第46話 黒魔導士、先生になる
Sランク昇格審査の最初の課題は、レクスが想像していたものとはずいぶん違っていた。
巨大な魔獣を倒せと言われると思っていたわけではないが、少なくとも模擬戦か、危険地域での実地判断くらいは覚悟していた。
だから、中央ギルドから届いた正式通知を三度読み直しても、書かれている内容が変わらないことに、しばらく納得できなかった。
「若手冒険者十二名への実地指導……」
ベルン支部の受付前で、レクスは紙を持ったまま呟いた。
「はい」
ミリアはいつものように淡々と答える。
「俺が?」
「はい」
「十二人に?」
「そこは読めていますね」
「何を教えるの?」
「それを考えるところから審査です」
「昨日も聞いた」
「答えも昨日と同じです」
レクスは通知書を裏返した。
「裏に答え書いてない?」
「試験問題ではありません」
「試験だろ」
「そういう意味ではなく」
「答えが決まってない試験って嫌だな」
「実際の冒険も、答えが決まっていないことの方が多いでしょう」
「ミリアまで審査官みたいになってきた」
「毎日あなたの依頼を選別しているので、似たようなものかもしれません」
さらりと言われ、レクスは反論を諦めた。
今回の指導対象は、FからDランクまでの若手冒険者十二名。年齢は十五から二十二歳までで、登録から一年未満の者が中心だという。
目的は戦闘技術の向上。
ただし、単純に剣の振り方や魔法の撃ち方を教えるわけではない。
Sランク候補として、自分の経験や判断を後進へ伝えられるかを見る。
そこが審査対象らしい。
「俺の経験って、弱くしてから倒すだけだけど」
「それをそのまま教えたら?」
「皆、《深淵呪詛》使えない」
「でしょうね」
「終わった」
「始まってもいません」
◇
指導当日。
ベルン郊外のギルド訓練場には、十二人の若手冒険者が集まっていた。
剣士。
槍使い。
弓使い。
魔術師。
神官見習い。
盾役。
組んでいるパーティもあれば、単独登録者もいる。
そして。
なぜか。
クラウディアとギルバートまでいた。
「何で?」
レクスが尋ねる。
「見学」
クラウディアが答えた。
「嘘だ」
「どうして?」
「楽しそうな顔してる」
「見学を楽しんじゃ駄目?」
「俺の試験だぞ」
「だから面白いのよ」
「性格悪いな」
「知ってるでしょう」
ギルバートは少し離れた場所で、若手たちから妙に注目を集めている。
勇者がいるのだから当然だった。
「俺は中央ギルドから補助役を頼まれた」
「何の補助?」
「お前が説明に詰まった時」
「詰まる前提?」
「昨日、『敵を弱くすれば勝てる』って言って終わりそうだったじゃん」
「まだ言ってない」
「言いそうだろ」
否定しづらい。
そこへ、中央ギルドから派遣された審査官ヴァレルがやってきた。
「準備は?」
「できてない」
「率直だな」
「何を教えるか、まだ迷ってる」
「それも含めて見ている」
「落ちる?」
「内容次第だ」
「厳しい」
「Sランク審査だからな」
ヴァレルは訓練場の端へ下がった。
記録官も一緒。
つまり。
ここから。
本当に。
レクスが始めるしかない。
◇
十二人。
並ぶ。
全員。
こちらを見る。
レクスは。
少し。
居心地が悪かった。
深層王に睨まれた時とは違う種類の圧力だ。
「……レクス・アルヴァーンです」
知ってる。
そういう顔。
「今日は」
何を。
言う。
「敵を弱くしてから戦えばいい」
沈黙。
ギルバートが顔を覆った。
クラウディアは口元を押さえている。
「終わり?」
若手の一人が、恐る恐る尋ねた。
「いや」
「ですよね」
「でも基本はそれ」
「俺たち、弱体化魔法ほとんど使えませんけど」
槍を持った青年が言った。
「うん」
「じゃあ無理じゃないですか?」
「そうだな」
