第35話 勇者パーティ、もう一度並ぶ
勇者パーティがトルメ村へ到着したのは、十四基の祭壇を停止させてから二日後だった。
その二日で、状況は悪くなっていた。
深層王が完全に目覚めたわけではない。
少なくとも、アデルもガレンもそう判断している。
だが旧バルハ廃都の地下から感じる魔力は、祭壇停止前より明らかに濃くなっていた。
貯蔵されていた生命力と魔力が中央へ強制的に流し込まれた結果だろうというのが、今のところ最も可能性の高い推測だった。
そして、その影響は地上にも出始めている。
廃都を中心に半径十数キロでは、鳥の姿さえほとんど見なくなった。
地下水の温度が上がった場所もある。
夜になると、何もない地面から例の脈動が聞こえるという報告も増えた。
どくん。
どくん。
遠くにあるはずなのに、眠っている者が少しずつ寝返りを打ちながら、地上との距離を縮めているような音だった。
「だから今日来る増援が遅れたら、俺が迎えに行こうと思ってた」
村外れの監視所でレクスが言うと、クラウディアは即座に首を横へ振った。
「行かなくて正解よ」
「街道までだぞ」
「あなたの『街道まで』は、そのまま異常を見つけて『ちょっと確認してくる』に変わるから信用してない」
「そんなに?」
「かなり」
フィンが櫓の上から顔を出した。
「来ましたよ!」
「どっちから?」
「南西! 王国旗とギルド旗! あと、見覚えのある派手な剣!」
「剣で分かるのか?」
「勇者の聖剣って遠くからでも妙に光るんですよ」
「本人に言うなよ」
「言いませんよ。たぶん」
丘の向こうから、騎馬と荷馬車の列が見え始めた。
王国騎士団の精鋭。
冒険者ギルドから派遣された戦闘員。
宮廷魔術院の追加人員。
その先頭に近いところを走っている三騎。
ギルバート。
セシリア。
バルガス。
レクスはしばらく黙って見ていた。
「緊張する?」
クラウディアが聞く。
「少し」
「珍しい」
「別に喧嘩別れしたままじゃないけど、こういう形で会うのは初めてだからな」
「同じ戦場に立つのが?」
「ああ」
昔なら。
ギルバートが先頭。
バルガスが盾。
セシリアが魔法。
レクスが後ろから、三人に見えない仕事を全部する。
それが当たり前だった。
今度は違う。
《銀翼》がいる。
王国騎士団がいる。
エルディナ公国軍がいる。
魔術師。
呪術師。
役割を持つ者が何十人もいる。
そして。
レクスはもう、勇者パーティの一員ではない。
「普通に会えばいいでしょう」
クラウディアが言った。
「普通って難しいな」
「『久しぶり』でいいんじゃない?」
「そんなに久しぶりでもない」
「じゃあ『来たか』」
「偉そうじゃない?」
「面倒くさいわね、あなた」
「人間相手だからな」
「その言い訳、便利に使い始めたわね」
◇
最初にレクスを見つけたのは、バルガスだった。
「いたぞ」
馬を下りながら顎を向ける。
ギルバートがそちらを見る。
ほんの一瞬。
足が止まった。
その後ろで、セシリアも少しだけ歩調を緩める。
レクスもその場から動かなかった。
どちらが先に声を掛けるか。
妙な間ができる。
以前の三年間なら、こんな間はなかった。
毎日顔を合わせていた。
起きればそこにいる。
戦闘が始まれば同じ敵を見る。
食事をする。
眠る。
言葉にしなくても、そばにいること自体が当たり前だった。
その当たり前を一度失うと。
知っている相手なのに。
知らない距離ができる。
「……よう」
最初に口を開いたのはギルバートだった。
「来たか」
レクスが答える。
「来た」
「再認定、おめでとう」
「ああ。ありがとう」
