第44話 弱くするだけでは救えない
ベルンへ戻って四日目。
レクスは、ようやく「何も起きない一週間」という目標が現実になるかもしれないと思い始めていた。
初日は王都から追加報告書が届いた。
二日目はアデルから、深層王の核に刻まれていた術式について長文の質問状が三通届いた。
三日目はギルバートが釣り竿を持って朝から現れ、昼まで一匹も釣れず、「この川、俺だけ避けてないか」と魚に理不尽な疑いを向けて帰っていった。
それでも、討伐依頼は受けていない。
災害級魔獣も出ていない。
地面も揺れていない。
四日目の朝。
レクスはベルン近郊の川辺で、ようやく平穏らしい平穏を味わっていた。
「今日は来ないな」
浮きを見ながら呟く。
魚のことではない。
人だ。
ギルド職員も。
騎士団の伝令も。
勇者も。
《銀翼》も。
誰も来ない。
川には朝霧が薄く残り、対岸の葦が風に擦れている。水の匂いと湿った土の匂いが混ざり、少し離れた畑では農夫が鋤を入れる音が聞こえた。
これでいい。
むしろ。
これがいい。
浮きが一度だけ沈む。
レクスは慌てない。
待つ。
もう少し。
「今――」
「レクスさん!」
背後から。
声。
浮きが戻った。
魚が逃げた。
レクスは。
ゆっくり。
後ろを振り返った。
走ってくるのは。
見覚えのあるギルド職員。
「……緊急?」
「いえ!」
「じゃあ明日」
「ミリアさんが、そう言うと思うから連れてこいって!」
「先回りされた」
職員が申し訳なさそうに息を整える。
「すみません。でも、今回は依頼というより相談です」
「相談?」
「はい」
「俺じゃないと駄目?」
「そこを判断してほしいそうです」
レクスは。
川を見る。
浮き。
静か。
「魚、今逃げた」
「……申し訳ありません」
「君が悪いわけじゃない」
分かっている。
分かっているが。
少し悲しい。
レクスは釣り竿を畳んだ。
「行く」
◇
冒険者ギルドの奥。
普段は負傷者や事情のある依頼人を通す小部屋に、若い男が一人座っていた。
十七、八歳。
まだ少年と呼んでもおかしくない。
栗色の髪。
細身。
冒険者用の革鎧を着ているが、右腕だけ。
何重にも布が巻かれている。
「この人?」
レクスが聞く。
ミリアが頷く。
「Dランク冒険者、カイル・レーネン。登録から一年半です」
「怪我?」
「違います」
カイル本人が答えた。
声は小さい。
でも。
聞こえる。
「巻いてるのは……抑えるためです」
「何を?」
「腕を」
「腕?」
「力が入るんです」
意味が分からず。
レクスはミリアを見る。
「説明します」
ミリアが机の書類を開いた。
「カイルさんは、半年前に特殊技能《剛体励起》を発現しました」
「身体強化?」
「はい。ただし通常の自己強化とは少し違います。筋力、反射速度、骨格強度、痛覚耐性を一時的に大幅上昇させる」
「便利そう」
「本来なら」
カイルの指が。
膝の上で。
僅かに縮む。
「発動条件は?」
「本人の意思ではありません」
ミリアが答える。
「恐怖、緊張、危機感。そういった強い感情へ反応して自動発動します」
「止められない?」
「今のところ」
「どのくらい強くなる?」
ミリアが。
少しだけ。
間を置いた。
「平常時の四倍から、最大で七倍程度」
レクスが。
カイルを見る。
「Dランクで?」
「はい」
「それなら」
「一度」
カイルが。
自分から言った。
「仲間の腕を折りました」
部屋が。
静かになる。
「事故?」
「……はい」
「何があった?」
カイルは。
すぐには答えなかった。
喉が。
動く。
「森でゴブリンの群れに囲まれました」
レクスは。
黙って聞く。
「俺、怖くて」
「うん」
「それで勝手に発動して……仲間が肩を掴んだんです。落ち着けって」
巻かれた右腕。
カイルは。
そこを見る。
「振り払っただけでした」
「でも折れた」
「はい」
声が。
さらに小さくなる。
「そのあと、ゴブリンは全部倒しました」
「一人で?」
「ほとんど」