「終わった……」
今度は若手側から声が漏れた。
ギルバートがとうとう前へ出る。
「レクス」
「何?」
「そこを説明するのが今日だろ」
「分かってる」
「本当に?」
「今考えてる」
クラウディアも近づいた。
「まず質問したら?」
「何を?」
「皆が普段どう戦ってるか」
「なるほど」
若手たちの表情が少し不安になる。
本当にこの人が教官役でいいのか。
そんな顔だった。
レクス自身も、少しそう思う。
「じゃあ」
最前列。
槍使いの青年。
「名前は?」
「ロイドです。Dランク」
「得意は?」
「正面戦闘です」
「苦手は?」
「特にないです」
レクスが止まった。
「ない?」
「はい」
「本当に?」
「一応、何でもできます」
言葉に。
少し。
引っかかる。
でも。
今は先。
「次」
弓使いの少女。
「ミナ。Eランクです。近接は苦手です」
「敵に詰められたら?」
「逃げます」
「いい」
少女が。
少し驚く。
「いいんですか?」
「何で?」
「普通、近接も鍛えろって言われるので」
「鍛えてもいい。でも、今できないなら逃げる方がいい」
「……はい」
次。
盾役。
魔術師。
神官。
順番。
聞く。
得意。
苦手。
できること。
できないこと。
そのうち。
レクス自身も。
少し。
分かってきた。
「俺が弱くする時」
十二人。
見る。
「敵全部を適当に下げてるわけじゃない」
「え?」
ロイドが聞く。
「違うんですか?」
「違う」
「何から?」
「相手による」
「例えば?」
レクスは。
少し考える。
「毒を使う敵なら毒性。素早い敵なら速度。再生するなら再生。魔法なら魔力か詠唱速度」
「全部九十九まで?」
「必要なら」
「必要じゃなければ?」
「そこまでしない」
「何で?」
「魔力の無駄だから」
クラウディアが。
少しだけ。
頷いた。
ギルバートも。
黙って聞いている。
「つまり」
レクスは。
続ける。
「一番危ないところから減らす」
若手たちの顔が。
少し。
変わる。
「皆も同じ」
「俺たちも弱体化できないですけど」
「違う」
「何が?」
「敵そのものじゃなくてもいい」
レクスは。
訓練場の周りを見る。
「足の速い魔獣なら、狭い場所へ誘う」
「それって」
「実質、速度を落としたのと同じ」
弓使いミナが。
小さく頷く。
「遠距離魔法が強い敵なら?」
「遮蔽物を使う」
「攻撃範囲を減らす」
「そう」
「毒なら?」
「解毒薬」
「毒の危険を下げる?」
「ああ」
言葉へ。
変えていく。
自分が。
いつも。
感覚でやっていたこと。
「敵を弱くする」
それは。
必ずしも。
呪いではない。
「自分たちが死ぬ理由を、一つずつ減らす」
十二人。
静かに聞く。
「それができれば、勝てる可能性は上がる」
◇
「でも」
ロイドが言った。
「強い方が、そのまま押し切った方が早い時もありますよね」
「ある」
「だったら」
「そうすればいい」
ロイドが少し拍子抜けする。
「否定しないんですか?」
「何で?」
「もっと慎重にしろって言うのかと」
「勝てる相手なら勝てばいい」
「ですよね」
「でも」
レクスは聞く。
「勝てるって、どうやって決める?」
「見れば」
「何を?」
「強さとか」
「どうやって?」
「……気配?」
「外すことは?」
「あります」
「じゃあ?」
ロイドが黙る。
ギルバートが。
横から。
少し笑った。
「俺、それでドラゴンに行ったことあるぞ」
若手。
一斉に。
勇者を見る。
「勇者様が?」
「ある」
「勝てたんですか?」
「死にかけた」
「え」
「本当に」
バルガスがいれば喜んで補足しただろう。
今日は。
ギルバート自身が。
続けた。
「自分の感覚だと行けると思った。行けなかった」
「でも勇者様ですよね?」
「だから何だ?」
若手の剣士が。
