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第41話 世界最強の黒魔導士、休暇を取れない

 深層王を倒した翌週、レクスは人生で初めて「何もしないこと」に本気で取り組んでいた。


 朝は目覚まし代わりの鐘が鳴っても、急いで起きない。


 依頼書を読まない。


 魔物の討伐予定を確認しない。


 騎士団の伝令が来ないことを祈り、昼前になったら釣り竿を持って川へ行く。


 腹が減れば適当に食べて、眠ければ昼寝をする。


 そういう生活を三日ほど続けて。


 レクスは思った。


「……これが休みか」


「今まで何だと思ってたの?」


 川岸で、クラウディアが呆れたように尋ねた。


「依頼と依頼の間に空く日」


「それは休みじゃなくて空き時間ね」


「似たようなものだろ」


「全然違うわよ。あなたの場合、空いてたらギルドへ行って『何かあります?』って聞くでしょう」


「最近は聞いてない」


「最近、世界があなたを探しに来るからね」


 返す言葉がなかった。


 レクスは川面へ視線を戻す。


 今日は珍しく、本当に何も起きていない。


 上流で魔物が暴れている気配もない。


 騎士団からの緊急伝書もない。


 地面の下で四百年前の災厄が寝返りを打つこともない。


 浮きが水面で小さく揺れる。


 それだけ。


「いいな」


「何が?」


「何も起きない」


「深層王と戦った直後だから余計そう思うんでしょうね」


「たぶん」


 少し離れた場所では、ギルバートが同じく釣り糸を垂らしていた。


 昨日に続いて二日目。


 初日は十五分で「暇だ」と言い出し、三十分で魚に喧嘩を売り、最後は「こいつら絶対俺を馬鹿にしてる」と本気で言い始めた。


 今日は。


 最初から妙に静かだった。


 クラウディアが小声で聞く。


「何してるの、あれ」


「我慢してる」


「何を?」


「喋るの」


「そこまでして釣りする必要ある?」


「俺に聞かれても」


 すると。


 ギルバートの浮きが沈んだ。


 本人はすぐに動かなかった。


 昨日の失敗を覚えている。


 待つ。


 少し。


 もう少し。


「今?」


 小声。


「まだ」


 レクスも小声で返す。


「今?」


「もう少し」


「逃げない?」


「たぶん」


「たぶん?」


「魚のことは断言できない」


 ギルバートの顔が苦しそうに歪む。


 勇者が災害級魔獣へ向かう時より真剣な顔をしていた。


「今!」


 レクスが言う。


「よし!」


 竿を上げる。


 水面が弾ける。


 銀色の小魚が。


 ほんの一瞬。


 空中へ出た。


 そして。


 落ちた。


「あっ」


 ギルバートの声。


 魚は。


 逃げた。


 沈黙。


 クラウディアが口元を押さえる。


 レクスも。


 少し笑いそうになった。


「……今の釣れただろ」


「針外れた」


「何で?」


「合わせが強すぎた」


「強い方がいいんじゃないのか?」


「魚が相手だからな」


「加減が必要?」


「ああ」


「……また加減か」


 ギルバートが竿を見つめる。


「最近、何やってもそれだな」


「何が?」


「力いっぱいやればいいわけじゃないって話」


「勇者なのに?」


「勇者だからこそ、らしい」


 少し自嘲するように笑った。


 でも。


 昔ほど。


 その言葉を嫌がっていない。


「次は釣れる」


「そう?」


「絶対」


「魚相手に絶対って言うな」


「勇者の意地だ」


「だから関係ないって」


 クラウディアがとうとう笑い出した。


     ◇


 そんな平和な時間が。


 終わったのは。


 昼過ぎだった。


「レクスー!」


 川沿いの道から。


 聞き慣れた声。


 レクスは。


 浮きを見たまま。


 嫌な予感を覚えた。


「聞こえないふりしようかな」


「誰?」


 クラウディアが振り返る。


 ギルバートも見る。


 走ってくるのは。


 冒険者ギルドの若い職員だった。


 肩で息。


 手には。


 封筒。


「レクスさん!」


「やっぱり俺か」


「ギルドからです!」


「緊急?」


「いえ!」


「じゃあ明日」


「ミリアさんが、『緊急ではないけど今日中に一回顔を出せ』って!」


「直接?」


「はい!」


 レクスは。


 竿を見る。


 川を見る。


 空を見る。


