第55話 弱くしても増えるなら
灰殖獣を一体ずつ弱くしていては間に合わない。
前日の調査で、その結論だけは嫌になるほどはっきりした。
親個体へかけた弱体化は子へ引き継がれず、外から与えられた性質は本体側へ記録される。しかも、その記録を次に生まれる個体が利用し、火を受ければ火へ、聖属性を受ければ聖属性へ適応していく。
戦えば戦うほど、こちらが敵の教材になる。
レクスは翌朝、まだ日が谷底まで届かないうちから、地下封印前室にいた。
今日は石扉を開けない。
そこは昨日と変わらない。
変えるのは、見る場所だった。
「個体じゃなく、繋がってる方を見る」
古代封印術式を調べていたアデルが、扉の前へ測定盤を三枚並べながら頷く。
「私も同意です。分体間で何かを共有しているなら、その経路そのものを特定できれば、一体ずつ処理する必要がなくなるかもしれません」
ガレンが横から鼻を鳴らした。
「そう都合よくいくとは限らんぞ。共有網を切った途端、個体が勝手に暴れ出す可能性もある」
「分かってます」
「昨日も似たことを言っとったな」
「今日は昨日より分かってる」
「昨日より少し分かっただけ、と言うんじゃ」
「それも分かってる」
エルドが低く笑った。
「二人とも、慎重になったのか口が悪くなったのか分からんな」
「俺は前からこんな感じ」
「自覚がないところも含めて変わっておらん」
少し離れた場所では、クラウディアとギルバート、ドーガン、バルガス、フィン、セシリアが装備を確認していた。
ただし、今日は全員へ最初から明確な制限をかけている。
攻撃禁止。
武器を抜くのも必要になるまで待つ。
外へ漏れた分体が現れても、まず位置を共有し、増殖と学習の経路を調べる。
特にギルバートは、自分から聖剣を布で包んでいた。
「そこまでしなくてもいいんじゃない?」
レクスが聞く。
「昨日、鞘越しでも学ばれただろ」
「確かに」
「だったら近づける理由ない」
「重くない?」
「かなり」
「じゃあ置いとけば?」
「勇者が聖剣置いてくのもどうなんだよ」
「今さら見栄?」
「少し」
クラウディアが呆れたように笑う。
「正直で結構ね」
「最近は、できないことも格好悪いことも言えって教えられてるからな」
「誰に?」
ギルバートがレクスを見る。
「俺?」
「お前」
「そんな教え方した?」
「した」
レクスにはあまり覚えがなかったが、否定するほどでもなかった。
◇
調査は、昨日捕獲した四個体から始めた。
魔力を遮断した石室へ隔離したまま、アデルとセシリアが外から微弱な測定術式だけを通す。
普通個体。
火耐性個体。
聖耐性個体。
そして、聖耐性個体から分裂した第二世代。
四体はそれぞれ別の箱へ入っている。それでも測定を続けると、一定間隔でごく細い魔力の揺れが同時に発生していた。
「また」
セシリアが言う。
「四つとも同じ瞬間に反応した」
「周期は?」
「約二十三秒」
「封印内部は?」
アデルが別の測定盤を見る。
「同じです。むしろ内部から外へ波が来ている」
「本体が送ってる?」
レクスが聞く。
「その可能性が高いですね。ただ、命令なのか状態確認なのか、そこまではまだ」
ガレンが石室の床へ杖先を当てた。
「波の直前に、封印内部の核らしき反応が一瞬だけ強くなっとる。こいつが親玉じゃろう」
「核って、本体の中心?」
「肉体の中心とは限らん。情報を集めて返す中枢、と考えた方が近いかもしれん」
レクスは目を閉じ、四体へ同時に意識を伸ばした。
今までは個体ごとに見ていた。
今日は逆だ。
個体の中から、外へ出ていくものを追う。
筋力でもない。
速度でもない。
生命力でもない。
もっと薄い。
攻撃へ使わないから、普段なら見落としていたような流れだった。
「……ある」
「何が?」
アデルがすぐ反応する。