少し戸惑う。
「勇者なら強いから」
「強くても、相手の方が強ければ負ける」
「……」
「当たり前なんだけどな」
ギルバートは。
少し苦笑した。
「昔の俺は、それをちゃんと考えてなかった」
若手たち。
意外そう。
英雄の失敗談は。
教科書より。
効く。
「だから」
レクスが言う。
「判断する材料を増やす」
「敵の情報?」
「それも」
「他は?」
「自分たち」
「自分たち?」
「残ってる魔力。怪我。武器。人数」
セシリア。
バルガス。
深層王戦。
思い出す。
「それを隠さない」
レクスは。
はっきり言う。
「これが結構大事」
◇
午後から。
模擬戦。
十二人を。
三人一組。
四組。
仮想敵は。
ギルドの訓練用魔導獣。
木。
鉄。
魔石。
実戦ほど強くない。
でも。
攻撃。
反応。
ある。
課題は。
倒すことではない。
十分間。
生き残る。
負傷判定を三回受けたら失格。
必要なら。
撤退宣言。
していい。
「倒したら?」
ロイドが聞く。
「それでも合格」
「なら倒した方が早い」
「そう思うなら」
レクスは止めない。
第一組。
弓使いミナ。
盾役。
神官。
戦闘開始。
魔導獣。
前進。
「右!」
盾役。
受ける。
ミナ。
距離。
取る。
「神官、魔力どのくらい?」
「九割!」
「じゃあ一回だけ強化!」
「分かった!」
動き。
悪くない。
途中。
魔導獣。
予想以上に。
素早く動く。
「無理!」
ミナが。
即座に。
言った。
「距離維持できない!」
「撤退?」
盾役。
「する!」
開始から。
四分。
撤退宣言。
失敗。
ではない。
レクスが。
手を上げる。
「合格」
「え?」
ミナ。
息を切らしながら。
「倒してないです」
「うん」
「半分も持ってない」
「でも全員無傷」
「それで?」
「いい」
ミナは。
少し。
嬉しそう。
少し。
戸惑ってもいる。
「逃げただけですよ」
「死ななかっただろ」
「……はい」
「なら次がある」
◇
第二組。
魔術師。
剣士。
神官。
七分。
魔術師の魔力。
三割。
「残り?」
剣士。
聞く。
「四割!」
レクスは。
少し。
眉を寄せる。
実際。
三割。
でも。
すぐ止めない。
様子を見る。
魔術師。
上級魔法。
使う。
魔力。
一割。
足。
ふらつく。
「撤退!」
剣士。
判断。
魔術師。
「まだ行ける!」
「足動いてない!」
「行ける!」
「帰るぞ!」
神官。
肩を貸す。
強制撤退。
八分。
模擬戦終了。
レクスは。
魔術師へ。
水を渡す。
「何で四割って言った?」
「……」
「三だった」
「ちょっとくらい」
「何で?」
魔術師。
若い。
十八くらい。
「足引っ張りたくなかったから」
「結果?」
「引っ張りました」
「そう」
「……すみません」
「謝る相手は?」
魔術師。
仲間。
見る。
「二人に」
剣士が。
先に言う。
「次から言えよ」
「怒らない?」
「怒るよ」
「怒るんじゃん」
「隠したらもっと怒る」
神官が。
笑う。
少し。
空気。
柔らぐ。
◇
第三組。
ロイド。
槍。
盾役。
魔術師。
開始前。
ロイドが。
言った。
「十分持つより、倒します」
「そう」
「さっきより強い設定でもいいです」
ヴァレルが。
遠くから。
少し。
目を細めた。
レクスも。
覚えている。
朝。
苦手。
特にない。
何でもできる。
「強くする?」
クラウディアが聞く。
「いや」
レクスは。
そのまま。
「今のまま」
模擬戦。
開始。
ロイド。
速い。
上手い。
槍。
正確。
確かに。
若手の中では。
頭一つ。
抜けている。
「右脚!」
魔術師。
補助。
盾役。
正面。
ロイド。
側面。
槍。
突く。
魔導獣。
後退。
「行ける!」
ロイド。
さらに。
詰める。
三分。
四分。
優勢。
「盾役!」
