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第38話 俺一人じゃ削れない

 旧バルハ廃都の外へ戻ってから、最初の一時間は、誰も深層王の攻略方法を口にしなかった。


 負傷者の確認。


 魔力の回復。


 壊れた盾や装備の点検。


 術式記録の整理。


 先にやるべきことはいくらでもあったし、何より、全員が一度頭を冷やす必要があった。


 深層王へ《深淵呪詛》が通らない。


 それは、レクス自身にとっても想像以上に重い事実だった。


 もちろん、完全に無効化されたわけではない。


 生命吸収は数パーセント。


 筋力も数パーセント。


 そして根源的な飢餓衝動には、六パーセント。


 ほんの少しではあるが、効果は出ている。


 だから絶望する必要はない。


 ただ。


 今までと同じやり方では足りない。


 それだけは確実だった。


「痛っ」


 仮設治療所の端で、ギルバートが顔をしかめた。


「動かさないで」


 治癒術師に左腕を固定されながら、それでも本人は「折れてないなら平気だろ」と言おうとしていたらしい。


 途中でセシリアに睨まれ、やめた。


「何だよ」


「今、『平気』って言おうとしたでしょう」


「言ってない」


「顔に書いてあった」


「俺の顔、最近何でも書いてあることにされてない?」


「昔より分かりやすくなったのよ」


 バルガスが少し離れたところで笑う。


「いいことじゃねえか」


「お前は盾見ろ」


「見てるよ」


 バルガスの盾は、表面こそ大きく割れていなかったが、縁が二か所歪んでいる。


 ドーガンの盾も似た状態だった。


 正面から受けず、流した。


 それでもこの損傷。


 深層王はまだ完全に起きてすらいない。


「交換した方がいい?」


 レクスが聞く。


 バルガスは盾を裏返し、留め具まで確かめる。


「予備に替える。こいつは修理に回す」


「惜しい?」


「そりゃな」


「長く使ってた?」


「二年」


「じゃあ、なおさら修理だな」


「お前、こういうところ妙に分かるな」


「杖折れたら嫌だろ」


「確かに」


 ドーガンも横から言う。


「盾役にとって盾は道具だが、道具だけでもない」


「分かる」


「釣り竿と一緒?」


 フィンが聞いた。


「それは少し違う」


「どこが?」


「釣り竿は命を守らない」


「魚との戦いでは守ってくれますよ」


「魚に殺される前提で釣りするな」


 小さな笑いが起きた。


 それだけで。


 地下から持ち帰った重苦しさが、ほんの少し薄れた。


     ◇


 作戦会議は、日が落ちてから始まった。


 場所は廃都から十分に距離を取った前線拠点。


 吸収圏の外。


 念のためさらに余裕を見て設けた野営地だった。


 卓上には。


 今日持ち帰った新しい情報が、これまでの地図や術式図へ追加されている。


「まず確認します」


 アデルが言った。


「深層王本体への弱体化は、現状ほぼ通りません」


「言い方がきついな」


 レクスが言う。


「柔らかく言って数値が上がるなら、いくらでも柔らかく言います」


「それはそう」


「ただし」


 アデルは指を一本立てた。


「本体に通らない理由は、ある程度分かりました」


「抵抗補助網」


 セシリアが答える。


「はい」


 地下で確認された。


 深層王本体の呪詛抵抗が異常に高い。


 その上。


 周囲の古代封印術式と、後から加えられた改変術式が、抵抗の一部を肩代わりしている。


「例えるなら」


 アデルが紙へ丸を描く。


「深層王一体へ術を撃っても、実際には周囲の巨大術式全部が『受けている』んです」


「だから本体だけ狙っても削れない?」


 ギルバートが聞く。


「そうです」


「なら、周りを壊せばいい?」


「壊すな」


 ガレンが即座に止めた。


「何で?」


「元の封印式まで壊せば、深層王を自由にする」


「……そうだった」


「今度は覚えておけ」


「最近、古代術式の条件多くないか?」


「四百年ものを相手にしておるんじゃ。現代人の都合だけで動いてくれると思うな」


 ギルバートは素直に頷いた。


「じゃあ、周りの術式から『抵抗を補助してる部分』だけ切る?」


「それが第一段階です」


 アデルが言う。


「そして、もう一つあります」


「まだ?」


 フィンが嫌そうな顔をした。