「四体とも、同じ方向へ何か返してる」
「情報?」
「たぶん」
「何を返してる?」
「今の状態」
レクスは火耐性個体へ意識を寄せた。
「火への耐性。体温。傷があるか。増殖できるか。それから」
聖耐性個体。
「新しく覚えた性質」
「本体側が全部集めている」
「そう」
「じゃあ次に生まれる個体へ」
「必要なものだけ返してるんだと思う」
フィンが石室の外から聞いた。
「つまり、皆で一冊の教科書使ってる感じですか?」
アデルが振り返る。
「かなり分かりやすい例えです」
「珍しく褒められた」
「珍しくは余計では?」
「最近、弓を撃てないので存在意義を探してるんです」
「今日はあなたに大事な仕事があります」
「本当に?」
フィンの顔が一瞬で明るくなった。
「この流れ、見えるようにしてください」
「……やっぱり地味な仕事だ」
「重要です」
「それならやります」
◇
問題は、魔力の共有経路が肉眼では見えないことだった。
アデルの測定術式で大まかな方向は分かる。しかし、どこを通っているかまでは曖昧で、レクスが《深淵呪詛》を重ねるにも目標がぼやける。
「深層王の時みたいに祭壇が見えてれば楽だった」
レクスが言う。
「楽という言葉を使う相手じゃなかったと思うけど」
クラウディアが返す。
「あれよりは分かりやすかった」
「それは分かる」
今回は祭壇も導管もない。
灰殖獣そのものが網の一部になっている。
エルドが封印扉の古代文字を読み直しながら言った。
「こやつらは元々、群れではなく一つじゃったのかもしれんな」
「どういう意味?」
「個体が分かれておるように見えても、本体からすれば手足が千切れて歩いているだけ。だから経験を共有するのも自然、ということじゃ」
「じゃあ分体を全部倒しても」
ギルバートが嫌そうに眉を寄せる。
「本体が残ってたらまた作る?」
「その可能性は高い」
「本当に斬る意味ないな」
「ようやく理解したか」
ガレンが言うと、ギルバートがむっとした。
「昨日から理解してます!」
「昨日、聖剣近づけて増やしたじゃろ」
「事故です!」
「事故でも増えたものは増えた」
「分かってますよ!」
「喧嘩するなら外で」
レクスが言うと、二人とも黙った。
クラウディアが笑いをこらえている。
「何?」
「あなたが止める側になったのが面白くて」
「調査進まないから」
「そういうところよ」
◇
共有経路を目で追えるようにする役目は、フィンが想像以上に上手かった。
アデルが測定した魔力波の方向へ、魔力を帯びない細い銀糸付きの矢を撃ち込み、壁や床へ目印を作る。攻撃用ではなく、測量用に先端を丸めた特注矢だった。
一射目。
石室から北東。
二射目。
床下。
三射目。
封印前室の壁。
「全部、同じ場所へ寄ってます」
フィンが矢尻の位置を確認しながら言った。
「正面扉じゃない」
アデルが地図を重ねる。
「扉の下、もっと深い」
「本体の核?」
レクス。
「恐らく」
「そこから各個体へ?」
「逆もです」
セシリアが測定盤を見る。
「行って、戻ってる」
「二方向」
「はい」
レクスは少し考えた。
「じゃあ、本体から命令を送る方と、分体から学習を返す方、別かもしれない」
「そこを分けられる?」
「見てみる」
《深淵呪詛》。
今度は個体ではない。
矢印のように行き来する、目に見えない流れそのものを対象として捉える。
最初は難しかった。
生き物ではない。
術式でもない。
だが、完全な自然現象でもない。
灰殖獣という存在の機能の一つ。
「……あった」
レクスが小さく言う。
「どれ?」
アデルが身を乗り出す。
「分体から本体へ戻す方」
「下げられる?」
「やる」
「何を対象に?」
「形質記録の転送効率」
レクスが言葉にしてから、《深淵呪詛》を重ねる。
「十パーセント」
石室の火耐性個体が一瞬震えた。