「何!」
「まだ行ける?」
「腕、ちょっと痺れてる!」
「あと少し!」
「ロイド!」
「倒せる!」
レクス。
少し。
顔を上げる。
盾役。
痺れ。
言った。
でも。
ロイド。
押す。
「魔術師!」
「魔力半分!」
「十分!」
魔導獣。
急に。
動作。
変わる。
第二形態。
訓練設定。
誰にも。
事前には。
教えていない。
「速っ!」
盾役。
一撃。
受ける。
負傷判定。
一。
「下がる!」
「待て!」
ロイド。
叫ぶ。
「今なら倒せる!」
「腕動かない!」
「俺が前出る!」
槍。
構える。
魔導獣。
突進。
ロイド。
避ける。
はず。
少し。
遅い。
左足。
明らかに。
動き。
悪い。
レクス。
気づく。
「ロイド」
「大丈夫です!」
聞いてない。
でも。
言う。
「左足」
「問題ない!」
次。
魔導獣。
尾撃。
ロイド。
槍で。
受ける。
負傷判定。
一。
「撤退」
盾役が言う。
「まだ!」
「お前も一発入った!」
「一発だ!」
「足おかしいだろ!」
「大丈夫!」
「ロイド!」
魔術師。
「もう行こう!」
「俺なら倒せる!」
その言い方。
レクスの中。
何か。
昔。
重なる。
ギルバート。
だけではない。
自分も。
全部。
やれると思っていた。
言わなくても。
支えればいい。
自分が。
補えば。
進める。
その結果。
誰も。
何が危ないのか。
分からなくなった。
「終了」
レクスが。
手を上げる。
「まだです!」
ロイドが。
振り返る。
「続けられます!」
「終わり」
「でも!」
魔導獣。
停止。
訓練場。
静か。
「俺、まだ戦えます」
「左足」
「少し痛いだけです」
「いつから?」
「……」
「いつ」
「二分くらい前」
「何で言わなかった?」
「倒せると思ったから」
「盾役は腕痺れてた」
「でも俺が前に出れば」
「魔術師は?」
「半分って」
魔術師が。
小さく。
口を開く。
「今、三割」
ロイド。
そちら。
見る。
「何で」
「途中で使ったから」
「言えよ」
「言おうとした」
「聞いてない」
「お前がずっと『行ける』って」
声。
弱い。
ロイド。
黙る。
◇
レクスは。
ロイドの前へ。
行く。
「朝、苦手ないって言った」
「……はい」
「本当?」
「それなりに何でもできます」
「違う」
「何が」
「苦手ある」
ロイドの顔。
硬くなる。
「何ですか」
「できないって言うこと」
空気。
止まる。
ロイド。
露骨に。
嫌な顔。
「それ、戦闘技術じゃないですよね」
「違う」
「じゃあ」
「でも生き残る技術」
「……」
「足痛いって言えなかった」
「言うほどじゃ」
「盾役が下がりたいって言ったのに、止めた」
「倒せると思ったから」
「魔術師の残量、聞かなかった」
「そこまで全部」
「全部」
ロイド。
拳。
握る。
「でも」
声。
悔しい。
「俺、今までそれでやってきました」
「うん」
「パーティでも一番強いです」
「そうだな」
「今日だって、俺が一番押してた」
「そう」
「じゃあ何で」
「強いから」
ロイド。
止まる。
「強いから、自分が行けるなら行けると思いやすい」
ギルバートが。
少し。
遠くで。
視線。
落とす。
「でも」
レクスは。
続ける。
「パーティは、お前一人じゃない」
「分かってます」
「本当に?」
「……」
「分かってたら、盾役が無理って言った時止まれた」
ロイド。
何も。
返せない。
◇
「俺」
ギルバートが。
前へ出た。
「似たことやったことあるぞ」
ロイドが。
勇者を見る。
「勇者様が?」
「何回も」
「でも」
「俺も自分が一番強かった」
ギルバートは。
淡々。
言う。
「だから、自分が行けるなら皆も来ると思ってた」
「……」
「違った」
セシリア。
バルガス。
そして。