「……休みなのに」


 職員が気まずそうな顔をした。


「私もそう言ったんですが」


「ミリアは?」


「『知ってます。それでも来てもらいます』と」


「強いな」


 ギルバートが感心する。


「お前、ギルドでは弱いの?」


「人間相手だから」


「またそれか」


     ◇


 ベルン冒険者ギルド。


 中へ入った瞬間。


 レクスは。


 帰りたくなった。


 受付横。


 机。


 その上に。


 紙。


 紙。


 紙。


 さらに紙。


「何これ」


 ミリアが。


 いつもの落ち着いた顔で答える。


「あなた宛の依頼書です」


「前より増えてない?」


「増えました」


「何件?」


「今日だけで三十七件」


「今日だけ?」


「三日前から合わせると百四十八件」


「何で増えた?」


「深層王を討伐したからです」


「皆で」


「分かっています」


「なら皆に送れば」


「送られています」


「じゃあ何で俺だけこれ?」


「あなたにしかできないと思っている依頼主が多いからです」


 レクスは。


 机の紙束を見る。


 嫌な予感しかしない。


「内容は?」


「読みます?」


「短く」


 ミリアが一枚取る。


「王都北部の侯爵家から、『家宝の呪剣が夜中に呻くので弱体化してほしい』」


「危険?」


「今のところ家具を一つ壊しただけ」


「断る」


「もう断りました」


 次。


「南部商業都市から、『競合商会の護衛魔獣が強すぎるので弱くできないか』」


「それ犯罪じゃない?」


「依頼時点で却下」


「何で紙あるの?」


「記録です」


 次。


「某伯爵から、『息子が決闘で負けそうなので相手を少しだけ弱くしてほしい』」


「断る」


「当然です」


「少しって何パーセント?」


「そこ気にします?」


「一応」


「二十と書いてあります」


「具体的だな」


「悪質です」


 次。


「冒険者パーティから、『Sランク魔獣に挑みたいので九十九パーセント弱くしてほしい』」


「それは?」


「断りました」


「何で?」


 ミリアが。


 じっと。


 レクスを見る。


「聞きます?」


「うん」


「本人たちの実力はCランクです」


「……断って正解」


「でしょう?」


 さらに。


「王都の研究機関から、『深淵呪詛を百回ほど観測したい』」


「嫌だ」


「謝礼は高いです」


「嫌だ」


「一日で終わらないそうです」


「もっと嫌」


「断りました」


「ありがとう」


 ミリアは。


 書類を置いた。


「ここまで全部、断っています」


「じゃあ何で呼んだの?」


「残った七件です」


「また七」


「あなた、最近その数字に縁がありますね」


「嬉しくない」


「私もです」


 別の束。


 こちらは。


 明らかに。


 扱いが違う。


「これは?」


「私が残したもの」


「基準は?」


 ミリアは。


 指を三本立てた。


「人命に関わる」


 一つ。


「レクスさんでなければ解決が難しい」


 二つ。


「今すぐ確認する必要がある」


 三つ。


「この三条件のうち、最低二つを満たすものだけです」


「三つ全部じゃないんだ」


「全部だと、ほとんど残りません」


「それでいいんじゃない?」


「ギルド側は困ります」


「俺は困らない」


「でしょうね」


 ミリアの返事には。


 完全に諦めが混じっていた。


     ◇


「一件目」


 ミリアが読む。


「近隣村で、原因不明の衰弱者三名」


 レクスの顔が変わる。


「寄生呪詛?」


「現地治癒術師は違うと判断しています」


「なら?」


「井戸水による中毒の可能性が高い」


「俺じゃなくていい」


「はい。王都の薬師団へ回しました」


「じゃあ残すなよ」


「あなたが『自分で確認したい』と言うかと思って」


「言わない」


「進歩ですね」


「最近そればっかり言われる」


「皆、同じところを見ているんでしょう」


 二件目。


「封印武器の暴走」


「場所?」


「ベルンから馬車で二日」


「人が?」


「一名軽傷。現在は聖堂で隔離」


「専門家いる?」


「王都から呪術師が向かっています」


「じゃあ俺は?」


「予備」


「行かなくていい?」


「現時点では」


「なら行かない」


「はい」


 三件目。


 四件目。


 五件目。


