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転生したら奴隷でした。  作者: 二一人


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12/20

12話 物語の幕間。

 あれから三日が経った。


 その間に、色々なことがあったらしい。

 らしい、というのは、俺がほとんどの場に居合わせられなかったからだ。


 ミナに聞いた話によれば。

 翌朝、ミナとガドがシュリの住む区画に出向き、病気の子どもをトリエのもとへ連れていったらしい。シュリはガドの顔は知ってはいたがどんな人物か分からないため警戒していたが、ミナがいたおかげですんなりと子どもを連れて行くことを了承したらしい。


 らしい、ばかりだ。

 自分の知らない場所で、自分の知らない間に『事』が進んでいくっていうのはもどかしいものなのだと、痛感する。ミナがああやって爆発するのも今なら分かるな。


 でも病気の子はすぐに良くなったそうだ。

 それでいい。それで十分だ。


 今、俺の一番の問題は、自分の足だ。

 この三日が、思った以上に長かった。


 自由に動けない。稼げない。何もできない。

 借金は一銅貨も減らない。返済のめどは遠のく一方だ。


 その間、ミナは教会には行かなかった。


「アウレアさんに連絡したから」

「急にどうした」

「おにいちゃんの面倒、ミナが見るって決めた」

 有無を言わさない言い方だった。

 その日からミナは俺の看病につきっきりになった。


 大したことはできなかった。飯は屋台から買ってくる。水は井戸から汲む。包帯を替えるときは手伝ってくれる。それだけだ。でも、娯楽のないこの世界。暗い納屋に誰かがいるというのは、思った以上にありがたかった。


 その日の午後、ミナが部屋の隅で何かをしていた。


「何してるんだ?」

「魔法の練習」

「へ~……」

 ミナが手をこちらに向けた。しばらく目を閉じて、息を整える。

 やがて、手のひらの上に小さな光が灯った。豆粒ほどの白い光だ。ぼんやりとしているが、確かにそこにある。


「……すごいな」

「でしょ」

 ミナは誇らしそうに笑った。つられて俺も笑う。

 何もないところから光が生まれる。この衝撃をなんと表現すればいいか。物理法則を超えたその現象に心がワクワクする。


「どうやってやるんだ?」

「教えてほしい?」

「うん。興味あるんだ」


 ミナが説明を始めた。教える側になるのは初めてなのか、生き生きとし始める。


「えっとね。アウレアさんが言ってたのは、みんなの体の中にお水みたいなものが流れてるんだって」

「水……へぇ。魔力のことだよな?」

「そう。それを、動かすの。手を動かすのと同じ感じって言ってた。ユウトもやってみて!」

 言われた通り、手のひらに意識を向けてみる。

 体の奥に何かある気はする。ぼんやりとした熱のような感覚だ。炎が揺れるようにその感覚も揺らめいては消えている。


 今まで感じたことのない感覚。この世界に来て初めて知覚したもの。


(これか?)