レクス。
「一番強い奴が一番偉いわけじゃないし」
ギルバート。
ロイドへ。
「一番前にいる奴が、後ろの全部を分かってるわけでもない」
「じゃあ、どうすれば」
「聞く」
「それだけ?」
「それだけが、意外と難しい」
ロイド。
視線。
落とす。
「それと」
レクスが言う。
「自分も言う」
「何を?」
「できないこと」
「……格好悪くないですか」
その言葉。
すぐ。
出た。
レクスは。
少し。
分かった。
見栄。
意地。
強く見られたい。
仲間に頼られたい。
全部。
悪いものではない。
でも。
「格好悪いかも」
ロイドが。
顔を上げる。
「否定しないんですか」
「人による」
「あなたは?」
「昔は、言わなかった」
「何で」
「必要ないと思ってた」
「今は?」
「言う」
「怖い時も?」
「最近は」
ギルバートが。
横。
「俺も言う」
「勇者様まで?」
「言うぞ。かなり恥ずかしいけど」
「恥ずかしいんだ」
「当たり前だろ」
少し。
若手たち。
笑う。
「でも」
レクスは。
ロイドを見る。
「強いふりして死ぬより、今できないことを言える方が生き残る」
訓練場。
静か。
「お前一人だけじゃなくて、仲間も」
ロイドは。
ゆっくり。
盾役を見る。
「……ごめん」
「何が」
「下がりたいって言ったのに」
「次聞け」
「うん」
「あと」
「何?」
「俺の腕、ほんと痺れてる」
「今?」
「今」
「早く言え!」
「さっき言った!」
若手たちから。
笑い。
ロイドも。
少し。
笑った。
◇
第四組。
最後。
レクスは。
開始前に。
一つ。
新しい条件を加えた。
「三十秒ごとに」
「何を?」
「全員、自分の状態を言う」
若手魔術師。
「戦闘中に?」
「ああ」
「面倒じゃないですか?」
「面倒」
「じゃあ」
「でもやる」
開始。
三十秒。
「体力九割!」
「魔力八割!」
「問題なし!」
一分。
「右手少し痺れ!」
「魔力六割!」
「まだ動ける!」
一分半。
「足ちょっと重い!」
「魔力五割!」
「盾問題なし!」
情報。
出る。
それだけで。
動きが。
変わる。
「魔術師、次の大魔法使う?」
「無理! 中級なら二発!」
「じゃあ一発だけ!」
「了解!」
レクスは。
見ながら。
思う。
昔。
自分たち。
これ。
ほとんど。
していなかった。
セシリア。
魔力。
バルガス。
腕。
ギルバート。
判断。
レクス。
支援。
全部。
黙って。
やっていた。
強い。
それで。
勝っていた。
勝てていた間は。
問題が。
見えなかった。
「撤退!」
若手盾役。
声。
「理由!」
剣士。
「左腕限界! 魔術師残り二割!」
「了解!」
三人。
下がる。
魔導獣。
追う。
剣士。
土煙。
起こす。
視界。
切る。
三人。
退場線。
越える。
模擬戦。
終了。
倒していない。
でも。
三人。
無傷。
「合格」
レクス。
言う。
「やった!」
声。
上がる。
それを見て。
レクスは。
少しだけ。
安心した。
◇
全訓練終了。
若手十二人。
地面。
座る。
疲れている。
でも。
誰も。
大怪我。
ない。
レクスは。
前。
立つ。
「最後に」
全員。
見る。
「強くなる方法は」
少し。
考える。
「それぞれでいい」
「雑ですね」
ミナが。
笑う。
「剣なら剣。魔法なら魔法。俺はそこ教えられない」
「じゃあ今日のは?」
「死なない方」
「それだけ?」
「それが先」
ロイド。
少し。
顔を上げる。
「敵の一番危ないところを減らす」
「はい」
「自分たちの危ないところも見る」
「はい」
「無理なら逃げる」
「はい」
「できないなら言う」
ロイド。
少し。
苦そうな顔。
でも。
「……はい」
「あと」
「まだある?」
誰か。
言う。
「仲間が言ったら聞く」
「それ」
盾役が。
