が祈りに応え、穢れを祓いたまえ――『キュア』」

 温かな白い光が俺の身体を包み込む。

 瞬時に、血管を焼いていた毒の痛みが引き、濁っていた視界がクリアになっていくのが分かった。


 その間も、彼女は優しい瞳でこちらを見つめていた。


「……助かった、のか……」

「ええ、もう大丈夫ですよ。よく試練を耐え抜きました」


 シスターは聖母のような微笑みを浮かべ、手を離す。

 起き上がって体を確認すると、変色していた腕は元の……いや、元よりも血色が良くなっていた。血管が沸騰するような熱さや痛みもなくなり、完全に健康体そのものになった。

 

 助かった。本当に。助かったのだ。


「ありがとうございます」

 頭を下げる。

 シスターは困ったように笑う。


「主神に感謝してください」

 その言葉に。

 ガドが鼻で笑った。


「そんなもんがいるなら、最初から俺たちはこんな目に遭ってねえ」

 不敬にも程がある。

 でも、彼の言いたいことも分かる。


 だがシスターは怒らなかった。


「それでも私は信じていますから」

 そう言って微笑む。


 ガドはその言葉を聞いて、黙り込んだ。


「救えませんね」


 トリエが後ろで呟いた。


     ◆


 あの後、シスターに治療費として銀貨を差し出すと、彼女は「教会の維持費だけ」、といって一枚だけ慎ましく受け取った。

 この世界にもあのような善人がいるのだと、俺の胸に微かな救いが灯る。


 だが、そのシスターに対してガドやトリエはあまり良い印象を抱いていないようだった。なぜかは分からない。


 一緒に生死を賭けた冒険をした仲間だというのに、自分は彼らのことを何も知らないのだ。


「おにいちゃん、げんきになってよかったね」

「ああ。みんなありがとうな」

 ミナの言葉に元気づけられる。

 生き残ったんだ。今はそれが一番大事なことだ。


 そうして屋敷へ戻った頃には、空はすっかり暗くなっていた。

 巨大な鉄門の前で兵士に止められる。


「生き残ったか」

 無愛想な声だった。


 俺たちは頷く。

 すると兵士は少しだけ驚いたような顔をした。


「四人も生き残ったのか」

「意外だったか?」


 煽るようなガドの発言に兵士は眉一つ動かさず、続ける。


「入れ」


 門が開く。

 俺たちは屋敷の中へ戻った。


     ◆


 応接間に着くと、主人である貴族はいなかった。


「――ご主人様は上町へお出かけです」


 出迎えた執事は淡々と言った。


「上町?」

「色街ですよ」

 まるで天気の話でもするような口調だった。

 俺たちは思わず顔を見合わせる。


 死にかけながら迷宮から帰ってきた。なのに、どうやら主人は娼館で遊んでいるらしい。


「成果の報告はどうすりゃいい」

「私が行います」


 執事は流麗な動きで奥の部屋へと誘導する。


「こちらへどうぞ」


     ◆


 応接室のような場所に通された。

 客を対応する場所だからか、やけに黄金に輝くインテリアが多い。おれたちのような汚い奴隷には明らかに不釣り合いな場所だ。


 そうやって観察していると、そこには最初に見た護衛の男もいた。

 壁にもたれ掛かって腕を組んでいる。


「おお、本当に帰ってきやがったか」


 俺たちを見るなり笑う。


「運だけは良かったらしいな」

「……」

「睨むなよ坊主」

 男は肩を竦めた。


「死ぬと思ってたのは本当だ」

 悪びれた様子もない。

 これがこの男の性格なのだと受け取り、溜飲を下げる。


 しかし執事は気にした様子もなく机を指差した。


「成果を」


 革袋を置く。

 中身を一つずつ取り出していく。


 執事の目が僅かに細くなった。


「ほう」


 初めて感情らしい感情を見た気がした。


「第一層でこれだけ持ち帰りましたか」

 青い魔石の欠片や結晶。

 小さなものも合わせれば相当な数になる。


 執事は胸元から帳簿のようなものを取り出すと、羽ペンを走らせる。


 それから計算を終えた。


「換算価値、金貨一枚・銀貨七十三枚」


 思わず息を呑んだ。

 かなりの額だ。一年は遊んで暮らせる額かもしれない。