 どれも。


 レクスがいなければ絶対に解決できない事件ではなかった。


 少し前なら。


 「念のため」。


 それだけで。


 全部受けたかもしれない。


 今は。


 一件ずつ。


 本当に自分が必要かを考える。


 六件目。


「王都冒険者ギルド本部から」


「嫌な予感」


「『深層王討伐時の《深淵呪詛》運用報告書の追加提出』」


「もう出した」


「アデルさんの測定記録との照合で、いくつか確認したいそうです」


「書面で答える」


「そう言うと思いました」


「行かなくていい?」


「はい」


「よかった」


 最後。


 七件目。


 ミリアは。


 なぜか。


 少し間を置いた。


「何?」


「これは依頼ではありません」


「じゃあ何?」


「王都からの正式通知です」


「……もっと嫌な予感」


 ミリアが。


 封筒を差し出す。


 王国紋章。


 さらに。


 中央冒険者ギルド。


 騎士団。


 三つの封蝋。


「何これ」


「開けてください」


「読みたくない」


「私が読んでも内容は変わりません」


「分かってる」


 仕方なく。


 開ける。


 紙。


 文章。


 上から。


 読む。


 途中で。


 止まる。


「……行かないと駄目?」


「何と?」


「王都」


「内容を最後まで読んでください」


「もう大体分かった」


「最後まで」


 レクスは。


 渋々。


 続きを読む。


『旧バルハ廃都地下災害討伐における功績確認ならびに正式褒賞授与のため、関係者は王都へ出頭されたし――』


「出頭って言い方嫌だな」


「罪人ではありません」


「分かってる」


 続き。


『王国およびエルディナ公国合同報告会を開催し――』


「合同?」


「公国側の代表も来るようですね」


『――功績に応じた褒賞、階級・権限に関する再審査、国際協力記録への登録を行う』


 レクスは。


 紙を置いた。


「休暇は?」


「終わりましたね」


「早くない?」


「世界を救った人の休みとしては短いかもしれません」


「じゃあ延ばして」


「私に言わないでください」


「断れる?」


「正式招集なので、完全に無視するのは難しいです」


「特別協力冒険者って断れるんじゃなかった?」


「依頼は」


「これは?」


「国家合同の公式報告会です」


「ずるい」


「制度に文句を言っても」


 レクスは。


 本気で嫌そうに。


 椅子へ沈んだ。


     ◇


「そもそも」


 レクスは言った。


「俺が行かなくても、アデルの記録があるだろ」


「本人確認が必要だそうです」


「クラウディアもいる」


「《銀翼》も招集されています」


「ギルバートは?」


「当然」


「セシリアとバルガス」


「同じです」


「ガレン」


「老呪術師として正式招集」


「ローディス」


「騎士団代表」


「マリアナとディアス」


「公国代表候補として来るそうです」


「……全員?」


「ほぼ」


「じゃあ俺一人いなくても」


「一番確認したい人がいないのは困るでしょう」


「何を確認するんだ」


「世界最強を九十九パーセント弱くした本人」


「皆が補助したからだ」


「それを本人が言う必要もあるんでしょう」


 レクスは。


 黙った。


 ミリアは。


 少しだけ。


 声を柔らかくした。


「嫌なのは分かります」


「褒賞?」


「人前」


「そっちも」


「面倒?」


「かなり」


「でも」


 ミリアは。


 積まれた依頼書を見る。


「一度、正式な記録を作っておいた方がいいです」


「何で?」


「今みたいな依頼が減るかもしれないから」


 レクスが。


 少しだけ。


 顔を上げる。


「本当?」


「『レクスなら何でも九十九パーセント落とせる』『一人で災厄を倒した』という噂が広がりすぎています」


「違う」


「はい」


「一人じゃ無理だった」


「それを公式に残す」


「なるほど」


 レクスは。


 少し考えた。


 依頼百四十八件。


 その原因の一つが。


 誤解。


 世界最強。


 何でもできる。


 呼べば全部解決する。


 それが。


 昔の勇者パーティと。


 少し似ている気がした。


 一人に。


 何でも。


 任せる。


「行く」


 ミリアが少し驚いた。


「思ったより早かったですね」


