物語は苦難からはじまる。
おれたちは再び歩きはじめる。
生き残ったのはガド、俺、ミナ、松明を持っている若い男、後は女二人だ。
六人。最初の半分程度だ。誰も喋らない。
重苦しい空気が続く。その間も、俺の右腕は段々と熱を帯びていた。
しばらくしてガドが立ち止まった。
「見ろ」
前方を指さす。
小さな部屋だった。
壁際には朽ちた木箱が積まれており、そして部屋の中央には目を引く物があった。
白骨化した死体だ。
今までの自分なら大騒ぎしていたかもしれないが、白骨死体を見ても動揺しなくなっていた。
というより、そんな余裕すらない、というべきだろうか。
あの女の腕を刺してから、自分自身がどこか遠い存在になったように感じる。
「冒険者か」
ガドが呟く。
そう聞いてから死体を見てみると、ボロボロになった革鎧を着ていて、腰には錆びた長剣が差してあった。
白骨化してるのも考えると、かなり古い死体だろう。
「待て」
観察していたところをガドの声に中断される。
「武器だ!」
若い男が飛び出していた。
男は一直線に死体の剣へと走る。
「やめろ!」
「武器さえあれば俺だって……!」
ガドの怒声も無視して、男は死体を弄る。
剣を鞘から抜こうとするが、錆びているからか、苦戦しているようだ。
「はぁ……」
ガドが呆れながら近寄ろうとしたときだった。
「や、やった! 抜けたぞ――」
カチリ。
何かのスイッチを押したような嫌な音。
次の瞬間、壁際の朽ちた木箱が爆ぜたかと思うと。
その先から無数の矢が飛ぶ。
あ、と声をかけるまもなく。
――ドドドドドドッ!!
身体に矢が突き刺さる。撃たれるたびにその体は踊るように揺れる。
「が……ぁ……」
文字通り蜂の巣になった男は、その場で倒れた。
ピクリとも動かなくなった男の足元には、血溜まりができはじめる。
とっさに、隣りにいたミナの目を手で隠す。
「だから待てと言った」
ガドは冷たく言う。
制止を聞かなかった男の死体を見て、怒ったような表情を浮かべていた。
死体に罠。普通に考えると明らかに人為的なもののように思えるが、迷宮では自然に起こることなのか?
目の前で人が死んだというのに、冷静に分析し始めている自分に少し驚く。
「――ひっ……ひひっ」
突然、後ろにいた女の一人が引きつった声を出す。そして、ブツブツと何かを呟きはじめる。
「み、みんな死ぬんだ……ここで、みんな」
「ああ?」
「か、体、売るだけ、で、いいって言ってたのに……」
会話になっていない。
「逃げなきゃ……」
女は笑っていた。泣いているのか笑っているのか分からない顔だった。
「お、おい」
慌てて女の前に立ち、止めようとする。
女と目が合う。虚ろな目だ。どこを見ているのか分からない。目があってるようで、あっていない。
「外に出れば帰れる」
「帰れば大丈夫」
「帰れば……」
女はそのまま俺のことなど意に介さず、進む。
トボトボと歩いていく女の背中を、おれたちはただただ見つめていた。
「止めないのか!?」
この状況を静観するガドに聞く。
「さっきの目、見ただろうが」
「今ならまだ間に合うだろ。無理矢理でも連れて行こう」
ハァ、とガドはため息を吐く。
「無理だ。そういう呪いなんだよ」
「呪い?」
「迷宮帰りの奴に聞いたことがある」
彼は続ける。
「仲間と一緒に潜ってたやつが、宝石を前にして仲間を後ろから刺し殺した。魔物に襲われて仲間が死んだやつが、そのままその場で自分の首を切り落とした」
「な、なんだよそれ」
「ここでは普段よりも欲望や感情がより強く現れるらしい」
「迷宮の呪い、ってやつだ」
迷宮の呪い。彼の言い方からすると、スピリチュアルな話でもなく実際に存在する何かなのか?
