第45話 Sランク昇格試験?
ベルン冒険者ギルドの二階には、レクスがあまり好きではない部屋がある。
会議室だ。
理由は単純だった。
ここへ呼ばれる時は、大体ろくでもない。
騎士団からの指名依頼。
国境を越える調査。
災害指定魔獣。
王都からの問い合わせ。
最近では、休暇中にもかかわらず相談を持ち込まれることまで増えていた。
だから。
ミリアに「二階へ来てください」と言われた時点で、レクスは受付の前に立ったまま聞いた。
「緊急?」
「いいえ」
「誰か死にそう?」
「いいえ」
「俺じゃないと解決できない?」
「今回は、解決という話ではありません」
「じゃあ明日で」
「今日です」
「休みなんだけど」
「知っています」
「最近、その返事で全部押し切ってない?」
「便利なので」
ミリアは悪びれもしなかった。
レクスは少し迷った末、手にしていた釣り道具を受付脇へ置く。
「長い?」
「たぶん」
「嫌な言い方だな」
「短く済むかどうかは、レクスさん次第です」
「もっと嫌になった」
二階。
扉を開ける。
中には。
見慣れた顔が一人。
見慣れない顔が二人。
そして。
「何でいるの?」
クラウディアがいた。
「私も呼ばれたから」
「《銀翼》の依頼?」
「違うわよ」
「じゃあ」
「たぶん、あなた関係」
「帰っていい?」
「駄目でしょうね」
奥。
中央ギルドの紋章を付けた男が一人。
五十歳前後。
短く整えた灰色の髪。
冒険者というより。
役人。
隣には。
記録官らしい女性。
そして。
ベルン支部長。
普段は滅多に一階へ降りてこない男が。
今日は。
妙に。
姿勢よく座っている。
「レクス・アルヴァーン」
灰髪の男が立つ。
「中央冒険者ギルド監査局、ヴァレル・ノークだ」
「監査?」
「今日は処分ではない」
「よかった」
「そこから安心するのか?」
「最近、国とかギルドとかに呼ばれると面倒が多いから」
「率直だな」
「よく言われる」
ヴァレルは。
少しだけ。
笑った。
「なら、こちらも率直に言おう」
「はい」
「君をSランク昇格審査へ推薦する」
レクスは。
一瞬。
何を言われたのか。
理解した。
理解した上で。
言う。
「別にAランクのままで困ってません」
部屋。
静か。
クラウディアが。
口元を押さえた。
「そこ即答なのね」
「困ってないから」
ヴァレルも。
少しだけ。
目を細める。
「予想はしていた」
「じゃあ帰っていい?」
「まだだ」
「やっぱり」
◇
「まず」
ヴァレルが。
書類を広げる。
「君の現在の実績を確認する」
「長い?」
「かなり」
「要点だけで」
「では要点だけ」
旧監視塔。
黒い祭壇。
王国騎士団救助。
バルディオス。
岩脈竜。
国境調査。
トルメ村。
旧バルハ廃都。
深層王。
それだけでも。
十分。
多い。
「戦闘能力だけを見れば」
ヴァレルが言う。
「すでにSランク相当を大きく超えている」
「俺、攻撃魔法ほとんど使えませんよ」
「知っている」
「一人で深層王倒してない」
「それも知っている」
「じゃあ」
「Sランクは」
男が。
言葉を区切る。
「一人で何でも倒せる者につける階級ではない」
レクスは。
少しだけ。
クラウディアを見る。
「そうなの?」
「今さら私に聞く?」
「Sランクだから」
「だから呼ばれたのかしらね」
クラウディアは。
椅子へ深く腰掛け直す。
「実際、そうよ。単純な火力だけなら、Sランクより上のAランクだっている」
「いるんだ」
「いるわよ。得意分野が尖ってる人なんていくらでも」
「じゃあ違いは?」
クラウディアは。
少し考える。
「信用」
「信用?」
「雑に言えばね」
ヴァレルが引き継ぐ。
「災害級以上の案件に関与した時、自分の判断だけで多数の命を危険へ晒さないか。国家間案件で余計な火種を作らないか。撤退すべき時に撤退できるか。自分の限界を把握しているか」
「最近、聞き覚えある話ばっかりだな」
「君の最近の行動が審査材料だからだ」
「深層王?」
「それ以前からだ」