 だけど。


「借金から差し引けば誤差ですね」

 執事は即座に切り捨てた。

 金貨一万枚。改めて数字にされると絶望しかない。


「ただし」

 執事は続ける。


「予想より遥かに優秀です」


 その言葉にガドが鼻を鳴らした。


「褒めてんのか?」

「事実を述べているだけです」


 執事は帳簿を閉じる。


「よって仮契約を解除。本契約へ移行します」

 その瞬間。

 嫌な予感がした。


「前へ」

 言われるまま進む。

 すると護衛の男が、ニヤリと笑った。見れば、不気味な道具を携えて歩み寄ってきた。


「痛ぇぞ」

「なにを――」

 言い終わる前だった。

 執事がパチンと指を鳴らすと同時に、首筋に熱が走る。


「ぐっ!?」

 焼けた鉄を押し当てられたような痛み。


 思わず膝をつく。

 同じようにトリエも顔を歪める。

 ガドですら眉をひそめた。


「契約紋です」

 執事は平然としていた。


「ご主人様の財産である証」

 首筋を触る。熱い。皮膚が盛り上がっている。焼き印のようなものか。

 鏡を見るまでもない。奴隷でいる限り、消せないものだろう。


「……」

「ご安心を。違法な奴隷商人のものよりは遥かに良質です」


 どのへんで安心すればいいんだ。

 借金のことを考えると、ほぼ終身の消せない焼印だ。


 そして、最後に執事がミナを見る。

 ミナの怯えた表情。護衛の男がミナに手を伸ばそうとした瞬間、俺の身体が動いていた。


 ミナの前に立ち塞がり、執事を真っ直ぐに見据える。


「待ってくれ」

 全員がこちらを見る。


「ミナの分の借金は俺が持つ。だから、この子に契約紋を入れるのは免除してくれないか」

 ガドとトリエが呆れたような表情を浮かべ、護衛の男は口笛を鳴らす。


 執事が瞬きをした。


「本気ですか?」

「ああ」

「金貨一万枚ですよ」

「それでもだ」

 ミナはまだ子供だ。未来ある、これからいろんなことを知る、子供。

 現代人の感覚が、この状況を許してはならないと叫んでいる。それに、この世界で子供の頃に奴隷としての経歴がついたものが、その後どうなるかなんて想像に容易い。


 ならまだ、俺が苦しんだほうがマシだ。

 執事はしばらく考え込んだ。そして。


「構いません」

 あっさりと言った。


「え?」

「主人にとっては数字が移動するだけです」


 数字でしか見ていない者の言葉。そこに感情などなかった。


 だが。

 許可は許可だ。


「ではミナの負債をユウトへ移します」

 羽ペンが走る。


「金貨二万枚」

 頭が痛くなった。

 金貨二万枚を返せるビジョンが全く浮かばない。もしかしたら一生このまま奴隷の人生かもしれない。

 だが、それでも子供を見捨てるよりは気持ちは楽だった。


「おにいちゃん……」

 ミナが震える声を出した。

 だが。なぜだろうか。


 泣きそうな顔をしているのに、どこか嬉しそうにも見えた。


     ◆


 手続きが終わると、執事は立ち上がる。


「一つ忠告を」

「なんだ」

 ガドが聞く。

 執事は少しだけ考えてから言った。


「ご主人様は自分の道楽にしか興味がありません」

「……」

「奴隷を必要以上にいたぶることもない」


 そこで言葉を区切る。


「それは関心がないということでもあります」

 妙に納得できた。

 今日一日だけでも十分伝わっている。奴隷を迷宮に行かせるのも、単純な賭け事としてなのだろう。


「ここらの貴族の中では、奴隷の扱いがマシなほうでしょうな」

「他のところは、毎日憂さ晴らしに奴隷を鞭打ちして死なせてるぜ」


 確かに、そう聞くと関心がないというのが一番マシなように思える。


「ですが」

 執事の目が細くなる。


「自分の名誉を傷つけられることを最も嫌います」

「貴族だからか」

 ガドが呟く。


「ええ」

 執事が頷いた。


「貴族であるが故に」

 そして、脅すように低い声になる。


「ですから、普段の振る舞いにはくれぐれも注意してください。あなたたちはご主人様の……」


「『バイオン伯爵家』が所有する奴隷なのですから」


     ◆


 おれたちは屋敷の外にいた。