ロイドを見る。
「お前な」
「分かってるよ」
「本当に?」
「今度は聞く」
「ならいい」
レクスは。
少し。
笑う。
「それで終わり」
「本当に?」
「もうない」
ギルバートが。
横から。
「最初よりだいぶ先生っぽかったぞ」
「最初が悪すぎた」
クラウディア。
「『敵を弱くしてから戦えばいい』は酷かったわね」
「間違ってない」
「間違ってないけど、人に教える言葉じゃない」
「難しいな」
「だから審査なのよ」
◇
若手たちが帰った後。
ヴァレル。
記録。
見る。
「結果は?」
レクスが聞く。
「今は言わない」
「何で」
「審査だからだ」
「今日の課題終わったじゃん」
「全体評価は後だ」
「面倒」
「Sランク候補が毎回それを言うな」
「でも面倒だろ」
「否定はしない」
「じゃあ」
「ただ」
ヴァレル。
少し。
顔を上げる。
「指導課題は悪くなかった」
「合格?」
「まだ言わない」
「言い方ずるい」
「一つだけ聞く」
「何?」
「今日、何を教えたつもりだ?」
レクスは。
少し。
考える。
弱体化。
ではない。
戦い方。
でもない。
「負け方?」
クラウディアが。
少し。
眉を上げる。
ヴァレル。
「どういう意味だ?」
「勝てない時」
レクス。
続ける。
「どうやって死なずに終わらせるか」
ヴァレル。
しばらく。
黙る。
「なるほど」
「駄目?」
「いや」
少し。
笑う。
「Sランク向きの答えかもしれん」
「本当?」
「だからまだ評価は言わない」
「そこは変わらないんだ」
◇
夕方。
川。
レクス。
釣り竿。
ようやく。
本当の休み。
隣。
ギルバート。
なぜか。
いる。
「今日は何で?」
「指導補助したから、そのまま」
「理由になってない」
「まあいいだろ」
「三日に一回」
「今日は仕事の延長」
「勝手に制度作るな」
少し離れた場所。
クラウディアも。
木陰。
座る。
「で」
ギルバートが聞く。
「先生やってみてどうだった?」
「疲れた」
「深層王より?」
「別の疲れ」
「でも悪くなかっただろ」
「何が?」
「若手」
「まあ」
「ロイドとか」
「あいつ強い」
「そうだな」
「だから危ない」
「そこも分かる」
ギルバート。
浮き。
見る。
「昔の俺みたい?」
「少し」
「お前も?」
レクス。
少し。
黙る。
「少し」
「どこが」
「何でも自分でやろうとするところ」
「お前、昔からそれだったな」
「気づいてなかった」
「俺も」
二人。
しばらく。
川。
見る。
「今日さ」
ギルバート。
言う。
「お前がロイドに言ったやつ」
「何?」
「強いふりして死ぬより、できないって言える方が生き残る」
「ああ」
「俺にも効いた」
「今さら?」
「今さらだから効くんだよ」
「そういうもの?」
「たぶん」
「たぶんか」
「人間だし」
「便利だな、それ」
「まだ使うぞ」
浮き。
少し。
沈む。
「来た」
レクス。
言う。
「俺?」
「お前」
「今?」
「まだ」
「待つ?」
「待つ」
「……これも?」
「何が」
「できるまで、焦らない」
「魚相手に急に深い話するな」
「いいだろ別に」
「逃げるぞ」
「今?」
「まだ」
「今?」
「まだ」
「今!」
「今!」
ギルバートが。
竿。
上げる。
魚。
水面。
跳ねる。
今度は。
かなり。
大きい。
「おお!」
「静かに!」
「でかいぞ!」
「糸切れる!」
「どうすれば!」
「無理に引くな!」
「じゃあどうする!」
「合わせる!」
「魚に?」
「力を!」
ギルバート。
焦る。
レクス。
笑う。
木陰から。
クラウディアも。
笑っている。
教えるのは。
難しい。
戦うより。
ずっと。
でも。
言葉にして。
渡せるものも。
ある。
レクスは。
少しだけ。
それが分かり始めていた。