 意識を向けるほど、その熱が大きくなる気がする。でも、形にはならない。手のひらは何も変わらない。


「顔、赤くなってる!」

「集中してんの」


 ミナがくすくすと笑った。


「おにいちゃんのって、なんか……重い感じがする」

「重い?」

「うまく説明できないけど。ずっしりしてる、っていうか。ミナのより全然多いのは分かる」

 多いか。

 ギルドで調べてもらったとき、水晶玉が異常に光ったことを思い出す。盗賊という職業を選んでいるから形にはならないのか。それとも単純に慣れていないだけか。


 これをすぐできるやつが魔法の天才なんだろうな。俺は違うみたいだけど。


「アウレアさんは何か言ってたか。使えるようになるコツとか」

「んー……急がないこと、って言ってた」

「急がない?」

「焦ると形にならないって。ゆっくり、丁寧に」

 まるで迷宮で罠を解除するときみたいだ、と思った。

 これは一日二日でできるようなものじゃないな……。


 午後は、二人して座禅をするかのように過ごしていた。


     ◆


 それからも動けない日が続いた。

 とある昼過ぎ、扉が叩かれた。


 扉を開けると、目の前にいたのはガドだった。後ろにはトリエがいた。

 改めて見ても、身だしなみに気を使わないおっさんと謎めいた美女という風な、歪な組み合わせだ。


「よぉボウズ」

「……診察に来たわ」

「来てくれたんですね」

「おじさん! トリエさん!」

 この家に初めてお客さんが来たということで、ミナが喜んでいる。


 すぐさま、トリエさんが近づいてきた。

 トリエが足首を確認した。包帯を外して、指先で何か所か押さえる。


「……順調ね。もう少し」

「いつ動けるようになりますかね」

「あと四日は安静に。その後なら、ゆっくり歩く程度はいい」

 包帯を巻き直しながら、トリエはふとミナの手元を見た。

 ミナはまた練習をしていた。手のひらの上の小さな光だ。


「……誰かに習ったの?」

「アウレアさんに」

 トリエの手が一瞬だけ止まった。それからまた、何事もなかったように動き続けた。


「才能あるわね」

「えっ、ほめてくれてるの?」

「事実を言っただけよ」

「へへっ」

 ミナが少し得意そうな顔をした。

 ガドはというと、土間に腰を下ろして、壁に背をつけたまま目を閉じていた。どこでも眠れる男だ。


 このおっさんには借りを作りっぱなしだな。最初の迷宮でのことや、シュリのこと。こうしてトリエやミナが動く際には護衛のようについてもらってるし、とても助けられている。

 まあ、イヤイヤ言いながら結局やってくれる辺り、それがガドの性分なんだろうけど。いつか恩返しできたらいいと思う。


「一つ聞いてもいいですか」

 俺がトリエに言うと、彼女は手を止めずに答えた。


「なに」

「魔法というのは、誰でも使えるものなんですか?」


 少し間があった。


「……本来は、そういうものよ」

「本来は?」

「人には皆、魔力がある。それを動かす方法を知っているかどうかの問題。知識と練習次第で、理論上は誰でもどんな魔法でも扱えるようになるはずよ」

「じゃあ、なぜ回復魔法は教会が独占しているように見えるんですか」

「それは……」

 

 トリエは包帯を結び終えて、立ち上がった。


「長い話になるから、また今度」

 そこで話を切った。

 でも「また今度」という言葉には、続きがあるという意思が感じられた。


     ◆


 トリエから「ゆっくり歩く程度はいい」と言われた日の翌日のこと。


 ミナと一緒に、久しぶりに外に出た。


 足はまだ痛い。ミナの肩を借りながら歩く。情けないが仕方ない。

 いつもは急いで通り抜けていた商人街を、今日はゆっくりと歩いた。


 人が多い。声が多い。臭いも多い。

 でもゆっくり歩いているからだろうか。今日はそれが、少し違って見えた。


 パンを売っている老人。反物を広げている女。迷宮から帰ってきたらしい装備の男たちが笑いながら歩いている。子供が犬を追いかけている。

 みんな、それぞれの場所で生きている。


(俺も、この都市で生きているんだな)


