13話 物語を紡ぐは新たな仲間。
「問題ないな」
足に力を込めても違和感はない。
これなら走ったりしても問題ないだろう。
あれから三日が経った。
執事に言われた通り、今日から活動を再開する。ミナ伝いでシュリにも伝えてあるので、ギルドに向かっている最中だ。
(数日空けてからの迷宮は緊張する。今日はいつも以上に集中しないと)
改めて自分に戒めていると、ギルドへ向かう道すがら、見慣れた緑の外套を見つけた。
忙しなく動く足に、ヒョコヒョコと揺れる背負い袋。なんだか懐かしいとすら思ってしまうその後ろ姿に安堵する。
「シュリ」
声をかけると、バッと振り返った。
目があって俺だと分かると、口元を緩める。
「……治った?」
「大体は」
シュリはしばらく俺の足元を見ていた。それから、小さく頷いた。
「よかった」
「心配かけたな」
「……別に」
いつも通りの短い返事だった。だが、その声にわずかな柔らかさがあった。
「子どもたちの熱は」
「もう平気。ありがとう」
珍しく、はっきりと礼を言った。
並んで歩きながら、この十日ほどのことを話した。お互いが何をしていたか。ミナやガド、トリエの様子など。子どもたちがガドに懐いてしまったとも言っていた。
子どもに寄り付かれるガドの姿は、なぜか簡単に想像できて笑えた。
そうして話していると、すぐにギルドが見える通りに出た。
「さて、今日も頑張るか」
「うん」
二人で入口に向かう。
ギルドに着いて扉を開けると、セルナがすぐに気づいた。
「ユウトさん、お帰りなさい。足はもう」
「大丈夫です」
「ちょうど良かった。実は、募集の件でご連絡したいことが」
同行者募集の板に貼っていた紙のことか。もうずいぶん前に貼ったきり、応募がなかった。
「応募があったんですか」
「はい。お二人、今日いらっしゃる予定です」
セルナの声が、少しだけ硬かった。
気まずそうというか、これから起こることを想定してそうというか。
「何か問題が?」
「……いえ。会っていただければ分かるかと」
歯切れの悪い言い方だ。
しかし、どっちみち会って話してみなきゃ分からない。
シュリと目があってうなずき合う。
その後、ギルドに併設されている酒場の端の席で待つことにした。
◆
しばらくして、その二人は現れた。
一人は肌が黒い男だった。短髪の白い髪。無口そうな顔つきで、装備は実用一辺倒。特に飾り気もないが、体には無数の切り傷がある。
もう一人は女で、こちらは対照的だった。
仕立ての良さそうなローブ。手入れの行き届いた杖。金色の髪はきっちりと結い上げられていて、化粧もしている。迷宮に潜る格好というより、どこか社交の場に出るような身なりだった。
『戦士』と『魔法使い』が来ると聞いていた。明らかに男は戦士、女は魔法使いだ。知り合いには見えない。
その女がこちらを一瞥した。
「これが応募先? 聞いていた話と違うわ」
セルナが割って入った。
「こちらがユウトさんとシュリさんです。今回のパーティに」
「ちょっと待って」
女が手を上げて遮った。
その後、はっきりと俺の方を指さす。
「奴隷でしょう、この人」
俺の首筋を見ながら言う。その目は明らかに軽蔑しているものだった。
セルナが困ったように目を泳がせている。
「えーと……」
「この私に奴隷とパーティを組めって? それに」
視線がシュリに移る。フードの隙間からのぞく耳を見て、わずかに眉をひそめた。
「獣人まで。冗談じゃないわ」
その場の空気が冷えた。
俺は好き勝手言われても何も言わないようにしていた。立場が違うし、何を言っても仕方のないことだと思っていたから。覚悟していたことだ。
けど、シュリを侮辱されたら流石に黙ってられないな。
「セルナさん。この件は無かったことにしてくれますか」
俺が言うと、女が眉を上げた。
「あら、この私を拒否するの。奴隷のくせに」
「あなたと組むより、二人で潜る方が安全だと判断しました」
女の顔色が変わった。
実際、大した実績もない、同じランクのくせに自尊心の高い人物だということはもう十分分かった。この人と迷宮を潜ったところを想像しても悪い予感しかしない。
「――生意気ね」
睨みつけてくる。だが、こちらが引く理由もなかった。
すると、セルナが慌てて間に入った。
「お、お待ちください。エルミラさん、ユウトさん。今日だけでも一度組んでいただけませんか」
「なぜ私が」
エルミラと呼ばれた女が不満そうに言う。
こっちの台詞だ。どう考えてもこの女は迷宮の適正がない。論外だ。
「本日、他に空いている前衛の方がいないんです。それに……エルミラさんのお父上からも、実績を積んでほしいとのご要望が」
女がわずかに眉を寄せた。父親、という言葉に反応したようだった。
「……仕方ないわね。今日だけよ」
しぶしぶ、という様子で言った。
俺はシュリに目をやった。シュリは小さく息を吐いた。
「……今日だけなら」
二人とも、渋々の了承だった。
「ありがとうございます。……ジャコルさんも、よろしくお願いします」
無口な男が、初めて口を開いた。
「よろしく」
それだけだった。
◆
迷宮の入口で、四人が向き合った。
「先頭は俺が行く。他のメンバーは俺に続くように」
俺が言うと、エルミラが鼻を鳴らした。
「奴隷が指示するのね」
「役割だからです。索敵と罠の解除をします」
「……ふん」
不満そうだったが、反論はしなかった。
石門が開く。冷たい空気が流れてくる。
「行きましょう」