「仲間は?」
「治りました」
「今は?」
「一緒にいます」
「辞めてない?」
「……辞めてないです」
そこだけ。
少し強かった。
「でも」
カイルは続ける。
「俺が怖いんです」
レクスは。
意味を取り違えないように。
聞いた。
「仲間が?」
「自分が」
すぐ返ってきた。
「またやるかもしれないから」
◇
レクスは。
右腕を見る。
布。
何重。
力が出ないよう。
少しきつく巻いている。
「それ、意味ある?」
「気休めです」
「だよな」
七倍まで上がるなら。
布くらい。
簡単に破る。
「戦わなければ発動しない?」
「最近は」
カイルが唇を噛む。
「戦わなくても出ます」
「例えば?」
「人混みで肩をぶつけた時とか。後ろから急に呼ばれた時とか」
「びっくりして?」
「はい」
「今も?」
「……少し」
「発動してる?」
「してません」
「どうして分かる?」
「腕が熱くなるんです」
レクスは。
少し考える。
「見てもいい?」
カイルが身構えた。
「……何を?」
「技能」
「俺に?」
「ああ」
「弱くするんですか」
声が。
変わった。
レクスは。
そこへ気づく。
「必要なら」
「どのくらい?」
「まだ決めてない」
「九十九パーセント?」
カイルの顔が。
僅かに。
強張る。
噂。
やはり。
そこまで届いている。
「それが希望?」
「……分かりません」
「じゃあ先に見るだけ」
レクスは。
手を伸ばさない。
近づかない。
「触らないから」
カイルが。
少しだけ。
息を吐く。
「お願いします」
《深淵呪詛》。
攻撃ではない。
対象を。
見る。
筋力。
反射。
骨格。
痛覚。
そのさらに奥。
技能発動回路。
「……変だな」
レクスが言った。
ミリアがすぐ反応する。
「何がです?」
「強化自体は普通」
「普通?」
「強いけど」
カイルの技能は。
壊れているわけではない。
少なくとも。
深層王の人工術式のような。
外からねじ込まれた異物はない。
「問題は発動条件」
「感情反応?」
「そう」
恐怖。
危険。
緊張。
そこから。
強化へ。
直接。
繋がっている。
「止められる?」
カイルが。
すぐ聞いた。
「一時的なら」
レクスは答える。
「強化量を落とせる」
「どのくらい?」
「必要なら九割以上」
カイルの顔が。
少し。
明るくなった。
「じゃあ」
その反応が。
早すぎた。
「お願いします」
「待って」
「何で?」
「ずっと?」
「はい」
「ずっと弱くしてほしい?」
「その方がいいです」
「冒険者は?」
「辞めてもいい」
答えは。
早い。
早すぎる。
「本当に?」
「はい」
「仲間は?」
「迷惑かけるくらいなら」
「カイルさん」
ミリアが。
静かに名前を呼んだ。
カイルは。
そちらを見ない。
「俺がいない方が安全なんです」
レクスは。
少し黙った。
何か。
引っかかる。
理屈は分かる。
暴走するなら。
力を弱くする。
危険が減る。
簡単だ。
自分にできる。
でも。
「一回やってみる?」
レクスが言う。
「何を?」
「強化を落とす」
「今?」
「今」
カイルが。
驚く。
「ここで?」
「試すだけ」
「危なくない?」
「危険な発動はさせない」
レクスは。
技能そのものへ。
軽く。
《深淵呪詛》。
「出力低下、七十パーセント」
カイルが。
腕を見る。
「……分からない」
「今は発動してないから」
「じゃあ」
「試験場行こう」
◇
ギルド裏の訓練場。
広い。
周囲。
人払い。
ミリア。
それから。
カイルの仲間が三人。
来ていた。
「いたの?」
レクスが聞く。
カイルが。
明らかに。
嫌そうな顔をした。
「呼んでません」
「私が呼びました」
ミリアが言う。
「何で」
「本人たちの話も必要だと思ったので」
三人。
剣士の青年。
弓使いの少女。
小柄な治癒術師。
年齢は。
カイルと同じくらい。
最初に口を開いたのは。
剣士だった。
「カイル」
「帰ってくれ」
「嫌だ」
「今は」
「嫌だ」
強い。