そこでまた少し止まった。
フィンが遠巻きに見ながら、クラウディアへ小声で言う。
「何ですか、この初対面みたいな会話」
「見てなさい。今、双方とも正解を探してるから」
「助け舟出さなくていいんです?」
「面白いからもう少し」
「いい性格してますね」
やがて。
バルガスが耐えきれなくなった。
「お前ら、手紙までやり取りした仲で何だその会話は」
「じゃあお前が話せよ」
ギルバートが振り返る。
「俺?」
「ああ」
バルガスはレクスを見る。
「元気そうだな」
「バルガスも」
「以上だ」
「お前も同じじゃねえか!」
「難しいんだよ!」
セシリアが額へ手を当てた。
「男三人集まって何やってるのよ……」
レクスが少し笑った。
ギルバートも、つられて笑う。
そこでようやく。
妙な距離が少しだけ崩れた。
「手紙、読んだ」
ギルバートが言う。
「俺も」
「釣り、そんなに面白いのか?」
「最初にそれ聞く?」
「気になってた」
「面白い」
「どこが?」
「何も起きないところ」
ギルバートが一瞬黙る。
「……お前の周り、最近何も起きてない日ある?」
「少ない」
「じゃあ余計に釣りたくなるのか」
「たぶん」
「少し分かった」
セシリアが呆れた顔をする。
「再会して最初のまともな話が釣りなの?」
「まともだろ」
「世界規模になりそうな災厄の手前で?」
「だからこそだ」
レクスが言うと、セシリアは少しだけ笑った。
「変なところは変わってないのね」
「全部変わる必要ないだろ」
どこかで聞いた言葉だった。
ギルバートが少し驚いた後。
「それ、俺も最近言った」
「そうなのか?」
「ああ」
「じゃあ正しいんじゃないか」
「何でお前が言うと妙に腹立つんだろうな」
「知らない」
◇
再会を喜ぶ時間は長くなかった。
増援隊が到着した以上。
すぐに作戦会議が始まる。
トルメ村の集会所には、今までで最も多くの人間が集まった。
王国騎士団。
エルディナ公国軍。
冒険者ギルド。
宮廷魔術院。
呪術師。
《銀翼》。
勇者パーティ。
全員が一室へ入れるわけではないため、現場指揮官と主要戦力だけが中へ入る。
卓上には最新の地図。
旧バルハ廃都周辺だけが、大きく描き直されている。
「まず現状から説明します」
アデルが立つ。
目の下には相変わらず薄い隈がある。
「十四基の祭壇停止後、廃都地下から大規模な魔力上昇を観測しました。外部供給線は止まっています。現在流れ込んでいるのは、地下施設内に事前貯蔵されていた力と推定されます」
セシリアが手を挙げた。
「量は?」
「正確には測れません」
「測定器の限界?」
「それもあります。ただ、地中が複雑すぎるんです。複数の貯蔵槽があるらしく、どれだけ残っているか分からない」
「全部入った?」
「それも不明です」
「つまり、まだ追加があるかもしれない」
「はい」
セシリアの顔が険しくなる。
「嫌ね」
「同感です」
ギルバートは地図へ視線を落としたまま聞く。
「深層王は?」
「完全覚醒していません」
「それは確実?」
アデルが少しだけ黙る。
「九割くらい確実です」
「残り一割は?」
「確認するには近づくしかない」
ギルバートが顔をしかめた。
「なるほど」
以前なら。
曖昧な答えに苛立ったかもしれない。
今は、それ以上追及しなかった。
「分からないなら、分からない前提で考えた方がいいな」
その一言に。
レクスが少しだけギルバートを見る。
セシリアも気づいたらしい。
何も言わない。
でも。
三人とも同じことを感じていた。
昔なら、ギルバートは「確実に調べろ」と言った。
あるいは、「起きていないなら今叩く」と。