確かに、ミナの足を掴んだあの女の異様な狂気や、その時の俺の行動も全て、普通とはかけ離れた異常なことだった。先ほどの、罠にかかった男も何かの感情に駆られた行動だったのか。
それらが呪いによるものだったとするなら、説明がつく。
あの女は放っておけ、そう言いながらガドは唯一残ったもう一人の女に目を向ける。
「お前はどうする。逃げるなら今かもな」
「……私は逃げません。あなたたちについて行きます。その方が良いでしょうから」
「冷静だな」
「それに、私たちは奴隷です。迷宮の外に出られたところで……」
その言葉の先を言わず、女は目を伏せた。
貴族の邸宅で見た仮の契約書には、奴隷は主人の所有物となり、逃げることは許されないと書いてあった。
あれほど多くの人を従えていたんだ。この都市から逃げようとしたらどうなるかは……想像に難くない。
そういえば、ミナは大丈夫だろうか。先程から気を使っているのか、静かだ。
「ミナ、大丈夫か?」
彼女に目を向けると、こちらを見返して満面の笑みを浮かべた。
「うん。だいじょうぶだよ! おにいちゃんのおかげでなんにもこわくなかった!」
あの惨劇を見たばかりの子どもとは思えないほどの明るい笑顔だ。
「そっか。それならよかった」
「おにいちゃんこそ、うで、だいじょうぶ?」
さっきの呪いの話から、ミナに怖い思いをさせるのはできるだけ避けたい。
しかし、小さいのに賢い女の子だ。話を静かに聞けるし、こんな状況なのに俺のことを気遣うとは。
「大丈夫だよ。ありがとう」
幸い、毒の進行は遅いのか腕がシビレている程度で済んでいる。
会話が一段落して、正面を向くとガドがミナを見つめていた。
「どうした?」
「いや……なんでもねえ」
ガドも、ミナを心配していたのだろうか。
「よし。もう罠もなさそうだし、漁るぞ」
そうして部屋に入る彼に、ついて行った。
◆
部屋に入り、ガドは死体を漁りはじめた。
俺とミナと女は、しばらく見合ったあと、崩れた木箱になにか入っていなかったか探すことにした。
「ミナ、なにか見つかったか?」
「なんにもないよ~」
「そうか。怪我しないようにな」
「うん!」
朽ちた木材は軽く、ミナでも十分持ち上げられるようだ。
俺もしばらく探すが、何も見つからない。
ふと、黙々と作業している女が気になり、話しかける。
「あ~……その、なにか見つかりましたか?」
「いえ」
き、気まずい。
「そういえば、名前を聞いてなかったですね」
「……」
「えっと、名前――」
「トリエ」
言葉を遮ってまでそう告げる彼女は、なぜだか少し不快そうに見えた。
「トリエさんですか。いい名前ですね」
社交辞令だ。だけど、本当にいい名前だと思った。
「いい名前、ですか」
彼女が少し怒っているように見える。なぜだか分からない。
焦っていると、ミナが横から入ってくる。
「トリエ、トリエさん! よろしくね!」
「あ、ああ。そうだな。よろしくだ」
「……子供は純粋ですね」
名前を知れたのが嬉しいのか、ミナがはしゃいでいる。
その元気に気が抜けたのか、彼女が息を吐くと怒ったような雰囲気が消える。
ミナに助けられたな。四人で行動しなければならないのに、嫌われたらどうなるかと。
「よろしくお願いします」
彼女はミナに微笑みながら、おれたちに頭を下げる。
「――名前なんざどうでもいい」
「うおっ!」
耳元で野太い声がしたかと思うと、いつの間にかガドが近くにいた。
「なにビビってんだ。それより、こっちこい」
死体を漁っていたガドがなにか見つけたようだ。おれたちを呼びかける。
彼は死体の腰に掛かっていた革袋を外すと、ゆっくりと左腕を動かし中身を手のひらに出した。
青い石。親指ほどの小さな石だ。不思議な光沢を蓄えており、石自体が光っているようにも見える。