「残念ながら」


「聞きたくないけど聞きます」


「深層王本体の吸収能力と、周辺術式の魔力循環が互いに補強し合っています」


「つまり?」


「レクスさんが吸収を弱らせようとする。すると周囲から魔力が供給され、抵抗が戻る。その術式側を削ろうとすると、今度は深層王本体が地脈から力を引いて支える」


「……面倒」


 クラウディアが呟く。


「非常に」


 アデルも認める。


「片方だけでは止まりません」


 レクスは術式図を見る。


「同時にやる?」


「はい」


「俺が深層王を削る間に、周囲を?」


「逆でもいい」


 ガレンが言う。


「むしろ先に周辺術式を切り崩し、おぬしが本体へ深く入れる隙を作る」


「でも深層王が待ってくれない」


「だから前衛がいる」


 クラウディアが自然に言った。


「私たちの仕事ね」


 ギルバートも頷く。


「時間を作る」


「ただし」


 レクスがすぐ言う。


「深層王を傷つけるな」


「分かってる」


「できるだけ攻撃しない」


「分かってる」


「聖断も」


「使わない!」


「確認しただけだ」


「何回目だよ」


「大事だから」


 ギルバートは少し不満そうだったが。


 もう怒らなかった。


「じゃあ俺たちは、攻撃を避けさせる?」


 クラウディアが聞く。


「ああ」


「進路を変える。視線を引く。レクスや術式班へ向かわせない」


「できる?」


「やるしかないでしょう」


「違う。無理なら別案考える」


 クラウディアが少しだけ笑った。


「その聞き方なら答えやすいわね」


「何が?」


「昔なら『やれる?』って聞かれたら、多少無理でも『やる』って答えてたから」


「今は?」


「条件次第」


「どんな条件?」


「深層王が前回くらいの動きなら、ギルバートと私で注意を引けると思う。ただ、完全に起きたら分からない」


「分かった」


「あと、ドーガンとバルガスは真正面で止めない」


「おう」


 バルガスが答える。


「俺らは壁じゃなくて柵くらいのつもりでやる」


「柵?」


「進みたい方向を変えさせる」


 ドーガンが補足した。


「受けるのではなく、寄せる。逸らす。必要なら盾を捨てる」


 バルガスが自分の予備盾を叩く。


「盾は直せるが腕は替えがねえからな」


「それでいい」


 レクスは頷いた。


     ◇


「魔術班」


 アデルが術式図を広げる。


「私、ガレン翁、セシリアさん、エルドさん。それから王国宮廷魔術師二名、公国呪術師二名」


「人数多くない?」


 セシリアが聞く。


「むしろ足りません」


「何をするの?」


「地下の補助網を四か所、同時に切ります」


「四?」


「今確認できている主要節点です」


 アデルが図へ印を付ける。


「一つ目は呪詛抵抗補助。二つ目は地脈供給。三つ目は生命吸収増幅。四つ目が再生補助」


「全部切れば?」


「レクスさんの弱体化が通りやすくなるはずです」


「はず?」


 ディアスが尋ねる。


「そこは言い切れない?」


「相手が深層王ですから」


「最近、そこが万能な言い訳になってきたな」


「事実です」


 レクスは四つの印を見る。


「一気に全部は難しい?」


「かなり」


「一つずつなら?」


「その間に残り三つが補う可能性があります」


「じゃあ同時」


「はい」


 セシリアが腕を組んだ。


「私の担当は?」


「地脈供給」


「攻撃魔法じゃないのね」


「不満ですか?」


「少し」


 正直だった。


「でもやる」


「助かります」


「その代わり、終わったらちゃんと攻撃させて」


「安全になったら」


 レクスが答える。


「あなたが決めるの?」


「深層王の吸収が落ちたか分かるのは俺だから」


「そうだった」


「嫌?」


「嫌じゃない。ただ」


 セシリアは少し照れくさそうに肩を竦める。


「昔は、あなたが何をしてるか聞きもしないで魔法撃ってたなと思って」


「今は聞いてる」


「ええ」


「ならいいだろ」


「そうね」


 それ以上。


 誰も過去を掘り返さなかった。


 掘ればいくらでも出る。


 でも。


 必要なのは。


 今どう戦うかだった。


     ◇


 フィンが手を挙げた。


「俺は?」


「感覚器官」


 レクスが答える。


「前回、目が何個もあった」


「ありましたね」


