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第46話 黒魔導士、先生になる

 Sランク昇格審査の最初の課題は、レクスが想像していたものとはずいぶん違っていた。


 巨大な魔獣を倒せと言われると思っていたわけではないが、少なくとも模擬戦か、危険地域での実地判断くらいは覚悟していた。


 だから、中央ギルドから届いた正式通知を三度読み直しても、書かれている内容が変わらないことに、しばらく納得できなかった。


「若手冒険者十二名への実地指導……」


 ベルン支部の受付前で、レクスは紙を持ったまま呟いた。


「はい」


 ミリアはいつものように淡々と答える。


「俺が?」


「はい」


「十二人に?」


「そこは読めていますね」


「何を教えるの?」


「それを考えるところから審査です」


「昨日も聞いた」


「答えも昨日と同じです」


 レクスは通知書を裏返した。


「裏に答え書いてない?」


「試験問題ではありません」


「試験だろ」


「そういう意味ではなく」


「答えが決まってない試験って嫌だな」


「実際の冒険も、答えが決まっていないことの方が多いでしょう」


「ミリアまで審査官みたいになってきた」


「毎日あなたの依頼を選別しているので、似たようなものかもしれません」


 さらりと言われ、レクスは反論を諦めた。


 今回の指導対象は、FからDランクまでの若手冒険者十二名。年齢は十五から二十二歳までで、登録から一年未満の者が中心だという。


 目的は戦闘技術の向上。


 ただし、単純に剣の振り方や魔法の撃ち方を教えるわけではない。


 Sランク候補として、自分の経験や判断を後進へ伝えられるかを見る。


 そこが審査対象らしい。


「俺の経験って、弱くしてから倒すだけだけど」


「それをそのまま教えたら?」


「皆、《深淵呪詛》使えない」


「でしょうね」


「終わった」


「始まってもいません」


     ◇


 指導当日。


 ベルン郊外のギルド訓練場には、十二人の若手冒険者が集まっていた。


 剣士。


 槍使い。


 弓使い。


 魔術師。


 神官見習い。


 盾役。


 組んでいるパーティもあれば、単独登録者もいる。


 そして。


 なぜか。


 クラウディアとギルバートまでいた。


「何で?」


 レクスが尋ねる。


「見学」


 クラウディアが答えた。


「嘘だ」


「どうして?」


「楽しそうな顔してる」


「見学を楽しんじゃ駄目?」


「俺の試験だぞ」


「だから面白いのよ」


「性格悪いな」


「知ってるでしょう」


 ギルバートは少し離れた場所で、若手たちから妙に注目を集めている。


 勇者がいるのだから当然だった。


「俺は中央ギルドから補助役を頼まれた」


「何の補助?」


「お前が説明に詰まった時」


「詰まる前提?」


「昨日、『敵を弱くすれば勝てる』って言って終わりそうだったじゃん」


「まだ言ってない」


「言いそうだろ」


 否定しづらい。


 そこへ、中央ギルドから派遣された審査官ヴァレルがやってきた。


「準備は?」


「できてない」


「率直だな」


「何を教えるか、まだ迷ってる」


「それも含めて見ている」


「落ちる?」


「内容次第だ」


「厳しい」


「Sランク審査だからな」


 ヴァレルは訓練場の端へ下がった。


 記録官も一緒。


 つまり。


 ここから。


 本当に。


 レクスが始めるしかない。


     ◇


 十二人。


 並ぶ。


 全員。


 こちらを見る。


 レクスは。


 少し。


 居心地が悪かった。


 深層王に睨まれた時とは違う種類の圧力だ。


「……レクス・アルヴァーンです」


 知ってる。


 そういう顔。


「今日は」


 何を。


 言う。


「敵を弱くしてから戦えばいい」


 沈黙。


 ギルバートが顔を覆った。


 クラウディアは口元を押さえている。


「終わり?」


 若手の一人が、恐る恐る尋ねた。


「いや」


「ですよね」


「でも基本はそれ」


「俺たち、弱体化魔法ほとんど使えませんけど」


 槍を持った青年が言った。


「うん」


「じゃあ無理じゃないですか?」


「そうだな」


「終わった……」


 今度は若手側から声が漏れた。


 ギルバートがとうとう前へ出る。


「レクス」


「何?」


「そこを説明するのが今日だろ」


「分かってる」


「本当に?」


「今考えてる」


 クラウディアも近づいた。


「まず質問したら?」


「何を?」


「皆が普段どう戦ってるか」


「なるほど」


 若手たちの表情が少し不安になる。