 奴隷が敷地内に入ることを許されるのは、基本的には借金の返済のときに限るらしい。


 執事から、借金に関して知らされたことがある。

・一つ、利息がないこと。借金の額が額なだけに、ルール上利息がつけられないそうだ。

・二つ、返済期限がないこと。その代わり、定期的に返済能力があることを証明しなければならないらしい。

・三つ、返済能力が見込めない場合、強制的に過酷な労働場へ送られること。


 緩い条件のように思えるが、まず借金を返しきることはない前提で考えられている。終身雇用のようなものだろう。

 最後の過酷な労働場というのは、魔力が濃すぎて息ができないような鉱山や、魔塔と呼ばれる魔法使いたちが集まる場所で開発のための実験体として……というような場所のことらしい。


 つまり、消耗品として使われるということだろう。


 また、執事から、屋敷の裏手にある今は使われていない古い納屋が与えられた。

 埃っぽく、薄汚れた藁が敷いてあるだけの最低限の、いやそれ以下の生活水準の部屋だ。


 その入口で、俺はみんなに話しかける。


「みんなはどうするんだ?」


 ガドが答える。


「適当に都市の外で拠点を作る。その方が慣れてるからな」

「なんだよ。ガドも一緒に来ればいいじゃないか」

「ガキ共の面倒を見るのはもうゴメンだ」


 そう言うと、ガドは夜の街に向かって歩き出す。

 別れの挨拶もなしなのは、彼らしいか。


「ガド~! ありがとうな! 色々助かった!」

 ガドの後ろ姿に叫ぶが、彼は振り返ることはなかった。

 しかし、迷宮に行き続ける限り、彼とはまたどこかですぐ会えるだろう。そんな予感がした。


「トリエさんは?」

「私は当てがありますので……これで失礼します」

 当てがある? 奴隷として売られてきた、見知らぬ土地なのに……?

 トリエさんも謎が多い人だ。それに、彼女はガドと違って……迷宮自体に対して興味がないように感じた。


 彼女ともまたどこかで会えるのだろうか。

 トリエさんもまた迷うことなく、街の方へと歩いて行ってしまった。


「ミナ、おれたちだけになっちゃったな」

「うん。でもおにいちゃんがいたらさみしくないよ」

「そうか」

 中に入ると、かび臭い空気が鼻につく。しかし、それが今では安心感をもたらしてくれる。


 張り詰めていた糸が切れたのか、ドッと押し寄せる疲労感に流されるまま、俺は藁のベッドに倒れ込む。


「ごめんミナ。今日は疲れたから……もう寝る……」


 チクチクした肌触りで最悪な寝心地であるにも関わらず、俺は睡魔に抗えなかった。


「おやすみ……」


 ミナの返事を待たず、俺の意識は消えていった。


     ◆


「ユウト、お疲れ様……」

 ミナは眠ったユウトの頭を撫でる。

 月夜に照らされた彼女の顔は、青白く光るのではなく、まるで興奮しているかのように火照っていた。


「ふ、ふふっ……ユウト……ユウト……」


 ユウトの体温を確かめるように、手を首筋や胸に動かしていく。


「私ね……馬車でユウトが心配そうに私のこと見てるの、知ってたよ……」


 無垢な少女の顔が、どこか歪なものに変わっていく。


「一目見たときから、この人は私のことを助けたがってるって分かったの……♡」


 以前のたどたどしい喋り方は面影なく。


「何があっても絶対に助けてくれるって」


「だから迷宮にいたときも全然怖くなかったんだよ」


 その瞳は少年を見つめ続け。


「あの女に足を掴まれてるときも、罠で死んだ男を見えないようにしてくれたときも」


「ユウトが毒にかかっちゃったときも」


 蟲惑的な笑みを浮かべる。


「私のためにユウトが尽くしてくれてるって思うと……胸が熱くなるの」


 そのまま、少女は眠っている少年に抱きついた。


「迷宮のおかげかな……ユウトのことが好き~っ! って感情がどんどん溢れてくる」


 迷宮では、感情が強く表れる。


「ずーっと一緒にいようね。ずーっと私のこと守ってね……」


 そうして少女は眠りについた。幸せな笑みを浮かべながら。

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