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第54話 攻撃するほど増える

 警戒鐘が鳴ってから十分も経たないうちに、灰の谷の臨時陣地では全員が装備を整えていた。


 石箱に収めた分離個体から、突然、聖属性への適応反応が確認された。それだけなら「本体側で何らかの変化が起きた」で済んだかもしれない。


 問題は、その直後から地下封印内の生命反応が増え始めたことだった。


「百四十七、百五十一、百五十六……まだ増えます」


 測定盤へ向かっていたアデルの声が硬い。


「増え方は?」


 レクスが聞く。


「一定ではありません。三つ増えた後に止まり、次は五つ、今は二つです。恐らく、何かの刺激を受けた箇所ごとに個体化している」


「封印は?」


「外側は維持されています」


「なら、中で誰かが攻撃してる可能性が高い?」


「高いです。ただし、別経路から術式だけを送り込んでいる可能性もあります」


 ローディスが地図を広げた。


「封印地下へ通じる既知の入口は、我々が監視している正面だけだ。古い搬出坑道も崩落済みと確認している」


「未知の道があるか」


 クラウディアが言う。


「あるいは、道なんて必要ない方法を持ってるか」


 黒紋組織なら、そちらも十分あり得る。


 ギルバートは聖剣の柄へ手を置いていたが、抜いてはいなかった。


「俺の聖属性じゃないのは間違いないんだよな?」


「あなた、昼間から一度も聖剣を抜いていません」


 セシリアが答える。


「分かってる。でも、同じ属性ってだけで気持ち悪いんだよ」


「分かる」


 レクスも石箱の方を見る。


 中の小型個体は、さっきまで柔らかな灰色の肉だった。それが今では薄い乳白色の膜を全身へ纏い、弱いながら聖属性魔力を弾く構造に変わっている。


 自分たちが何もしていないのに、外で隔離した個体まで変化した。


 本体と繋がっている。


 それは、ほぼ確実だった。


「地下へ行く?」


 ギルバートが聞く。


 レクスは即答しなかった。


「封印が破れてないなら、まず外から確認する」


「中で攻撃され続けてても?」


「焦って開けたら、向こうの思う通りかもしれない」


「……そうだな」


 ギルバートは柄から手を離した。


 ほんの少し悔しそうだったが、それでも待った。


     ◇


 夜明け前までに、封印内の生命反応は百七十三まで増えていた。


 だが、その後は止まった。


 聖属性反応も一度きり。


 誰かが本体へ攻撃しているとしても、長時間戦い続けているわけではないらしい。


「試した?」


 朝食代わりの固いパンをかじりながら、フィンが言った。


「何をです?」


 アデルが聞く。


「聖属性が効くかどうか。一発だけ」


「それなら増殖数が二十六も増えた理由が説明できません」


「一発でそれだけ増えるとか?」


「その可能性もあります」


 フィンの顔が引きつった。


「絶対撃ちたくないですね」


「お主の矢も同じじゃぞ」


 ガレンが言う。


「刺さった場所が欠損扱いになれば、それだけで殖えるかもしれん」


「弓使いの存在意義が……」


「撃つだけが弓ではないでしょう」


 クラウディアが地図の留め具を指した。


「目印を付ける、誘導する、離れた場所を見る。やれることはあるわ」


「そう言ってもらえると助かります」


 レクスは少し離れた場所で石箱を見ながら、昨日かけた弱体化の残りを確認していた。


 複製速度低下は、二十パーセントから十二パーセント程度まで戻されている。


 形質記録の八パーセント低下に至っては、ほとんど消えていた。


「やっぱり戻される」


 アデルが隣へ来る。


「本体側からですか?」


「たぶん。でも、完全に一瞬で戻るわけじゃない」


「時間がかかる?」


「ああ」


「ということは、一時的には弱体化できる」


「小さい奴なら」


 レクスはそこを強調した。


「本体も同じとは限らない」


「分かっています」


「あと」


「何です?」


「こいつ一体へかけた弱体化は、他の個体へは流れてない」


 アデルが目を細める。


「共有しているのは、正常化情報や形質記録だけ?」


「今のところは」


「では、もし百七十三体全部が出てきたら」


「一体ずつ弱くすることになる」


「……それは」


「無理」