 本当にこの人が教官役でいいのか。


 そんな顔だった。


 レクス自身も、少しそう思う。


「じゃあ」


 最前列。


 槍使いの青年。


「名前は?」


「ロイドです。Dランク」


「得意は?」


「正面戦闘です」


「苦手は?」


「特にないです」


 レクスが止まった。


「ない?」


「はい」


「本当に?」


「一応、何でもできます」


 言葉に。


 少し。


 引っかかる。


 でも。


 今は先。


「次」


 弓使いの少女。


「ミナ。Eランクです。近接は苦手です」


「敵に詰められたら?」


「逃げます」


「いい」


 少女が。


 少し驚く。


「いいんですか?」


「何で?」


「普通、近接も鍛えろって言われるので」


「鍛えてもいい。でも、今できないなら逃げる方がいい」


「……はい」


 次。


 盾役。


 魔術師。


 神官。


 順番。


 聞く。


 得意。


 苦手。


 できること。


 できないこと。


 そのうち。


 レクス自身も。


 少し。


 分かってきた。


「俺が弱くする時」


 十二人。


 見る。


「敵全部を適当に下げてるわけじゃない」


「え?」


 ロイドが聞く。


「違うんですか?」


「違う」


「何から?」


「相手による」


「例えば?」


 レクスは。


 少し考える。


「毒を使う敵なら毒性。素早い敵なら速度。再生するなら再生。魔法なら魔力か詠唱速度」


「全部九十九まで?」


「必要なら」


「必要じゃなければ?」


「そこまでしない」


「何で?」


「魔力の無駄だから」


 クラウディアが。


 少しだけ。


 頷いた。


 ギルバートも。


 黙って聞いている。


「つまり」


 レクスは。


 続ける。


「一番危ないところから減らす」


 若手たちの顔が。


 少し。


 変わる。


「皆も同じ」


「俺たちも弱体化できないですけど」


「違う」


「何が?」


「敵そのものじゃなくてもいい」


 レクスは。


 訓練場の周りを見る。


「足の速い魔獣なら、狭い場所へ誘う」


「それって」


「実質、速度を落としたのと同じ」


 弓使いミナが。


 小さく頷く。


「遠距離魔法が強い敵なら?」


「遮蔽物を使う」


「攻撃範囲を減らす」


「そう」


「毒なら?」


「解毒薬」


「毒の危険を下げる?」


「ああ」


 言葉へ。


 変えていく。


 自分が。


 いつも。


 感覚でやっていたこと。


「敵を弱くする」


 それは。


 必ずしも。


 呪いではない。


「自分たちが死ぬ理由を、一つずつ減らす」


 十二人。


 静かに聞く。


「それができれば、勝てる可能性は上がる」


     ◇


「でも」


 ロイドが言った。


「強い方が、そのまま押し切った方が早い時もありますよね」


「ある」


「だったら」


「そうすればいい」


 ロイドが少し拍子抜けする。


「否定しないんですか?」


「何で?」


「もっと慎重にしろって言うのかと」


「勝てる相手なら勝てばいい」


「ですよね」


「でも」


 レクスは聞く。


「勝てるって、どうやって決める?」


「見れば」


「何を?」


「強さとか」


「どうやって?」


「……気配?」


「外すことは?」


「あります」


「じゃあ?」


 ロイドが黙る。


 ギルバートが。


 横から。


 少し笑った。


「俺、それでドラゴンに行ったことあるぞ」


 若手。


 一斉に。


 勇者を見る。


「勇者様が?」


「ある」


「勝てたんですか?」


「死にかけた」


「え」


「本当に」


 バルガスがいれば喜んで補足しただろう。


 今日は。


 ギルバート自身が。


 続けた。


「自分の感覚だと行けると思った。行けなかった」


「でも勇者様ですよね?」


「だから何だ?」


 若手の剣士が。


 少し戸惑う。


「勇者なら強いから」


「強くても、相手の方が強ければ負ける」


「……」


「当たり前なんだけどな」


 ギルバートは。


 少し苦笑した。


「昔の俺は、それをちゃんと考えてなかった」


 若手たち。


 意外そう。


 英雄の失敗談は。


 教科書より。


 効く。


「だから」


 レクスが言う。


「判断する材料を増やす」


「敵の情報?」


「それも」


「他は?」


「自分たち」


「自分たち?」


「残ってる魔力。怪我。武器。人数」


 セシリア。


 バルガス。


 深層王戦。


 思い出す。


