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転生したら奴隷でした。  作者: 二一人


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17/20

幕間 ミナの一日。

 朝の光が、納屋の隙間から差し込んでいた。


 ミナは薄目を開けて、隣で眠るユウトの寝顔を見た。


(今日も行っちゃうんだなぁ)


 分かっている。仕方がないことだ。でも、毎朝この瞬間だけは、少しだけ胸が締め付けられる。

 ユウトの体がモゾモゾと動き始めると、ミナは慌てて目を閉じて寝ているふりをする。


「ふぁ……」

 ユウトが起きて上体を起こす。そのままの状態でしばらくボーッとしている。

 その間もミナは内心、ニヤニヤしながら寝てるふりを続ける。


「……ミナ……朝だぞ」

 ユウトがミナの肩を優しく揺する。

 大好きな兄に起こされたミナは、すぐに笑顔を作った。


「――おはよう、お兄ちゃん」


 いつも通りの朝が始まる。


     ◆


「行ってらっしゃい」

 教会の前で、ユウトの背中を見送る。

 振り返らずに歩いていくその背中を見るたび、ミナは同じことを思う。


(絶対に、帰ってきてね)


 声には出さない。もう何度も言った言葉だ。言いすぎると、彼が困った顔をするから。

 教会の扉が閉まると、ミナは一つ息を吐いて、中に入った。


 朝の礼拝の時間になると、孤児院の子どもたちが列を作る。

 祭壇の前に並び、女神への祈りの言葉を唱える。小さな声が重なって、聖歌のようになる。


 ミナはその列に並ばない。

 部屋の隅で、静かにその様子を眺めているだけだ。


―――――


「――ミナちゃんは、お祈りしないの?」

 小さな女の子が、不思議そうに聞いてきたことがあった。


「私は、他に祈る相手がいるから」

 そう答えると、女の子は納得したのかしないのか、それ以上は聞いてこなかった。

 本当のことを言えば、ミナは誰にも祈っていない。信仰対象が、女神ではないというだけだ。


(ミナが信じてるのは、ユウトだけ)


 女神が本当にいるのかどうかも分からない。ここにいる子どもたちは信じているようだけれど、ミナには実感がなかった。

 困っているとき、助けてくれたのはユウトだった。飢えていたとき、そばにいてくれたのもユウトだった。


 だから、ミナが信仰するものがあるとすれば、それはユウトだけだ。


―――――


(だからかな。見てるとなんだか虚しくなってくる)


 新しく来た修道女が、ミナの様子に気づいて、小さく頷いた。


「アウレア様から伺っています。あなたは、無理に加わらなくていいですからね」

 優しい声だった。それ以上は何も聞かれなかった。

 教会には悪評がつきまとっているが、アウレアが管理するこの教会は本当に甘い。本当なら強制されることだろうから。


(アウレアさん、優しすぎるよ)


 そう言う言葉とは裏腹に、ミナは少し安心していた。


     ◆


 礼拝が終わると、子どもたちは思い思いに過ごし始める。読書をする子、黙想をする子、庭で遊ぶ子。


「ミナちゃん、一緒に遊ぼ!」

 小さな子どもたちに手を引かれて、庭に出た。


 鬼ごっこをしたり、石を積んで遊んだり。

 この子たちのことは好きだった。信じているものが違っても、一緒に笑うことはできる。

 遊んでいる間、ミナは自分が以前のように子どもに戻っているような気がした。


 しばらく遊んだ後、ミナは一人、裏庭に向かった。

 子どもでいるのは楽しい。けど、ミナは早く大人になりたいのだ。


 これからが、今日の本番だ。


     ◆


 裏庭の隅に、小さな植木鉢が置いてある。


 中には、まだ小さな双葉が二枚だけ生えた苗があった。

 アウレアに教わった修行だ。名前は『植属判定法』。テラの導き、と読むらしい。


 生きている者ならば、誰もが持っている魔力。

 その魔力には属性があるという。大きく分けて五つになる。

 火、水、土、光、闇。人によって得意な属性が違う。それを、植物を与えて育てることで見極めるという方法だ。属性によって苗の成長方法などが変わる。


 これを日々続けることで魔力を枯らし、身体の中にある魔力の器を大きくしていく。また、自然と魔力に属性を付加することによって、その属性との親和性を高めていく。


 ミナは膝をついて、苗と向き合った。


(今日こそ)