「撃っていいの?」


「傷つけるから駄目」


「じゃあ何するんです?」


「矢に閃光符つける」


 アデルが答えた。


「視界だけ潰す?」


「正確には、視線誘導です」


「なるほど」


「音響矢も使える」


 エルドが言う。


「深層王の感覚が人間と同じ保証はないが、少なくとも視覚はある」


「目がこっち向いてましたもんね……」


 フィンの顔が引きつる。


「思い出したくなかったなあ」


「嫌なら別の役目にする?」


 レクスが聞く。


「いや」


 フィンは弓を撫でた。


「やります」


「怖い?」


「めちゃくちゃ」


「分かった」


「そこで『でも行け』とか言わないんですね」


「怖いなら対策した方がいい」


「例えば?」


「深層王の目を直接見ない」


「それ今気づいたみたいに言わないでくださいよ」


「実際、今思った」


「怖いなあ!」


 クラウディアが笑う。


「フィン、あなたが一番いつも通りね」


「こうでもしてないと逃げたくなるんですよ」


「それでいい」


 ドーガンが言った。


「逃げたいと思わない方が危ない」


「ドーガンさんが言うと重いなあ……」


     ◇


 一通り役割が決まったところで。


 レクスは自分の欄を見る。


 一行だけ。


『深層王本体の弱体化』


「少ないな」


「一番重いでしょう」


 アデルが言う。


「でも、俺だけやること一個だぞ」


「その一個が九割以上です」


「そう?」


「そうです!」


 ガレンが呆れたように笑う。


「小僧はまだ分かっておらんのう」


「だから小僧じゃない」


「おぬしの仕事は、皆が作った一瞬へ術を通すことじゃ」


「それだけ?」


「それだけでよい」


「でも、皆が失敗したら?」


 室内が少し静かになった。


 レクスは自然に言っただけだった。


 けれど。


 自分でも。


 口にしてから気づいた。


 また。


 全部を見ようとしている。


 誰かが失敗した場合。


 誰かが動けなくなった場合。


 誰かの魔力が足りなくなった場合。


 自分が補うことを。


 最初から考えていた。


「レクス」


 クラウディアが呼ぶ。


「何?」


「今回、それやめましょう」


「何を?」


「全部の失敗をあなたが拾おうとすること」


「でも」


「失敗したら、その人が言う」


 セシリアが続けた。


「私が地脈供給を切れなかったら、『切れない』って言う」


「その後は?」


「皆で考える」


 ギルバートが答えた。


「お前、この前俺に言われただろ」


「覚えてる」


「なら」


「でも戦闘中だぞ」


「戦闘中だからだ」


 ギルバートは真っ直ぐレクスを見る。


「お前が全部見てたら、本体を削る方が遅れる」


 それは。


 正しい。


 分かる。


 でも。


 身体に染みついた考え方は、すぐには消えない。


「俺一人なら」


 口にしかける。


 そこで止まった。


 違う。


 今回。


 一人なら。


 できなかった。


 実際に。


 九十九パーセントどころか。


 一桁だった。


「……俺一人じゃ削れない」


 レクスが言った。


 室内が静かになる。


 誰かに言わされたわけではない。


 自分で。


 認めた。


「だから」


 術式図を見る。


「皆が必要」


 ギルバートが笑った。


「最初からそう言えよ」


「言い慣れてない」


「知ってる」


「笑うな」


「悪い」


 クラウディアも笑っていた。


「何だよ」


「いや。ちゃんと言えたなって」


「子供じゃないぞ」


「分かってる」


 ガレンが咳払いする。


「では決まりじゃ」


「何が?」


「おぬしは本体だけ見ろ」


「……分かった」


「周りは儂らが見る」


「分かった」


「一回で返事するとは、明日は雪かの」


「地下ならもう寒いだろ」


「そういう返しは早いんじゃな」


     ◇


 翌朝。


 再突入前。


 全員が装備を変えた。


 前回の反省がある。


 重すぎる装備は避ける。


 長期戦になった場合、生命力吸収下では重量そのものが負担になる。


 バルガスとドーガンは大盾を一回り小さなものへ替えた。


「本当にそれでいいのか?」


 レクスが聞く。


 バルガスは新しい盾を持ち上げる。