ヴァレルの指。
書類。
「岩脈竜戦。九十九パーセント弱体化後も危険と認識した」
「一パーセント残っても強かったから」
「旧バルハ。単独進入を拒否した」
「死にたくなかったし」
「トルメ村。自分一人で百九十三人を処理せず、現地呪術師へ手順を共有した」
「その方が早かった」
「深層王戦。自分一人で削れないと認め、役割分担を受け入れた」
レクスは。
少し。
嫌な顔をする。
「何?」
クラウディアが聞く。
「成長記録みたい」
「だいたい合ってる」
「子供じゃない」
「誰もそう言ってないわよ」
ヴァレルは。
淡々と続ける。
「そして、特別協力冒険者として依頼拒否権を行使している」
「それ、審査で悪くない?」
「むしろ逆だ」
「逆?」
「自分が対応しなければならない案件と、他者へ任せられる案件を区別できている」
レクスは。
少し。
黙る。
「前なら?」
クラウディアが言う。
「全部拾ってたでしょうね」
「最近それ言われる」
「事実だから」
「でも」
レクスは。
ヴァレルを見る。
「Sランクになると、依頼増えるんじゃない?」
「増える」
「じゃあ嫌」
「そこか」
「大事だろ」
「大事ではある」
◇
「誤解がある」
ヴァレルが言う。
「Sランクへ上がれば、何でも受けなければならないわけではない」
「本当に?」
「君はすでに特別協力冒険者だ。現行契約の拒否権は維持できる」
「なら」
「ただし」
「ほら」
「最後まで聞け」
「はい」
「Sランクにしか認められない権限もある」
「例えば?」
「災害級案件における現場提言権」
「今も意見言ってるけど」
「非公式にはな」
「正式だと違う?」
「かなり」
クラウディアが。
説明する。
「Sランクの意見って、騎士団やギルドが無視しにくいのよ」
「俺、無視されたことある?」
「あなたの場合、実績で押し切ってるだけ」
「同じじゃない?」
「違う」
「どう違う?」
「書類が減る」
レクスが。
少し。
興味を持つ。
「それは大きいな」
「そこなの?」
「大きいだろ」
ヴァレルが。
苦笑する。
「もう一つ。国境を跨ぐ高危険度案件での臨時行動許可」
「今もエルディナ行った」
「今回は両国協議の特例だ」
「毎回あれやる?」
「本来は」
「面倒だな」
「だから制度がある」
「じゃあSランク便利かも」
「判断基準が独特ね」
クラウディアが言う。
◇
「ただ」
レクスは。
少し考える。
「権限増えるなら責任も増える?」
「当然」
「どのくらい?」
「案件による」
「曖昧」
「職務だからな」
「Sランク冒険者って職員じゃないだろ」
「その通りだ」
「じゃあ」
ヴァレルは。
そこで。
少しだけ。
真面目な表情になる。
「最も重要な点を言おう」
「はい」
「Sランクは、戦闘力の称号ではない」
「さっき聞いた」
「最後まで」
「はい」
「周囲が、その者の判断へ命を預けることを意味する」
部屋。
少し。
静かになる。
レクスは。
すぐ答えなかった。
深層王戦。
ギルバート。
クラウディア。
バルガス。
ドーガン。
フィン。
セシリア。
アデル。
ガレン。
皆。
自分の数字を。
聞いた。
レクス自身も。
皆の判断へ。
命を預けた。
「それ」
レクスが言う。
「俺だけに必要?」
「何が?」
「信用」
「当然、全冒険者に必要だ」
「じゃあ何でSだけ特別?」
「影響範囲が違う」
ヴァレルは。
深層王の記録を。
指で叩く。
「君が『進む』と言えば、数十人、場合によっては数百人が動く」
「俺、そんな命令しない」
「命令しなくてもだ」
「何で?」
「君なら大丈夫だと思う者が出るから」
その言葉。
レクスは。
少し嫌だった。
「それ、困る」
「だから審査する」
「俺が?」
「君が、そういう期待をどう扱うか」
クラウディアが。
横から言う。
「そこは本当に面倒よ」
「経験ある?」
「何度も」
「どうしてる?」
「断る時は断る。知らない時は知らないと言う。無理なら無理と言う」
「最近の俺と同じ?」