だが、それ以上の変化はない。
「測定値?」
セシリアが盤面を見る。
「戻り波が約九割」
「効いてる」
「もっと?」
「慎重に」
二十。
三十。
四十。
戻り波が少しずつ弱くなる。
ガレンが鼻を鳴らした。
「面白いの。生き物ではなく、その生き物が持つ機能だけを呪っておる」
「前からやってた」
「ここまで抽象的な対象は少なかったじゃろ」
「深層王の吸収経路とか」
「あれはまだ器官に近い。これは通信じゃ」
「通信も弱くなるなら同じ」
「お主はそこを簡単に言う」
レクス自身は、それほど特別なことをしている感覚がなかった。
危ないところを減らす。
それだけだ。
◇
「六十」
そこまで下げたところで、明確な変化が出た。
火耐性個体へ小さな温度変化を与えても、本体側の反応がほとんど上がらない。
もちろん、灰殖獣へ直接刺激を与えるわけにはいかない。そのため石箱の外気温をほんの僅かに変え、その差を測定しただけだった。
「記録が戻ってない」
アデルが興奮を隠せない。
「レクスさん、もう少し」
「七十」
「本体反応、二割以下です!」
「分体側は?」
「変化を受けています。でも共有できていない」
「じゃあ」
フィンが言う。
「こいつ一体だけが覚えて、次の奴には伝わらない?」
「今のところは」
クラウディアがすぐ釘を刺す。
「まだ『今のところ』ね」
「そう」
レクスも同意する。
「じゃあ本体側から新しい個体へ送る方は?」
ギルバート。
「それも落とせたら」
「次に生まれる奴が、前の耐性を持たなくなるかもしれない」
アデルの目がさらに輝く。
「二本目を探しましょう」
◇
それから二時間。
地下前室は、いつの間にか戦場より忙しい研究室になっていた。
フィンが矢で経路を示す。
セシリアが魔力波を測る。
アデルとエルドが波形を読み、ガレンが古代封印記録と照らし合わせる。
クラウディア、ギルバート、バルガス、ドーガンは周囲警戒。
ローディスは外部部隊との連絡。
そしてレクスは、指示された経路を一つずつ《深淵呪詛》で探った。
「右、少し下!」
フィンが指す。
「そこは封印維持線」
アデルが止める。
「間違えて弱くしたら開きます!」
「危ないな」
「軽く言わないでください!」
「じゃあ左?」
「左下、もっと細い方!」
「これ?」
「たぶん!」
「たぶんで下げていい?」
「待って!」
「やっぱり」
ギルバートが後ろで笑う。
「研究って戦闘より大変だな」
「お前も何かやれ」
「警戒してる」
「さっきから壁見てるだけだろ」
「それが警戒だ!」
クラウディアが肩を揺らす。
「今は本当にそれしかすることないものね」
「俺、勇者なのに」
「今日は剣抜かないのが仕事」
「勇者の仕事が剣抜かないことになる日が来るとは思わなかった」
「成長したな」
レクスが言う。
「それ今言う?」
それでも、誰も焦っていなかった。
やることが分かっている。
役割が分かれている。
一人の失敗で全部崩れない。
深層王戦の最後にようやく形になったやり方が、今では最初からできている。
それがレクスには少し不思議だった。
◇
二本目の経路が見つかったのは、昼を過ぎた頃だった。
本体から分体へ流れる、形質付与の経路。
これまで学習した火、冷気、斬撃、聖属性などの情報を、新しく作る個体へ渡すための流れだ。
「これを下げる」
レクスが言う。
「最初は二十から」
アデルが答える。
「本体そのものがどう反応するか分かりません」
「了解」
二十。
変化なし。
三十。
石室の聖耐性第二世代が僅かに震える。
「何?」
ギルバート。
「まだ分からない」
四十。
五十。
その瞬間。
地下深部。
鈍い。
振動。
「止める!」
レクス。
即座に術を固定。
「封印は?」
「維持!」
アデル。
「生命反応?」
「増えてません!」