「前のは受けるための盾。こっちは流すための盾だ」


「薄いな」


「だから正面から食らったら終わる」


「怖くない?」


「怖い」


 即答だった。


「でも前の盾でも、真正面ならたぶん終わる」


「それはそう」


「なら軽い方が動ける」


 ドーガンも同意する。


「盾役が盾を小さくするのは勇気がいる」


「分かる」


「分かるのか?」


「杖短くしたことある」


「同じか?」


「少し」


「少しか」


 ギルバートは聖剣を背へ回し、普段より抜きにくい固定具へ入れていた。


「何で?」


 レクスが聞く。


「反射で抜かないように」


「そこまで?」


「深層王に攻撃するなって、頭では分かってる」


「身体が?」


「目の前に敵が来ると勝手に抜きそう」


 正直だった。


「昔から?」


「昔はそれでよかったからな」


「今回は駄目」


「ああ」


「じゃあ正解かも」


「お前に言われるとちょっと安心する」


 セシリアは魔法杖の先端へ、攻撃魔法用ではなく接続補助の魔石を装着している。


「私も同じ」


「何が?」


「火力落とした」


「嫌?」


「かなり」


「そんなに?」


「魔術師って、強い魔法を撃てると少し嬉しいのよ」


「そうなの?」


「あなたには分からない?」


「攻撃魔法ほとんど使えないから」


「ああ……」


「何で可哀想な目で見る」


「見てない」


「今見た」


「でも今日は、撃たない」


 セシリアは杖を握り直した。


「それが私の仕事だから」


     ◇


 旧バルハ廃都へ二度目に入る。


 昨日とは違い。


 誰も油断しなかった。


 地下入口まで。


 黒外套の者たちは現れない。


 人の気配もない。


「黒髪の女は?」


 ギルバートが聞く。


「いない」


 レクスが答える。


「逃げた?」


「分からない」


「術式、外してるかな」


「約束してないから期待しない方がいい」


「努力するって言ってた」


「一番信用しづらい返事だろ」


「それもそう」


 神殿地下。


 封印扉。


 前回より。


 隙間が広がっていた。


 誰かが開けたわけではない。


 内側からの圧力。


 石扉全体が。


 外へ僅かに膨らんでいる。


「本当に時間ないな」


 クラウディアが言う。


「ああ」


「撤退条件は?」


 ローディスが最後に確認する。


「深層王が完全覚醒。術式班が二人以上戦闘不能。レクスの弱体化が、補助網を切っても二割以下」


「二割?」


 ギルバートが聞く。


「そこまでしか入らないなら、戦うのは危険すぎる」


 レクスが答えた。


「俺も賛成」


「じゃあそれで」


 ローディスが頷く。


「誰か一人でも撤退を提案した場合、状況確認を挟む。『勇者がまだ戦える』『Sランクが立っている』は続行理由にしない」


「そこまで言う?」


 ギルバートが苦笑する。


「お前の過去を踏まえている」


「紅蓮竜?」


「主に」


「便利すぎるだろ……」


     ◇


 地下。


 下るほど。


 吸収が強くなる。


 レクスは局所経路だけを弱らせながら進んだ。


 今日は。


 それ以上やらない。


 魔力を温存する。


 深層王本体へ。


 すべてを残す。


「今の魔力?」


 ギルバートが聞く。


「九割ちょっと」


「昨日より余ってる」


「ああ」


「俺は全力」


「聖断?」


「まだ一発も使ってない」


「使うなよ」


「分かってる!」


「確認」


「はいはい」


 セシリアも言う。


「私は八割強。接続補助へ回す分は十分」


「エルド?」


「八割ほどじゃ」


「ガレン」


「儂は年寄りじゃから七割」


「本当に?」


「九割」


「嘘つくな」


「少し見栄を張りたかった」


「何で今」


 緊張している。


 だからこそ。


 誰かがくだらないことを言えば。


 少しだけ呼吸が楽になる。


 それでいい。


     ◇


 最深部。


 最後の封印扉を抜ける。


 巨大空洞。


 深層王。


 昨日と。


 違っていた。


「……起きてる」


 フィンが声を落とした。


 目。


 昨日は数個だった。


 今は。


 半分以上。


 開いている。


 黒い鎖も。


 三本が完全に切れていた。


 残りも。


 軋んでいる。


