第47話 俺のデバフが効かない人間
Sランク昇格審査の次の課題は、レクスにとって少しだけ楽しみだった。
若手冒険者への指導とは違い、今回は模擬戦。
戦う。
それだけなら、少なくとも人へ何かを教えるよりは分かりやすい。
そう思っていた。
中央ギルドから届いた対戦相手の資料を見るまでは。
「……何これ」
ベルン冒険者ギルドの会議室で、レクスは紙を持ったまま眉を寄せた。
ミリアが向かいから答える。
「今回の模擬戦相手です」
「名前は読める」
「では何が?」
「説明が分からない」
紙には。
名前。
年齢。
所属。
基本能力。
得意技能。
普通なら、そういうものが並んでいる。
今回の相手。
セドリック・ヴェイン。
二十七歳。
中央ギルド付き特別調査員。
元Aランク冒険者。
剣術。
体術。
対呪術戦。
そこまでは。
分かる。
問題は。
その下。
『特殊体質――外部干渉希薄化』
「これ何?」
レクスが聞く。
「私も詳しくは」
ミリアが言う。
「中央からは、『呪詛、精神干渉、強制強化、状態異常などを受けにくい』とだけ」
「抵抗が高い?」
「それとは違うそうです」
「違う?」
「はい」
レクスは。
また。
紙を見る。
「呪いが効きにくいけど、呪い耐性じゃない?」
「そういうことらしいです」
「意味分からない」
「中央の術師も、完全には説明できていないそうです」
「じゃあ何で審査に使うの」
「レクスさんの弱点を見るためでは?」
レクスが。
紙から顔を上げる。
「弱点?」
「審査ですよ」
「倒せるかを見るんじゃない?」
「それだけなら、深層王戦の実績で十分でしょう」
「じゃあ」
「ご自身でも昨日言っていたでしょう」
ミリアの声は。
淡々としている。
「攻撃魔法はほとんど使えない、と」
「……言った」
「なら、《深淵呪詛》が効きにくい相手にどうするか」
「そこを見る?」
「たぶん」
「嫌な試験だな」
「弱点を見る試験なので」
「言い方が直球」
「レクスさんには、その方が早いので」
◇
午後。
ベルン郊外の大型訓練場。
中央ギルドから審査官ヴァレルが来ていた。
クラウディアもいる。
ギルバートもいる。
さらに今回は。
セシリアまで。
「何で増えた?」
レクスが聞く。
「見たいから」
セシリアが即答した。
「何を?」
「あなたが困るところ」
「クラウディアと同じこと言ってる」
「面白そうだもの」
「性格悪いな」
「ギルバートよりはましよ」
「何で俺?」
ギルバートが抗議する。
「昔から面倒起こしてたから」
「最近は起こしてないだろ!」
「最近はね」
少し離れた場所。
今回の対戦相手が。
準備運動をしていた。
セドリック・ヴェイン。
背はレクスより少し高い。
短い茶髪。
細身。
軽装。
剣は。
普通。
少なくとも。
見た目では。
特別なところはない。
「強そう?」
クラウディアが聞く。
「普通」
レクスが答える。
「失礼ね」
「Aランクとして」
「なら分かる」
セドリックが。
こちらへ。
歩いてくる。
「レクス・アルヴァーン?」
「はい」
「セドリックだ」
「知ってます」
「資料読んだ?」
「読みました」
「分かった?」
「分かりませんでした」
セドリックが。
笑った。
「正直だな」
「本人なら分かる?」
「半分くらい」
「半分?」
「自分の身体だが、仕組みまでは知らん」
「いつから?」
「生まれつき」
「呪い効かない?」
「ほとんど」
「毒は?」
「普通に効く」
「麻痺?」
「薬物由来なら効く。魔術由来だと効きにくい」
「精神干渉?」
「かなり効きにくい」
「強化魔法は?」
「それも効きにくい」
レクスが。
少し。
嫌な顔をする。
「不便じゃない?」
「かなり」
「治癒魔法は?」
「弱い」
「それ一番困るな」
「だから怪我すると長い」
「よく冒険者やってたな」
「自分で避けるしかないから、避けるのは上手くなった」