「俺たちの話なのに、勝手に一人で決めるな」
「俺がまた怪我させるかもしれないだろ!」
「だからって消えるのか!」
「そうした方がいい!」
「誰にとって!」
カイルが。
黙る。
剣士も。
そこで。
言い過ぎたと思ったらしい。
少し。
声を落とす。
「……俺たちに聞いたか?」
「聞けるわけないだろ」
「何で」
「『俺と組んでたらまた腕折るかもしれないけど、続ける?』って聞くのかよ!」
「聞けよ!」
「嫌だよ!」
「俺は聞かれたい!」
訓練場。
静か。
弓使いの少女が。
小さく。
息を吐く。
「二人とも、声大きい」
「悪い」
「ごめん」
同時。
それだけで。
昔から一緒だったのが分かる。
レクスは。
会話へ割り込まなかった。
まず。
聞く。
カイルの話だけでは。
足りない。
「腕折られたのは?」
レクスが聞く。
剣士が。
自分の左腕を上げた。
「俺です」
「怖くない?」
「怖いです」
即答。
カイルが。
そちらを見る。
「ほら」
「でも」
剣士は。
続ける。
「一緒にやりたくないとは言ってない」
「同じだろ」
「違う」
「何が」
「お前の力が怖い。でもお前は仲間だ」
カイルは。
返事ができない。
「それ、両立するの?」
レクスが聞く。
剣士が。
少し考える。
「します」
「どうやって?」
「分かりません」
「正直だな」
「分かってたら、もう解決してます」
「それはそう」
弓使いの少女が。
レクスを見る。
「だから来たんです」
「俺に?」
「はい」
「弱くしてほしい?」
「……そこも」
少女は。
言葉を選ぶ。
「でも、ずっと弱くしてほしいわけじゃないです」
カイルが。
顔を上げる。
「何で」
「だって」
彼女は。
少し怒ったように。
「それ、お前の力じゃん」
「だから困ってるんだろ」
「困ってるから捨てるの?」
「捨てた方がいいなら!」
「誰が決めたの!」
「俺だよ!」
「一人で決めるな!」
また。
声。
上がる。
今度は。
治癒術師の少女が。
口を挟んだ。
「私、カイルの力に助けられたこともある」
カイルが。
黙る。
「崖崩れの時」
「……あれは」
「私を引っ張り出してくれた」
「でも」
「強すぎるのは怖い」
彼女は。
そこで。
はっきり言った。
「でも、なくなればいいとも思わない」
人の気持ちは。
面倒だ。
怖い。
でも嫌いではない。
危ない。
でも失いたくない。
どちらか。
一つに。
ならない。
レクスは。
そういうものを。
以前より。
少し。
分かるようになっていた。
◇
「試すぞ」
レクスが言う。
カイルが。
こちらを見る。
「何を?」
「今、強化出力七十パーセント落としてる」
「それで?」
「軽い刺激で発動するか見る」
「怖いです」
「怖いって言えるなら大丈夫」
「それ関係あります?」
「最近、結構大事だと思ってる」
レクスは。
木剣を持つ。
「俺が前から近づく」
「それだけ?」
「急に振る」
「避ければ?」
「避けていい」
「反撃は?」
「しないで」
「分かりました」
レクスは。
距離を取る。
木剣。
構える。
「行く」
一歩。
カイル。
固い。
二歩。
まだ。
三歩。
突然。
振る。
木剣。
肩。
狙い。
当てるつもりはない。
寸前で。
止める。
カイルの身体。
反応。
腕。
熱。
「来た!」
本人が叫ぶ。
技能。
発動。
筋力。
反射。
上がる。
でも。
七十パーセント。
落ちている。
カイルは。
反射的に。
レクスの木剣を。
掴んだ。
「……あ」
木剣。
折れなかった。
レクスの腕も。
無事。
「止まった?」
レクスが聞く。
カイルは。
自分の手を見る。
「……はい」
「力は?」
「出てる。でも」
「どのくらい?」
「普通より強いけど……怖くない」
「誰が?」
「自分が」
それは。
大きい。
「じゃあ」
レクスが言う。
「この状態で制御できるか試す」
「制御?」
「自分で止める」
「無理です」
「まだやってない」
「今まで何度もやりました」
「今まで七倍だった」