 レクスは迷わず言った。


 アデルが少し驚く。


「レクスさんでも?」


「同時に百七十三体へ、増殖、複製、記録、攻撃、速度、耐性を全部落として維持するのは現実的じゃない」


「深層王より数そのものが敵になる」


「そう」


 強大な一体なら、削る場所を絞れる。


 増える相手は違う。


 一体を九十九パーセントまで落としている間に、二体目、三体目が増え続けたら終わらない。


「一人じゃ無理ですね」


「最初からそのつもり」


「今の言い方、ずいぶん自然になりましたね」


「皆それ言うな」


     ◇


 朝日が谷壁へ差し込み始めた頃、外周監視班から伝令が来た。


「谷の西側で生体反応! 小型、複数です!」


「封印地下じゃなく?」


 ローディスが立ち上がる。


「はい! 灰層の下から出ました!」


 全員の表情が変わった。


 封印は破れていない。


 それなのに外へいる。


「昨日の肉片と同じ?」


 レクスが聞く。


「形は似ています。ただ、三体います」


「攻撃した?」


「していません! 発見した兵をすぐ退かせました!」


「正解」


 武器を持ち、急いで西側へ向かう。


 谷底から少し上がった斜面には、騎士たちが十分以上の距離を取って半円状に展開していた。


 その中央。


 灰の中を這うものが三つ。


 一体目は、昨日の分離個体とほぼ同じ。柔らかい灰色の皮膚。


 二体目は、表面が黒く焼けているように見える。


 三体目は。


「……白い」


 ギルバートが小さく言った。


 乳白色の膜。


 石箱の個体と同じ。


「聖属性型?」


 セシリアが慎重に魔力を探る。


「近い。ただ、完全耐性じゃない」


「火の方は?」


「火属性魔力への反応が鈍いです」


 アデルが測定具を向ける。


「昨日見つかった肉片の火耐性と一致します」


 つまり。


 少なくとも二種類の攻撃を灰殖獣はすでに受けている。


 火。


 聖。


「誰かが試してる」


 クラウディアの声が低くなる。


「どの攻撃なら、どう変わるか」


「俺たちより先に?」


 ギルバートの指が無意識に聖剣へ近づく。


 だが。


 今度も抜かなかった。


「レクス。どうする?」


 その一言で。


 レクスはギルバートを見る。


 昔なら、もう踏み込んでいた。


 今は。


 待った。


「まず三体の増殖条件を見る」


「了解」


     ◇


 《深淵呪詛》。


 最初は普通の灰色個体。


「複製開始条件、二十」


 通る。


「分裂速度、三十」


 こちらも。


 火耐性個体。


「複製開始条件……十七」


「少し低い?」


 アデル。


「誤差か、適応のせい」


 聖属性個体。


「十四」


「さらに低い」


 セシリアが眉を寄せる。


「受けた属性とは関係ない弱体化まで効きにくくなってる?」


「まだ分からない」


 レクスは今度、形質記録へ触れる。


 普通個体。


「九」


 火耐性。


「六」


 聖耐性。


「五」


「下がってますね」


 アデルの声が硬くなる。


「適応を重ねるほど、外部干渉そのものへ強くなる可能性?」


「それなら最悪」


 レクスは即答した。


 攻撃して増える。


 増えた個体が攻撃を学ぶ。


 さらに学ぶほど、弱体化まで通りにくくなる。


 放っておけば、レクスの天敵を自分たちで育てることになる。


「捕獲できる?」


 ローディスが聞く。


「昨日と同じなら」


 バルガスとドーガンが前へ出る。


「押すだけだな」


「ああ」


「潰さないように」


「分かってる」


 ところが。


 三体は昨日より動きが速かった。


 バルガスの盾を避け。


 別方向。


 散る。


「知ってる?」


 フィンが声を上げる。


「昨日の捕獲方法を?」


 アデル。


「共有された可能性があります!」


「じゃあ盾で挟むのは覚えられてる?」


 ギルバート。


「攻撃じゃないのに?」


「行動情報まで共有しているなら!」


「面倒が増えたな」


 レクスは走る三体を見る。


 攻撃は。


 できるだけ。


 しない。


 でも。


 逃がすわけにも。


 いかない。


「速度落とす」


 普通個体。


「六十」


 火耐性個体。


「五十三」


 聖耐性個体。