「言っておきたいことがある」


「何を?」


「一人でやったわけじゃないって」


「それは大事だと思います」


「それと」


「はい」


「しばらく依頼を入れないでほしい」


「それも言うんですか」


「言う」


「王都の正式報告会で?」


「駄目?」


「場によります」


「じゃあ隙を見て」


「本気ですね」


「かなり」


     ◇


 ギルドを出ると。


 入口横の壁に。


 ギルバートが立っていた。


 手には。


 釣り竿。


「待ってた?」


「少し」


「何で?」


「お前、戻ってこなかったから」


「ギルド」


「知ってる」


「帰ればよかったのに」


「今日まだ釣れてない」


「だから?」


「もう一回行く」


「まだやるの?」


「次は釣れる気がする」


「そういう時ほど釣れないぞ」


「何で?」


「魚だから」


「説明になってないだろ」


 レクスは。


 少し考える。


「明日から王都だって」


「俺も聞いた」


「嫌じゃない?」


「報告会?」


「ああ」


「嫌だ」


「お前でも?」


「当たり前だろ。貴族とか官僚の前で喋るんだぞ」


「勇者なのに」


「勇者だから慣れてると思うなよ」


「慣れてないの?」


「昔は適当に喋ってた」


「自信満々で?」


「ああ」


「今は?」


「余計なこと言わないように考えるから、前より疲れる」


「成長すると面倒だな」


「お前が言う?」


「最近思う」


 二人。


 少し歩く。


 ギルバートが尋ねた。


「それで」


「何?」


「今日はもう依頼?」


「いや」


「断った?」


「ほとんどミリアが断ってた」


「残りは?」


「俺じゃなくていいのは行かない」


 ギルバートが。


 一瞬。


 足を止めた。


「……お前が?」


「何だよ」


「いや」


「また変わったって言う?」


「言おうと思った」


「最近多いんだよ」


「仕方ねえだろ。変わってるんだから」


「お前もだろ」


「まあな」


「それで」


 レクスは。


 ギルバートの釣り竿を見る。


「行くの?」


「当然」


「明日朝早いぞ」


「一匹だけ」


「そう言う奴ほど長引く」


「釣れるまでやる」


「それを長引くって言う」


     ◇


 夕方。


 二人は。


 また川辺。


 今度は。


 クラウディアはいない。


 静か。


 本当に。


 静か。


 ギルバートの浮き。


 動かない。


 十分。


 二十分。


 三十分。


「……なあ」


「何?」


「まだ?」


「何が?」


「魚」


「知らない」


「本当に何も起きないな」


「それがいい」


「俺、少し分かってきたかも」


「釣り?」


「ああ」


「どこが?」


「待つしかないところ」


 レクスが。


 少しだけ。


 横を見る。


「嫌いじゃなかった?」


「嫌いだった」


「今は?」


「まだ好きでもない」


「じゃあ何で来た」


「練習」


「釣りの?」


「待つ練習」


 ギルバートは。


 川を見る。


「敵がいるなら斬る。問題があるならすぐ動く。前は、それが全部正しいと思ってた」


「今は?」


「動かない方がいい時もある」


「魚から学ぶ?」


「悪いか?」


「いや」


 少し笑う。


「俺も似たようなことしてる」


「休む練習?」


「ああ」


「できてる?」


「今日、ギルド行った」


「駄目じゃねえか」


「呼ばれたんだよ」


「断れ」


「国家招集は無理だった」


「それは俺も無理」


 二人で。


 ため息。


 その瞬間。


 ギルバートの浮きが。


 沈んだ。


「来た!」


「静かに」


「来た!」


「声大きい!」


「今?」


「待て!」


「どれくらい!」


「少し!」


「少しって!」


「今!」


 ギルバート。


 竿。


 上げる。


 水。


 跳ねる。


 今度は。


 魚。


 逃げない。


 小さい。


 本当に。


 小さい。


 手のひらより少し大きい程度。


 でも。


 釣れた。


 ギルバートは。


 魚を見る。


「……釣れた」


「ああ」


「本当に?」


「持ってるだろ」


「俺が?」


「そう」


 妙に。


 嬉しそうだった。


「レクス」


「何?」


「見ろ」