「それを隠さない」


 レクスは。


 はっきり言う。


「これが結構大事」


     ◇


 午後から。


 模擬戦。


 十二人を。


 三人一組。


 四組。


 仮想敵は。


 ギルドの訓練用魔導獣。


 木。


 鉄。


 魔石。


 実戦ほど強くない。


 でも。


 攻撃。


 反応。


 ある。


 課題は。


 倒すことではない。


 十分間。


 生き残る。


 負傷判定を三回受けたら失格。


 必要なら。


 撤退宣言。


 していい。


「倒したら?」


 ロイドが聞く。


「それでも合格」


「なら倒した方が早い」


「そう思うなら」


 レクスは止めない。


 第一組。


 弓使いミナ。


 盾役。


 神官。


 戦闘開始。


 魔導獣。


 前進。


「右!」


 盾役。


 受ける。


 ミナ。


 距離。


 取る。


「神官、魔力どのくらい?」


「九割!」


「じゃあ一回だけ強化!」


「分かった!」


 動き。


 悪くない。


 途中。


 魔導獣。


 予想以上に。


 素早く動く。


「無理!」


 ミナが。


 即座に。


 言った。


「距離維持できない!」


「撤退?」


 盾役。


「する!」


 開始から。


 四分。


 撤退宣言。


 失敗。


 ではない。


 レクスが。


 手を上げる。


「合格」


「え?」


 ミナ。


 息を切らしながら。


「倒してないです」


「うん」


「半分も持ってない」


「でも全員無傷」


「それで?」


「いい」


 ミナは。


 少し。


 嬉しそう。


 少し。


 戸惑ってもいる。


「逃げただけですよ」


「死ななかっただろ」


「……はい」


「なら次がある」


     ◇


 第二組。


 魔術師。


 剣士。


 神官。


 七分。


 魔術師の魔力。


 三割。


「残り?」


 剣士。


 聞く。


「四割!」


 レクスは。


 少し。


 眉を寄せる。


 実際。


 三割。


 でも。


 すぐ止めない。


 様子を見る。


 魔術師。


 上級魔法。


 使う。


 魔力。


 一割。


 足。


 ふらつく。


「撤退!」


 剣士。


 判断。


 魔術師。


「まだ行ける!」


「足動いてない!」


「行ける!」


「帰るぞ!」


 神官。


 肩を貸す。


 強制撤退。


 八分。


 模擬戦終了。


 レクスは。


 魔術師へ。


 水を渡す。


「何で四割って言った?」


「……」


「三だった」


「ちょっとくらい」


「何で?」


 魔術師。


 若い。


 十八くらい。


「足引っ張りたくなかったから」


「結果?」


「引っ張りました」


「そう」


「……すみません」


「謝る相手は?」


 魔術師。


 仲間。


 見る。


「二人に」


 剣士が。


 先に言う。


「次から言えよ」


「怒らない?」


「怒るよ」


「怒るんじゃん」


「隠したらもっと怒る」


 神官が。


 笑う。


 少し。


 空気。


 柔らぐ。


     ◇


 第三組。


 ロイド。


 槍。


 盾役。


 魔術師。


 開始前。


 ロイドが。


 言った。


「十分持つより、倒します」


「そう」


「さっきより強い設定でもいいです」


 ヴァレルが。


 遠くから。


 少し。


 目を細めた。


 レクスも。


 覚えている。


 朝。


 苦手。


 特にない。


 何でもできる。


「強くする?」


 クラウディアが聞く。


「いや」


 レクスは。


 そのまま。


「今のまま」


 模擬戦。


 開始。


 ロイド。


 速い。


 上手い。


 槍。


 正確。


 確かに。


 若手の中では。


 頭一つ。


 抜けている。


「右脚!」


 魔術師。


 補助。


 盾役。


 正面。


 ロイド。


 側面。


 槍。


 突く。


 魔導獣。


 後退。


「行ける!」


 ロイド。


 さらに。


 詰める。


 三分。


 四分。


 優勢。


「盾役!」


「何!」


「まだ行ける?」


「腕、ちょっと痺れてる!」


「あと少し!」


「ロイド!」


「倒せる!」


 レクス。


 少し。


 顔を上げる。


 盾役。


 痺れ。


 言った。


 でも。


 ロイド。


 押す。


「魔術師!」


「魔力半分!」