「本体が動いた?」
「一部だけ」
ガレンが目を閉じ、杖先で床を探る。
「嫌がっただけじゃな。起きてはおらん」
「嫌がる?」
「自分の機能を削られれば、反応くらいする」
「感情?」
「そこまでは知らん」
レクスは少し考えた。
「五十で止める?」
アデルは迷った。
「いえ」
「大丈夫?」
「今の反応だけなら。ただし六十で再測定を」
「分かった」
六十。
今度は大きな振動はない。
「形質転送、三割以下」
セシリア。
「七十は?」
「……行きましょう」
七十。
その時、外部監視から通信が入った。
『西側灰層で新しい分体一体を確認! 自然流出と思われます!』
「攻撃するな!」
ローディスがすぐ返す。
『了解!』
全員の視線が交わる。
「今なら」
アデルが言った。
「確認できます」
「何を?」
「新しく出た個体が、これまでの耐性を持っているか」
◇
西側斜面へ向かうと、新しい分体は昨日と同じ抜け穴の一つから這い出していた。
犬ほどの大きさ。
灰色。
見た目だけなら普通個体と変わらない。
「火耐性?」
セシリアが遠距離測定する。
少し。
待つ。
「……低い」
「どのくらい?」
「昨日の火耐性個体の三分の一以下」
「聖は?」
「ほとんどない」
「冷気は?」
「普通」
「斬撃?」
「普通です」
アデルが息を吸う。
「切れてる」
「何が?」
ギルバート。
「学習結果の継承です」
「じゃあこいつ」
「親が覚えたものを持っていない」
レクスは慎重に個体へ意識を伸ばした。
形質記録。
低い。
速度。
普通。
増殖。
まだある。
「増える機能そのものは残ってる」
「そこは別系統」
アデル。
「でも」
クラウディアが剣を抜かずに一歩前へ出る。
「今なら、少なくとも攻撃するたび強くなる連鎖は止められる?」
「共有が切れてる間だけ」
レクス。
「個体自身が受けた攻撃へ適応する可能性はある。でも次へ渡しにくい」
「それだけでも大きい」
「かなり」
◇
ところが。
新しい分体を石箱へ誘導しようとした時、予想外のことが起きた。
個体が急に身体を震わせる。
「増殖反応!」
アデルが叫ぶ。
「何も触ってないぞ!」
ギルバート。
「外部刺激じゃない!」
セシリア。
「本体側から命令が来てる!」
レクスはすぐ経路を見る。
形質情報とは別。
もっと単純。
増えろ。
という命令。
「三本目!」
「何が?」
フィン。
「増殖命令の経路!」
個体の背中が膨らむ。
レクスが直接。
「複製開始条件――九十!」
止まりかける。
「でも」
もう一つ。
脇。
膨らむ。
「本体が繰り返してる!」
「命令そのものを止めないと!」
アデル。
「レクスさん、個体じゃなく経路!」
「見えてる!」
形質共有。
ではない。
増殖起動。
命令。
「増殖命令伝達――七十!」
膨らみ。
少し。
萎む。
「八十!」
止まる。
「九十!」
個体が。
静かに。
なる。
全員。
しばらく。
動かない。
「……止まった?」
フィン。
「今は」
レクス。
息。
吐く。
「経路、三つある」
「少なくとも」
アデル。
「状態回収。形質転送。増殖命令」
「じゃあ」
クラウディア。
「まだ他にもあるかもしれない」
「ああ」
でも。
今度は。
見つけ方。
分かる。
◇
午後から夕方にかけて、三つの経路を個別に弱体化した状態で外部観測を続けた。
結果。
新たに自然流出した分体は二体。
どちらも火、冷気、聖、斬撃への高い適応を持っていない。
増殖命令も伝わりにくくなり、自発的に増えようとする様子は大幅に減った。
完璧ではない。
だが。
「いける」
アデルが言った。
「本体全体を弱くする必要はない。共有網の主要経路を先に落とせば、増殖個体が学び続ける状態を止められる」
「一体ずつ九十九じゃなく?」
ギルバート。
「網を弱くする」
レクス。
