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第55話 弱くしても増えるなら

 灰殖獣を一体ずつ弱くしていては間に合わない。


 前日の調査で、その結論だけは嫌になるほどはっきりした。


 親個体へかけた弱体化は子へ引き継がれず、外から与えられた性質は本体側へ記録される。しかも、その記録を次に生まれる個体が利用し、火を受ければ火へ、聖属性を受ければ聖属性へ適応していく。


 戦えば戦うほど、こちらが敵の教材になる。


 レクスは翌朝、まだ日が谷底まで届かないうちから、地下封印前室にいた。


 今日は石扉を開けない。


 そこは昨日と変わらない。


 変えるのは、見る場所だった。


「個体じゃなく、繋がってる方を見る」


 古代封印術式を調べていたアデルが、扉の前へ測定盤を三枚並べながら頷く。


「私も同意です。分体間で何かを共有しているなら、その経路そのものを特定できれば、一体ずつ処理する必要がなくなるかもしれません」


 ガレンが横から鼻を鳴らした。


「そう都合よくいくとは限らんぞ。共有網を切った途端、個体が勝手に暴れ出す可能性もある」


「分かってます」


「昨日も似たことを言っとったな」


「今日は昨日より分かってる」


「昨日より少し分かっただけ、と言うんじゃ」


「それも分かってる」


 エルドが低く笑った。


「二人とも、慎重になったのか口が悪くなったのか分からんな」


「俺は前からこんな感じ」


「自覚がないところも含めて変わっておらん」


 少し離れた場所では、クラウディアとギルバート、ドーガン、バルガス、フィン、セシリアが装備を確認していた。


 ただし、今日は全員へ最初から明確な制限をかけている。


 攻撃禁止。


 武器を抜くのも必要になるまで待つ。


 外へ漏れた分体が現れても、まず位置を共有し、増殖と学習の経路を調べる。


 特にギルバートは、自分から聖剣を布で包んでいた。


「そこまでしなくてもいいんじゃない?」


 レクスが聞く。


「昨日、鞘越しでも学ばれただろ」


「確かに」


「だったら近づける理由ない」


「重くない?」


「かなり」


「じゃあ置いとけば?」


「勇者が聖剣置いてくのもどうなんだよ」


「今さら見栄?」


「少し」


 クラウディアが呆れたように笑う。


「正直で結構ね」


「最近は、できないことも格好悪いことも言えって教えられてるからな」


「誰に?」


 ギルバートがレクスを見る。


「俺?」


「お前」


「そんな教え方した?」


「した」


 レクスにはあまり覚えがなかったが、否定するほどでもなかった。


     ◇


 調査は、昨日捕獲した四個体から始めた。


 魔力を遮断した石室へ隔離したまま、アデルとセシリアが外から微弱な測定術式だけを通す。


 普通個体。


 火耐性個体。


 聖耐性個体。


 そして、聖耐性個体から分裂した第二世代。


 四体はそれぞれ別の箱へ入っている。それでも測定を続けると、一定間隔でごく細い魔力の揺れが同時に発生していた。


「また」


 セシリアが言う。


「四つとも同じ瞬間に反応した」


「周期は?」


「約二十三秒」


「封印内部は?」


 アデルが別の測定盤を見る。


「同じです。むしろ内部から外へ波が来ている」


「本体が送ってる?」


 レクスが聞く。


「その可能性が高いですね。ただ、命令なのか状態確認なのか、そこまではまだ」


 ガレンが石室の床へ杖先を当てた。


「波の直前に、封印内部の核らしき反応が一瞬だけ強くなっとる。こいつが親玉じゃろう」


「核って、本体の中心?」


「肉体の中心とは限らん。情報を集めて返す中枢、と考えた方が近いかもしれん」


 レクスは目を閉じ、四体へ同時に意識を伸ばした。


 今までは個体ごとに見ていた。


 今日は逆だ。


 個体の中から、外へ出ていくものを追う。


 筋力でもない。


 速度でもない。


 生命力でもない。


 もっと薄い。


 攻撃へ使わないから、普段なら見落としていたような流れだった。


「……ある」


「何が?」


 アデルがすぐ反応する。


「四体とも、同じ方向へ何か返してる」


「情報?」


「たぶん」


「何を返してる?」


「今の状態」


 レクスは火耐性個体へ意識を寄せた。


「火への耐性。体温。傷があるか。増殖できるか。それから」


 聖耐性個体。


「新しく覚えた性質」


「本体側が全部集めている」


「そう」


