14話 物語を紡ぐは新たな敵。
「基本的には、はぐれた仲間は『ロスト』として扱います」
講習を受けたあのとき、セルナはそう言った。
「ロスト……」
「見捨てる、という意味に聞こえるかもしれません。でも、迷宮の中で無闇に捜索するのは、二人目、三人目の犠牲者を生むだけです」
「それでも、生きているかもしれないのに」
「生きている可能性より、探す側が死ぬ可能性の方が、多くの場合高いんです」
セルナの声は静かだったが、はっきりしていた。
「だから、ギルドとしては推奨しません。それでも捜索すると決めた場合は、自己責任になります」
あのときは、遠い話のように聞いていた。
◆
「――返事、ない」
シュリの声で我に返った。
穴の縁に垂らしたロープが、力なく揺れている。底に届いた様子はない。何度か引いても、何の反応も返ってこない。
「深すぎる」
シュリが呟いた。
俺は穴の中を覗き込んだ。真っ暗で何も見えない。
「……ロスト扱い」
自分の口から出た言葉に、自分で驚いた。
セルナの講習を思い出していた。無闇な捜索は、二人目の犠牲者を生む。ギルドが定めた、理屈の通った規則だ。
だけど。
「助けに行こう」
口が勝手に動いていた。
シュリがこちらを見た。ジャコルも、無言でこちらを見ていた。
エルミラのことを、最初はムカつく奴だと思っていた。だけど、彼女は優秀な魔法使いであることを証明した。それに、好感の持てる部分もあった。あの満足げな笑みは、おれたちが心を通わせた瞬間だったと感じた。初めて仲間だと思えた。
「――罠で落ちたのは俺の責任だ。助けに行く義理がある」
自分に言い聞かせるように言った。
その言葉を聞いても、シュリもジャコルもただただこちらを見つめていた。文句の一つも言わない。
「……ユウトは、そういう人」
シュリが小さく言った。責める色はなかった。ただの確認だった。
「行くぞ」
ジャコルが初めて自分から意志を示した。短い言葉だったが、迷いはなかった。
三人で頷き合った。
◆
一層の各所には、二層へ続く階段が点在している。最深部の番人と戦わずとも、そこから直接降りられる場所がいくつかあった。
最寄りの階段まで、走った。
石造りの階段を降りると、空気が変わった。一層よりも冷たい。湿った土の臭いに、獣じみた臭気が混ざっている。
「……エルミラの落ちた場所はここから南の方のはず」
俺は目を閉じて、一層で歩いてきた道のりを頭の中でたどった。
罠を踏んだ地点。そこから穴が空いていた方向。深さの見当。
二層に降りてからも、感覚は途切れなかった。歩いた距離、曲がった角度、階段を降りた深さ。全部が頭の中で線になって繋がっていく。
(この方向で、この距離……)
自分でも驚くほど、鮮明だった。まるで頭の中に地図が浮かんでいるようだった。
「こっちだ」
迷わず歩き出した。
◆
俺を先頭に、シュリ、ジャコルの並びで進んでいく。
一層と比べて、二層は通路や部屋が横にも縦にも広い。また、いくつもの分岐があり法則性がない。
俺が二層に慣れていないのもあるだろう。普段の感覚が効かない。
警戒するべき箇所が多く、背後から襲われる可能性も一層より遥かに高い。明かりを持つシュリが最後尾だと襲われたときひとたまりもない。そのため、ジャコルを最後尾に置いてシュリの安全を確保する形になった。
エルミラは生死すら分からない。生きていても、時間が経てば経つほど生存確率は下がっていくだろう。おれたちは今、先を急ぐ強行軍だ。この並びが最適だと考えた。
歩いていると、大きな部屋に出た。
「――上、警戒!」
シュリが短く、強く言った。
見上げると、天井付近に黒い影がいくつも張り付いていた。
洞窟蝙蝠だ。二層の中では弱い魔物。
「ユウト、右!」
思考を中断し、言われるまま剣を振るう。手応え。落ちた影が地面でもがき、すぐに動かなくなった。
いつの間にかこんなに近くに来ていたのか。音もなく気配もない、厄介な魔物だ。
