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転生したら奴隷でした。  作者: 二一人


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16/20

16話 お買い物。

「今日は休みだ~!」

 朝、井戸で水浴びを終えたミナが大きな声を出す。


「今日はずっと一緒だね!」

「ああ。久しぶりにゆっくりしたいところだけど……」

 言いながら、藁の感触を思い出す。背中がまだ少し痒い。


 いよいよあの感触ともお別れの日だ。


「今日は買い物に行くぞ」

「買い物!」


 ミナの声が跳ねた。


     ◆


 まず、教会に顔を出すことにした。ミナを預ける必要はないが、挨拶ぐらいはしておきたい。


 扉を叩くと、出てきたのは見慣れない顔だった。

 若い修道女だ。アウレアより少し年上に見える。


「あの、アウレアさんは」

「アウレア様でしたら、しばらく留守にされています」

 修道女は丁寧に頭を下げた。

 人当たりの良さそうな人だ。


「留守? 珍しいですね」

「この都市に来られる聖女様の『洗礼の儀』があり、大聖堂に呼ばれておられます。しばらくお戻りになりません」


 聖女、という単語に少し引っかかったが、詳しく聞く空気でもなかった。


「アウレア様から言伝を預かっております」

 修道女が懐から折りたたまれた紙を取り出し、読み上げた。


「――しばらく留守にします。ミナのことは変わらず気にかけてください。ユウトさんも、無理をしないように。戻ったらまたお話ししましょう」

 それだけだった。

 相変わらず心遣いのできる人だ。それだけのことに手紙を残してくれるとは。


「分かりました。ありがとうございます」

「アウレアさんに会いたかったのに」

 ミナが少し残念そうに言った。

 魔法について学び始めてから、アウレアとミナは仲良しだ。まるで姉妹のように見えるときもある。


「戻ってくるって書いてあったろ」

「うん……残念だけど」


 それ以上は言わなかった。


     ◆


 教会を出て、商人街へ向かった。


 目的は決まっている。まず寝具だ。


「うわぁ……」

 布団屋に入ると、ミナが目を輝かせた。

 綿の入った布団がいくつも並んでいる。触ってみると、藁とは比べ物にならない柔らかさだった。


 ミナも触って、満足そうな声を上げる。


「これください」

「早いな」

「これでいいでしょ」

 二人分の布団を選び、店主に代金を払う。銅貨数十枚。安くはないが、払えない額でもなかった。

 


「これで、あの藁ともお別れだ」

「ちょっと名残惜しいけどね」

「全然惜しくない」


 ミナがくすくす笑った。


     ◆


 次に向かったのは、雑貨を扱う店だった。


 棚を見て回る。鍋、皿、燭台、それから小さな魔道具のようなものも並んでいた。


「これは?」

 ミナが指差したのは、小さな赤い石がはめ込まれた燭台だった。


「魔石を使った火種石です。息を吹きかければ火が灯りますよ」

 店主が説明してくれた。

 息を吹きかけるだけで反応するのか。とても便利そうだ。


「お高いんですか」

「これは下級の魔石を使ってますから、銅貨五十枚ほどです。上級の魔石を使ったものは、こちらの……」

 店主が奥から別の燭台を持ってきた。精巧な装飾が施されている。先ほどの魔石と比べると、大きさや輝きが段違いだった。綺麗に加工もされている。


「そちらは銀貨十枚です」


 二十倍近い差だった。


(同じ用途でも、使う魔石の質でここまで変わるのか)


 迷宮で拾う魔石の価値を、また別の角度で実感した。

 俺たちが持ち帰る小さな魔石一つが、こうして誰かの生活道具になっている。


「下級のでいいです」

「毎度」

 火種石を購入した。

 ついでに小さな戸棚も一つ買った。持ち物を入れておく場所がなかったのだ。


 すると、ミナが店の隅で何かを見ていた。


「どうした」

「これ……」

 小さな布の巾着だった。刺繍が施されている。

 ありふれた品だが、ミナはじっと見つめていた。


「欲しいのか」

「……いいの?」

「お前の金でもあるだろ」

 ミナが少し驚いた顔をした。

 これまで、ミナが何かを「欲しい」と自分から言うことは少なかった。必要なものは俺が決めて買ってきた。彼女自身が選んで、自分のものとして持つ。それが、彼女にとってどれほど久しぶりのことか、想像するだけで少し胸が痛んだ。