今は違う。
「次」
ガレンが話を引き継ぐ。
「深層王には吸収能力がある。傷つければ周囲の生命力、地脈、魔力を吸って強くなる可能性が高い」
「四百年前の記録か」
バルガスが言う。
「そうじゃ」
「だったら、俺らが近くにいるだけでも餌になる?」
「戦闘状態へ移行した後は、その可能性がある」
バルガスが自分の胸当てを叩く。
「重戦士としては嫌な話だな」
「盾で受けるたび、相手が元気になるかもしれない」
ドーガンも腕を組む。
「俺も嫌だ」
二人の大柄な盾役が揃って嫌そうな顔をしている。
フィンが言った。
「盾役二人が揃って嫌がる敵って、本当に嫌なんですけど」
「だから、普通に殴り合わない」
レクスが言う。
ギルバートの視線がこちらへ向く。
「お前の弱体化から?」
「ああ。ただ順番がある」
レクスは地図脇へ置かれた術式図を指した。
「最初に吸収。次に再生。地脈接続。できれば呪詛抵抗。その後で筋力とか防御とか、戦闘能力を落とす」
「最初から攻撃力を落とさない?」
バルガスが尋ねる。
「危険なら落とす。でも優先は吸収だ」
「理由は?」
「先に殴り始めると、こっちが削った分をすぐ取り戻される可能性がある」
セシリアが頷いた。
「しかも攻撃魔法そのものを吸われる可能性まである」
「ああ」
「つまり私は、最初は撃たない方がいい?」
「たぶん」
セシリアが顔をしかめる。
「魔術師に『魔法を撃つな』って、かなり落ち着かない指示ね」
「その代わり、封印術式の補助がある」
アデルが言う。
「戦闘開始直後、魔術師班はレクスさんの呪詛を通しやすくするため、周辺の旧封印式を一時的に活性化させます」
「私もそっち?」
「できれば」
「分かった」
セシリアはすぐ受け入れた。
「攻撃は許可が出てからね」
ギルバートが彼女を見る。
「珍しく不満ないんだな」
「私、昔の自分より命が惜しくなったの」
「前から惜しかっただろ」
「あなたが勝手にドラゴンへ行こうとした頃よりは、もっと惜しいわ」
「まだ言うの?」
「便利だから」
バルガスが笑う。
レクスも少し笑った。
この三人の空気も。
以前とは違う。
◇
「それで」
クラウディアが地図の廃都入口を指した。
「前衛の配置は?」
ローディスが答える。
「地下へ入る人数は絞る。現在案では、《銀翼》四名、勇者パーティ三名、レクス、アデル、ガレン。さらに術式保護要員として宮廷魔術師二名、公国呪術師二名」
「騎士は?」
ディアスが聞く。
「入口と退路を確保。深層王の吸収圏内へ必要以上に入れない」
「妥当だ」
ギルバートが地図を見る。
「前衛は俺とクラウディア?」
「あとバルガスとドーガン」
ローディスが言う。
「敵の規模によっては交代しろ」
「交代?」
ギルバートが聞き返す。
クラウディアが先に答えた。
「ずっと同じ人が前にいる必要ないでしょう」
「いや、分かってるけど」
「何?」
「勇者が前を譲るの、ちょっと変な感じで」
「それ、まだ残ってるの?」
「気持ちとしてはな」
ギルバートは正直に認めた。
「でも必要なら下がる」
「なら問題ない」
クラウディアはさらりと答える。
ギルバートが少しだけ眉を動かした。
「ずいぶんあっさりだな」
「何を期待してたの?」
「いや……もう少し『Sランクの私が前』みたいな」
「そんなこと言ってる余裕ある相手?」
「ない」
「じゃあ終わり」
ギルバートが何とも言えない顔をする。
「お前、レクスと気が合うだろ」
「よく一緒に仕事してるから」
「……そういう意味じゃなくて」
「何?」
「いや、いい」
セシリアが横から冷たい声で言う。
