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第58話 一パーセントを残さない

 灰殖獣の増殖機構を九十九パーセントまで落とした翌朝、地下封印前室には前日までになかったものが並んでいた。


 ガレンとエルドが徹夜で組み上げた七本の封印杭、アデルが古代術式を解析して作った三重の隔離陣、そして万が一に備え、灰殖獣の肉片を一片も外へ逃がさないための魔力を使わない石製の遮断板である。攻撃を学習する相手へ魔法障壁を直接ぶつけるのは危険なので、最後の最後まで妙に原始的な道具が混ざっているのが、この作戦らしかった。


「確認するぞ」


 ローディスが全員を見回した。


「今日の目的は討伐ではない。灰殖獣の増殖、模倣、形質共有、再生に関わる主要機能をレクス殿が弱体化し、その状態を封印術式で固定する。核そのものは破壊せず、隔離して再封印する」


「残り一パーセントを、俺だけで消そうとしない」


 レクスが続けると、ガレンが満足そうに髭を撫でた。


「そこが一番大事じゃ。お主の九十九が破られた時でも、残りの封印が働く形にする」


「俺が寝ても?」


「働く」


「王都に帰っても?」


「働く」


「釣りに行っても?」


「そこまで言わせるな」


 クラウディアが横で笑った。


「でも、それでいいのよ。レクスが毎日ここへ来ないと維持できないなら、管理じゃなくて拘束だから」


「俺が?」


「灰殖獣じゃなく、あなたがね」


「それは嫌だな」


「だから今日は終わらせるの」


     ◇


 石扉を開ける前に、昨日までに設置した共有網の固定楔を再確認した。


 形質記録の回収。


 新個体への形質転送。


 増殖命令。


 基礎形質の配布。


 さらに昨日見つけた、損傷時、核損傷時、個体数低下時に働く三つの予備増殖経路。


 そのすべてへ《深淵呪詛》を重ね、ガレンとエルドが固定術式を入れる。


「本体側の形質転送、九十六パーセント低下」


「固定済みじゃ」


「増殖命令、九十八」


「第二楔、安定」


「個体数補正……九十九」


 アデルが測定盤を覗き込む。


「昨日とほぼ同じ数値を維持しています。自然増殖率、一・一パーセント前後」


「まだ一ある」


 ギルバートが言った。


「たった一、とはもう言わない」


 レクスは灰殖獣の方を見た。


「深層王で十分分かった」


「俺も」


 ギルバートは聖剣へ手を触れたが、今日はまだ抜かない。


「一パーセントでも、元が化け物なら化け物だ」


 それは全員が理解していた。


 だから今日は、九十九を成功と呼ばない。


     ◇


 石扉の向こうでは、灰殖獣の本体が昨日以上に沈み込んでいた。


 灰色の巨大な肉塊は呼吸するようにゆっくり膨らみ、また萎む。その表面には、かつて分体になりかけていた無数の隆起が残っているが、ほとんどは途中で成長を止めていた。


「昨日より静かですね」


 フィンが声を潜める。


「油断するなよ」


 バルガスが盾の位置を直した。


「静かな奴ほど、急に動く時が怖い」


「経験談?」


「だいたい魔物ってそうだろ」


 レクスは二人の会話を聞きながら、灰殖獣の核へ意識を伸ばした。


 今日狙うのは、残っている機能を片端から九十九へ落とすことではない。まず、灰殖獣が増えるために最低限必要としているものを切り分ける。


「再生」


 触れる。


 深層王のような高速再生ではない。


 むしろ、欠損した部位を元へ戻すより、その欠損を次の個体へ作り替えるための再構築。


「これ、再生っていうより材料回収に近い」


「傷を治すのではなく、傷を次の身体へ使う?」


 アデルが聞く。


「そう」


「なら、再生効率を落とすだけでは足りませんね」


「分解側もある」


 レクスはさらに探る。


「損傷部位を切り離す機能」


「そこが分体の種になる?」


「たぶん」


 クラウディアが眉を寄せた。


「つまり斬った傷口が、そのまま子供の入口になるのね」


「かなり嫌な生き物だな」


 ギルバートが言う。


「だから今日は斬らない」


「分かってる」


     ◇


 レクスは、損傷分離、再構築、分体形成の三つを順番に弱体化した。


 五十。


 七十。


 八十五。


 九十五。


 そして九十九。


 灰殖獣は大きく暴れない。ただ、数字を上げるたびに肉の一部が不規則に収縮し、自分の身体の使い方を見失っているような反応を見せた。


「増殖関連、全体平均で約一・三パーセントまで低下」


 アデルが報告する。


「完全停止ではありません」


「分かってる」


「次は核分裂?」


 セシリアが聞く。


「見る」


 レクスが核へ意識を深く潜らせた瞬間、違和感があった。


「待って」


「何?」


 クラウディア。


「一個、動いてる」


「どこ?」


「本体の下」


 全員が武器へ手を伸ばした。


「まだ攻撃しない!」


 レクスの声で動きが止まる。


 灰殖獣の下側。


 床へ接している部分。


 そこに、拳ほどの膨らみが一つだけあった。