ユウトの記憶でも、見たことのない物だ。
「魔石だ」
「魔石?」
俺が聞くとガドは一瞬呆れたような表情を浮かべるが、おれ以外もみな一様に疑問符を頭の上に浮かべていることに気づいた。
その後、ため息を吐く。
「魔力を含んだ石だ。簡単に言えば、金になる石だ」
「高いのか?」
「銀貨二十枚くらいにはなる」
思わず息を呑む。
村全員が何か月も働いてようやく手にする額だ。それが一瞬で手に入った。
「借金の足しにもなりゃしねえが……」
おれたちの借金は金貨一万枚。
銅貨、銀貨、金貨がそれぞれ百枚で一つ上の貨幣と同じ価値になると考えると、確かに足しにもならないだろう。
だが、ついに見つけた。迷宮の産物、おれたちが持って帰らなければならない成果の一つ。
「やったな」
笑みがこぼれる。
この魔石一つでは足りないかもしれないが、この調子でいけば迷宮を出ても生きていけるかもしれない。
「……」
ガドはこちらを見たかと思うと、腕をこちらに寄越す。
「お前が持っとけ」
そのまま革袋をこちらにヒョイ、と投げてくる。
荷物持ちみたいなもんか。紐付きだったので、ボロボロのズボンの穴を利用して腰につける。
「解毒薬はなかったな」
「え?」
「一層で死ぬやつに期待するだけ無駄だったか」
ガドは解毒薬を探していたのか。
「ありがとうな」
「勘違いするなよ。これ以上戦えるやつが減るのは困るんだ」
ガドは立ち上がると、奥の通路を見据える。
「そろそろ最深部だろう。準備しておけ」
「準備ってなんの」
「さっき言ったろ。戦えるやつが減るのは困るって」
つまり、戦闘の準備をしておけということか。
「あの男が持ってた短剣を拾っとけ。ないよかマシだ」
そういうとガドは、通路へ向かって歩き出す。
慌てて、おれたちもその後ろをついて行った。
◆
通路をさらに進んでいく。
毒は時間とともに確実に回っていた。
右腕の黒ずみは肘まで広がっている。変色した部分が灼けるように感じる。
身体も熱い。呼吸も段々と苦しくなっている。
ミナが不安そうに見上げてきた。
「おにいちゃん」
「ん?」
「しなないよね?」
ジッ、と見つめてくる。返事に詰まる。
「人間、いつかはみんな死ぬ」
ガドが前を向いたまま言った。
「だが諦めたやつから先に死ぬ」
彼には珍しく、励ますような言葉だった。
「ならだいじょうぶ」
納得したようなミナは、前を向いて呟く。
「おにいちゃんはわたしのためならあきらめないもんね」
その呟きは、隣にいた俺しか聞こえなかっただろう。
そこからは会話もなく。
この先に待ち受ける何かに備えるかのように。
おれたちは暗闇を小さな炎の灯りだけで進み続けた。
◆
一行は大きな広間へ出る。
中央には石碑があり、その周囲には青白い結晶がいくつも生えていた。
その輝きは先程拾ったものと同じ、魔石の輝きそのものだった。
「当たりだな」
ガドが呟く。
その直後。
広間の奥で、何かが動いた。
ズシン。
ズシン。
地面が揺れる。その度に、影は大きくなっていく。
天井からパラパラと石片が崩れ落ちる。空間そのものが揺れる。
「――ゴーレムだ」
石像が立ち上がる。
三メートル近い巨体。腕だけで人間ほどある。
見上げたその顔の部分。
紫色の双眸が、こちらを捉えた。
ユウトは腕を握る。
変色したその腕は力がまともに入らなかった。だが、彼はそれでも短剣を握りしめた。
ミナは袖を掴む。
幼きその少女。しかしその表情に、一点の恐怖もない。あるのは安堵、そして期待だ。
トリエは見据える。
彼女もまた恐怖せず、ゴーレムをつぶさに観察していた。
そしてガドは叫ぶ。
自分を、そして仲間を鼓舞するようにして。
「――来るぞッ!!」
その叫びに呼応して、ゴーレムは腕を振り上げた。
今、彼らの生死を賭けた戦いが、幕を開ける。