残りは天井に留まったまま、こちらの様子を伺っていた。しばらく睨み合ったあと、奥の暗闇へ引いていった。
「……助かった」
「音、ないから。危ない」
シュリの耳がなければ、今の一撃はまともに食らっていたかもしれない。
エルミラの救助のために、意識がルート構築に割かれている。普段よりも魔物の気配に対する注意力が低くなっているな。
しかし、それでも続けるしかない。
「シュリ、ごめん。普段よりも索敵、頼ることになる」
「分かってる。ユウトは集中してて」
「戦い、任せろ。それが得意だ」
「ジャコルも、ありがとう」
彼がいてくれて本当によかった。二人だけなら助けに行く判断はできなかったかもしれない。
「行こう」
◆
さらに進む。
緊張感が途切れない。二層は一層とは明らかに違う。魔物の気配が濃い。空気そのものが、こちらを見ているような感覚があった。
なんとか接敵を避けながら、一層の探索よりも速いペースで進み続けている。
(生きていてくれ)
願うように、頭の中の地図と現在地を照らし合わせ続けた。徐々に目標の場所に近づいている。
やがて、崩れた瓦礫が積み重なった場所に出た。
「ここだ」
瓦礫の隙間、うっすらと開けた空間があった。
その中に人影が見えた。
「エルミラ!」
駆け寄る。
うつ伏せに倒れていた。ローブの端が焦げている。魔力の残滓のようなものが、かすかに体の周りに漂っていた。
シュリがすぐに脈を確認した。
「……生きてる」
「良かった……」
全身から力が抜けそうになった。
なんとか間に合った。集中し続けて、頭が焼き切れそうだった。
「魔法で、衝撃を和らげた……多分」
シュリが焼け焦げたローブの一部を指した。落下の瞬間、自分自身に防御か緩衝の魔法をかけたのだろう。とっさの判断だったはずだ。あの高飛車な態度の裏に、この判断力があった。
「気絶してるだけ?」
「……足、折れてる」
シュリが慎重に足首を確認する。
その間も、ジャコルは黙って周囲を警戒していた。
「動かせるか」
「応急処置、する」
シュリが手早く添え木を当てて包帯を巻く。
以前俺にやったときよりも正確かつ素早い。練習でもしていたのか。
エルミラを運ぶ必要がある。体格的に俺かジャコルだが……もし戦闘になったときのことを考えるとジャコルが自由に動けた方が良さそうだ。
「俺が背負う。手伝ってくれ」
「うん」
膝をついて、シュリに手伝ってもらいエルミラの体を背負う。その後、ロープで軽く固定してもらう。
思ったより軽い。俺が迷宮で鍛えられているのもあるか。歩く分にはそれほど問題はなさそうだ。手で支えないと落ちそうだから、この後両手が使えないのは問題だな。
それよりも、ローブの下に隠れていた何かが背中に当たっている。で、デカいな……。
「じぃー」
「な、なんだよ」
シュリがじっとりとした目で見つめてきている。
余裕がない状況なのは分かっている。そんな場合じゃないということも。しかし、デカいものはデカい。
「行けるか」
「お、おう。行こう」
ジャコルの呼びかけに助けられた。
しっかりと背負い直し、歩く体勢を整える。
そして、三人で来た道を戻り始めた。
◆
しばらく進んだところで、シュリの足が止まった。
「……臭う」
その声に、全身が冷えた。
シュリが喋るときは警告の合図。
「何が」
「獣。たくさん」
その言葉を聞いて、ジャコルが剣の柄に手をかけた。
通路の奥、暗闇の中から低い唸り声が聞こえてきた。
「グルルル……」
白い体毛、顔だけが黒い獣が、次々と姿を現す。
「……レッサーウルフ」
シュリの声が固くなった。
数えて、五体。ブラッドラットと同じような体格だが……明らかにこちらのほうが戦闘向けだ。
「……」
背中のエルミラの重みが、いつもより重く感じた。
背負ったまま戦うことはできない。だが降ろす時間もない。
その時、ジャコルが一歩前に出た。
「任せろ。二人は、下がって」
狼たちの目が、一斉にこちらを見た。
牙が、闇の中で光った。