「四十八」


 三体。


 遅くなる。


 ただ。


 差。


 ある。


「適応個体ほど通りにくい!」


 レクス。


「でもまだ効く!」


「次は?」


 クラウディア。


「捕まえる!」


     ◇


 最初の一体は石箱へ入った。


 火耐性個体も、進路へ大きな布を張り、そのまま包む形で確保できた。


 問題は聖耐性個体だった。


 速度を落としているはずなのに、地面へ身体を擦りつけながら岩陰へ入り込み、細い隙間を抜けようとする。


「こいつだけ動き方が違う!」


 フィンが声を上げる。


「聖属性じゃなく、行動まで学んでる?」


「何から!」


「知らない!」


 ギルバートが前へ出る。


「塞ぐ!」


「斬るなよ!」


「分かってる!」


 聖剣は抜かない。


 代わりに。


 鞘ごと。


 地面へ置き。


 逃げ道。


 塞ぐ。


 小型個体が聖剣の鞘へぶつかる。


 その瞬間。


「待って!」


 セシリア。


「魔力反応!」


「何!」


「聖剣から!」


「抜いてないぞ!」


「存在そのものに聖属性があるのよ!」


 灰色個体。


 身体。


 震える。


「離して!」


 ギルバート。


 すぐ。


 鞘。


 どける。


 でも。


 遅い。


 個体の表面。


 さらに白くなる。


「触れただけで学んだ?」


 アデル。


「損傷してないのに!」


 その時だった。


 個体の背中が。


 盛り上がる。


「増える!」


 レクスが叫んだ。


 誰も攻撃していない。


 傷もつけていない。


 それでも。


 白い肉の一部が。


 裂ける。


「攻撃したらじゃない!」


 アデルが叫ぶ。


「外部の性質を取り込んで一定量を超えると、複製が始まる!」


「つまり触れただけでも?」


「魔力的な刺激なら!」


 盛り上がった肉。


 一つ。


 二つ。


「レクス!」


「複製開始条件――九十!」


 《深淵呪詛》。


 通る。


 白い肉。


 動き。


 止まりかける。


 でも。


 一つ。


 先に。


 落ちた。


 拳大。


 小さい。


「一体出た!」


「攻撃するな!」


 レクス。


 さらに。


「分裂速度――九十!」


 親個体。


 止まる。


 でも。


 落ちた小型個体には。


「弱体化が入ってない」


 クラウディアが気づく。


「別個体だから!」


 レクス。


 すぐ。


 小型へ。


「複製開始条件――九十!」


 二つ。


 別々。


 術。


 かける。


 そこで。


 はっきりした。


 親を弱くしても。


 子は。


 弱くない。


「共有されない」


 レクスが言う。


「何が?」


 ギルバート。


「俺の弱体化」


「親から子へ?」


「引き継がれない」


「じゃあ増えるたびに」


 クラウディアの顔が険しくなる。


「一体ずつかけ直す?」


「ああ」


     ◇


 それでも今回は二体だった。


 速度。


 増殖。


 形質記録。


 必要なところだけを落とし、二体とも傷つけずに石箱へ収める。


 終わった時。


 レクスは。


 息を吐いた。


「これ百体なら無理」


 誰も否定しなかった。


 ギルバートが聖剣を見下ろす。


「俺、何も斬ってないのに増やした」


「責めてない」


 レクス。


「でも俺が近づけたからだろ」


「性質分かった」


「結果論じゃない?」


「そう。でも次はやらない」


 ギルバートは唇を噛む。


「……腹立つな」


「自分に?」


「ああ」


「俺も昔、似たことやる」


「何を?」


「分からないから試す」


「でも今回は?」


「試すなら安全にやる」


「今のは安全じゃなかった」


「だから覚える」


 ギルバートは少し黙り、やがて頷いた。


「分かった」


 その会話を聞いていたクラウディアが、捕獲箱へ視線を戻す。


「これで一つはっきりしたわね」


「何?」


「灰殖獣は、攻撃するほど増える、だけじゃない」


 アデルが引き継ぐ。


「正確には、外部から性質を与えられるほど学習し、その学習が一定の刺激になって複製を誘発する可能性があります」


「じゃあ治癒魔法も危ない?」