「やっとね」
「またそれ」
「でも」
クラウディアは。
少し笑う。
「Sランクになったからって、世界中を背負う必要はない」
「本当に?」
「背負ったら潰れる」
「クラウディアでも?」
「当たり前でしょう」
さらっと。
言う。
レクスは。
そこが。
少し意外だった。
クラウディアは。
強い。
判断が早い。
迷わないように見える。
でも。
「怖い時ある?」
「あるわよ」
「逃げたい時?」
「ある」
「Sランクなのに?」
「それ、あなたが言う?」
「言ってみたかった」
「ギルバートの影響?」
「少し」
「悪いところだけ覚えてない?」
◇
会議室の扉。
叩かれる。
ミリア。
入る。
「失礼します」
手には。
追加書類。
「レクスさんの案件別対応記録です」
「まだある?」
「かなり」
「何でそんな持ってるの」
「受付なので」
「怖いな」
「仕事です」
ミリアは。
ヴァレルへ。
書類。
渡す。
「こちら、直近半年の依頼受諾・拒否記録です」
「拒否も?」
レクスが聞く。
「重要です」
「俺、最近結構断ってる?」
「かなり」
「数字は?」
「受諾十九、拒否六十四」
「そんなに」
「もっと断っていいくらいです」
「ミリアが先に断ってるのも入る?」
「それは別」
「じゃあ実際もっと?」
「もっとです」
ヴァレルが。
少し。
感心したように。
「中央記録より多いな」
「ベルン支部段階で止めていますから」
「具体例は?」
「レクスさんでなくても対応可能なもの。私怨。決闘補助。無意味な高難度討伐。研究目的のみの長時間拘束」
「最後の嫌だったな」
「覚えています」
「他は?」
ミリアが。
一枚。
めくる。
「カイル・レーネンの能力暴走相談」
「あれも?」
「はい」
「戦闘じゃないけど」
「だから重要です」
「何で?」
「力を弱めるだけで終わらせなかった」
レクスは。
少し。
黙る。
「その記録」
「本人の許可を得ています」
「ならいい」
ヴァレルは。
内容を読む。
「訓練中のみ出力を制限。段階的に解除。恒久弱体化は拒否」
「拒否っていうか」
「本人が望んだ?」
「最初は」
「なぜ断った?」
レクスは。
少し考える。
「俺がずっと弱くしてたら、俺がいないと何もできなくなるから」
部屋。
静かになる。
「それは」
ヴァレルが言う。
「君自身の経験か?」
「少し」
「勇者パーティ?」
「そこまで言わなくても」
「すまない」
「でも」
レクスは。
自分から。
続ける。
「昔は、俺が何でもやってた」
「はい」
ミリアは。
知っている。
クラウディアも。
だいたい。
「疲労軽減。毒。呪い。防御。魔力。斬撃補助。索敵」
「多すぎるわね」
クラウディアが言う。
「今思うと」
「で」
ヴァレル。
「何が問題だった?」
「俺がやってることを、皆が知らなかった」
「それだけ?」
「俺も言わなかった」
「なぜ?」
「必要ないと思ってた」
レクスは。
少し。
目を細める。
「結果」
「はい」
「俺がいなくなったら、全部崩れた」
ミリアが。
書類から。
少しだけ。
目を上げた。
「だからカイルには?」
「自分で扱えるようにしてほしい」
「君の力なしで?」
「最終的には」
ヴァレルが。
しばらく。
何も言わない。
やがて。
「なるほど」
「何が?」
「中央が君を上げたがる理由が、少し分かった」
「戦闘じゃなく?」
「戦闘も大きい」
「ですよね」
「だが」
ヴァレルは。
少し。
笑う。
「戦闘だけなら、もっと早く推薦できた」
◇
「それで」
レクスが。
核心。
「Sランクになるには何するの?」
「審査を受ける」
「試験?」
「一応」
「魔物倒す?」
「それだけではない」
「面倒そう」
「かなり」
「やめようかな」
「話を聞いてから決めろ」
ヴァレル。
書類。
一枚。
「第一、戦闘能力」
「そこは?」
「既存実績で一部免除」
「一部?」
「能力の再確認はある」
「誰かと戦う?」
「模擬戦」
「攻撃魔法使えないけど」
「そこも確認対象だ」