「十分!」


 魔導獣。


 急に。


 動作。


 変わる。


 第二形態。


 訓練設定。


 誰にも。


 事前には。


 教えていない。


「速っ!」


 盾役。


 一撃。


 受ける。


 負傷判定。


 一。


「下がる!」


「待て!」


 ロイド。


 叫ぶ。


「今なら倒せる!」


「腕動かない!」


「俺が前出る!」


 槍。


 構える。


 魔導獣。


 突進。


 ロイド。


 避ける。


 はず。


 少し。


 遅い。


 左足。


 明らかに。


 動き。


 悪い。


 レクス。


 気づく。


「ロイド」


「大丈夫です!」


 聞いてない。


 でも。


 言う。


「左足」


「問題ない!」


 次。


 魔導獣。


 尾撃。


 ロイド。


 槍で。


 受ける。


 負傷判定。


 一。


「撤退」


 盾役が言う。


「まだ!」


「お前も一発入った!」


「一発だ!」


「足おかしいだろ!」


「大丈夫!」


「ロイド!」


 魔術師。


「もう行こう!」


「俺なら倒せる!」


 その言い方。


 レクスの中。


 何か。


 昔。


 重なる。


 ギルバート。


 だけではない。


 自分も。


 全部。


 やれると思っていた。


 言わなくても。


 支えればいい。


 自分が。


 補えば。


 進める。


 その結果。


 誰も。


 何が危ないのか。


 分からなくなった。


「終了」


 レクスが。


 手を上げる。


「まだです!」


 ロイドが。


 振り返る。


「続けられます!」


「終わり」


「でも!」


 魔導獣。


 停止。


 訓練場。


 静か。


「俺、まだ戦えます」


「左足」


「少し痛いだけです」


「いつから?」


「……」


「いつ」


「二分くらい前」


「何で言わなかった?」


「倒せると思ったから」


「盾役は腕痺れてた」


「でも俺が前に出れば」


「魔術師は?」


「半分って」


 魔術師が。


 小さく。


 口を開く。


「今、三割」


 ロイド。


 そちら。


 見る。


「何で」


「途中で使ったから」


「言えよ」


「言おうとした」


「聞いてない」


「お前がずっと『行ける』って」


 声。


 弱い。


 ロイド。


 黙る。


     ◇


 レクスは。


 ロイドの前へ。


 行く。


「朝、苦手ないって言った」


「……はい」


「本当?」


「それなりに何でもできます」


「違う」


「何が」


「苦手ある」


 ロイドの顔。


 硬くなる。


「何ですか」


「できないって言うこと」


 空気。


 止まる。


 ロイド。


 露骨に。


 嫌な顔。


「それ、戦闘技術じゃないですよね」


「違う」


「じゃあ」


「でも生き残る技術」


「……」


「足痛いって言えなかった」


「言うほどじゃ」


「盾役が下がりたいって言ったのに、止めた」


「倒せると思ったから」


「魔術師の残量、聞かなかった」


「そこまで全部」


「全部」


 ロイド。


 拳。


 握る。


「でも」


 声。


 悔しい。


「俺、今までそれでやってきました」


「うん」


「パーティでも一番強いです」


「そうだな」


「今日だって、俺が一番押してた」


「そう」


「じゃあ何で」


「強いから」


 ロイド。


 止まる。


「強いから、自分が行けるなら行けると思いやすい」


 ギルバートが。


 少し。


 遠くで。


 視線。


 落とす。


「でも」


 レクスは。


 続ける。


「パーティは、お前一人じゃない」


「分かってます」


「本当に?」


「……」


「分かってたら、盾役が無理って言った時止まれた」


 ロイド。


 何も。


 返せない。


     ◇


「俺」


 ギルバートが。


 前へ出た。


「似たことやったことあるぞ」


 ロイドが。


 勇者を見る。


「勇者様が?」


「何回も」


「でも」


「俺も自分が一番強かった」


 ギルバートは。


 淡々。


 言う。


「だから、自分が行けるなら皆も来ると思ってた」


「……」


「違った」


 セシリア。


 バルガス。


 そして。


 レクス。


「一番強い奴が一番偉いわけじゃないし」


 ギルバート。


 ロイドへ。


「一番前にいる奴が、後ろの全部を分かってるわけでもない」


「じゃあ、どうすれば」


「聞く」