 青黒い光。


 身体内部から。


 規則的に。


 脈を打つ。


 どくん。


 どくん。


 全員の胸が。


 同じ周期で重くなる。


「吸収開始!」


 アデルが叫ぶ。


「昨日より強い!」


「予定通り!」


 レクスが声を上げる。


「魔術班、配置!」


 一斉に散る。


 深層王が。


 動いた。


 腕。


 一つ。


 ゆっくり持ち上がる。


「クラウディア!」


「右へ流す!」


「ギルバート!」


「左取る!」


 二人が逆方向へ走る。


 攻撃しない。


 わざと。


 深層王の視界へ入る。


 クラウディアが石柱を蹴り。


 高く跳ぶ。


「こっち!」


 叫ぶ。


 深層王の目が追う。


 ギルバートも反対側で聖剣の鞘を石床へ打ちつける。


「おい!」


「お前、挑発それだけ?」


 クラウディアが叫ぶ。


「何言えばいいか分かんねえ!」


「勇者でしょう!」


「関係あるか!」


 深層王の腕が。


 二人の間へ振り下ろされる。


「今!」


 ドーガン。


 バルガス。


 二枚の盾。


 正面ではない。


 腕の軌道へ斜めから当てる。


「ぐっ……!」


「押すな! 流せ!」


「分かってる!」


 衝撃。


 腕の軌道が。


 わずかにずれる。


 石床が。


 数十メートルにわたって砕けた。


「成功!」


 バルガスが叫ぶ。


「次はもう少し弱く頼む!」


「それを今やる!」


 レクスは。


 本体を見ない。


 先に。


 術式班。


「第一節点!」


 アデルが叫ぶ。


「抵抗補助!」


 ガレンと公国呪術師が術式へ入る。


「第二、地脈!」


 セシリア。


 エルド。


 二人が古代式へ魔力を流す。


「第三、吸収増幅!」


 宮廷魔術師。


「第四、再生!」


 別の呪術師。


 同時。


 四つ。


 深層王が。


 こちらへ目を向けた。


『また来たか』


 頭へ。


 声。


 レクスは返す。


「来た」


『小さきもの』


「覚えてた?」


『我を減らすもの』


「そのつもり」


『減らせぬ』


「昨日はな」


 術式班。


 まだ。


「第一、固定解除!」


「第二、地脈反転!」


「第三、吸収線を切る!」


「第四、再生補助――抵抗強い!」


「切れない?」


 レクスが叫ぶ。


「まだです!」


 アデルの返事。


 深層王の腕が。


 もう一度。


「ギルバート!」


「見えてる!」


 走る。


 クラウディアも。


 引く。


 敵を。


 術式班から。


 少しでも離す。


「フィン!」


「了解!」


 閃光矢。


 深層王の目の前。


 爆ぜる。


 傷つけない。


 光だけ。


 いくつかの目が。


 一瞬閉じた。


『煩わしい』


「効いてる!」


 フィンが驚く。


「俺、今ちょっと嬉しい!」


「喜ぶの後!」


 クラウディアが叫ぶ。


「第一節点!」


 ガレンの声。


「切ったぞ!」


 その瞬間。


 レクスが。


 深層王へ触れる。


「呪詛抵抗低下」


 昨日。


 二パーセント。


 今日は。


「……十二」


「上がった!」


 アデルが叫ぶ。


「補助網が一つ切れただけで!」


「まだ足りない!」


 レクスは重ねる。


「十三……十四!」


「第二!」


 セシリアが杖を石床へ突き立てる。


「地脈供給、落ちて!」


 エルドも魔力を重ねる。


 古代術式が。


 青から白へ。


 変わる。


「切れた!」


 レクス。


 もう一度。


「抵抗低下!」


 今度は。


「二十八!」


 空気が変わる。


「二十台!」


 アデルの声が上ずる。


「いけます!」


「まだ!」


 深層王が。


 咆哮した。


 耳ではなく。


 全身で聞く。


 空洞が揺れる。


「吸収量増加!」


「第三まだか!」


「今!」


 宮廷魔術師が叫ぶ。


 吸収増幅。


 切断。


 深層王の周囲。


 黒い魔力の渦が。


 目に見えて弱まる。


「レクス!」


 クラウディアの声。


「ああ!」


「飢餓衝動低下!」


 昨日。


 六。


 今。


 十。


 二十。


「三十一!」


「上がってる!」


「三十五!」