「弱点も?」
「当然」
クラウディアが。
楽しそうに。
「いいじゃない」
「何が」
「あなたの純戦闘力、ちゃんと測る機会あまりなかったでしょう」
「敵弱くすれば終わるから」
「そこを禁止されたら?」
「困る」
「その顔、ちょっと見たい」
「楽しむな」
ヴァレル。
続ける。
「第二、判断審査」
「何する?」
「模擬災害対応」
「机上?」
「一部実地」
「面倒」
「第三、指導」
「誰に?」
「若手冒険者」
レクス。
止まる。
「何を教える?」
「それを考えるところからだ」
「俺、人に教えるの向いてないと思う」
「なぜ?」
「説明苦手」
「自覚あるのね」
クラウディア。
「ある」
「意外」
「何で」
「あなた、必要なことは言うじゃない」
「短く」
「まあね」
「教えるなら長く説明しないと駄目だろ」
「人による」
ヴァレルが。
書類を。
さらに。
「第四、社会的責任・権限理解」
「座学?」
「面談」
「嫌だな」
「第五、実地依頼」
「何ランク?」
「未定」
「一人?」
「それも未定」
「曖昧多い」
「審査だからな」
「受ける側に秘密多すぎない?」
「対策だけして通られても困る」
「俺、対策しないと思う」
「君はな」
◇
「受けなかったら?」
レクスが聞く。
「Aランクのまま」
「困る?」
「中央は困る」
「俺は?」
「今すぐは困らない」
「じゃあ」
「でも」
「また」
「今後」
ヴァレルの声。
少し。
真面目。
「深層王級、あるいは黒紋組織の案件へ関与するなら、制度上の不整合が大きくなる」
「不整合?」
「Aランク冒険者が、国家災害案件の核心判断を何度も担っている」
「別に」
「現場では別に、で済む」
ヴァレルが言う。
「後から責任の所在が問題になる」
「俺に責任?」
「場合によっては」
「嫌だな」
「だから権限と責任を一致させる」
レクスは。
少し。
考える。
権限。
責任。
どちらも。
あまり。
好きな言葉ではない。
「Sランクになると」
「うん?」
「国から命令されやすくなる?」
「ならない」
「本当に?」
「冒険者ギルドは国軍ではない」
「じゃあ」
「ただし協力要請は増える」
「嫌だ」
「だから断れる」
「特別協力冒険者のまま?」
「そこは調整可能」
レクス。
少し。
食いつく。
「完全に?」
「原則として、本人同意なしに高危険案件へ強制参加させない」
「今と同じ?」
「近い」
「休みも?」
「契約上は」
「じゃあ少し考える」
クラウディアが。
笑う。
「結局そこが一番効くのね」
「大事」
「分かるけど」
◇
「俺からもいいか?」
扉。
また。
開く。
今度は。
ギルバート。
「何でいるの?」
「呼ばれた」
「誰に?」
「中央ギルド」
「勇者なのに?」
「元冒険者パーティ関係者として」
「元って言い方、何か変だな」
「仕方ないだろ」
ギルバートが。
中へ。
入る。
ヴァレルへ。
軽く。
頭。
下げる。
「話は途中から聞いた」
「盗み聞き?」
「廊下で待たされてたんだよ」
「じゃあ」
「Sランクの話」
「うん」
「受ければ?」
レクス。
即座に。
「何で?」
「必要だから」
「誰に?」
「お前に」
「俺、困ってない」
「今はな」
「さっきも言われた」
「じゃあ同じだ」
ギルバートが。
椅子へ。
座る。
「俺、勇者の称号って」
一度。
言葉を。
選ぶ。
「昔は、持ってることに意味があると思ってた」
「うん」
「皆が見る。期待する。特別扱いされる」
「好きだった?」
「かなり」
正直。
「今は?」
「面倒」
クラウディアが。
笑う。
「急に親近感」
「でも」
ギルバート。
続ける。
「使える」
「何に?」
「通れる場所が増える。話を聞いてもらいやすい。守れる人数も増える」
「じゃあ持つ?」
「俺はな」
「Sランクも?」
「同じじゃない?」
ギルバートは。
レクスを見る。
「称号とか階級って、持つこと自体を目的にすると変になる」
「経験者?」
「かなり」
「説得力ある」
「腹立つな」