「それだけ?」


「それだけが、意外と難しい」


 ロイド。


 視線。


 落とす。


「それと」


 レクスが言う。


「自分も言う」


「何を?」


「できないこと」


「……格好悪くないですか」


 その言葉。


 すぐ。


 出た。


 レクスは。


 少し。


 分かった。


 見栄。


 意地。


 強く見られたい。


 仲間に頼られたい。


 全部。


 悪いものではない。


 でも。


「格好悪いかも」


 ロイドが。


 顔を上げる。


「否定しないんですか」


「人による」


「あなたは?」


「昔は、言わなかった」


「何で」


「必要ないと思ってた」


「今は?」


「言う」


「怖い時も?」


「最近は」


 ギルバートが。


 横。


「俺も言う」


「勇者様まで?」


「言うぞ。かなり恥ずかしいけど」


「恥ずかしいんだ」


「当たり前だろ」


 少し。


 若手たち。


 笑う。


「でも」


 レクスは。


 ロイドを見る。


「強いふりして死ぬより、今できないことを言える方が生き残る」


 訓練場。


 静か。


「お前一人だけじゃなくて、仲間も」


 ロイドは。


 ゆっくり。


 盾役を見る。


「……ごめん」


「何が」


「下がりたいって言ったのに」


「次聞け」


「うん」


「あと」


「何?」


「俺の腕、ほんと痺れてる」


「今?」


「今」


「早く言え!」


「さっき言った!」


 若手たちから。


 笑い。


 ロイドも。


 少し。


 笑った。


     ◇


 第四組。


 最後。


 レクスは。


 開始前に。


 一つ。


 新しい条件を加えた。


「三十秒ごとに」


「何を?」


「全員、自分の状態を言う」


 若手魔術師。


「戦闘中に?」


「ああ」


「面倒じゃないですか?」


「面倒」


「じゃあ」


「でもやる」


 開始。


 三十秒。


「体力九割!」


「魔力八割!」


「問題なし!」


 一分。


「右手少し痺れ!」


「魔力六割!」


「まだ動ける!」


 一分半。


「足ちょっと重い!」


「魔力五割!」


「盾問題なし!」


 情報。


 出る。


 それだけで。


 動きが。


 変わる。


「魔術師、次の大魔法使う?」


「無理! 中級なら二発!」


「じゃあ一発だけ!」


「了解!」


 レクスは。


 見ながら。


 思う。


 昔。


 自分たち。


 これ。


 ほとんど。


 していなかった。


 セシリア。


 魔力。


 バルガス。


 腕。


 ギルバート。


 判断。


 レクス。


 支援。


 全部。


 黙って。


 やっていた。


 強い。


 それで。


 勝っていた。


 勝てていた間は。


 問題が。


 見えなかった。


「撤退!」


 若手盾役。


 声。


「理由!」


 剣士。


「左腕限界! 魔術師残り二割!」


「了解!」


 三人。


 下がる。


 魔導獣。


 追う。


 剣士。


 土煙。


 起こす。


 視界。


 切る。


 三人。


 退場線。


 越える。


 模擬戦。


 終了。


 倒していない。


 でも。


 三人。


 無傷。


「合格」


 レクス。


 言う。


「やった!」


 声。


 上がる。


 それを見て。


 レクスは。


 少しだけ。


 安心した。


     ◇


 全訓練終了。


 若手十二人。


 地面。


 座る。


 疲れている。


 でも。


 誰も。


 大怪我。


 ない。


 レクスは。


 前。


 立つ。


「最後に」


 全員。


 見る。


「強くなる方法は」


 少し。


 考える。


「それぞれでいい」


「雑ですね」


 ミナが。


 笑う。


「剣なら剣。魔法なら魔法。俺はそこ教えられない」


「じゃあ今日のは?」


「死なない方」


「それだけ?」


「それが先」


 ロイド。


 少し。


 顔を上げる。


「敵の一番危ないところを減らす」


「はい」


「自分たちの危ないところも見る」


「はい」


「無理なら逃げる」


「はい」


「できないなら言う」


 ロイド。


 少し。


 苦そうな顔。


 でも。


「……はい」


「あと」


「まだある?」


 誰か。


 言う。


「仲間が言ったら聞く」


「それ」


 盾役が。


 ロイドを見る。


「お前な」


「分かってるよ」