「変なところで張り合わないでよ」
「張り合ってない」
「顔に出てる」
「出てない」
「出てる」
レクスが少し気になって聞いた。
「何を張り合ってるんだ?」
「お前は黙ってろ」
「何で俺が怒られるんだ」
クラウディアが笑った。
「昔の仲間って面白いわね」
「そっちも混ぜ返すな」
ローディスが机を指で叩いた。
「仲良くするのは結構だが、作戦会議へ戻れ」
「すみません」
ギルバートが素直に謝った。
その態度に。
今度はクラウディアが少し意外そうな顔をした。
「本当に変わったのね」
「何で全員それ言うんだ」
「以前の評判がよほどだったんじゃない?」
「……否定できない」
◇
作戦会議はさらに二時間続いた。
重要なのは。
誰が一番強いかではない。
誰が何をするか。
それだった。
レクスは深層王の吸収と再生、呪詛抵抗を優先して落とす。
アデル、ガレン、セシリア、エルド、公国術師は旧封印式の補助と供給経路の監視。
クラウディアとギルバートは機動力を生かし、深層王が術式班へ向かうのを防ぐ。
バルガスとドーガンは真正面から攻撃を受け止め続けるのではなく、地形と盾を使って進路を逸らす。
フィンは感覚器官や関節など、低威力でも行動阻害に繋がる部位を狙う。
ただし。
「レクスの許可が出るまで、致命傷を狙うな」
クラウディアが言う。
ギルバートが頷く。
「吸収を止める前に傷を増やしたら逆効果だからな」
「そう」
「分かってる」
「念のため」
「お前もレクスに似てきたな」
「それ、褒めてる?」
「半分」
「残り半分は?」
「何度も確認されると少し腹が立つ」
「じゃあ必要だったってことね」
「そういう返しまで似てる」
レクスには、なぜ自分が比較対象になっているのか分からない。
「一つ確認したい」
ギルバートが今度はレクスへ向いた。
「何だ?」
「お前が弱体化を入れた後、数値を言ってくれ」
「数値?」
「前みたいに『弱くなった』だけじゃなくて」
レクスが少し驚く。
ギルバートは続けた。
「筋力が何割落ちた。防御がどのくらい残ってる。吸収は止まったのか。それが分かれば、こっちも動きを決められる」
「ああ」
「俺たちも言う」
「何を?」
「残ってる力」
ギルバートは聖剣の柄へ触れる。
「《聖断》は、状態が良くても連発できない。今の俺なら、実戦で確実に使えるのは数発。その先は威力も精度も落ちる」
以前。
ギルバートがそんなことを自分から言うことはなかった。
限界を知られたくない。
弱いと思われたくない。
勇者は無限に戦えるように見せたかった。
「セシリアは?」
「上級魔法を撃つなら、連続二回までを安全圏にしたい。三回目もできるけど、その後の細かい制御がかなり落ちる。今回は封印式へ魔力を回すから、攻撃へ使える分はもっと少ないわ」
「バルガス」
「大物の直撃は、受けない」
「それでいいのか?」
レクスが尋ねる。
「今はな」
バルガスが笑う。
「昔は『俺が全部受ける』って思ってた。今は『受けなくていいもんは避ける』だ」
「盾役なのに?」
「盾役だからだよ。盾が割れたら終わりだろ」
レクスは三人を見た。
前とは。
本当に違う。
だから。
「分かった」
レクスも答える。
「俺も全部言う」
「全部?」
「入った弱体化。入らなかったやつ。戻ってるならそれも」
ギルバートが頷く。
「頼む」
短いやり取りだった。
それでも。
三年前から続いていた何かが。
ようやく違う形に組み直された気がした。
◇
会議が終わった後。
ギルバートはレクスを外へ呼んだ。
夕方。
村の外には仮設の訓練場が作られている。