「じゃあ、これにする」


 小さな呟き。その顔は明るかった。


     ◆


 雑貨屋を出ると、少し歩いた先に小さな広場があった。


 商人街の喧騒から外れた場所だ。石畳の隙間から草が伸び、端の方には花壇のようなものが作られている。都市の中でも、こういう場所があるとは思わなかった。


「きれいな場所だね」

「そうだな」

「だれかいるよ」

 ミナが声を上げた。

 花壇の前にしゃがみ込んでいる人影があった。


 その人影には見覚えがあった。つい昨日、その背中を眺めていたのだ。


「……ジャコル?」

 声をかけると、その人影がゆっくり顔を上げた。


 いつもの装備とは違う格好だった。革鎧ではなく、布を巻きつけるような簡素で民族的な衣装。肩や腕が大きく露出している。

 その肌に、幾つもの傷跡があった。切り傷、火傷の痕、何かで抉れたような跡。数え切れないほどだ。


 一瞬、言葉を失った。


「……珍しい格好だな」

 なんとかそれだけ言った。

 彼もこちらを認識すると、顔を少し和らげる。


「私服だ。動きにくいのは、着ない」

 ジャコルは手にした本に視線を戻した。ページの端が擦り切れている。

 本か。なんとなくジャコルには似合わないな。それにしても本は結構高価なはずだけど……。


「だれ?」

「昨日、一緒に迷宮に潜った」

 小声で聞いてくるミナに答える。

 ふーん、と言いつつ、ミナはジャコルに近づいていく。


「何を読んでるの?」

 ミナが横から覗き込んだ。

 初対面のはずなのに、相変わらず人を恐れない子だ。


 ジャコルもまた、ミナの距離の詰め方に反応せず、素直に本を見せながら答える。


「花の、名前」

 本には、色とりどりの花の絵と、文字が並んでいた。


「これは」

 ジャコルが花壇の一輪を指差した。小さな白い花だ。


「……分からない。まだ、探してる」

「載ってないの?」

「この本には、ない。別の本を、探す」

 地道な作業だ。だが、その顔には確かな熱があった。

 意外な一面だ。ジャコルは迷宮でも感情を見せたりせず、何を考えているか分からなかった。まさか花の名前を覚えているとは。


「ジャコルさんって、花が好きなの?」

 ミナが無邪気に聞いた。


「好きだ。知らないこと、多いから」

 短い答えだったが、その言葉には実感がこもっていた。


「昔は、知る暇、なかった」

 ジャコルが自分の腕の傷跡に、ちらりと目を落とした。


「これ、剣闘士のとき」

 あっさりとした言い方だった。

 夥しい数の切り傷。それの正体は、剣闘士として活動していたときについたものだったのか。


「剣闘士……」

 その単語に、色々な想像が浮かんだ。だが、詳しく聞いていいものか分からなかった。

 しかし、ジャコルは止まることなく続ける。


「見世物で、戦っていた。ずっと」

 ジャコルは傷跡を指でなぞった。

 その動作から、彼が昔を思い出しているのが伝わってくる。


「花の名前、知らなかった。空の色も、あまり見なかった」


 それだけ言うと、また本に視線を戻した。


「今は、自由だ」

「……そっか」

「その本、面白い?」

 ミナが聞くと、ジャコルは少し考えてから頷いた。


「面白い。世界、広い」

 ミナはジャコルの隣にしゃがみ込んで、一緒に花を覗き込んだ。


「これは、なんて花?」

「……分からない」

「一緒に探そうよ」

 ジャコルは意外そうにミナを見た。それから、小さく頷いた。


「……ありがとう」

 二人が並んで本をめくる様子を、少し離れて眺めていた。

 あれだけの傷を負いながら、今は花の名前を探している。なんとも不器用なその姿が、彼の人間性を物語っている気がした。


「ユウトも、見る?」

 ミナに呼ばれて、俺も花壇の前にしゃがみ込んだ。


 しばらくの間、三人で本をめくりながら、名前の分からない花を探し続けた。


     ◆


 ジャコルと別れてから歩いていると、鍛冶屋の前を通りかかった。


 店先に並んでいるのは、見覚えのある形の武具だ。以前も通った店だろう。


「あれ……」

 店の奥、作業場から金属を打つ音が響いている。その手前の台の上に、狼の毛皮らしきものが積まれていた。


「あの毛皮、この前の……?」

 思わず呟いた。

 鍛冶屋の主人が顔を上げた。


「ん? おう、レッサーウルフの毛皮だ。防具の裏地に使うといい断熱材になる」

「なるほど……そういう使い方か」

「冒険者か? 最近、二層の素材がよくギルドから流れてくるようになったな」


 俺たちが持ち帰った素材の一部も、こうして誰かの手に渡り、誰かの防具になっているのだろう。


(俺の装備も、そろそろ見直した方がいいかもしれないな)