「でも」
ギルバートは。
苦笑。
「使えるなら使えよ」
「面倒でも?」
「面倒なら断る」
「簡単に言う」
「お前、最近断れるようになっただろ」
「少し」
「じゃあ大丈夫だ」
「本当に?」
「俺よりは」
「基準低くない?」
「低い」
「自分で言うな」
◇
ヴァレルが。
少し。
面白そうに。
ギルバートを見る。
「勇者殿は、レクスをSランクへ推すと?」
「推す」
「理由は?」
「強いから」
レクス。
少し。
嫌な顔。
「それだけ?」
「じゃない」
ギルバート。
笑う。
「逃げるようになったから」
「褒めてる?」
「褒めてる」
「聞こえ悪い」
「前よりな」
ギルバートは。
真面目に。
言う。
「無理なら逃げる。分からないなら聞く。誰かに任せる。最近それができる」
「昔の俺、そんなひどかった?」
「かなり」
「お前に言われたくない」
「俺もひどかった」
「それは認めるんだ」
「認める」
クラウディア。
小さく。
笑う。
「似た者同士ね」
「そこは違う」
二人。
同時。
返す。
余計。
似ている。
◇
ミリアが。
腕を組む。
「一つ」
「何?」
レクス。
「私からも」
「受付として?」
「ベルン支部として」
「はい」
「Sランクになってください」
レクスが。
止まる。
「何でミリアまで」
「処理が楽になるからです」
「本音?」
「かなり」
「どう楽に?」
「今」
ミリアが。
淡々。
言う。
「AランクのレクスさんへSランク級案件が来るたび、支部内で確認が必要です」
「何を?」
「受けさせていいのか。中央承認がいるのか。報酬区分は。事故時の責任は。騎士団との指揮系統は」
「そんなやってた?」
「全部裏で」
「知らなかった」
「でしょうね」
「大変?」
「かなり」
「じゃあ」
「Sランクになれば、少なくとも制度上は整理できます」
「ミリアが楽になる?」
「はい」
「それは」
レクス。
少し。
考える。
「大事かも」
「私のため?」
「いつも依頼断ってくれるから」
「……そこまで言われると」
ミリアが。
少しだけ。
言葉に詰まる。
「何?」
「いえ」
クラウディアが。
横。
笑う。
「珍しく照れた?」
「照れていません」
「顔少し赤い」
「室内が暑いだけです」
「窓開いてるわよ」
「クラウディアさん」
「はいはい」
◇
「でも」
レクスは。
まだ。
一つ。
引っかかる。
「Sランクになったら」
「はい」
ヴァレル。
「有名になる?」
全員。
黙る。
「……今さら?」
ギルバート。
「もう有名だろ」
「そう?」
「王都で囲まれたじゃん」
「忘れたかった」
「無理だろ」
「Sになるともっと?」
「多少」
クラウディア。
「嫌だ」
「そこは諦めなさい」
「何で」
「深層王倒した時点で遅い」
「皆で」
「分かってる。でも民衆は分かりやすい肩書きが好きなの」
「『九十九パーセントの黒魔導士』で十分じゃない?」
「それもかなり目立つ」
「じゃあ変わらない?」
「むしろSランクの方が説明しやすいかもね」
「どういうこと?」
「今は『Aランクなのに神話級を九十九削る変な人』でしょう」
「変な人?」
「制度上」
「言い方」
「Sランクなら『Sランクだから強い』で少し収まる」
「本当?」
「たぶん」
「たぶんか」
◇
「結論」
ヴァレルが。
最後。
言う。
「今日決める必要はない」
「よかった」
「ただし推薦自体は正式に出す」
「断っても?」
「構わない」
「審査だけ受けて」
「昇格を辞退することもできる」
レクス。
少し。
目を上げる。
「途中で?」
「最終承認前なら」
「じゃあ」
ヴァレル。
笑う。
「受けてみるか?」
レクスは。
すぐには。
答えなかった。
Sランク。
昔。
それは。
遠い。
特別な。
強者。
クラウディアたちみたいな。
自分とは。
違う人間のもの。
そう。
思っていた。
今は。
自分のところへ。
その話が。
来ている。
でも。
嬉しいかと言われると。
少し。
違う。
怖いか。
それも。