騎士たちが装備点検をしており、遠くでは魔術師が防御障壁の試験を行っていた。
「何だ?」
レクスが聞く。
「話がある」
「再加入の話なら断るぞ」
「違う!」
ギルバートが即座に返す。
「さすがにもう言わねえよ」
「なら何だ?」
「今回のこと」
「うん」
ギルバートは少し言葉を探した。
「俺は、お前の指示も聞く」
「俺が指揮官になるわけじゃない」
「分かってる。そうじゃなくて」
少し苛立ったように頭を掻く。
「敵をどのくらい弱らせたとか、何を止めたとか。そこはお前が一番分かるだろ」
「ああ」
「だから戦闘中は言ってくれ」
「分かった」
「でも」
ギルバートの声が少し変わった。
「全部、お前に任せるつもりもない」
レクスは黙って聞く。
「お前が深層王を弱くする。それはたぶん、誰にも代われない。でも、その間にお前を守るのは俺たちの仕事だ」
「《銀翼》もいるぞ」
「知ってる」
「騎士も」
「それも知ってる」
「じゃあ――」
「だから『俺たちだけ』って意味じゃない」
ギルバートは少し苦笑した。
「昔の俺なら、今ので『勇者パーティが守る』って言ったと思う」
「言いそう」
「即答するなよ」
「でも言っただろ」
「……言ったな」
ギルバートも認める。
「今回は違う。俺たちも、その一部をやる」
それでいい。
レクスはそう思った。
「なら役割を分けよう」
「ああ」
「俺が吸収を止めるまで、無理に倒そうとするな」
「分かってる」
「深層王が俺を狙ったら?」
「止める」
「無理なら?」
「逃がす」
「自分が死んででも止める、とか言うなよ」
「言わねえよ」
「前なら言った?」
「たぶん」
「変わったな」
「お前まで言うのか!」
少し大きな声になった。
周囲の騎士がこちらを見る。
ギルバートが気まずそうに咳払いする。
「……それで」
「まだある?」
「一個だけ」
「何だ?」
「今度は」
ギルバートがレクスを見る。
「お前も、無理なら言え」
「俺?」
「ああ」
「何を?」
「『無理』って」
レクスは少し黙った。
「呪いが入らない。弱体化できない。魔力が足りない。何でもいい」
「それを聞いてどうする?」
「俺たちで考える」
簡単に言った。
「前は、お前が勝手に全部やってた」
「勝手にって」
「俺たちも任せきりだったから、そこはお互い様だ。でも今回は違う」
ギルバートは少し照れくさそうに鼻を掻く。
「だから、お前もちゃんと頼れ」
「……努力する」
「そこは『分かった』じゃないのか」
「まだ慣れてない」
「そういうところ、全然変わってないな」
今度は。
ギルバートが笑った。
◇
翌朝から。
合同訓練が始まった。
相手は深層王ではない。
巨大な木製模型と、魔術で動かす標的。
重要なのは討伐訓練ではなく。
攻撃しない訓練だった。
「前衛、接敵!」
ローディスの声。
クラウディアとギルバートが同時に前へ出る。
木製巨体の両側へ。
「待機!」
レクスが言う。
ギルバートは聖剣を振りかけて。
止めた。
「……気持ち悪いな」
「何が?」
「目の前に敵がいて、斬らないの」
「慣れろ」
「分かってる」
クラウディアは最初から斬らない。
代わりに模型の進路へ入り、横へ誘導する。
「真正面で止めない!」
ドーガンが盾を斜めに置く。
バルガスも反対側へ。
二枚の盾で挟むのではなく。
通路を作る。
「術式班へ行かせるな!」
セシリアは魔法を撃たず、地面だけを凍らせる。
模型の足元が滑る。
「今なら?」
ギルバートが聞く。
「まだ!」
レクスが答える。
「吸収が残ってる想定!」
「了解!」
以前なら。
ここで苛立っただろう。
いつまで待てばいい。
自分なら斬れる。