クラウディアが。
横から言う。
「嫌なタイプね」
「褒め言葉?」
「戦う相手としては」
セドリック。
笑う。
「よく言われる」
◇
ヴァレルが。
模擬戦の条件を説明する。
武器は。
刃を潰した訓練用。
致命傷相当の攻撃が入れば終了。
魔法。
使用可能。
呪術。
使用可能。
ただし。
生命力。
恒久損傷。
精神破壊。
そういう危険な効果は禁止。
「俺、普通に《深淵呪詛》使っていい?」
「非致死範囲なら」
ヴァレルが答える。
「九十九は?」
「禁止」
「何で」
「人間相手の模擬戦だ」
「じゃあどのくらい?」
「君が適切だと思う範囲」
「また判断?」
「Sランク審査だからな」
「便利だな、その言葉」
「何度でも使う」
「分かった」
セドリックが。
剣を抜く。
「ちなみに」
「何?」
「俺に呪いが効かなくても、怒らないでくれ」
「怒らない」
「世界最強の黒魔導士が意地になったら困る」
「それギルバートじゃない?」
「何で俺を見る!」
「意地になるから」
「昔だろ!」
クラウディアが。
少し笑う。
「今も少し」
「少しかよ」
◇
模擬戦。
開始。
セドリック。
最初から。
速い。
正面。
ではない。
斜め。
視線。
ずらす。
レクスは。
まず。
いつも通り。
「脚力低下」
《深淵呪詛》。
入る。
はず。
感触。
……ない。
「え?」
セドリック。
もう。
目の前。
レクス。
一歩。
横。
避ける。
剣。
頬。
掠める。
「危な」
「避けたか」
セドリック。
次。
すぐ。
来る。
「反応速度低下!」
《深淵呪詛》。
また。
薄い。
「三パーセント?」
レクスが。
思わず言う。
「効いた?」
クラウディアが遠くから。
「一応!」
「どのくらい!」
「三!」
「深層王みたいじゃない!」
「感触は全然違う!」
深層王。
あれは。
重い。
巨大。
押し返す。
明確な抵抗。
今の。
セドリックは。
違う。
術が。
当たっていない。
いや。
当たってはいる。
でも。
掴めない。
水へ手を入れているような。
対象が。
すり抜ける。
「呪詛抵抗低下!」
なら。
いつも通り。
抵抗。
先。
でも。
「……二?」
レクス。
顔。
しかめる。
「効かない!」
「抵抗が高い?」
セシリア。
「違う!」
レクス。
セドリックの剣。
避ける。
後退。
「抵抗値自体は普通!」
「じゃあ何!」
「対象として掴みにくい!」
「何それ!」
「俺も分からない!」
セドリックが。
笑いながら。
追ってくる。
「説明しながら戦えるの余裕だな!」
「余裕じゃない!」
剣。
縦。
レクス。
杖。
受ける。
「重っ!」
「黒魔導士は近接苦手?」
「かなり!」
「正直!」
「嘘ついても強くならない!」
◇
レクスは。
距離を取る。
まず。
見る。
セドリック本人。
筋力。
普通。
敏捷。
高い。
魔力。
中程度。
呪詛抵抗。
高くない。
精神抵抗も。
特別ではない。
なのに。
呪い。
乗らない。
「分からない」
「もう降参?」
セドリックが聞く。
「考えてる」
「戦闘中に?」
「よくやる」
「変な奴」
「知ってる」
次。
セドリック。
踏み込む。
速い。
レクス。
杖。
突き出す。
「武器保持力低下!」
……入らない。
「二パーセント!」
セドリック。
剣。
落とさない。
「本当に効かないな!」
「嬉しそうに言うな!」
「俺も久しぶりなんだよ、こういう相手」
「何が?」
「効かせようとしてくる奴が諦めない」
「普通諦める?」
「大体三回目で」
「まだ三回くらい」
「じゃあそろそろ?」
「嫌だ」
「意地になってる?」
「少し」
「レクス!」
クラウディアが叫ぶ。
「それ審査!」
「分かってる!」
「意地で九十九狙うなよ!」
ギルバート。
「お前に言われたくない!」
◇
その時。
レクスは。
一つ。
気づいた。