 セシリア。


「対象へ直接かけたら、治癒性質を記録するかもしれません」


「最悪」


「再生個体が増える可能性まであります」


「絶対やらない」


     ◇


 臨時陣地へ戻ると、捕獲した四個体を魔力のない石室へ隔離した。


 普通個体。


 火耐性個体。


 聖耐性個体。


 そして、聖耐性個体から生まれた子。


 比較すると。


 新しい子の方が。


 さらに聖属性へ強かった。


「親より強い」


 アデルが測定結果を見て呟く。


「どのくらい?」


 レクス。


「親を一とするなら、一・三程度」


「攻撃力?」


「聖属性耐性」


「一回の複製で?」


「はい」


 フィンが嫌そうに頭を抱えた。


「じゃあ聖属性で何回も攻撃したら」


「そのたびに、より強い耐性を持つ個体が出る可能性があります」


「最後には完全に効かなくなる?」


「可能性はあります」


「矢だったら」


「斬撃や刺突への適応が」


「今日は弓持ってるだけにします」


「それがいい」


 普段なら冗談に聞こえるが、今日は誰も笑わなかった。


     ◇


 午後、封印外部の灰層を慎重に調査すると、さらに五つの小さな抜け穴が見つかった。


 どれも人間が通れる大きさではない。


 ただし。


 拳から犬ほどのサイズなら。


 十分。


 抜けられる。


「封印が破られてないのに外へ出てた理由はこれか」


 ローディスが屈み込む。


「本体の一部だけを、地脈の細い隙間から外へ流した?」


 アデル。


「黒紋組織が作った?」


「加工痕があります」


「最近?」


「はい」


 ガレンが杖で周辺を指した。


「正面扉を開けずとも、本体の肉だけ外へ出せる小穴を作ったわけじゃな」


「実験用」


 クラウディアが言う。


「火を当てて、聖属性を当てて、どう変わるかを見るための」


 ギルバートの顔から、さっきまでの自分への苛立ちとは違う感情が浮かぶ。


「わざと増やしてたのか」


「たぶん」


 レクス。


「でも」


「分かってる。確定じゃない」


「うん」


 その時。


 フィンが穴の奥を覗いていた。


「これ」


「何?」


「何かあります」


「触るなよ」


「触ってません!」


 細い鏡。


 光。


 送る。


 穴の奥。


 黒い。


 小片。


「紋章板?」


 アデルが目を凝らす。


「黒紋系の術式です」


「何してる?」


「肉片を通す時だけ封印抵抗を弱める……そんな感じに見えます」


「じゃあ」


 クラウディア。


「完全に自然流出じゃない」


「はい」


 アデルの声が冷える。


「誰かが、意図的に灰殖獣を外へ切り出しています」


     ◇


 問題は。


 それだけではなかった。


 五つ目の抜け穴。


 その周囲。


 白灰。


 不自然。


 固まっている。


「血?」


 バルガスが聞く。


「違う」


 セシリアが魔力を探る。


「氷結痕」


「冷気?」


「かなり強い」


 その隣。


 黒焦げ。


 さらに。


 細い切断線。


「火」


 アデル。


「斬撃」


 クラウディア。


「聖」


 ギルバート。


 三種類。


 いや。


 冷気を含めれば四。


「色々試してる」


 レクス。


「相性を?」


「それだけじゃない」


 アデルが地面へ膝をつく。


「火を受けた肉片を一度戻し、次に冷気を与えた痕跡があります」


「戻した?」


「共有網へ学習結果を返した可能性がある」


「じゃあ本体の中」


 レクス。


 封印扉の方向を見る。


「もう複数の耐性を持った奴がいる」


 その可能性は。


 高い。


     ◇


 夕方。


 緊急会議。


「今後、地下で直接攻撃することを原則禁止する」


 ローディスが確認する。


「異論は?」


 ない。


「接触も極力避ける」


 セシリア。


「強化魔法も対象周辺では慎重に。流れ弾でも学習される可能性があります」


「聖剣も」


 ギルバート。


 自分から言う。


「抜くのは最後でいい」


 レクスが見る。


「いいの?」


「何が」


「お前の一番強い武器」


「だからこそ」


 ギルバートは少し苦い顔をした。


「最初に見せて、次から効かなくする方が馬鹿だろ」