カイルが。
黙る。
「今は?」
「……二倍くらい?」
「それなら」
レクスは。
折れていない木剣を。
もう一度構える。
「練習できる」
◇
一時間。
最初は。
簡単なこと。
発動したら。
拳を握らない。
肩を下げる。
呼吸。
長く。
足。
一歩。
下げる。
「そんなので?」
カイルは。
半信半疑だった。
「やってみる」
「はい」
「強くなったら?」
「……離れる」
「誰から?」
「仲間から」
「どのくらい?」
「三歩」
「いい」
次。
木剣。
振る。
発動。
「熱い!」
「三歩!」
カイル。
一歩。
二歩。
三歩。
下がる。
「握るな!」
拳。
途中。
開く。
「呼吸!」
「分かってます!」
「分かっててもやる!」
「はい!」
荒い。
呼吸。
少し。
落ちる。
技能。
切れない。
「まだ続いてる」
「いい」
「よくない!」
「暴れてない」
「でも!」
「そこを見る」
カイルが。
怒るように。
レクスを見る。
「何でそんな簡単に言えるんですか」
「簡単じゃない」
「あなたは自分の力、制御できるから」
刺さる。
レクスは。
少し。
黙る。
「俺も」
「何です?」
「昔、自分の力がどのくらいか分かってなかった」
「でも暴走はしなかったでしょう」
「しなかった」
「じゃあ違う」
「違う」
無理に。
同じにしない。
「でも」
レクスは続ける。
「力のせいで、自分まで決めつけたことはある」
カイルが。
少し。
聞く顔になる。
「攻撃魔法が使えない」
「知ってます」
「だから自分は戦えないと思ってた」
「でも今は」
「違った」
「それと俺が?」
「同じじゃない」
「じゃあ」
「同じじゃないけど」
レクスは。
カイルの腕を見る。
「今の力だけで、お前全部を決めなくていい」
カイルは。
何も言わない。
「暴走する」
「はい」
「危ない」
「はい」
「それは事実」
「……はい」
「でも」
仲間たちを見る。
「それだけでもないんだろ」
カイルの目が。
揺れる。
◇
午後。
訓練を続ける。
出力七十パーセント低下。
それでも。
強化は。
出る。
ただ。
制御可能。
最初。
三歩下がるのに。
五秒。
かかった。
次。
三秒。
次。
二秒。
「また!」
レクスが言う。
「休ませてください!」
「疲れた?」
「疲れました!」
「なら休む」
「急に素直ですね」
「疲れてる奴へ続けさせても意味ない」
カイルは。
地面へ座る。
仲間。
三人。
近く。
来る。
剣士が。
水袋を。
投げる。
「ほら」
「……ありがとう」
「手、震えてるぞ」
「見れば分かる」
「怖かった?」
「怖いよ」
「俺も」
カイルが。
水を飲みながら。
剣士を見る。
「何が」
「お前がまた爆発するか」
「言い方」
「でも」
剣士は。
笑わない。
「前よりは怖くない」
「何で」
「止まってたから」
「レクスさんが弱くしてるからだろ」
「そうだけど」
「なら俺の力じゃない」
「今はそれでいいだろ」
「よくない」
「何で?」
「これ切れたら戻る」
カイルは。
そこを。
分かっている。
レクスも。
だから。
言う。
「ずっと七十パーセント落とす気はない」
カイルが。
すぐ。
顔を上げた。
「何で!」
「これ、治療じゃない」
「でも暴走止まってる!」
「止まりやすくしてるだけ」
「それでいい!」
「よくない」
カイルの顔に。
怒り。
出る。
「何であなたが決めるんですか!」
さっき。
仲間へ。
言われた言葉。
今度は。
レクスへ。
「俺の力でしょう!」
「そう」
「なら弱くしてください!」
「ずっと?」
「はい!」
「冒険者辞めても?」
「はい!」
「本当に?」
「何回聞くんですか!」
「お前、さっき訓練で」
レクスは。
淡々と。
言う。
「止められた時、嬉しそうだった」
カイルが。
固まる。
「……何が」
「自分で拳開けた時」
「違います」
「何が?」
「別に」
「じゃあ」
「別に!」
声。
大きい。
仲間三人は。
黙っている。