セドリックの靴。
魔力。
ある。
「それ」
「何?」
「靴」
「靴?」
「強化されてる」
セドリックが。
少し。
顔を変える。
魔導靴。
軽い。
踏み込み補助。
加速。
本人への強化魔法が効きにくい。
だから。
装備側。
外部。
補っている。
「なるほど」
レクス。
少し。
笑う。
「何が?」
「本人に効かなくても」
《深淵呪詛》。
「靴には効く」
加速補助。
魔力伝導。
出力。
「六十パーセント低下」
セドリック。
踏み込む。
――遅い。
「うわ」
本人。
言う。
「急に重い!」
「やっぱり」
「それありか?」
「駄目って言われてない」
ヴァレル。
遠く。
「有効」
「審査官公認かよ!」
セドリック。
笑う。
でも。
攻撃。
止めない。
「なら靴脱ぐ!」
「本当に?」
「装備弱くされるなら!」
走りながら。
片方。
蹴り脱ぐ。
「器用だな」
「慣れてる!」
「何に!」
「相手が装備狙うのに!」
裸足。
それでも。
速い。
本人。
元Aランク。
普通に強い。
「じゃあ」
レクス。
周囲。
見る。
訓練場。
砂。
地面。
木杭。
柵。
「足元」
《深淵呪詛》は。
人だけ。
ではない。
地面そのもの。
ではない。
でも。
魔術で。
固められている。
訓練場の補強術式。
「地面固定力――四十パーセント低下」
「おい」
セドリックの足。
沈む。
「それ俺じゃないだろ!」
「そう」
「ずるくない?」
「卑怯って前にも言われた」
「で?」
「弱くしてから戦うのが仕事だから」
セドリック。
笑う。
「気に入った」
◇
クラウディアが。
腕を組む。
「やっといつものレクスっぽくなってきたわね」
セシリアが言う。
「本人に効かなければ周りを落とす」
「そういうことね」
「でも」
ギルバート。
「これ、近接戦できない問題は残ってない?」
「残ってる」
クラウディア。
「かなり」
レクス自身。
分かっている。
セドリック。
遅くなった。
でも。
倒せるわけではない。
攻撃。
弱い。
レクス。
杖。
打撃。
セドリック。
簡単。
避ける。
「……やっぱり」
「何?」
セドリック。
「俺、殴り合い向いてない」
「今さら?」
「分かってたけど」
「世界最強って聞いてたから、もっと何でもできると思ってた」
「それ誤解」
「本人が言うか」
「言う」
セドリック。
剣。
振る。
レクス。
後ろ。
避ける。
「攻撃力低下!」
本人。
やっぱり。
効かない。
「二パー!」
「二でも下がるんだな!」
「誤差!」
剣。
来る。
レクス。
杖。
受ける。
腕。
痺れる。
「痛っ」
「降参?」
「まだ」
「どうする?」
「考えてる」
「またか!」
◇
レクスは。
セドリック本人。
見る。
外部干渉。
乗らない。
でも。
完全。
ではない。
三パーセント。
二パーセント。
入る。
「何でゼロじゃない?」
レクス。
言う。
「俺に聞く?」
「体質なのに」
「知らん」
「じゃあ」
対象。
本人。
ではない。
もっと。
外。
剣。
「武器強度――五十パーセント低下」
「また装備か!」
セドリック。
剣。
嫌。
音。
「折るなよ!」
「折らない!」
「訓練用でも弁償嫌だぞ!」
「俺も!」
「何でお前も!」
剣。
強度。
低下。
セドリック。
使い方。
変える。
強く。
打ち込まない。
「頭いい」
「元Aランク舐めるな」
「舐めてない」
「顔が少し楽しそうだぞ」
「面白い」
「何が?」
「効かない相手」
「世界最強がそれ言うと怖いな」
「普段と違うから」
レクス。
さらに。
考える。
本人。
難しい。
装備。
いける。
環境。
いける。
なら。
セドリックの攻撃を。
成立させる条件。
そこを。
落とす。
「視界」
人間本人。
駄目。
でも。
光。
「セシリア」
「何?」
突然。
呼ばれる。
「訓練場の照明術式使える?」