 深層王が。


 明確に。


 身じろぎした。


『貴様』


 声が。


 怒りを帯びる。


「今さら?」


『飢えを奪うな』


「嫌だ」


『我は喰らう』


「それで人が死ぬ」


『弱きものは糧』


「その考えが嫌いだって昨日言った」


 飢餓衝動。


 三十七。


 三十九。


「四十!」


 アデルが測定器を見て叫ぶ。


「吸収量も半分近く落ちました!」


「まだ四割!」


「昨日一桁ですよ!」


「分かってる!」


 その時。


 第四節点から。


 悲鳴。


「再生補助、切れません!」


 公国呪術師が叫ぶ。


「逆流します!」


 レクスが。


 反射的にそちらを見た。


 助ける。


 そう思った。


 でも。


「レクス!」


 ギルバート。


「本体見ろ!」


「でも!」


「そっちはアデルたちがいる!」


 アデルも叫ぶ。


「こっちは任せてください!」


「逆流してる!」


「分かってます!」


「魔力焼けするぞ!」


「だから処理してるんです!」


「でも――」


「レクス!」


 今度はクラウディア。


「見る場所!」


 深層王の目。


 全部。


 レクスへ向く。


 次の瞬間。


「来る!」


 筋力。


 今なら。


 抵抗が落ちてる。


「筋力低下!」


 入る。


「十八!」


 まだ。


「二十五!」


 深層王の腕。


 落ちる。


「ドーガン!」


「来い!」


 盾。


「バルガス!」


「こっちもだ!」


 二人。


 逸らす。


 昨日より。


 明らかに。


 軽い。


「押せる!」


 バルガスが叫ぶ。


「二十五でこれか!」


「元が大きい!」


 レクスはさらに。


「三十四!」


 腕が。


 石床へ落ちる。


 前回より。


 衝撃が小さい。


 小さいと言っても。


 周囲の石が砕ける。


 でも。


 二人は。


 飛ばされない。


「効いてる!」


 ギルバートの声。


「そのまま!」


 レクスは。


 再生節点を見ない。


 任せる。


 怖い。


 失敗するかもしれない。


 術師が倒れるかもしれない。


 でも。


 自分が全部見るなら。


 深層王は削れない。


「吸収!」


 四十二。


 四十五。


「飢餓衝動!」


 四十三。


 四十六。


 数字が。


 初めて。


 目に見えて動く。


「第四節点!」


 アデルが叫ぶ。


「もう少し!」


 呪術師の一人が膝をつく。


「魔力が!」


 セシリアが振り向く。


「私が補助に回る!」


「地脈は?」


「エルドさん一人で維持できる?」


「短時間なら!」


「じゃあ行く!」


 セシリアが。


 自分で判断する。


 レクスは。


 口を出さない。


 彼女が第四節点へ走る。


「接続貸して!」


「セシリアさん、攻撃魔法系統では――」


「制御くらいできる!」


 杖。


 再生補助式。


 魔力を入れる。


「反転方向、こっち?」


「逆です!」


「先に言って!」


「今言いました!」


「もう!」


 言い合いながらも。


 術式は。


 動く。


 レクスは。


 笑いそうになった。


 こんな状況で。


 昔なら。


 ありえなかった。


 セシリアが。


 誰かと相談しながら。


 補助をしている。


「レクス!」


 クラウディアの声。


「今笑った?」


「少し!」


「余裕あるじゃない!」


「ない!」


「なら集中!」


「ああ!」


     ◇


 深層王が。


 さらに身体を起こす。


 鎖。


 残りが。


 張る。


 一つ。


 切れた。


「封印!」


 アデルが叫ぶ。


「第二層、あと六割!」


「時間!」


 ギルバートが尋ねる。


「分かりません!」


「便利な答えだな!」


「本当に分からないんです!」


「了解!」


 ギルバートが。


 深層王の正面へ。


 走る。


「おい!」


 叫ぶ。


 意味のある言葉ではない。


 でも。


 注意を向ける。


 深層王の目。


 勇者へ。


「こっちだ!」


『光を持つもの』


「俺のこと?」


『以前にもいた』


 ギルバートが一瞬固まる。


「何?」


『同じ光を持つ者を、我は喰らった』