「冒険者辞めたいなら」
レクスが言う。
「辞めてもいい」
カイルが。
少し。
驚く。
「止めない」
「……え」
「向いてないと思うなら別の仕事すればいい」
「だったら」
「でも」
一拍。
「暴走するから、自分はもう何もできないって決めるのは違うと思う」
カイルの目が。
また。
揺れる。
「俺」
声が。
少し。
弱くなる。
「また怪我させたら」
「その可能性はある」
「あるって」
「ないとは言えない」
「じゃあ!」
「だから練習する」
「それで絶対大丈夫?」
「絶対は無理」
「無責任だ」
「そうだな」
カイルが。
言葉を失う。
「でも」
レクスは。
続ける。
「今まで七倍になる力を、いきなり制御しろって無理だった」
「……はい」
「なら最初は二倍」
「それで」
「二倍を制御できたら、次は三倍」
「……」
「四倍」
「……」
「少しずつ戻す」
カイルが。
右腕を見る。
「戻す?」
「ああ」
「弱くしたままじゃなく?」
「訓練中だけ弱くする」
「終わったら?」
「戻す」
「怖いです」
「分かる」
「分かるって」
「怖いなら」
レクスは。
言う。
「怖い状態で、できる範囲を増やせばいい」
◇
その日の夕方。
カイルの強化出力は。
七十パーセント低下から。
六十パーセント低下へ。
ほんの少し。
戻した。
「上げるぞ」
「待ってください」
「怖い?」
「はい」
「じゃあ一分」
「一分で何が変わるんです」
「気持ち」
「そんな簡単に」
「変わらなくてもいい」
「……」
一分。
本当に。
待つ。
レクスは。
何も言わない。
カイルが。
自分で。
呼吸。
整える。
「……やってください」
「いい?」
「はい」
六十。
発動。
さっきより。
強い。
カイルの身体が。
硬くなる。
腕。
熱。
「三歩!」
一歩。
二歩。
三歩。
「拳!」
握る。
途中。
開く。
「呼吸!」
吐く。
長く。
「仲間は?」
カイルが。
周囲を見る。
三人。
いる。
「近づくな!」
自分から。
言えた。
剣士が。
すぐ止まる。
「分かった!」
弓使い。
「こっち見て!」
「見てる!」
治癒術師。
「呼吸続けて!」
「分かってる!」
今度は。
レクスだけではない。
仲間が。
声。
掛ける。
技能。
発動。
十秒。
二十秒。
三十秒。
徐々に。
熱。
下がる。
強化。
切れる。
カイルの肩が。
落ちる。
「……止まった」
「自分で?」
レクスが聞く。
「分かりません」
「分からない?」
「時間切れかもしれない」
「じゃあ次確認」
「また?」
「嫌なら今日は終わり」
カイルは。
少し。
迷う。
「……もう一回」
剣士が。
笑った。
「やる気あるじゃん」
「うるさい」
「辞めるんじゃなかったのか?」
「まだ決めてない!」
「お前、朝は決めたって」
「今は違う!」
言ってから。
カイル自身。
止まる。
今は。
違う。
それを。
自分で。
言った。
◇
訓練終了後。
ギルド。
ミリアが。
記録をまとめる。
「結論は?」
レクスが聞く。
「こちらが聞きたいです」
「俺?」
「今後の対応」
「ああ」
レクスは。
カイルを見る。
「毎日は無理」
「そこから?」
「休みたいから」
ミリアが。
少し。
呆れた。
「重要ですね」
「重要」
「では週何回?」
「三」
「多くないですか?」
「一回一時間くらい」
「誰が立ち会う?」
「俺だけじゃなくていい」
カイルが。
不安そうに聞く。
「他の人でも?」
「強化出力を下げるのは俺」
「はい」
「でも訓練自体は仲間とできる」
「弱くしてもらった後?」
「ああ」
レクスは。
ミリアへ言う。
「俺が最初に出力を落とす。その状態で、ギルドの訓練担当と仲間が制御練習」
「なるほど」
「慣れたら低下率を減らす」
「最終的には?」
「俺の術なし」
カイルが。
口を開く。
「できると思います?」
レクスは。
少し考える。
「分からない」
「……そこは『できる』って言ってくれないんですか」