「使えるけど、私が?」
「協力禁止?」
ヴァレル。
審査官。
「今回は一対一だ」
「じゃあ駄目か」
「自分で扱える術式なら可」
「俺、照明魔法使えない」
「残念だったな」
「じゃあ」
砂。
杖。
足。
蹴る。
土煙。
「普通にやる」
「それ魔法でもデバフでもないだろ!」
セドリック。
笑う。
視界。
一瞬。
切れる。
レクス。
横。
移動。
杖。
セドリック。
肩。
当てる。
「一本?」
レクス。
聞く。
ヴァレル。
少し。
考える。
「有効打」
「やった」
「でも致命傷相当ではない」
「まだ?」
「まだだ」
「長い」
◇
セドリックが。
土埃。
払う。
「悪くない」
「何が?」
「魔法が効かないなら、普通に砂かけてくるところ」
「効くもの使うだけ」
「お前、もっと魔法に誇りあるタイプかと思ってた」
「攻撃魔法苦手だから」
「そうだったな」
「使えないものに誇り持っても」
「持つ奴はいるぞ」
「そう?」
「いる」
セドリック。
構える。
「でも、ここからは少し本気」
「今まで違った?」
「審査用に見てた」
「嫌だな」
踏み込み。
靴。
ない。
でも。
速い。
さっきより。
さらに。
身体の使い方。
上がる。
「っ!」
レクス。
杖。
横。
剣。
流す。
ギリギリ。
「世界最強!」
「呼ぶな!」
「本当に近接苦手だな!」
「さっきから言ってる!」
セドリック。
連撃。
レクス。
避ける。
受ける。
下がる。
「レクス!」
ギルバートが叫ぶ。
「何!」
「負けそう!」
「見れば分かる!」
「言えるようになったな!」
「今それ言うな!」
クラウディア。
笑う。
「でも正しいわね!」
「皆楽しんでない?」
「かなり!」
◇
レクス。
考える。
このまま。
近接。
続ける。
無理。
負ける。
「無理」
自分で。
言う。
セドリックの剣。
止まらない。
「だから?」
「殴り合いはやめる」
「どうやって?」
レクス。
距離。
取る。
杖。
地面。
触れる。
訓練場。
魔術式。
全体。
補強。
移動制御。
結界。
安全装置。
「それ」
ヴァレル。
少し。
身を乗り出す。
「何する気だ」
「壊さない」
「ならいい」
「たぶん」
「たぶんはやめろ」
レクス。
訓練場の。
魔力補助。
そこ。
見る。
セドリック。
強化魔法。
受けにくい。
だから。
装備。
外部補助。
周囲の環境。
使う。
なら。
逆。
「結界の押し戻し」
訓練場には。
端へ。
出すぎた者を。
軽く中央へ戻す。
安全術式。
ある。
「出力低下じゃなく」
レクス。
少し笑う。
「方向だけ変える」
「おい」
セドリック。
何か。
気づく。
「お前、それ――」
「外周結界」
《深淵呪詛》。
「反発方向偏向」
セドリック。
踏み込む。
次。
横。
逃げる。
でも。
結界。
僅か。
押す。
「うわっ!」
身体。
方向。
変わる。
「そこ!」
レクス。
杖。
喉元。
寸前。
止める。
セドリック。
剣。
レクスの肩。
寸前。
止まる。
両方。
止まった。
「……相打ち?」
ギルバート。
聞く。
ヴァレル。
少し。
沈黙。
「判定」
記録官。
確認。
「レクスの杖が先」
「本当?」
セドリックが。
笑う。
「負けたか」
「ぎりぎり」
レクス。
息。
荒い。
「本人にはほとんど効かなかった」
「三パーくらい?」
「最初」
「最後は?」
「たぶん二」
「下がってるじゃん」
「誤差だよ」
◇
模擬戦。
終了。
レクス。
座る。
珍しく。
本当に。
疲れた。
「近接戦ってこんな疲れる?」
クラウディアが。
水。
渡す。
「あなた普段やらないから」
「やらなくていいなら、もうやりたくない」
「Sランク候補が情けないわね」
「向いてないものは向いてない」
ギルバート。
隣。
座る。
「でも勝った」
「環境使って」
「勝ちは勝ち」
「お前が言うと昔っぽいな」