「そう」
「どのくらい維持できる?」
ローディス。
「俺が起きてる間なら」
「そこが問題だな」
「だから」
レクス。
少し考える。
「俺だけが維持する作戦にはしない」
アデルがすぐ反応する。
「術式化?」
「できる?」
「完全再現は無理です。ただ、レクスさんが弱くした経路へ固定楔を入れ、再接続を遅らせることはできるかもしれません」
ガレンが頷く。
「儂とエルドでやる。弱めた綱を、切れぬように縛るのではない。戻らぬように塞ぐ」
「なら、俺が先に弱くする」
「その後、儂らが固定」
「フィンは?」
「節点を印す」
フィンが自分から言った。
「見えるようにしておきます。今度は地味でも文句言いません」
「成長したな」
ギルバートが言う。
「勇者様に言われると微妙です」
「何でだよ!」
少し笑いが起きた。
それが、この日の調査が初めて「攻略法」らしいものへ変わった瞬間だった。
◇
翌朝。
ついに石扉を開ける準備が始まった。
ただし。
全開ではない。
古代封印を壊さず、人が一人通れる程度だけ隙間を作る。
目的は討伐ではなく、共有網の本体側節点を確認し、固定楔を打つこと。
レクスは扉の前で全員へ確認した。
「今日も最初は攻撃しない」
「了解」
クラウディア。
「俺も」
ギルバート。
「限界来たら言う」
セシリア。
「盾は受けるだけ」
バルガス。
「押し戻す時も壊さない」
ドーガン。
「節点だけ撃つ」
フィン。
「生き物へは撃たない」
「研究者組は?」
レクス。
アデル。
「勝手に採取しません」
「ガレン?」
「儂を誰だと思っとる」
「勝手に触りそうな人」
「アデルと一緒にするでない」
「ひどい!」
エルドが静かに笑う。
「儂は止める側に回ろう」
「お願いします」
◇
石扉が、四百年以上ぶりに僅かに開いた。
冷たい空気。
灰。
鉄とも土とも違う、生臭い匂い。
その向こう。
巨大な空間。
中央に。
灰色の塊。
山のように。
ある。
肉。
骨。
殻。
どれとも断定できない。
いくつもの身体が途中まで作られ、また本体へ溶け戻っている。
「……あれ全部、一体?」
ギルバートが小さく言う。
「たぶん」
レクス。
共有網。
見える。
昨日より。
はっきり。
本体の中心から。
無数。
伸びる。
枝。
「節点」
アデル。
「七つ確認!」
「フィン!」
「見えました!」
矢。
一射。
石壁。
節点一。
二。
三。
魔力の流れだけを示す。
「レクス!」
「一つ目、形質転送――八十!」
流れ。
弱い。
「ガレン!」
「楔!」
老呪術師。
術式杭。
地面。
打つ。
「固定!」
「二つ目!」
エルド。
「増殖命令!」
「八十五!」
フィン。
印。
ガレン。
楔。
三つ。
四つ。
五つ。
役割。
繋がる。
誰も。
余計なこと。
しない。
そして。
六つ目。
「本体が動く!」
セシリア。
灰殖獣。
一部。
持ち上がる。
増殖。
ではない。
防御。
前へ。
複数。
分体。
出る。
「来る!」
クラウディアが剣へ手をかける。
「待って!」
レクス。
「まだ学習共有は落ちてる!」
「斬っていい?」
「一体だけ!」
クラウディア。
抜く。
細剣。
一閃。
灰色の分体。
切断。
傷口。
膨らむ。
「増える!」
ギルバート。
「でも」
レクス。
見る。
生まれた。
新個体。
普通。
斬撃耐性。
高くない。
「継承してない!」
アデルが叫ぶ。
「今です!」
「ギルバート!」
「了解!」
聖剣。
今度こそ。
抜く。
一撃。
別の分体。
倒す。
次。
生まれる。
でも。
聖耐性。
ない。
「本当に学ばない!」
ギルバートの声に、驚きと喜びが混じる。
「だから今のうち!」
クラウディア。
分体。
斬る。
ギルバート。
次。
倒す。
増える。
でも。
強くならない。
同じ。
まま。
「増殖数!」