 昨日まではなかった。


「増殖反応です!」


 アデルが叫ぶ。


「でも主経路は全部抑えてます!」


「だから残り一パーセントだ」


 レクスはすぐ理解した。


「最後まで動く個体がある」


 灰色の膨らみが、本体からゆっくり剥がれ始める。


 誰も攻撃していない。


 核も傷つけていない。


 それでも増える。


「一パーセントで、これかよ……」


 ギルバートの声から軽さが消えた。


     ◇


「直接止める!」


 レクスは新しく生まれかけている個体へ《深淵呪詛》を重ねた。


「分体形成、九十九!」


 膨らみの動きが鈍る。


 だが、止まらない。


「まだ動きます!」


 アデル。


「親からの命令?」


「違う!」


 セシリアが測定盤を見る。


「共有網から何も来てない。この個体、自分で増えてる!」


「独立済み?」


「そうです!」


 つまり、親側の増殖機構を九十九まで落としても、既に分離へ入った組織は別の個体として動ける。


「だから一体ずつじゃ駄目なんだ」


 レクスは歯を食いしばった。


 分体が本体から離れた。


 床へ落ちる。


 犬ほどの大きさにはならない。


 まだ拳二つ分ほど。


 それでも、生きている。


 灰の床を這い始めた。


「箱!」


 ローディスの指示でドーガンとバルガスが石製の遮断板を動かす。


「潰すなよ!」


「分かってる!」


 小型分体が右へ逃げる。ドーガンが盾ではなく板で道を塞ぎ、バルガスが反対側から石箱へ誘導する。


 ところが、入口直前で分体の背がまた盛り上がった。


「こいつまで増える!」


 フィンが声を上げる。


「嘘だろ!」


「攻撃されてないぞ!」


「増殖率一パーセントでも、独立したら各個体が一パー持つ!」


 アデルの言葉で、全員が最悪の意味を理解した。


 一パーセント。


 それが一体だけなら小さい。


 しかし、その一体が次の一体を作るなら。


 一が二になり。


 二が四になり。


 時間を与えれば、いずれ数は戻る。


「だから残しちゃ駄目なんだ」


 レクスが言った。


「一パーセントでも、増える相手ならゼロじゃない!」


     ◇


 小型分体へ個別に《深淵呪詛》をかけ、増殖を止める。


 二体目が完全に分離する前に、ドーガンとバルガスがまとめて石箱へ収めた。


「隔離成功!」


「箱の中は?」


「二体。どちらも生存」


「そのまま封印室へ!」


 ローディスが指示を飛ばす。


 レクスは本体へ向き直った。


「アデル」


「はい!」


「今の分離箇所、どの経路使った?」


「探します!」


「フィン!」


「分かってます!」


 フィンが測定用の矢を構えた。アデルが示す微弱な魔力反応を追い、攻撃ではなく目印を打つ。


「本体下部、右奥! 昨日の七節点とは別です!」


「予備の予備?」


 ギルバートが嫌そうに言う。


「古代災厄、保険多すぎないか?」


「四百年残った理由かも」


 レクスは新しい経路へ意識を合わせる。


 細い。


 でも確実に存在する。


 平時には眠っている。


 主要経路がほぼ死んだ時だけ起きる。


「最後の逃げ道」


「弱くできます?」


 アデル。


「やる」


 十。


 三十。


 五十。


 灰殖獣の下側が震える。


「七十」


 新しい隆起は生まれない。


「九十」


 核の反応が急激に変わる。


「レクス、止めろ!」


 ガレンの声が飛んだ。


 レクスは九十二で止めた。


「何?」


「その経路、単独じゃない!」


「何と繋がってる?」


「封印維持じゃ!」


 全員の顔色が変わる。


     ◇


 アデルが測定盤を確認し、すぐ意味を理解した。


「古代封印が、灰殖獣の余剰増殖力を地脈へ逃がすために、この経路を利用しています」


「そこを完全に止めたら?」


「圧が本体内へ残る」


「増える?」


「最悪、核そのものが破裂して複数へ分かれる可能性があります」


 レクスは術を九十二のまま固定した。


「危な」


「だから何でも九十九にするでない!」


 ガレンが怒鳴った。


「今回は途中で止めた!」


「儂が止めたからじゃ!」


「それでも止まった!」


「言い返すところか!」


 ギルバートが場違いにも少し笑った。


「そこ喧嘩する余裕あるなら大丈夫そうだな」


「大丈夫じゃない!」


 二人同時に返す。


 クラウディアが肩を揺らしながらも、視線は灰殖獣から外さない。


「つまり、その最後の一パーセントは、ただ呪いで削ればいいものじゃない?」


「そう」


 レクスが答える。


「消すんじゃなく、行き場を変える必要がある」


「封印へ?」


「ガレン」


「それを今からやる」


 老呪術師は杖を床へ突いた。


「元々この古代封印は、灰殖獣を完全停止させる仕組みではない。増えようとする力を少しずつ地脈へ逃がし、眠りを維持するものじゃった。そこへ黒紋の連中が穴を開け、外へ肉を出せるようにした」