「じゃあ次に生まれる個体へ」


「必要なものだけ返してるんだと思う」


 フィンが石室の外から聞いた。


「つまり、皆で一冊の教科書使ってる感じですか?」


 アデルが振り返る。


「かなり分かりやすい例えです」


「珍しく褒められた」


「珍しくは余計では?」


「最近、弓を撃てないので存在意義を探してるんです」


「今日はあなたに大事な仕事があります」


「本当に?」


 フィンの顔が一瞬で明るくなった。


「この流れ、見えるようにしてください」


「……やっぱり地味な仕事だ」


「重要です」


「それならやります」


     ◇


 問題は、魔力の共有経路が肉眼では見えないことだった。


 アデルの測定術式で大まかな方向は分かる。しかし、どこを通っているかまでは曖昧で、レクスが《深淵呪詛》を重ねるにも目標がぼやける。


「深層王の時みたいに祭壇が見えてれば楽だった」


 レクスが言う。


「楽という言葉を使う相手じゃなかったと思うけど」


 クラウディアが返す。


「あれよりは分かりやすかった」


「それは分かる」


 今回は祭壇も導管もない。


 灰殖獣そのものが網の一部になっている。


 エルドが封印扉の古代文字を読み直しながら言った。


「こやつらは元々、群れではなく一つじゃったのかもしれんな」


「どういう意味?」


「個体が分かれておるように見えても、本体からすれば手足が千切れて歩いているだけ。だから経験を共有するのも自然、ということじゃ」


「じゃあ分体を全部倒しても」


 ギルバートが嫌そうに眉を寄せる。


「本体が残ってたらまた作る?」


「その可能性は高い」


「本当に斬る意味ないな」


「ようやく理解したか」


 ガレンが言うと、ギルバートがむっとした。


「昨日から理解してます!」


「昨日、聖剣近づけて増やしたじゃろ」


「事故です!」


「事故でも増えたものは増えた」


「分かってますよ!」


「喧嘩するなら外で」


 レクスが言うと、二人とも黙った。


 クラウディアが笑いをこらえている。


「何?」


「あなたが止める側になったのが面白くて」


「調査進まないから」


「そういうところよ」


     ◇


 共有経路を目で追えるようにする役目は、フィンが想像以上に上手かった。


 アデルが測定した魔力波の方向へ、魔力を帯びない細い銀糸付きの矢を撃ち込み、壁や床へ目印を作る。攻撃用ではなく、測量用に先端を丸めた特注矢だった。


 一射目。


 石室から北東。


 二射目。


 床下。


 三射目。


 封印前室の壁。


「全部、同じ場所へ寄ってます」


 フィンが矢尻の位置を確認しながら言った。


「正面扉じゃない」


 アデルが地図を重ねる。


「扉の下、もっと深い」


「本体の核?」


 レクス。


「恐らく」


「そこから各個体へ?」


「逆もです」


 セシリアが測定盤を見る。


「行って、戻ってる」


「二方向」


「はい」


 レクスは少し考えた。


「じゃあ、本体から命令を送る方と、分体から学習を返す方、別かもしれない」


「そこを分けられる?」


「見てみる」


 《深淵呪詛》。


 今度は個体ではない。


 矢印のように行き来する、目に見えない流れそのものを対象として捉える。


 最初は難しかった。


 生き物ではない。


 術式でもない。


 だが、完全な自然現象でもない。


 灰殖獣という存在の機能の一つ。


「……あった」


 レクスが小さく言う。


「どれ?」


 アデルが身を乗り出す。


「分体から本体へ戻す方」


「下げられる?」


「やる」


「何を対象に?」


「形質記録の転送効率」


 レクスが言葉にしてから、《深淵呪詛》を重ねる。


「十パーセント」


 石室の火耐性個体が一瞬震えた。


 だが、それ以上の変化はない。


「測定値?」


 セシリアが盤面を見る。


「戻り波が約九割」


「効いてる」


「もっと?」


「慎重に」


 二十。


 三十。


 四十。


 戻り波が少しずつ弱くなる。


 ガレンが鼻を鳴らした。


「面白いの。生き物ではなく、その生き物が持つ機能だけを呪っておる」


「前からやってた」


「ここまで抽象的な対象は少なかったじゃろ」


「深層王の吸収経路とか」


「あれはまだ器官に近い。これは通信じゃ」


「通信も弱くなるなら同じ」


「お主はそこを簡単に言う」


 レクス自身は、それほど特別なことをしている感覚がなかった。