レクス。
「七!」
アデル。
「増えてます!」
「形質は?」
「固定!」
「なら掃討!」
◇
今まで禁止していた攻撃が、初めて意味を持った。
クラウディアが前衛。
ギルバート。
横。
バルガスとドーガンが、増えた分体を外へ逃がさない。
セシリアは攻撃魔法を使わず、足場と退路だけ整える。
フィンは共有節点の監視を続け、一つでも再接続すれば即座に矢印を付ける。
「左上、戻り始めてます!」
「どれ!」
「四番!」
「四番、再弱体化――九十!」
「楔補強!」
ガレン。
「了解じゃ!」
灰殖獣の分体は、まだ増える。
だが。
学ばない。
前の個体がどう倒されたか。
次へ渡せない。
「これなら」
ギルバート。
剣。
振る。
「倒せる!」
「調子乗るな!」
レクス。
「増えるのは止まってない!」
「分かってる!」
クラウディアが横から一体を切り伏せる。
「でも、昨日よりずっとまし!」
「それはそう!」
◇
十分。
十五分。
二十分。
分体。
二十九。
掃討。
新規増殖。
十一。
以前なら。
攻撃。
重ねるほど。
強く。
なった。
今は。
増えるだけ。
それでも。
十分。
危険。
「無限なら負ける!」
クラウディア。
「あと一つ!」
アデル。
「七番の節点!」
フィン。
矢。
放つ。
「奥!」
レクス。
見る。
一番。
太い。
これは。
形質。
命令。
ではない。
「再接続?」
「違う!」
「何!」
「本体核から全部へ、基礎情報送ってる!」
「基礎?」
「自分がどういう生き物か!」
アデル。
顔。
変わる。
「基本形質!」
「それを落としたら?」
「分からない!」
ガレンが怒鳴る。
「全部落とすな! 何になるか読めん!」
「じゃあ転送だけ!」
レクス。
《深淵呪詛》。
「基礎形質転送効率――七十!」
灰殖獣。
全体。
震える。
「八十!」
分体。
動き。
鈍る。
「九十!」
新しく。
生まれかけていた。
肉。
途中。
止まる。
「増殖速度!」
アデル。
「急低下!」
「形質記録?」
「固定!」
「今!」
レクス。
「ギルバート、クラウディア!」
二人。
同時。
前。
出る。
今いる。
分体。
掃討。
一体。
二体。
五体。
十体。
増えない。
今度こそ。
増殖が。
追いつかない。
◇
最後の分体が崩れた時。
誰も。
すぐには。
声。
出さなかった。
灰殖獣本体。
まだ。
生きている。
眠っても。
いない。
でも。
増殖。
止まりかけている。
形質。
共有。
できない。
「……勝った?」
フィン。
小声。
「まだ」
レクス。
すぐ。
答える。
「本体残ってる」
「ですよね」
「でも」
クラウディアが息を整えながら剣先を下げる。
「少なくとも、攻撃するほど強くなる状態は止めた」
「今の間は」
レクス。
「そこ大事」
「分かってる」
ギルバートも聖剣を納める。
「じゃあ今日は?」
「これ以上追わない」
「倒せそうでも?」
「共有網の固定がどれくらい保つか分からない」
「了解」
今度は。
誰も。
反論しない。
レクス。
七つの節点。
見る。
自分が。
弱くした。
でも。
ガレン。
エルド。
固定。
フィン。
発見。
アデル。
解析。
セシリア。
測定。
クラウディア。
ギルバート。
掃討。
バルガス。
ドーガン。
封鎖。
誰か一人。
欠けたら。
今日の結果。
なかった。
「俺が全部弱くしなくても」
レクスが呟く。
「何?」
ギルバート。
「いや」
少し。
笑う。
「敵同士の繋がりを弱くすればいい時もあるんだなって」
「今さら?」
「初めての相手だったから」
「確かに」
クラウディアが言う。
「あなた、前までは『敵を弱くする』だったけど」
「うん」
「最近は『敵が強い理由を弱くする』になってる」
レクスは少し考えた。
「同じじゃない?」