「本当に?」


「今度は聞く」


「ならいい」


 レクスは。


 少し。


 笑う。


「それで終わり」


「本当に?」


「もうない」


 ギルバートが。


 横から。


「最初よりだいぶ先生っぽかったぞ」


「最初が悪すぎた」


 クラウディア。


「『敵を弱くしてから戦えばいい』は酷かったわね」


「間違ってない」


「間違ってないけど、人に教える言葉じゃない」


「難しいな」


「だから審査なのよ」


     ◇


 若手たちが帰った後。


 ヴァレル。


 記録。


 見る。


「結果は?」


 レクスが聞く。


「今は言わない」


「何で」


「審査だからだ」


「今日の課題終わったじゃん」


「全体評価は後だ」


「面倒」


「Sランク候補が毎回それを言うな」


「でも面倒だろ」


「否定はしない」


「じゃあ」


「ただ」


 ヴァレル。


 少し。


 顔を上げる。


「指導課題は悪くなかった」


「合格?」


「まだ言わない」


「言い方ずるい」


「一つだけ聞く」


「何?」


「今日、何を教えたつもりだ?」


 レクスは。


 少し。


 考える。


 弱体化。


 ではない。


 戦い方。


 でもない。


「負け方?」


 クラウディアが。


 少し。


 眉を上げる。


 ヴァレル。


「どういう意味だ?」


「勝てない時」


 レクス。


 続ける。


「どうやって死なずに終わらせるか」


 ヴァレル。


 しばらく。


 黙る。


「なるほど」


「駄目?」


「いや」


 少し。


 笑う。


「Sランク向きの答えかもしれん」


「本当?」


「だからまだ評価は言わない」


「そこは変わらないんだ」


     ◇


 夕方。


 川。


 レクス。


 釣り竿。


 ようやく。


 本当の休み。


 隣。


 ギルバート。


 なぜか。


 いる。


「今日は何で?」


「指導補助したから、そのまま」


「理由になってない」


「まあいいだろ」


「三日に一回」


「今日は仕事の延長」


「勝手に制度作るな」


 少し離れた場所。


 クラウディアも。


 木陰。


 座る。


「で」


 ギルバートが聞く。


「先生やってみてどうだった?」


「疲れた」


「深層王より?」


「別の疲れ」


「でも悪くなかっただろ」


「何が?」


「若手」


「まあ」


「ロイドとか」


「あいつ強い」


「そうだな」


「だから危ない」


「そこも分かる」


 ギルバート。


 浮き。


 見る。


「昔の俺みたい?」


「少し」


「お前も?」


 レクス。


 少し。


 黙る。


「少し」


「どこが」


「何でも自分でやろうとするところ」


「お前、昔からそれだったな」


「気づいてなかった」


「俺も」


 二人。


 しばらく。


 川。


 見る。


「今日さ」


 ギルバート。


 言う。


「お前がロイドに言ったやつ」


「何?」


「強いふりして死ぬより、できないって言える方が生き残る」


「ああ」


「俺にも効いた」


「今さら?」


「今さらだから効くんだよ」


「そういうもの?」


「たぶん」


「たぶんか」


「人間だし」


「便利だな、それ」


「まだ使うぞ」


 浮き。


 少し。


 沈む。


「来た」


 レクス。


 言う。


「俺?」


「お前」


「今?」


「まだ」


「待つ?」


「待つ」


「……これも?」


「何が」


「できるまで、焦らない」


「魚相手に急に深い話するな」


「いいだろ別に」


「逃げるぞ」


「今?」


「まだ」


「今?」


「まだ」


「今!」


「今!」


 ギルバートが。


 竿。


 上げる。


 魚。


 水面。


 跳ねる。


 今度は。


 かなり。


 大きい。


「おお!」


「静かに!」


「でかいぞ!」


「糸切れる!」


「どうすれば!」


「無理に引くな!」


「じゃあどうする!」


「合わせる!」


「魚に?」


「力を!」


 ギルバート。


 焦る。


 レクス。


 笑う。


 木陰から。


 クラウディアも。


 笑っている。


 教えるのは。


 難しい。


 戦うより。


 ずっと。


 でも。


 言葉にして。


 渡せるものも。


 ある。


 レクスは。


 少しだけ。


 それが分かり始めていた。

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