 そういう実感が、いつもより強くあった。


 今日は色々と目的があっての外出だ。

 納屋での生活環境を改善しようと思っている。迷宮での冒険で久しぶりにかなり稼げたので、必要なものを買い揃えたい。


 目下、一番欲しいのはベッドだ。藁で寝るのは非常に辛い。体が休まらないし、単純にあのチクチク肌に刺さる感じが不愉快なのだ。

 商人街を歩きながら、必要な物、費用を頭に入れる。衛生用品、家具、寝具……この都市は人の流動が多いからか、比較的そのへんの品物は安く感じるな。


 よし、大体覚えた。足が自由に動かせるようになったら、ミナと一緒に買いに来よう。


 商人街を抜けると、大きな通りに出た。

 目的の建物が遠くで見えたので、ミナに見えるように指を差す。


「そろそろギルドだ。ミナは久しぶりじゃないか?」

「そうかな? そうかも」


 ギルドに近づくと、珍しくセルナが入口で誰かと話していた。こちらに気づいた瞬間、目を丸くした。小走りでこちらに向かってくる。


「――ユウトさん! 無事でしたか。怪我をしていると聞いていたんですが」

「ははは……。見ての通りで、歩けるくらいにはなりました」

「ゆっくり歩く程度はいい、って言われたんだよ」

「ミナさんも、お久しぶりですね」


 ミナが補足した。セルナが少し笑った。


「冒険者が長期間来ない場合、確認することになっているんです。連絡しようかと思っていたところでした」

「そんな制度があるんですか」

「はい。……それに、気になっていたので」


 セルナが少し声を落とした。


「シュリさんも、様子を聞きに来ていましたよ」

「そうですか」

「あまり表情には出ない方ですが……心配していたと思います」


 俺は少し考えてから、頷いた。


「また近いうちに来ます」

「お待ちしています。無理しないでくださいね」

 そう言うと彼女は話していた人の元へと戻る。

 やたらと体格の良い爺さんだ。セルナさんと話している間、こちらを値踏みするように見つめていた。セルナさんが戻ると何やら豪快に笑っている。


(何者なんだ……)


 ギルドを後にして、もう少し街を歩いた。


 いい匂いがする。どうやら屋台が並ぶ通りに出たようだ。

 ミナが屋台の串を指差した。


「おにいちゃん、あれ食べたい」

「野菜の串じゃないか」

「いいじゃん」

 二本買って、並んで食べた。

 味付けが薄いな。


 でも、悪くない昼だった。


     ◆


 翌朝。最近は目覚めが早い。


 ミナもまだ寝ている日が低い時間に、扉が叩かれた。

 最近来客が多い。だが、ガドやトリエは用は済んでるし、誰だろうか?


 疑問に思いつつ開けると、正装した男が立っていた。

 バイオン伯爵家の執事だった。あの夜以来だ。


「失礼します。入金が遅れているようですね」

 感情のない声だった。視線は俺の足に向いたが、表情は変わらない。

 嫌に鋭い瞳だ。ガドやトリエのものとは違うもの。


「骨折していまして。迷宮に行けない状態でした」

「確認しました」

 執事は手元の帳簿に何かを書き込んだ。

 自由市民のような暮らしをしていて時折忘れそうになるが、俺は管理される奴隷なのだ。そのことを改めて認識する。


「三日後に再開していただけますか。ご主人様もご理解いただけると思います」

 ご理解いただける。ご理解いただけない場合はどうなるんだ? まあ良い結果にはならないだろうな。

 それより、ご主人様は奴隷のことを一ミリも気にしないと思っていたが、金を産出する所有物だと分かると多少は変わるようだ。


 前回、ギルドを通して入金した額は多い。それから音沙汰がなかったから、確認しにきたんだろう。わざわざ執事が来るとは思いもしなかったが……。


「……分かりました」

「よろしくお願いします」

 一礼して、執事は去った。一分も経たずに。

 しばらく、扉を閉めたまま立っていた。


「……三日後」

 後ろでミナが呟いた。


「起きてたのか?」

「うん。足、治るかな」

「治るさ」

「でも、まだ痛いじゃん」

「三日あれば十分だ」

 根拠はなかった。でも、そう言うしかなかった。拒否はできる立場でもない。

 ミナは少し黙ってから、手のひらを上に向けた。


「じゃあ練習しよっか。……ユウトも一緒に」

 小さな光が灯った。

 俺も手のひらに意識を向けた。あの熱のようなもの。まだ形にはならない。


 三日後には、またあそこに行く。


 人を食らう、あの迷宮へ。


     ◆


 夜。横になりながら、ここ数日のことを思い返した。


 自分が動けない間にたくさんのことがあった。シュリを取り巻く問題、トリエとの出会い……。ガドやミナが動いてくれて、トリエが協力してくれて、問題はひとまず解決した。

 全員が、それぞれの場所で何かをしていた。


 反面、俺は寝ていただけだが。


(自分のことで精一杯で、よく見えてなかったけど……)


 以前より少しだけ、この都市の輪郭が見えてきた。

 知っている場所が増えた。知っている人が増えた。それは俺の助けとなってくれる。仲間と呼べる人たちが増えてくれることが、頼もしい。


 三日後、また迷宮に行く。

 今度は、もう少しうまくやれる気がした。


「おやすみ、ユウト」

「ああ、おやすみ」


 目を閉じる。


 やっぱり、藁は早く変えないとな。

 背中のチクチクする感触に、より一層決意を固めた夜だった。


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