少し。
違う。
「審査だけ」
レクスが言った。
「受ける」
ミリア。
少し。
笑う。
クラウディア。
納得したように。
頷く。
ギルバート。
「いいじゃん」
「昇格するとは言ってない」
「分かってる」
「受けてから考える」
「それでいいだろ」
「ただ」
ヴァレル。
「何だ?」
「若手指導審査は逃げられない」
レクス。
止まる。
「それ、本当に必要?」
「必要」
「何教える?」
「君が考えろ」
「無理かも」
「無理なら」
ヴァレル。
少し。
楽しそうに。
「審査で落ちるだけだ」
レクス。
露骨に。
嫌な顔。
「魔物倒す方が簡単そう」
「Sランクは魔物だけ倒していればいい階級ではない」
「面倒だな」
「今さらだ」
◇
会議が。
終わる。
階段。
降りる。
レクスは。
釣り道具を。
受付脇から。
取る。
ギルバートが。
隣。
「そのまま行くの?」
「川」
「俺も」
「今日は三日に一回じゃない」
「Sランク推薦記念」
「記念してない」
「じゃあ審査開始記念」
「勝手に増やすな」
クラウディアも。
後ろから。
「私も行こうかな」
「釣りする?」
「見るだけ」
「何で」
「Sランク候補が、若手へ何を教えるか悩みながら魚釣るところ見たい」
「楽しんでる?」
「かなり」
「やっぱり性格悪いな」
「今さらでしょう」
◇
川辺。
午後。
水面。
静か。
レクス。
竿。
ギルバート。
隣。
クラウディア。
少し離れた木陰。
「なあ」
ギルバートが。
浮きを見ながら。
言う。
「何?」
「若手に何教える?」
「分からない」
「戦い方?」
「俺、攻撃魔法使えない」
「弱体化」
「真似できない」
「じゃあ」
「そこなんだよ」
レクスは。
本気で。
困っていた。
自分にできること。
深淵呪詛。
抵抗を落とす。
筋力を落とす。
魔力を落とす。
吸収。
再生。
そういう。
真似できない話。
「逃げ方とか?」
ギルバート。
「お前が言う?」
「今は言える」
「確かに」
「限界言うとか」
「それも」
「仲間の状態聞くとか」
「……それも使えるな」
レクス。
少し。
考える。
「敵を倒す方法じゃなくてもいい?」
クラウディアが。
木陰から。
返す。
「むしろ、その方がいいんじゃない?」
「Sランクの指導なのに?」
「若手へ神話級の倒し方教えてどうするのよ」
「使わないな」
「まず死なないこと」
クラウディアが。
言う。
「そこからでしょう」
レクス。
少し。
目を細める。
死なない。
昔。
当たり前すぎて。
あまり。
考えなかった。
勝つ。
倒す。
進む。
それより。
前。
「……それなら」
「何?」
「少し教えられるかも」
ギルバートが。
笑う。
「いいじゃん」
「まだ分からない」
「またそれ」
「分からないものは分からない」
「最近の口癖になってない?」
「便利だから」
「ミリアみたいになってきたな」
「それは嫌じゃない」
「本人喜ぶかもな」
浮き。
沈む。
レクス。
見る。
「ギルバート」
「何?」
「来てる」
「え」
浮き。
沈む。
「今?」
「まだ」
「また待つの?」
「待て」
「Sランク審査より難しいんだけど」
「まだ受けてもないだろ」
「今?」
「まだ」
「今?」
「まだ」
「今!?」
「今!」
ギルバート。
竿。
上げる。
魚。
水面。
跳ねる。
今度は。
逃げない。
「よし!」
「静かに」
「釣れた!」
「見れば分かる」
「二回目!」
「回数数えてたの?」
「当然」
クラウディアが。
笑う。
「勇者って、意外と小さいことで喜ぶのね」
「悪いか?」
「全然」
レクスは。
魚を見る。
小さい。
でも。
前より。
少し大きい。
「成長したな」
「俺が?」
「魚」
「そっち?」
「お前も少し」
「少しかよ」
世界最強を雑魚に変える黒魔導士。
その次の仕事は。
若手へ。
どうすれば死なずに帰れるかを教えることになりそうだった。
レクスは。
深層王より。
少しだけ。
難しいかもしれないと思った。