 危ないところを減らす。


 それだけだ。


     ◇


「六十」


 そこまで下げたところで、明確な変化が出た。


 火耐性個体へ小さな温度変化を与えても、本体側の反応がほとんど上がらない。


 もちろん、灰殖獣へ直接刺激を与えるわけにはいかない。そのため石箱の外気温をほんの僅かに変え、その差を測定しただけだった。


「記録が戻ってない」


 アデルが興奮を隠せない。


「レクスさん、もう少し」


「七十」


「本体反応、二割以下です!」


「分体側は?」


「変化を受けています。でも共有できていない」


「じゃあ」


 フィンが言う。


「こいつ一体だけが覚えて、次の奴には伝わらない?」


「今のところは」


 クラウディアがすぐ釘を刺す。


「まだ『今のところ』ね」


「そう」


 レクスも同意する。


「じゃあ本体側から新しい個体へ送る方は?」


 ギルバート。


「それも落とせたら」


「次に生まれる奴が、前の耐性を持たなくなるかもしれない」


 アデルの目がさらに輝く。


「二本目を探しましょう」


     ◇


 それから二時間。


 地下前室は、いつの間にか戦場より忙しい研究室になっていた。


 フィンが矢で経路を示す。


 セシリアが魔力波を測る。


 アデルとエルドが波形を読み、ガレンが古代封印記録と照らし合わせる。


 クラウディア、ギルバート、バルガス、ドーガンは周囲警戒。


 ローディスは外部部隊との連絡。


 そしてレクスは、指示された経路を一つずつ《深淵呪詛》で探った。


「右、少し下!」


 フィンが指す。


「そこは封印維持線」


 アデルが止める。


「間違えて弱くしたら開きます!」


「危ないな」


「軽く言わないでください!」


「じゃあ左?」


「左下、もっと細い方!」


「これ?」


「たぶん!」


「たぶんで下げていい?」


「待って!」


「やっぱり」


 ギルバートが後ろで笑う。


「研究って戦闘より大変だな」


「お前も何かやれ」


「警戒してる」


「さっきから壁見てるだけだろ」


「それが警戒だ!」


 クラウディアが肩を揺らす。


「今は本当にそれしかすることないものね」


「俺、勇者なのに」


「今日は剣抜かないのが仕事」


「勇者の仕事が剣抜かないことになる日が来るとは思わなかった」


「成長したな」


 レクスが言う。


「それ今言う?」


 それでも、誰も焦っていなかった。


 やることが分かっている。


 役割が分かれている。


 一人の失敗で全部崩れない。


 深層王戦の最後にようやく形になったやり方が、今では最初からできている。


 それがレクスには少し不思議だった。


     ◇


 二本目の経路が見つかったのは、昼を過ぎた頃だった。


 本体から分体へ流れる、形質付与の経路。


 これまで学習した火、冷気、斬撃、聖属性などの情報を、新しく作る個体へ渡すための流れだ。


「これを下げる」


 レクスが言う。


「最初は二十から」


 アデルが答える。


「本体そのものがどう反応するか分かりません」


「了解」


 二十。


 変化なし。


 三十。


 石室の聖耐性第二世代が僅かに震える。


「何?」


 ギルバート。


「まだ分からない」


 四十。


 五十。


 その瞬間。


 地下深部。


 鈍い。


 振動。


「止める!」


 レクス。


 即座に術を固定。


「封印は?」


「維持!」


 アデル。


「生命反応?」


「増えてません!」


「本体が動いた?」


「一部だけ」


 ガレンが目を閉じ、杖先で床を探る。


「嫌がっただけじゃな。起きてはおらん」


「嫌がる?」


「自分の機能を削られれば、反応くらいする」


「感情?」


「そこまでは知らん」


 レクスは少し考えた。


「五十で止める?」


 アデルは迷った。


「いえ」


「大丈夫?」


「今の反応だけなら。ただし六十で再測定を」


「分かった」


 六十。


 今度は大きな振動はない。


「形質転送、三割以下」


 セシリア。


「七十は?」


「……行きましょう」


 七十。


 その時、外部監視から通信が入った。


『西側灰層で新しい分体一体を確認! 自然流出と思われます!』


「攻撃するな!」


 ローディスがすぐ返す。


『了解!』


 全員の視線が交わる。


「今なら」


 アデルが言った。