「じゃあ」
ギルバート。
考える。
「死なずに終わった」
「審査だけど」
「なら成功」
「それならいい」
セドリックが。
裸足のまま。
近づいてくる。
「靴」
レクス。
言う。
「あ」
「忘れてた?」
「完全に」
片足。
靴。
取りに行く。
「何か格好つかないな」
「俺のせい?」
「半分」
◇
セドリックが。
靴。
履き直す。
「それで」
レクスが聞く。
「結局、その体質何なの?」
「分かった?」
「少し」
「教えて」
「抵抗じゃない」
「うん」
「呪いを弾いてるわけでもない」
「うん」
「対象として固定しにくい」
「それは自分でも聞いてる」
「なら終わり」
「おい」
アデルなら。
もっと。
詳しく。
興奮して。
調べるだろう。
レクスは。
そこまで。
興味がないわけではない。
でも。
必要なこと。
分かった。
「本人に効かないなら」
「装備?」
「ああ」
「環境?」
「ああ」
「それもなければ?」
レクス。
少し。
考える。
「逃げる」
セドリック。
笑う。
「潔いな」
「攻撃魔法ほぼないし」
「誰か呼ぶ?」
「その方がいい」
「Sランク候補なのに?」
「一人で全部やる階級じゃないって昨日聞いた」
「便利に使うな」
ヴァレルが。
遠くから。
言う。
「でも違わないだろ」
「違わない」
「ならいい」
◇
「審査官」
レクス。
聞く。
「今日の評価は?」
「まだ」
「また?」
「全体評価は最後だ」
「毎回それ」
「一つだけ言える」
「何?」
「最初、君はセドリック本人へ拘りすぎた」
「うん」
「なぜ?」
「いつも本人を弱くするから」
「途中で変えた」
「効かなかったから」
「それでいい」
「本当に?」
「Sランクに必要なのは、得意技を押し通すことではない」
「じゃあ」
「通らないなら別の手段を選ぶ」
レクス。
少し。
考える。
「普通だな」
「普通ができない強者は多い」
ギルバートが。
微妙な顔。
「俺を見るな」
「見てない」
「今見た」
「自覚ある?」
「あるから嫌なんだよ」
クラウディアが。
笑う。
◇
模擬戦の後。
セシリアが。
レクスの前に。
来る。
「一つ質問」
「何?」
「もし」
「うん」
「本人にも効かない。装備もない。環境も使えない。仲間もいない」
「うん」
「相手の方が近接強い」
「うん」
「どうする?」
レクス。
即答。
「逃げる」
「やっぱり」
「何で?」
「少しくらい悩むかと思った」
「勝てないなら逃げる」
「世界最強なのに?」
「それ関係ない」
「最近、その言葉あなたも使うわね」
「便利」
「ギルバートの悪影響」
「何で俺!」
◇
その日の夕方。
レクスは。
ベルンギルドの一階。
ミリアへ。
模擬戦。
報告。
「勝ったんですか?」
「一応」
「本人への弱体化は?」
「ほとんど効かなかった」
ミリア。
ほんの少し。
驚く。
「レクスさんの《深淵呪詛》が?」
「ああ」
「深層王以外で?」
「初めてかも」
「それで、どうしたんです?」
「靴弱くした」
「……靴?」
「加速補助があったから」
「なるほど」
「あと剣」
「武器を」
「最後は訓練場の結界」
ミリアが。
少し。
間。
「相手ではなく、周囲を弱体化した?」
「そう」
「レクスさんらしいのか、らしくないのか分かりませんね」
「何で?」
「昔なら」
「うん」
「何とかして本人へ九十九パーセント通そうとしたのでは?」
レクス。
少し。
考える。
「したかも」
「今回は?」
「効かないからやめた」
「早いですね」
「意地になっても勝てない」
「成長しましたね」
「またそれ」
「言われるうちが花ですよ」
「そう?」
「たぶん」
◇
ギルドを出る。
夕方。
風。
少し。
冷たい。
レクスは。
そのまま。
川へ。
向かう。
途中。
後ろ。
足音。
「今日は来ると思った」
振り返らず。
言う。