「じゃあ元の流れへ戻す?」


「そのままでは足りん。四百年で劣化しておる」


 エルドが封印杭を一つ持ち上げた。


「そこで、今の術式を重ねる。レクスが増殖力を九十九近くまで落とし、残る一パーセントだけを我らの封印へ流す」


「俺の弱体化が切れたら?」


「一気に増殖力が戻らぬよう、固定楔で上限を作る」


「それでも壊れたら?」


「物理隔離層へ落とす」


「それも壊れたら?」


 ガレンがにやりと笑う。


「そこまで壊れたら警報が王都まで鳴る」


「逃げる時間は?」


「作る」


「それならいい」


     ◇


 作戦はその場で組み替えられた。


 レクスが一人で「ゼロ」にするのではない。


 九十九パーセントまで弱体化する。


 残る一パーセントの増殖力を、古代封印の排出機構へ流す。


 その流れをガレンとエルドの新しい封印術式で制御し、さらに下部へ物理隔離層を作る。


 どれか一つが壊れても、次が残る。


「俺が倒れたら?」


 レクスが改めて聞く。


「固定楔が徐々に弱体化率の代替をする。完全な九十九は無理じゃが、急激には戻らん」


「どのくらい?」


「三日以上は持たせる」


「その間に?」


「王都、公国、中央ギルドへ自動警報」


「いい」


 アデルが横から付け加える。


「さらに、本体核の周囲に分体検知陣を置きます。新個体が一体でも形成されたら、封印全体を第二段階へ移行させます」


「第二段階?」


「内部空間そのものを石層で閉鎖します」


「俺たち中にいたら?」


「先に逃げてください」


「雑だな」


「だから警報があるんです!」


     ◇


 七本の封印杭を打ち込む位置は、フィンが節点の流れを見ながら決めた。


 一つでも数尺ずれれば、残った増殖力が別経路へ逃げる可能性がある。


 今まで「撃たないこと」が仕事だった弓使いは、今日は誰よりも忙しかった。


「一番奥、あと右へ半歩!」


「ここ?」


 ドーガンが杭を持ったまま聞く。


「もう少し! そこ!」


「確定?」


「確定!」


 杭が床へ下ろされる。


 次。


 反対側。


「バルガスさん、その位置だと本体に近すぎます!」


「こっちか?」


「左! いや、あなたから見て右!」


「どっちだ!」


「俺から見て左です!」


「最初からそう言え!」


 フィンが半泣きになりながらも、位置は外さなかった。


 クラウディアがそれを見て言う。


「今日の主役、フィンかもしれないわね」


「やめてください、急に緊張するんで!」


「普段は?」


「脇役くらいが一番落ち着きます!」


「正直でいい」


 レクスは少し笑いながらも、《深淵呪詛》を解かない。


 自分がやること。


 他人がやること。


 今は分かれている。


 それがいい。


     ◇


 封印杭が七本すべて配置された。


 次はレクスの番だった。


「増殖命令、九十九」


「固定開始!」


「形質転送、九十九」


「第二楔!」


「分体形成、九十九」


「第三楔、接続!」


「損傷分離、九十九」


「第四、安定!」


 数字を落とすたび、アデルが測定し、ガレンとエルドが固定する。


 以前なら、レクスは一気に全部へ九十九を叩き込んでいたかもしれない。


 今は一つずつ。


 確認しながら。


 誰かが追いつくのを待つ。


「核分裂」


 そこだけは慎重に。


「まず五十」


 灰殖獣の中心が震える。


「七十」


 封印に異常なし。


「八十五」


 排出機構の流れが僅かに上がる。


「九十」