「確認できます」


「何を?」


「新しく出た個体が、これまでの耐性を持っているか」


     ◇


 西側斜面へ向かうと、新しい分体は昨日と同じ抜け穴の一つから這い出していた。


 犬ほどの大きさ。


 灰色。


 見た目だけなら普通個体と変わらない。


「火耐性?」


 セシリアが遠距離測定する。


 少し。


 待つ。


「……低い」


「どのくらい?」


「昨日の火耐性個体の三分の一以下」


「聖は?」


「ほとんどない」


「冷気は?」


「普通」


「斬撃?」


「普通です」


 アデルが息を吸う。


「切れてる」


「何が?」


 ギルバート。


「学習結果の継承です」


「じゃあこいつ」


「親が覚えたものを持っていない」


 レクスは慎重に個体へ意識を伸ばした。


 形質記録。


 低い。


 速度。


 普通。


 増殖。


 まだある。


「増える機能そのものは残ってる」


「そこは別系統」


 アデル。


「でも」


 クラウディアが剣を抜かずに一歩前へ出る。


「今なら、少なくとも攻撃するたび強くなる連鎖は止められる?」


「共有が切れてる間だけ」


 レクス。


「個体自身が受けた攻撃へ適応する可能性はある。でも次へ渡しにくい」


「それだけでも大きい」


「かなり」


     ◇


 ところが。


 新しい分体を石箱へ誘導しようとした時、予想外のことが起きた。


 個体が急に身体を震わせる。


「増殖反応!」


 アデルが叫ぶ。


「何も触ってないぞ!」


 ギルバート。


「外部刺激じゃない!」


 セシリア。


「本体側から命令が来てる!」


 レクスはすぐ経路を見る。


 形質情報とは別。


 もっと単純。


 増えろ。


 という命令。


「三本目!」


「何が?」


 フィン。


「増殖命令の経路!」


 個体の背中が膨らむ。


 レクスが直接。


「複製開始条件――九十!」


 止まりかける。


「でも」


 もう一つ。


 脇。


 膨らむ。


「本体が繰り返してる!」


「命令そのものを止めないと!」


 アデル。


「レクスさん、個体じゃなく経路!」


「見えてる!」


 形質共有。


 ではない。


 増殖起動。


 命令。


「増殖命令伝達――七十!」


 膨らみ。


 少し。


 萎む。


「八十!」


 止まる。


「九十!」


 個体が。


 静かに。


 なる。


 全員。


 しばらく。


 動かない。


「……止まった?」


 フィン。


「今は」


 レクス。


 息。


 吐く。


「経路、三つある」


「少なくとも」


 アデル。


「状態回収。形質転送。増殖命令」


「じゃあ」


 クラウディア。


「まだ他にもあるかもしれない」


「ああ」


 でも。


 今度は。


 見つけ方。


 分かる。


     ◇


 午後から夕方にかけて、三つの経路を個別に弱体化した状態で外部観測を続けた。


 結果。


 新たに自然流出した分体は二体。


 どちらも火、冷気、聖、斬撃への高い適応を持っていない。


 増殖命令も伝わりにくくなり、自発的に増えようとする様子は大幅に減った。


 完璧ではない。


 だが。


「いける」


 アデルが言った。


「本体全体を弱くする必要はない。共有網の主要経路を先に落とせば、増殖個体が学び続ける状態を止められる」


「一体ずつ九十九じゃなく?」


 ギルバート。


「網を弱くする」


 レクス。


「そう」


「どのくらい維持できる?」


 ローディス。


「俺が起きてる間なら」


「そこが問題だな」


「だから」


 レクス。


 少し考える。


「俺だけが維持する作戦にはしない」


 アデルがすぐ反応する。


「術式化?」


「できる?」


「完全再現は無理です。ただ、レクスさんが弱くした経路へ固定楔を入れ、再接続を遅らせることはできるかもしれません」


 ガレンが頷く。


「儂とエルドでやる。弱めた綱を、切れぬように縛るのではない。戻らぬように塞ぐ」


「なら、俺が先に弱くする」


「その後、儂らが固定」


「フィンは?」


「節点を印す」


 フィンが自分から言った。


「見えるようにしておきます。今度は地味でも文句言いません」


「成長したな」


 ギルバートが言う。


「勇者様に言われると微妙です」


「何でだよ!」


 少し笑いが起きた。