「何で分かった?」
ギルバート。
釣り竿。
持っている。
「三日に一回じゃない」
「今日は模擬戦記念」
「前もそれ使った」
「じゃあ新しい理由」
「何」
「お前のデバフが効かなかった記念」
「嬉しくない」
「俺はちょっと嬉しい」
レクス。
止まる。
「何で」
「お前にも苦手あるんだなって」
「前からある」
「近接?」
「ああ」
「交渉」
「ああ」
「人前」
「かなり」
「釣り以外、結構あるな」
「魚は弱点じゃない」
「じゃあ今日は俺が勝つ」
「何で釣りが勝負になってる」
「俺の方が大きい魚釣ったら勝ち」
「勝ってどうする」
「特に何も」
「じゃあ普通に釣れ」
「それだと張り合いが」
「静かにするのが釣り」
「分かってきたって」
二人。
川辺。
座る。
糸。
投げる。
少し。
静か。
「なあ」
ギルバート。
声。
小さい。
「今日の相手」
「セドリック」
「本当にお前の弱体化効かなかった?」
「ほとんど」
「嫌だった?」
「最初は」
「何が?」
「通らないのが」
「深層王の時みたい?」
「違う」
「どう違う?」
レクス。
少し。
考える。
「深層王は、大きすぎて通らなかった」
「うん」
「セドリックは、そもそも掴みにくい」
「うん」
「だから」
水面。
見る。
「得意なことが使えないなら、別のこと考えるしかない」
「それで靴?」
「ああ」
「ちょっと卑怯」
「弱くしてから戦うのが仕事だから」
「まだ言うんだな、それ」
「大事」
ギルバート。
少し笑う。
「でも」
「何?」
「昔のお前なら、もっと意地になってたかもな」
「お前まで」
「だって」
「何」
「得意なことが通じないって、結構嫌だろ」
レクスは。
少し。
黙る。
確かに。
嫌だった。
自分の。
一番。
得意なもの。
それが。
通じない。
それは。
少し。
怖い。
「でも」
レクスが言う。
「それで全部できなくなるわけじゃない」
「うん」
「何もなければ逃げればいい」
「潔いな」
「生きてれば次ある」
「それ」
ギルバートが。
浮きを見たまま。
言う。
「俺、前より好きだわ」
「何が?」
「その考え方」
「昔嫌いだった?」
「昔は」
ギルバート。
少し。
苦笑。
「逃げたら負けだと思ってた」
「今は?」
「逃げても生きてれば次がある」
「同じになったな」
「嫌?」
「別に」
二人。
しばらく。
黙る。
その時。
レクスの浮きが。
沈んだ。
「来た」
「お前?」
「俺」
「今?」
「まだ」
「教える側なのに毎回それ言うな」
「何が」
「待つ」
「釣りだから」
「今?」
「まだ」
「今?」
「まだ」
「俺が聞く意味ある?」
「ない」
「じゃあ何で聞いてるんだ俺」
「知らない」
「今?」
「今」
レクス。
竿。
上げる。
水。
跳ねる。
魚。
大きい。
「でかっ!」
ギルバート。
声。
上がる。
「静かに!」
「今さらだろ!」
「逃げる!」
「お前の魚だろ!」
魚。
暴れる。
糸。
張る。
レクス。
無理に。
引かない。
少し。
合わせる。
「ほら」
「何?」
「力押しじゃない」
「釣りまで審査の教訓にするなよ」
「別にしてない」
「してる顔だぞ」
「どんな顔」
「世界最強のくせに、今日はちょっと満足そうな顔」
「魚釣れそうだから」
「そっちかよ」
深淵呪詛が。
効かない相手もいる。
攻撃魔法が。
使えないままでは。
勝てない場面もある。
それでも。
レクスができることは。
一つだけではない。
本人が無理なら。
武器。
装備。
環境。
外から足された力。
それでも駄目なら。
仲間。
撤退。
方法は。
まだ。
残っている。
世界最強と呼ばれたからといって。
何でも一人でできる必要はない。
レクスは。
暴れる魚の力を。
竿越しに受け流しながら。
そんな当たり前のことを。
前より少しだけ。
自然に思えるようになっていた。