「成長したな」


「今度はお前が言うのかよ」


「言いたかった」


「腹立つな」


 少しだけ。


 笑い。


 出る。


「レクス殿」


 ローディス。


「弱体化で、増殖そのものを完全停止できるか?」


「一体なら、多分」


「本体は?」


「まだ分からない」


「分体すべては?」


「無理」


 今度は。


 迷わない。


「数が増えたら俺一人じゃ維持できない」


 ギルバートが口を開く。


「じゃあ増える前に、本体を九十九まで落とす?」


「それができれば」


「できなかったら?」


「撤退」


「すぐ?」


「増殖速度次第」


「了解」


 クラウディアが地図へ指を置く。


「でも、個体ごとに弱体化を共有しないなら、本体だけ九十九へ落としても分体が残る可能性があるわね」


「そう」


「なら、本体を弱くするだけじゃ足りない」


「うん」


 レクスは、そこが今回の一番嫌なところだと思った。


 深層王は、強かった。


 強すぎた。


 だから弱くした。


 灰殖獣は違う。


 一体を弱くしても、次が出る。


 その次は学んでいる。


 さらに。


 親へかけた弱体化を。


 子は受け継がない。


「全部へ九十九は無理」


 レクスが言った。


「なら」


 アデルがゆっくり顔を上げる。


「一体ずつ弱くするのをやめる必要がありますね」


「どうやって?」


「そこを、明日調べます」


 アデルの目が、久しぶりに研究者らしく光る。


「本体と分体が正常状態や形質情報を共有しているなら、個体ではなく、その共有そのものを弱くできるかもしれない」


 レクスは少し考えた。


 共有。


 そこ。


 深層王の時も。


 周囲のネットワークを切った。


「探せるかも」


「明日はそこです」


     ◇


 その夜。


 誰も地下へ入らなかった。


 外周監視だけを増やし、抜け穴には魔力を使わない物理栓を施した。


 攻撃しない。


 刺激しない。


 増やさない。


 それが最優先。


 レクスは測定天幕の前で、石箱へ隔離された四個体を遠くから見ていた。


 ギルバートが隣へ来る。


「なあ」


「何?」


「今日、俺が聖剣近づけて増やしたやつ」


「うん」


「やっぱり失敗だよな」


「失敗」


 即答すると、ギルバートが少し顔をしかめた。


「そこは慰めないんだな」


「でも無駄じゃなかった」


「何が?」


「傷つけなくても学ぶって分かった」


「……それで次はやらない?」


「ああ」


「なら」


 ギルバートが白灰の谷を見る。


「失敗って、昔より嫌じゃないな」


「何で?」


「次どうするか考えられるから」


「前は?」


「失敗したら、取り返すためにもっと強く殴ってた」


「最悪」


「自分でもそう思う」


 二人とも少し笑う。


 すぐに、その笑いは消えた。


 封印の向こうには。


 百を超える。


 増える前の身体。


 ある。


 そして。


 黒紋組織は。


 すでに。


 火。


 冷気。


 斬撃。


 聖。


 複数の性質を。


 教えている。


「レクス」


「何?」


「明日、共有網を見つけても」


「うん」


「一人で全部やるなよ」


 レクスは横を見る。


「言われなくても」


「昔なら言わないとやった」


「今はやらない」


「本当に?」


「俺一人じゃ削れない相手、もう知ってる」


 ギルバートはしばらく黙った後、静かに頷いた。


「じゃあ俺も、斬れない時は斬らない」


「それ結構大事」


「勇者なのに?」


「勇者だからじゃない?」


「お前、たまに急にいいこと言うな」


「別に普通」


「そういうところ」


 風が吹き、谷底の白灰が薄く舞い上がる。


 攻撃するほど増える。


 学ぶ。


 強くなる。


 なら。


 倒す前に。


 まず学べなくする。


 増えられなくする。


 レクスは、封印の向こうへ直接力をぶつけるのではなく、その奥で個体と個体を結んでいる何かへ意識を向けた。


 今度の敵は、一体ではない。


 だからこそ。


 一体ずつ弱くする戦い方では、間に合わない。

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