 それが、この日の調査が初めて「攻略法」らしいものへ変わった瞬間だった。


     ◇


 翌朝。


 ついに石扉を開ける準備が始まった。


 ただし。


 全開ではない。


 古代封印を壊さず、人が一人通れる程度だけ隙間を作る。


 目的は討伐ではなく、共有網の本体側節点を確認し、固定楔を打つこと。


 レクスは扉の前で全員へ確認した。


「今日も最初は攻撃しない」


「了解」


 クラウディア。


「俺も」


 ギルバート。


「限界来たら言う」


 セシリア。


「盾は受けるだけ」


 バルガス。


「押し戻す時も壊さない」


 ドーガン。


「節点だけ撃つ」


 フィン。


「生き物へは撃たない」


「研究者組は?」


 レクス。


 アデル。


「勝手に採取しません」


「ガレン?」


「儂を誰だと思っとる」


「勝手に触りそうな人」


「アデルと一緒にするでない」


「ひどい!」


 エルドが静かに笑う。


「儂は止める側に回ろう」


「お願いします」


     ◇


 石扉が、四百年以上ぶりに僅かに開いた。


 冷たい空気。


 灰。


 鉄とも土とも違う、生臭い匂い。


 その向こう。


 巨大な空間。


 中央に。


 灰色の塊。


 山のように。


 ある。


 肉。


 骨。


 殻。


 どれとも断定できない。


 いくつもの身体が途中まで作られ、また本体へ溶け戻っている。


「……あれ全部、一体?」


 ギルバートが小さく言う。


「たぶん」


 レクス。


 共有網。


 見える。


 昨日より。


 はっきり。


 本体の中心から。


 無数。


 伸びる。


 枝。


「節点」


 アデル。


「七つ確認!」


「フィン!」


「見えました!」


 矢。


 一射。


 石壁。


 節点一。


 二。


 三。


 魔力の流れだけを示す。


「レクス!」


「一つ目、形質転送――八十!」


 流れ。


 弱い。


「ガレン!」


「楔!」


 老呪術師。


 術式杭。


 地面。


 打つ。


「固定!」


「二つ目!」


 エルド。


「増殖命令!」


「八十五!」


 フィン。


 印。


 ガレン。


 楔。


 三つ。


 四つ。


 五つ。


 役割。


 繋がる。


 誰も。


 余計なこと。


 しない。


 そして。


 六つ目。


「本体が動く!」


 セシリア。


 灰殖獣。


 一部。


 持ち上がる。


 増殖。


 ではない。


 防御。


 前へ。


 複数。


 分体。


 出る。


「来る!」


 クラウディアが剣へ手をかける。


「待って!」


 レクス。


「まだ学習共有は落ちてる!」


「斬っていい?」


「一体だけ!」


 クラウディア。


 抜く。


 細剣。


 一閃。


 灰色の分体。


 切断。


 傷口。


 膨らむ。


「増える!」


 ギルバート。


「でも」


 レクス。


 見る。


 生まれた。


 新個体。


 普通。


 斬撃耐性。


 高くない。


「継承してない!」


 アデルが叫ぶ。


「今です!」


「ギルバート!」


「了解!」


 聖剣。


 今度こそ。


 抜く。


 一撃。


 別の分体。


 倒す。


 次。


 生まれる。


 でも。


 聖耐性。


 ない。


「本当に学ばない!」


 ギルバートの声に、驚きと喜びが混じる。


「だから今のうち!」


 クラウディア。


 分体。


 斬る。


 ギルバート。


 次。


 倒す。


 増える。


 でも。


 強くならない。


 同じ。


 まま。


「増殖数!」


 レクス。


「七!」


 アデル。


「増えてます!」


「形質は?」


「固定!」


「なら掃討!」


     ◇


 今まで禁止していた攻撃が、初めて意味を持った。


 クラウディアが前衛。


 ギルバート。


 横。


 バルガスとドーガンが、増えた分体を外へ逃がさない。


 セシリアは攻撃魔法を使わず、足場と退路だけ整える。


 フィンは共有節点の監視を続け、一つでも再接続すれば即座に矢印を付ける。


「左上、戻り始めてます!」


「どれ!」


「四番!」


「四番、再弱体化――九十!」


「楔補強!」


 ガレン。