 四百年前。


 勇者。


 あるいは。


 聖剣使い。


 いた。


「……そうかよ」


 ギルバートは。


 聖剣を抜かない。


「悪いけど」


 走る。


「俺はまだ食われるつもりない!」


 深層王の腕。


 振られる。


 ギルバート。


 避ける。


 ぎりぎり。


 石片が。


 肩を掠める。


「ギルバート!」


「平気!」


「本当に?」


「今は!」


 言える。


 それだけでも。


 前とは違う。


「第四節点!」


 セシリアが叫んだ。


「切れた!」


 瞬間。


 深層王の周囲。


 淡い膜のようなものが。


 消えた。


 アデルが測定器を見る。


「全補助節点、切断!」


「レクス!」


 全員の声が。


 重なる。


「分かってる!」


 今。


 作ってもらった。


 一瞬。


 ここ。


 レクスは。


 深層王だけを見る。


 呪詛抵抗。


 もう一度。


「《深淵呪詛》!」


 昨日。


 二。


 今日。


「三十」


 さらに。


「四十」


 抵抗が。


 下がるほど。


 次が入る。


「五十二!」


「半分超えた!」


 アデルが叫ぶ。


 レクスは。


 止めない。


「六十一!」


 深層王が。


 咆哮。


『やめよ』


「嫌だ」


「六十八!」


『小さきもの!』


「知ってる!」


 七十。


「七十三!」


 クラウディアが叫ぶ。


「深く入ってる!」


「まだ!」


 吸収。


 飢餓。


 再生。


 地脈接続。


 順番。


 崩さない。


「吸収!」


 四十五から。


 五十。


 六十。


「六十四!」


 周囲の空気。


 変わる。


 吸われる感覚が。


 明らかに。


 弱い。


「魔力漏出、半分以下!」


 セシリアが叫ぶ。


「飢餓衝動!」


 四十六。


 五十二。


 六十。


「六十六!」


『飢えを』


 深層王の声が。


 揺れる。


『奪うな』


「人から奪うな!」


 レクスも叫び返した。


「再生!」


 補助がない。


 今なら。


 入る。


 三十。


 四十。


「五十八!」


「まだ上がる!」


 アデル。


「地脈接続!」


 抵抗。


 それでも。


 以前より軽い。


「四十九!」


 深層王の身体の光が。


 少しだけ。


 暗くなる。


 フィンが。


 信じられない顔をした。


「本当に……弱くなってる」


「まだ半分前後だ!」


 レクスは叫ぶ。


「油断するな!」


 誰も。


 油断していない。


 むしろ。


 ここから。


 深層王が。


 初めて。


 本気で。


 暴れ始めた。


     ◇


 巨大な脚。


 床を踏む。


 衝撃。


「来る!」


 今度は。


 一方向ではない。


 空洞全体。


 波。


 逃げ場がない。


「防御!」


 セシリアが叫ぶ。


「《多重障壁》!」


 エルド。


 宮廷魔術師。


 全員。


 重ねる。


 ただし。


 深層王へ。


 魔法を当てない。


 自分たちの前だけ。


 壁。


 一枚。


 二枚。


 三枚。


 割れる。


「まだ!」


 四枚。


 五枚。


 衝撃が。


 弱まる。


 最後。


 バルガスとドーガン。


 盾。


「ぐうっ!」


「流せ!」


 耐える。


 全員。


 倒れない。


「昨日なら?」


 ギルバートが叫ぶ。


「もっと飛ばされてた!」


 レクスが答える。


「じゃあ効いてる!」


「ああ!」


 でも。


 その直後。


 深層王の周囲。


 別の光。


 赤黒い。


「何?」


 アデルが測定器を見る。


「まずい!」


「何が!」


「深層王自身の出力が上がってます!」


「弱くしてるのに?」


「覚醒が進んでる!」


 レクスが。


 理解する。


 こちらが。


 抵抗網を切った。


 吸収を落とした。


 でも。


 同時に。


 深層王は。


 眠りから。


 さらに。


 目覚めている。


「元の強さが上がってる」


 クラウディアが言った。


「そういうこと?」


「ああ」


 弱体率は。