 ガレンが手を上げた。


「止めろ」


 レクスは止める。


「何?」


「ここから先は封印側を先に繋ぐ」


「了解」


 ガレンとエルドが二人で術式を完成させる。


 床に古い文字と新しい呪式が重なり、淡い灰色の光が円を描いた。


「よし」


「じゃあ」


 レクスが息を整える。


「九十五」


 核反応低下。


「九十八」


 増殖圧、封印側へ移動。


「九十九」


 その瞬間。


 灰殖獣の巨体が大きく沈んだ。


     ◇


「封印排出、正常!」


 アデルが叫ぶ。


「分体形成反応、一パーセント以下!」


「物理隔離層、閉鎖!」


 ローディスの合図で、騎士たちが外部機構を動かした。


 低い地鳴り。


 灰殖獣の周囲へ、分厚い石板がせり上がる。


 本体を潰さない。


 触れない。


 ただ、万が一に備えて空間を分ける。


「まだ!」


 レクスが言う。


「何が残ってる?」


 ギルバート。


「さっきの小型分体」


 隔離した二体。


 親とは別。


 弱体化も別。


「確かに!」


 アデルが顔を上げる。


「本体だけ終わっても駄目!」


「だから最後にそっち」


     ◇


 二体の小型分体は、封印用の石箱ごと地下の別区画へ運ばれた。


 レクスがそれぞれの増殖、形質記録、再生を九十九まで落とす。


 今度は親との接続がほぼ切れているため、抵抗は弱い。


「この二体、どうする?」


 ギルバートが尋ねる。


「研究用に残す?」


 その質問に、公国の研究官が一瞬だけ反応した。


 レクスは見逃さなかった。


「欲しい?」


「研究者としては」


「正直だな」


「でも、今持ち出すべきではないと思います」


 研究官は苦笑する。


「昨日までの私なら、かなり悩んだでしょうけど」


「今日は?」


「一パーセントで増えるところを見ましたので」


「じゃあ?」


「ここで封じるべきです」


 レクスは頷いた。


「俺もそう思う」


 二体を別々の石室へ入れる。


 同じ箱にはしない。


 片方で何か起きても、もう片方へ伝わらないように。


「これで最後?」


 フィン。


「測ってから」


 アデルが何度も測定盤を確認する。


 一度。


 二度。


 三度。


 長い沈黙。


「本体、増殖反応は検出限界以下」


「ゼロ?」


「『ゼロ』とは言いません」


「何で?」


「測定できないだけかもしれないからです」


 レクスは少し笑った。


「アデルも慎重になったな」


「あなたたちと一緒にいると嫌でもなります!」


     ◇


 封印完了から一時間。


 変化なし。


 三時間。


 新規分体なし。


 六時間。


 形質共有なし。


 夜になっても、灰殖獣は静かなままだった。


 完全討伐ではない。


 利用もしない。


 ただ以前より遥かに弱く、安全な状態へ落とし、複数の封印を重ねて眠らせる。


 それが、今の答えだった。


「黒髪の女の三択なら、再封印に近い?」


 ギルバートが夕食を食べながら聞いた。


「近いけど同じじゃない」


 レクスは答える。


「何が違う?」


「前と同じ状態へ戻しただけじゃない。増殖も、学習も、共有も、かなり落とした」


「じゃあ『弱くしてから封印』?」


「そう」


「やっぱりお前らしいな」


 クラウディアが横から言う。


「でも、レクス一人で封じてるわけでもない」


「そこも大事」


 ガレン。


「小僧が九十九まで落としたから、儂らの封印が成立する。儂らが固定したから、小僧が帰っても維持できる」