「了解じゃ!」


 灰殖獣の分体は、まだ増える。


 だが。


 学ばない。


 前の個体がどう倒されたか。


 次へ渡せない。


「これなら」


 ギルバート。


 剣。


 振る。


「倒せる!」


「調子乗るな!」


 レクス。


「増えるのは止まってない!」


「分かってる!」


 クラウディアが横から一体を切り伏せる。


「でも、昨日よりずっとまし!」


「それはそう!」


     ◇


 十分。


 十五分。


 二十分。


 分体。


 二十九。


 掃討。


 新規増殖。


 十一。


 以前なら。


 攻撃。


 重ねるほど。


 強く。


 なった。


 今は。


 増えるだけ。


 それでも。


 十分。


 危険。


「無限なら負ける!」


 クラウディア。


「あと一つ!」


 アデル。


「七番の節点!」


 フィン。


 矢。


 放つ。


「奥!」


 レクス。


 見る。


 一番。


 太い。


 これは。


 形質。


 命令。


 ではない。


「再接続?」


「違う!」


「何!」


「本体核から全部へ、基礎情報送ってる!」


「基礎?」


「自分がどういう生き物か!」


 アデル。


 顔。


 変わる。


「基本形質!」


「それを落としたら?」


「分からない!」


 ガレンが怒鳴る。


「全部落とすな! 何になるか読めん!」


「じゃあ転送だけ!」


 レクス。


 《深淵呪詛》。


「基礎形質転送効率――七十!」


 灰殖獣。


 全体。


 震える。


「八十!」


 分体。


 動き。


 鈍る。


「九十!」


 新しく。


 生まれかけていた。


 肉。


 途中。


 止まる。


「増殖速度!」


 アデル。


「急低下!」


「形質記録?」


「固定!」


「今!」


 レクス。


「ギルバート、クラウディア!」


 二人。


 同時。


 前。


 出る。


 今いる。


 分体。


 掃討。


 一体。


 二体。


 五体。


 十体。


 増えない。


 今度こそ。


 増殖が。


 追いつかない。


     ◇


 最後の分体が崩れた時。


 誰も。


 すぐには。


 声。


 出さなかった。


 灰殖獣本体。


 まだ。


 生きている。


 眠っても。


 いない。


 でも。


 増殖。


 止まりかけている。


 形質。


 共有。


 できない。


「……勝った?」


 フィン。


 小声。


「まだ」


 レクス。


 すぐ。


 答える。


「本体残ってる」


「ですよね」


「でも」


 クラウディアが息を整えながら剣先を下げる。


「少なくとも、攻撃するほど強くなる状態は止めた」


「今の間は」


 レクス。


「そこ大事」


「分かってる」


 ギルバートも聖剣を納める。


「じゃあ今日は?」


「これ以上追わない」


「倒せそうでも?」


「共有網の固定がどれくらい保つか分からない」


「了解」


 今度は。


 誰も。


 反論しない。


 レクス。


 七つの節点。


 見る。


 自分が。


 弱くした。


 でも。


 ガレン。


 エルド。


 固定。


 フィン。


 発見。


 アデル。


 解析。


 セシリア。


 測定。


 クラウディア。


 ギルバート。


 掃討。


 バルガス。


 ドーガン。


 封鎖。


 誰か一人。


 欠けたら。


 今日の結果。


 なかった。


「俺が全部弱くしなくても」


 レクスが呟く。


「何?」


 ギルバート。


「いや」


 少し。


 笑う。


「敵同士の繋がりを弱くすればいい時もあるんだなって」


「今さら?」


「初めての相手だったから」


「確かに」


 クラウディアが言う。


「あなた、前までは『敵を弱くする』だったけど」


「うん」


「最近は『敵が強い理由を弱くする』になってる」


 レクスは少し考えた。


「同じじゃない?」


「似てるけど違う」


「どう違う?」


「自分で考えなさい」


「先生みたい」


「あなたもこの前やったでしょう」


     ◇


 地上へ戻ったのは夕方だった。


 白灰の谷へ橙色の光が差し、地下から出てきた全員の服も靴も灰色になっている。