 両手を苗の周りにかざす。

 目を閉じる。体の奥にある、あの水のような感覚を探る。


 見つけたら、そっと動かす。急いではいけない。ゆっくり、丁寧に。アウレアの言葉を思い出しながら。

 あまりにもじれったいその感覚に、自分の腕をもぎ取りたい衝動に駆られる。けど、集中を乱してはいけない。意識しなくなった途端、それは蒸発するようにして霧散してしまう。


 それを腕伝いに指の先端まで満たしていく。

 すると、手のひらが、じんわりと熱くなる。


 目を開けると、苗の葉先がわずかに震えていた。


(変化してる……!)


 昨日は、これだけで力尽きた。今日はもう少し粘れそうだ。

 さらに集中を続ける。額に汗がにじむ。指先が少し痺れてきた。


 それでも、止めなかった。

 魔力の操作は想像力が重要。自分の中で、明確なイメージを作るのが大事とアウレアは言っていた。


 ミナは自身の中で、そのイメージを確実に掴んでいた。

 しばらくすると、頭の中に小さな石ころを積み上げるような感覚があった。数えている。その石が積み重なり、やがて目標の苗へと届く。そんなイメージを、繰り返し描いていく。


(あと少し)


 十八個目。手のひらの熱が、少しだけ形を持った気がした。


 十九個目。苗の葉が、ほんの少し色を変えた。


(――!)


 二十回目。


 苗の葉先に、小さな光が灯った。

 葉の緑が、一瞬だけ淡く発光したように見えた。すると、ありえないことに、葉っぱの先から小さな蕾が生えた。


 ミナは目を見開いたまま、しばらく動けなかった。


「……咲いた」


 声が震えた。


(これって……光属性ってこと?)


 アウレアの説明を思い出す。光属性は、通常なら咲かないはずの花を咲かせることがあるという。まだ花には程遠いが、確かに何かが起きた。

 嬉しさよりも先に、めまいが襲ってきた。地面に手をついて、しばらく息を整える。


(もっと、もっと練習しないと)


 膝が笑っている。それでも、心は満たされていた。


「すごい」

 声がして顔を上げると、さっきの女の子が、いつの間にか裏庭の入口からこちらを見ていた。


「ミナちゃん、今の見た! 葉っぱが光ってた!」

「……見てたの」

「うん! すごい、すごい!」

 無邪気にはしゃぐ声に、ミナは思わず笑ってしまった。


 誰かに見られていた。それだけで、なんだか報われた気がした。


     ◆


 午後、少し休んでからもう一度植木鉢に向き合った。


 今度は石を数えるのをやめて、ただ集中した。


(これができたら、ユウトの役に立てるかな)


 頭に浮かぶのは、いつもその考えだった。

 冒険者パーティに加わりたい。守られるだけの存在でいたくない。危険な迷宮に、少しでも力になれる自分で行きたい。


 それがどれだけ難しいことか、分かっている。だから、こうして誰も見ていないところで、地道に積み重ねるしかない。


(一人で抱え込まなくていいって、言われても)


 ユウトはいつも、ミナを守ろうとする。それは嬉しい。胸がキュンキュンするほどに。でも、それだけじゃ嫌だった。

 ミナも、ユウトを守れる存在になりたかった。


(だって、ユウトにもキュンキュンしてほしいもん)


 その日は、結局三十回近く挑戦して、光ったのは最初の一回だけだった。それでも、確かな手応えがあった。


     ◆


 夕方、教会の前で待っていると、遠くに見慣れた人影が見えた。


「――おかえり!」


 思わず駆け出す。

 ユウトの顔を見た瞬間、今日一日のことが全部、頭から吹き飛んだ。


 そのまま飛びついた。目、鼻、口から吸引するお兄ちゃん成分が脳に染み渡り、ミナは幸せに浸る。


「――おかえり、ユウト」

 もう一度言った。

 言うたびに、実感する。


(今日も、ちゃんと帰ってきてくれた)


「ただいま……えっと、ミナ……いつも言ってるけどさ」

「ん?」

「噛みつくのはやめてくれよな……」

「やら!!」

 そう、口からも成分を補給しないと。


 ミナは今日も、ユウトのお腹に甘噛をした。

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