「どっちが上?」


 ギルバートが聞く。


「そういう話じゃないだろ」


 レクスとガレンが同時に返した。


 全員が笑った。


     ◇


 翌朝。


 最終確認。


 灰殖獣。


 増殖なし。


 共有網。


 再接続なし。


 固定楔。


 安定。


 隔離層。


 正常。


 王国騎士団へ管理を引き継げる状態。


 ローディスが正式に記録へ署名した。


「灰の谷案件、第一段階完了とする」


「第一?」


 ギルバート。


「完全に終わったとは言わん。監視は続く」


「そういう意味か」


「古代災厄相手に『永遠に安全です』などとは誰も言えん」


「ガレンと同じこと言うな」


「正しいからな」


 レクスは封印の入口を最後に振り返った。


 深層王の時は。


 倒した。


 灰殖獣は。


 倒さなかった。


 でも。


 逃げたわけでも。


 失敗したわけでもない。


 危険を減らし。


 皆で閉じ込め。


 次に考える時間を作った。


 それも。


 勝ち。


 なのかもしれない。


     ◇


 地上へ出ると、久しぶりに青空が見えた。


 谷そのものは相変わらず白灰に覆われ、魚の一匹もいそうにない。


「終わったら釣り行く?」


 ギルバートが聞く。


「ベルン戻ってから」


「八日以上かかるぞ」


「だから帰る」


「途中の川は?」


「仕事中」


「前より厳しくない?」


「休暇じゃないから」


「Sランク候補、真面目すぎる」


 その言葉で、レクスは思い出した。


「そういえば」


「何?」


「試験」


 クラウディアが吹き出した。


「忘れてたの?」


「忘れろって言われたから」


「素直ね」


「灰の谷の方が面倒だった」


 ローディスが手元の通信石を見た。


「ちょうど中央ギルドから連絡が来ている」


「嫌な予感」


「ヴァレル殿からだ」


「もっと嫌」


「何でだよ」


「試験だから」


 通信石が淡く光る。


『レクス・アルヴァーン』


「はい」


『灰の谷の報告は受け取った』


「早いな」


『確認事項がある』


「何?」


『ベルンへ戻り次第、中央ギルドの最終審査結果を伝える』


 レクスは少し黙った。


「結果?」


『そうだ』


「もう決まった?」


『決まった』


「先に教えて」


『戻ってこい』


「通信でよくない?」


『正式手続きがある』


「書類?」


『かなり』


 レクスは露骨に嫌そうな顔をした。


 ギルバートが笑う。


「灰殖獣より嫌そうじゃん」


「書類は弱くできない」


『聞こえているぞ』


 ヴァレルの声が通信石から返った。


「じゃあ減らして」


『何を』


「枚数」


『Sランク候補が最初に要求することか?』


「まだ候補だろ」


 少しの間があり、通信石の向こうからヴァレルの笑い声が聞こえた。


『そうだな。今のところは』


 そこで通信が切れた。


 灰の谷の地下では、九十九パーセント弱くされた古代災厄が、新しい封印の中で静かに眠っている。


 残った一パーセントを、レクス一人の力で無理に消しはしなかった。


 その一パーセントが危険だと知っているからこそ、皆で塞いだ。


 そして、その判断を見ていた者は、黒髪の女だけではなかった。


 ベルンへ戻れば。


 もう一つの結果が待っている。

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