 上がっている。


 でも。


 基準値そのものが。


 上がる。


「最悪だな」


 ギルバートが言う。


「同感」


 レクスは。


 数字を見る。


 吸収。


 六十四。


 飢餓。


 六十六。


 再生。


 五十八。


 抵抗。


 七十三。


 まだ。


 足りない。


「一回下がる?」


 クラウディアが尋ねた。


 撤退条件。


 補助節点を切っても。


 二割以下。


 そこは。


 突破した。


 術式班。


 負傷者は。


 まだ動ける。


 完全覚醒。


 まだ。


「続ける」


 レクスが言う。


「全員?」


「今ならまだ」


「了解」


 ギルバートも。


 クラウディアも。


 誰も。


 異論を唱えない。


 ただ。


 次の瞬間。


 ガレンが言った。


「儂は限界が近い」


 全員の視線。


 老人へ。


「どのくらい?」


 レクスがすぐ聞く。


「魔力は四割。足が重い」


「戻る?」


「いや。まだ一仕事できる」


「本当に?」


「本当じゃ」


「無理なら」


「言う」


 ガレンが笑った。


「今言ったじゃろ」


 レクスも。


 少し笑う。


「分かった」


 それでいい。


 誰かが。


 限界を言う。


 誰かが。


 聞く。


 それで。


 次を考える。


     ◇


 深層王の目が。


 さらに開く。


 もう。


 半分以上ではない。


 ほとんど。


 起きている。


『我は』


 声。


 空洞全体。


『満ちる』


 青黒い光。


 身体の奥から。


 噴き上がる。


 アデルの測定器が。


 警告音。


「覚醒率、急上昇!」


「どこまで?」


「分かりません! でも昨日の比じゃない!」


 レクスは。


 深層王を。


 見る。


 弱体率。


 上がっている。


 それでも。


 圧力。


 昨日より。


 強い。


「まだ足りない」


 口にした。


 ギルバートが聞く。


「どこまで要る?」


「分からない」


「九十九?」


「できれば」


「できれば?」


「九十九でも安全とは限らない」


 岩脈竜。


 一割残っても。


 化け物だった。


 深層王なら。


 一パーセント。


 それでも。


 何が残るか。


 分からない。


「でも」


 クラウディアが剣を構える。


「そこまで持っていける?」


 レクスは。


 深層王を見る。


 昨日。


 一桁。


 今日。


 仲間が。


 補助網を切った。


 道を作った。


 だから。


 今。


 ここまで来た。


「俺一人じゃ無理」


 はっきり言う。


「でも」


 術式班を見る。


 前衛を見る。


 ギルバート。


 クラウディア。


 バルガス。


 ドーガン。


 フィン。


 セシリア。


 エルド。


 アデル。


 ガレン。


 誰一人。


 余裕のある顔はしていない。


 それでも。


 立っている。


「皆がいるなら」


 レクスは右手を上げた。


「もう少し削れる」


 深層王が。


 咆哮した。


 今度は。


 レクスだけではない。


 全員へ。


『ならば』


 空洞の床。


 亀裂。


 黒い魔力が。


 無数に噴き出す。


『共に喰らおう』


「嫌だ!」


 フィンが一番先に叫んだ。


「勝手に食事へ誘うな!」


「いいぞフィン!」


 ギルバートが笑う。


「何がいいんですか!」


「いつも通りで!」


「こんな時まで!」


「全員!」


 クラウディアの声。


「次が来る!」


 レクスは。


 深層王へ。


 再び。


 《深淵呪詛》を重ねた。


 今度は。


 一人の力としてではなく。


 全員が作った。


 隙へ。


 通す。


「抵抗――七十八!」


 深層王の身体が揺れる。


「吸収――七十一!」


 黒い渦が弱まる。


「飢餓――七十三!」


 頭の中へ響く。


 怒り。


 空腹。


 それでも。


 昨日とは違う。


 レクスの術が。


 確かに。


 深く。


 深層王の内側へ。


 入り始めていた。

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