「似てるけど違う」
「どう違う?」
「自分で考えなさい」
「先生みたい」
「あなたもこの前やったでしょう」
◇
地上へ戻ったのは夕方だった。
白灰の谷へ橙色の光が差し、地下から出てきた全員の服も靴も灰色になっている。
アデルは地上へ着くなり、測定結果を広げた。
「共有網を切った後に生まれた個体は、火、冷気、斬撃、聖属性の耐性上昇をほとんど継承していません」
「つまり成功?」
ギルバート。
「形質学習の封鎖については」
「増殖は?」
「基礎形質転送を九十パーセント落とした時点で、発生率が大幅低下しました。ただし」
「ただし?」
「完全停止ではありません」
レクスが聞く。
「何パー残ってる?」
「推定一割前後」
「一割」
「はい」
「それでも多いな」
深層王。
一パーセント。
危険。
思い出す。
一割。
十分。
化け物。
「じゃあ明日」
ギルバート。
「九十九まで?」
「その前に」
ガレン。
「共有核そのものを調べる」
「また待つ?」
「待つ」
レクス。
即答。
「九十で止めてる理由があるかもしれない」
「自然側の安全装置?」
アデル。
「それもある」
「じゃあ」
クラウディア。
「次は本体核?」
「うん」
レクスは。
地下。
見る。
「網を切っても、元が残ってる」
「そこをどうするか」
「明日決める」
◇
夜。
臨時陣地。
今日は。
少し。
空気。
軽い。
完全勝利ではない。
でも。
明確な前進。
あった。
フィンが食事を取りながら、自分の矢束を見ている。
「今日、俺ほとんど敵撃ってないのに、めちゃくちゃ仕事した気がします」
「したわよ」
クラウディア。
「節点全部あなたが印したでしょう」
「ですよね」
「珍しく自信持っていい」
「珍しくは余計です」
バルガスも笑う。
「俺なんて今日ほとんど盾で道塞いでただけだぞ」
「それが必要だった」
レクス。
「敵を逃がさなかった」
「そう言われると悪くないな」
ドーガンが低く笑う。
「殴らず仕事が終わる日もある」
「それも冒険者?」
ギルバート。
「勇者が一番気にしてるな」
セシリア。
「今日のあなた、聖剣を抜く時間より待ってる時間の方が長かったわよ」
「分かってる」
「嫌だった?」
「前なら」
ギルバートは少し考える。
「かなり」
「今は?」
「必要なら別に」
「本当に成長したな」
レクスが言う。
「今日二回目!」
「言える時に言っとく」
「腹立つなあ」
でも。
ギルバート。
笑う。
◇
レクスはその夜、一人で谷を見た。
今日。
敵。
一体ずつ。
九十九。
していない。
むしろ。
一番高い。
九十。
それでも。
昨日より。
遥かに。
戦いやすい。
弱くする対象。
変えただけ。
敵。
ではない。
敵を強くしているもの。
繋がり。
共有。
命令。
学習。
そこ。
減らす。
強さ。
数字。
だけではない。
「……まだあるな」
独り言。
後ろ。
足音。
ギルバート。
「何が?」
「弱くできるもの」
「また増えた?」
「ああ」
「敵じゃなくても?」
「うん」
ギルバート。
谷。
見る。
「だったら」
「何?」
「昔、俺たちが強かった理由も弱くできたらよかったのにな」
「何それ」
「思い込み」
レクス。
一瞬。
止まり。
それから。
少し。
笑う。
「それは自分でやるしかない」
「九十九パーセントくらい減ったと思う?」
「七十くらい」
「まだ三十も残ってるのかよ!」
「結構ある」
「厳しいな」
「でも前よりまし」
「じゃあいいか」
谷底。
風。
白灰。
流れる。
地下。
灰殖獣。
まだ。
眠っていない。
でも。
学べない。
増えにくい。
次。
問題。
残る。
共有核。
そして。
なぜ。
黒紋組織。
この相手。
選んだ。
レクスは。
その答えが。
そろそろ。
向こうから。
出てくる気がしていた。