「見てる」


「俺が釣った」


「知ってる」


「勇者だから?」


「絶対違う」


「じゃあ実力?」


「半分くらい運」


「厳しくない?」


「釣りだから」


 ギルバートが。


 魚を見ながら。


 しばらく笑っていた。


 深層王を倒した時より。


 ずっと小さな成果。


 それでも。


 本人にとっては。


 かなり大事らしい。


「持って帰る?」


 レクスが聞く。


「どうするのが普通?」


「食べてもいいし、逃がしてもいい」


「じゃあ」


 ギルバートは。


 少し迷う。


 魚を。


 水へ戻した。


「逃がす」


「何で?」


「今日は釣れたことが分かればいい」


「珍しいな」


「そう?」


「昔なら持って帰って自慢しそう」


「……そうかもな」


 魚は。


 水の中へ消える。


「でも」


 ギルバートは竿を置く。


「次はもっと大きいの釣る」


「結局そこ?」


「負けっぱなしは嫌だ」


「魚に勝ち負けないぞ」


「ある」


「ない」


「俺にはある」


「勇者面倒だな」


「黒魔導士に言われたくない」


     ◇


 翌朝。


 ベルン冒険者ギルド前には。


 王都行きの馬車が待っていた。


 クラウディア。


 ドーガン。


 フィン。


 エルド。


 ギルバート。


 セシリア。


 バルガス。


 そしてレクス。


 ミリアが見送りに出ている。


「王都で問題を起こさないでくださいね」


「誰に言ってる?」


 レクスが聞く。


「全員です」


「俺だけじゃないんだ」


「今回は勇者様もいますから」


「何で俺?」


 ギルバートが不満そうに言う。


「過去の記録です」


「紅蓮竜?」


「それも含めて」


「どこまで残ってるんだよ!」


 セシリアが笑う。


「一生じゃない?」


「嫌だなあ……」


 レクスは馬車へ乗り込む前に。


 ミリアへ確認した。


「本当に依頼入れないで」


「王都から戻るまでは」


「戻った後も」


「緊急だけ」


「できればゼロ」


「それは約束できません」


「じゃあ一件」


「交渉始めないでください」


「商人には向いてないって言われた」


「知っています」


「だから今練習してる」


「ここで?」


「駄目?」


「駄目です」


「厳しいな」


 ミリアは。


 少しだけ笑った。


「深層王を倒した後くらい、休みたいのは理解しています」


「じゃあ」


「でも」


 指を一本立てる。


「王都で、自分の口から言ってきてください」


「何を?」


「『自分一人で全部やったわけではない』『何でも依頼すればいいと思うな』『休ませろ』」


「最後も?」


「特に最後」


「言っていい?」


「言い方は選んでください」


「難しいな」


「クラウディアさんに確認してもらってください」


「何で私?」


「レクスさんより外交向きなので」


「それは否定できない」


「俺もいるぞ」


 ギルバートが言う。


 ミリアが。


 一瞬。


 考えた。


「クラウディアさんで」


「何でだよ!」


 笑い声。


 馬車。


 動き出す。


 王都。


 褒賞。


 合同報告会。


 レクスにとって。


 深層王と戦うより気が重いものが。


 待っている。


 隣で。


 ギルバートが言った。


「そんな嫌そうな顔するなよ」


「お前も嫌って言ってただろ」


「俺は諦めた」


「早いな」


「勇者になってから何回もやってる」


「じゃあ慣れてるじゃないか」


「慣れたのは、嫌でも逃げられないってことだけ」


「役に立たない経験だな」


「お前も今日から積めるぞ」


「いらない」


「残念だったな」


 レクスは。


 馬車の窓から。


 遠ざかるベルンの街を見る。


 三日間。


 休んだ。


 たった三日。


「帰ったら」


「何?」


「今度こそ一週間休む」


 ギルバートが笑う。


「無理じゃない?」


「何で」


「お前だから」


「理由になってない」


「今まで見てれば十分だろ」


 レクスは。


 少し考え。


「……否定しづらいな」


 世界最強を雑魚にした黒魔導士は。


 どうやら。


 休暇だけは。


 まだ九十九パーセント自由にできないらしかった。

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