 アデルは地上へ着くなり、測定結果を広げた。


「共有網を切った後に生まれた個体は、火、冷気、斬撃、聖属性の耐性上昇をほとんど継承していません」


「つまり成功?」


 ギルバート。


「形質学習の封鎖については」


「増殖は?」


「基礎形質転送を九十パーセント落とした時点で、発生率が大幅低下しました。ただし」


「ただし?」


「完全停止ではありません」


 レクスが聞く。


「何パー残ってる?」


「推定一割前後」


「一割」


「はい」


「それでも多いな」


 深層王。


 一パーセント。


 危険。


 思い出す。


 一割。


 十分。


 化け物。


「じゃあ明日」


 ギルバート。


「九十九まで?」


「その前に」


 ガレン。


「共有核そのものを調べる」


「また待つ?」


「待つ」


 レクス。


 即答。


「九十で止めてる理由があるかもしれない」


「自然側の安全装置?」


 アデル。


「それもある」


「じゃあ」


 クラウディア。


「次は本体核?」


「うん」


 レクスは。


 地下。


 見る。


「網を切っても、元が残ってる」


「そこをどうするか」


「明日決める」


     ◇


 夜。


 臨時陣地。


 今日は。


 少し。


 空気。


 軽い。


 完全勝利ではない。


 でも。


 明確な前進。


 あった。


 フィンが食事を取りながら、自分の矢束を見ている。


「今日、俺ほとんど敵撃ってないのに、めちゃくちゃ仕事した気がします」


「したわよ」


 クラウディア。


「節点全部あなたが印したでしょう」


「ですよね」


「珍しく自信持っていい」


「珍しくは余計です」


 バルガスも笑う。


「俺なんて今日ほとんど盾で道塞いでただけだぞ」


「それが必要だった」


 レクス。


「敵を逃がさなかった」


「そう言われると悪くないな」


 ドーガンが低く笑う。


「殴らず仕事が終わる日もある」


「それも冒険者?」


 ギルバート。


「勇者が一番気にしてるな」


 セシリア。


「今日のあなた、聖剣を抜く時間より待ってる時間の方が長かったわよ」


「分かってる」


「嫌だった?」


「前なら」


 ギルバートは少し考える。


「かなり」


「今は?」


「必要なら別に」


「本当に成長したな」


 レクスが言う。


「今日二回目!」


「言える時に言っとく」


「腹立つなあ」


 でも。


 ギルバート。


 笑う。


     ◇


 レクスはその夜、一人で谷を見た。


 今日。


 敵。


 一体ずつ。


 九十九。


 していない。


 むしろ。


 一番高い。


 九十。


 それでも。


 昨日より。


 遥かに。


 戦いやすい。


 弱くする対象。


 変えただけ。


 敵。


 ではない。


 敵を強くしているもの。


 繋がり。


 共有。


 命令。


 学習。


 そこ。


 減らす。


 強さ。


 数字。


 だけではない。


「……まだあるな」


 独り言。


 後ろ。


 足音。


 ギルバート。


「何が?」


「弱くできるもの」


「また増えた?」


「ああ」


「敵じゃなくても?」


「うん」


 ギルバート。


 谷。


 見る。


「だったら」


「何?」


「昔、俺たちが強かった理由も弱くできたらよかったのにな」


「何それ」


「思い込み」


 レクス。


 一瞬。


 止まり。


 それから。


 少し。


 笑う。


「それは自分でやるしかない」


「九十九パーセントくらい減ったと思う?」


「七十くらい」


「まだ三十も残ってるのかよ!」


「結構ある」


「厳しいな」


「でも前よりまし」


「じゃあいいか」


 谷底。


 風。


 白灰。


 流れる。


 地下。


 灰殖獣。


 まだ。


 眠っていない。


 でも。


 学べない。


 増えにくい。


 次。


 問題。


 残る。


 共有核。


 そして。


 なぜ。


 黒紋組織。


 この相手。


 選んだ。


 レクスは。


 その答えが。


 そろそろ。


 向こうから。


 出てくる気がしていた。

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