俺が先頭に立ち、シュリが後方、エルミラとジャコルが中央に入る形で進んだ。
◆
迷宮に入って数十分は経過した。
最初、エルミラは俺が罠を解除したときは何も言わなかった。それが当然の役割、と言わんばかりの様子だった。
次に、俺とシュリが索敵をして、暗闇の先からブラッドラットが現れた。シュリが矢を放ち、俺が音を立てずに近づいて仕留めると、その様子を見ていたエルミラは息を呑んだ。
「……この二人だけで、一層を回ってるの」
小さく呟くのが聞こえた。その声には若干の驚きが混じっているようだった。
実際、ギルド内で二人だけで一層を攻略しているのは俺とシュリのパーティだけだ。それほど強力な敵が出ないことや、俺とシュリの補完が完璧に近いという点で相性がいい。比較的安定して回れている。
俺とシュリが短刀を取り出して、ブラッドラットの死体に近づく。
そして、剥ぎ取れる素材を取り出していく。爪、汚れていない毛皮。死体から吹き出す血を避けながらそれらを袋に詰めていると、エルミラが後ろで引きつった声を出した。
「うぅ……酷い匂い。それに汚いし……」
「金になるんだから、やるしかないでしょう」
「ユウト。ここの切り口、もう少し丁寧に」
「どこだ?」
「ここ。ここは刃を入れた後、少し上に傾けて……」
「なるほど……」
シュリ先生に解体技術を教わる。
慣れているからか、シュリの解体した素材と、俺が解体したものとでは品質が違う。売値が変わってくるから、彼女から学ぶのは必須だ。
「……低俗ね。私は絶対にやらないわ」
「見たい」
「あなたも!?」
俺が教わっている所に、ジャコルも横から見てくる。
ジャコルは無口だが、剣の扱いは堅実だった。無駄がない。前に出すぎず、下がりすぎず、常に一定の距離を保っている。戦闘の技術では俺より遥かに上を行くだろう。ただ、対魔物の戦い方ではないと感じる。対人に慣れている。そんな感じだ。
予想よりも頼りになる。こうして学ぶ意欲もあるようだし……ただ、何を考えているのか分からない。表情が全く動かないのだ。それが冷静であるならいいが、この迷宮において感情表現が見えないのは、ある種怖い部分でもある。
◆
解体が終わり、おれたちは歩を進めていた。
しばらく進んだところで、リテルンの群れに遭遇した。
「――私がやるわ」
今度はエルミラが前に出た。
任せていいか判断に迷うが、群れは四体。仮に四体同時に突っ込んできても、俺とジャコルだけで十分対応できるだろう。
(お手並み拝見……)
シュリやジャコルも、同じ考えのようだ。いつでも戦闘に臨める体勢を保ちつつ、エルミラの様子を見ている。
「ふんっ」
エルミラは足を広げ、杖を掲げる。軸の通った美しい立ち姿だ。それだけで、彼女が自尊心だけの人ではないことが分かった。
彼女の体から、言いようのない圧が増していく。存在感とも呼べるそれはどんどんと膨れ上がり、杖の先に集中していくのが分かる。
「……熱い」
シュリが呟くと同時に、杖の先から炎が生まれた。
その炎は揺らめく度に大きくなり、形を変えていく。徐々に細く、長く。
それは、槍だ。
「――『火の槍』」
杖の先から火の槍が弾かれるように放たれる。
音もなく、矢のような速度で突き進むソレは、群れの中心に着弾し、爆発的に燃え広がった。
数体が一瞬で消し炭になった。
俺は驚いていた。攻撃魔法を初めて見たというのもあるが、想像以上の威力だった。魔物の群れと正面戦闘になったとしても、これだけで終わってしまうレベルの。
「悪くない」
思わず口に出た。
「と、当然でしょう!」
エルミラは得意げに笑った。その顔には彼女の本音が見えた。
役に立てたことへの、隠しきれない満足感のようなものが。
◆
探索は順調だった。
罠は俺が処理し、遠距離はシュリとエルミラが担い、近接戦闘はジャコルが安定させる。
バランスの良い編成だった。俺とシュリの二人だけで潜るよりも、安定している上に、進みが速い。
エルミラは口は悪いが、指示にはちゃんと従った。ジャコルは無言でついてくるが、判断を誤らない。
(悪くないパーティかもしれない)
そう思い始めていた矢先だった。
◆
通路の分岐に差し掛かったときだった。
「右に行こう」
俺が言うと、エルミラが少し前に出た。
探索が順調なこともあって、彼女は意気揚々としていた。
「私が先に見てみるわ!」
「いや、先頭は――」
「ちょっとくらい構わないでしょう」
止める間もなく、彼女は数歩先に進んでいた。
「待て、そこは――」
カチリ。
嫌な音がした。
エルミラの足元の石畳が、わずかに沈んだ。
「え――」
彼女が声を上げた瞬間、その場の床が抜け落ちた。
「エルミラ!」
駆け寄ったが、間に合わなかった。
石の破片と土煙の中、彼女の姿が真っ暗な穴の底へ消えていく。
「――ッ!」
悲鳴が、遠く小さくなっていった。
しばらく、誰も動けなかった。
穴の縁から下を覗く。真っ暗で、底が見えない。
「……落とし穴の罠、だと思ってた。ただの」
俺は唇を噛んだ。
仮に踏んだとしても、危険は少ないはずだった。普段の罠なら。
「にしては、深すぎる」
シュリが冷静に言った。
穴の奥は暗闇だ。何も見えない。
「これは……」
ジャコルが穴の縁に膝をついて、下を見つめていた。その無口な顔に、初めて感情らしいものが浮かんでいた。
「二層に、繋がってる穴だ」
全員が沈黙した。
(二層。まだ俺たちの誰も、足を踏み入れたことのない場所だ)
穴の奥から、風が吹き上げてくる。
冷たく、深い風だった。