 支給された短剣は、もう随分と使い込んでいる。元々がボロだったものだし、稼ぎが増えてきた今なら、少しは投資できるはずだ。


「今度、装備の相談に来てもいいですか」

「おう、いつでも来い」


 鍛冶屋の主人は気さくに笑った。


     ◆


 昼を過ぎ、ギルドに寄ることにした。


 目的の一つは、酒場に置いてある書物だ。以前セルナに教えてもらってから、時々読みに来ていた。

 棚には、迷宮の生態記録や、周辺国の地理、簡単な魔法理論の入門書などが並んでいる。難しい内容もあるが、読み書きができる分、他の冒険者より理解は早い方だと思う。


「今日はどれ読むの?」

 ミナが隣に座って聞いてきた。


「これだ」

 地図が載った本を開く。迷宮都市を中心に、周辺の国々が描かれている。


 エルトラ諸国同盟。中小の国々が集まってできた同盟だ。その中心に、この迷宮都市がある。

 さらに世界大陸の地図を見ると、同盟の外側に大きな領域があった。


「アレウス帝国……」

 そう記された国は、地図上では同盟の何倍もの広さがある。

 この世界で最も大きな国だろう。以前、軽く読んだ歴史によると、他の国を侵略することで領土を広げていったそうだ。


「でかいね」

「ああ」

 その帝国と拮抗するために、この同盟は迷宮都市の資源に頼っている。そういう構図らしい。

 迷宮都市自体は同盟に所属していながらも、独立している珍しい地域だ。国と呼べる規模ではないものの、その特殊性から一定の地位と安全が担保されている。


(俺たちが稼いでいる金貨や素材も、巡り巡ってこの都市や同盟国の力になっている)


 実感の湧かない話だった。だが、少しずつ、この世界の輪郭が見えてくる。

 今までは朧げだったものがはっきりと見えるようになって、今自分がいる場所をしっかりと認識できるようになっていく。


 こうやって知識を積み重ねていくのは嫌いではない。


「――兄ちゃん、また来てたのか」

 声をかけられて顔を上げると、以前見かけたことのある冒険者だった。ギルドの酒場で何度か顔を合わせた男だ。


「お邪魔してます」

「奴隷のくせに勉強熱心だな」

 言い方は雑だが、以前のような刺々しさはなかった。

 一瞬ミナが不穏な気配を放ったが、向こうの好意的な雰囲気を察してか大人しくなる。


「二層まで潜ったんだってな。ジャコルの野郎から聞いたぞ」

「ご存知でしたか」

 ジャコルのことを知っているのか。まあ、目立つもんな……。


「あの寡黙な奴が珍しく喋ってた。よっぽど気に入ったんだろうよ」

 男はニヤリと笑って、向かいの椅子に座った。

 この調子だとここで飲み食いを始めそうだ。ミナもいるし、場所を変えるか……。


 そう思って席を立とうとした矢先、男が喋りだす。


「なあ、迷宮の魔物の生態、詳しく知りたいなら教えてやろうか」

 それは、少し前なら考えられなかった申し出だった。

 俺もある程度、認められてきているということだろうか。


「お願いします」


 男が語り始めた話に、ミナも興味深そうに耳を傾けていた。


     ◆


 夕方、荷物を抱えて納屋に戻った。


 布団を敷き、戸棚を置く。それだけで、部屋の雰囲気がずいぶん変わった。

 その横に燭台を置いて、先端の魔法石に息を吹きかけると、小さな明かりが灯る。


 今まで月明かりだけしかなかった部屋に、暖かな光が生まれた。


「わぁ……いい部屋になった」

 ミナが布団に飛び込んだ。

 ボフンと沈み込み、猫のような鳴き声を出す。


「行儀悪いぞ」

「気持ちいいんだもん」

 俺も隣に腰を下ろした。藁のときとは比べ物にならない座り心地だった。

 これなら気持ちよく眠れそうだ。


 布団から起き上がったミナが、買った巾着を大事そうに戸棚の隅に置いた。


「今日、色々買えてよかったな」

「うん」


 ミナがこちらを見た。


「ねえ、ユウト」

「なんだ」

「今日、初めて自分で選んで買い物した気がする」

「そうか」

「うん。……嬉しかった」

 小さな声だった。だが、確かな重みのある言葉だった。


 俺は何も言わなかった。ただ、その言葉を、大事に受け取った。


     ◆


 夜、新しい布団に横になる。


 柔らかい。今までの藁が嘘のようだった。

 外はだんだんと肌寒くなっている。この世界にも季節はあるようで、これから冬が訪れる。暖かくして眠れるということが、ありがたい。


「……ん」

 もぞもぞと、ミナが寝返りをうつ。


「……二人分買った意味ないな」

 せっかく二人分の布団があるのに、寝るときになって結局ミナは俺の布団に潜ってきてしまった。

 まだ一人で眠るのは寂しいのだろう。最近大人っぽくなったように見えて、まだ子どもの部分も残っている。


 今日一日のことを思い返すと、色んな事があった。

 何よりも嬉しいのは、自分がこの世界で生きているという実感が生まれたことだ。

 この都市は、思っていたよりずっと大きな仕組みの中で動いている。俺たちの稼いだ小さな魔石一つが、遠く離れた国同士の均衡にまで繋がっている。


(俺はまだ、その仕組みのほんの一部しか見えていない)


 それでも、少しずつ見えてくるものがある。


「おやすみ、ミナ……」


 目を閉じる。


 柔らかい布団の感触の中、眠りはすぐにやってきた。


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