「できるかもしれない」
「弱いなあ」
「嘘よりいいだろ」
「それは」
カイルが。
少し笑う。
「そうですね」
朝。
初めて見た時より。
顔が。
違う。
問題は。
解決していない。
暴走も。
なくなっていない。
それでも。
「なくしたい」だけでは。
なくなった。
◇
「一つだけ」
レクスが言う。
「何です?」
「訓練中に無理だと思ったら言う」
「はい」
「仲間も」
三人を見る。
「カイルが危ないと思ったら言う」
「分かりました」
「我慢して続けない」
「はい」
「それから」
レクスは。
カイルを見る。
「怖いなら怖いって言う」
「……それ、そんな大事です?」
「結構」
「あなたも言うんですか」
「最近は」
「前は?」
「言ってなかった」
「何で」
「格好悪いと思ってたわけじゃないけど」
「じゃあ?」
レクスは。
少し考える。
「言う必要ないと思ってた」
「今は?」
「あると思う」
カイルが。
少しだけ。
目を細める。
「世界最強でも?」
「それ関係ない」
「皆そう言いますよね」
「誰が?」
「勇者様も、この前ギルドで似たこと言ってました」
「何言ってた?」
「『怖い時に怖いと言える方が、前より戦いやすい』って」
レクスは。
少し笑った。
「それなら正しいかも」
◇
翌朝。
レクスは。
また川辺にいた。
昨日。
結局。
釣りは。
ほとんどできなかった。
「今日は来ないでほしい」
浮き。
見る。
静か。
五分。
十分。
二十分。
誰も。
来ない。
「よし」
小さく。
言う。
その時。
後ろから。
足音。
「レクス!」
「……誰」
振り返る。
ギルバート。
釣り竿。
「何で」
「休みだから」
「三日に一回って言った」
「今日三日目」
「数えてたの?」
「当然」
「暇なの?」
「休みだって」
ギルバートが。
隣へ座る。
「昨日、ギルドで面白い話聞いた」
「カイル?」
「ああ」
「もう広まってる?」
「受付の近くで仲間が嬉しそうに話してた」
「何を?」
「レクスに弱くしてもらったら、暴走を制御する練習ができたって」
「まだ途中」
「でも」
ギルバートは。
釣り糸を。
投げる。
前より。
少しだけ。
まっすぐ。
「お前の力、敵以外にも使えるんだな」
「前から呪いの治療には使ってた」
「そうじゃなくて」
「何?」
「強すぎるものを」
ギルバートは。
川を見る。
「安全なところまで下げる」
レクスは。
少し。
考える。
「そうだな」
「でもずっと弱くはしないんだろ」
「ああ」
「何で?」
「それじゃ本人の力じゃなくなる」
「……そうか」
ギルバートの浮き。
沈まない。
「俺」
少し。
間。
「昔、お前の弱体化がずっとある状態に慣れすぎてたのかもな」
レクスは。
横を見る。
「急に何?」
「いや」
「深い話する場所じゃないぞ」
「釣りって暇だから考えるんだよ」
「それがいいんだろ」
「少し分かってきた」
「本当に?」
「まだ魚は釣れないけど」
「そこは別」
二人。
川。
見る。
「弱くするだけじゃ」
ギルバートが言う。
「駄目な時もあるんだな」
レクスは。
昨日のカイルを。
思い出す。
七倍。
怖い。
仲間。
辞めたい。
でも。
もう一回。
やってみたい。
「ああ」
静かに。
答える。
「弱くするのは、始めるためでもいい」
「何を?」
「自分で扱えるようになるまでの」
レクスは。
浮きを見る。
「練習」
その瞬間。
ギルバートの浮きが。
沈んだ。
「来た!」
「静かに」
「今?」
「まだ」
「また待つのか!」
「練習だろ」
「何の!」
「待つ」
「お前、今いい話した直後にそれ使うなよ!」
「魚逃げるぞ」
「それ先に言え!」
ギルバートが。
慌てて声を落とす。
レクスは。
少し笑った。
人でも。
力でも。
何でも。
強ければいいわけではない。
弱くすれば。
全部解決するわけでもない。
たぶん。
その間に。
本人が立てる場所を作る。
それも。
自分の力の使い方なのかもしれなかった。