そう思ったはずだ。
今は。
本当に待つ。
「吸収九十低下!」
「まだ?」
「もう少し!」
「了解!」
「再生九十五!」
「攻撃許可は?」
「まだ!」
「了解!」
クラウディアが少し笑った。
「素直ね」
「今そこ言う?」
「戦闘中に喋れるなら余裕あるでしょう」
「お前、こんな感じでレクスと戦ってたのか?」
「もっと大変よ」
「聞こえてるぞ」
「聞こえるように言ったの」
フィンの矢が模型の目へ突き刺さる。
「感覚器官だけ阻害!」
エルドの土術が足元を固める。
レクスが最後に叫ぶ。
「吸収、再生ともに九十八相当! 攻撃していい!」
「やっとか!」
ギルバートが踏み込む。
「《聖断》!」
光が走る。
ただし一発。
撃った後、すぐ距離を取る。
クラウディアが別側から斬り込む。
セシリアはまだ魔法を温存。
バルガスとドーガンも。
必要以上に攻撃しない。
「停止!」
ローディスの声。
全員が動きを止める。
「どう?」
ギルバートが聞く。
レクスは少し考えた。
「昔よりいい」
「比較対象それ?」
「分かりやすいだろ」
「まあ……」
「ただ、攻撃許可を待ってる間、聖剣振りたそうだった」
「分かる?」
「かなり」
「我慢したんだから褒めろ」
「偉い」
「子供扱いすんな!」
クラウディアが笑う。
ギルバートが彼女を見る。
「何だよ」
「ごめん。ちょっと面白くて」
「お前、思ったより性格悪いな」
「レクスにも言われる」
「やっぱり気が合うんじゃねえか」
「またそれ?」
レクスは首を傾げる。
「何の話?」
「お前は本当に黙ってろ」
◇
訓練を終えた夕方。
最後の増援が到着した。
王国騎士団精鋭。
追加の術師。
補給隊。
そして、エルディナ公国側からも中央軍と国境警備隊の混成部隊が合流した。
人数だけなら。
百を超える。
ただし。
その全員が廃都へ入るわけではない。
むしろ大半は。
近づかないための部隊だった。
避難経路。
外周封鎖。
祭壇監視。
通信。
医療。
もし深層王の吸収圏が広がった場合には、即座にさらに下がる。
ローディスが全体配置を確認し、最後に言った。
「明朝、旧バルハ廃都へ向けて出発する」
ざわめきは起きなかった。
ここまで来た者たちは。
何をしに来たか分かっている。
「先行偵察班からの最新報告では、廃都内部に魔物の姿なし」
ギルバートが聞く。
「本当に一匹も?」
「一匹もだ」
「嫌だな」
フィンが呟く。
「何が?」
「魔物だらけの廃都より、魔物が一匹もいない廃都の方が怖いですよ」
「それは分かる」
「バルディオスまで逃げた可能性がある場所だからな」
クラウディアが言う。
アデルも付け加える。
「地下魔力は上昇を続けています。ただし、上昇速度は少し落ちました」
「祭壇を止めた効果?」
レクスが聞く。
「それもあるでしょう。でも」
「でも?」
「何かが、意図的に出力を調整しているようにも見えます」
室内が静かになる。
「地下にいる深層王が?」
マリアナが聞く。
「分かりません」
アデルは首を振る。
「深層王自身なのか。それとも別の誰かが術式を操作しているのか」
「誰か」
レクスが反復する。
十四基の祭壇には。
明らかに後付けの術式があった。
自然にできたものではない。
「廃都に人がいる可能性は?」
「高いと思います」
「敵?」
ギルバートが聞く。
「少なくとも、祭壇を作った側なら」
レクスは少し考えた。
「でも人間なら、最初から殺すつもりでは行かない」
「分かった」
ギルバートがすぐ答えた。
「地下へ入る前に人間と戦うことになったら?」
「無力化優先」
「お前の弱体化?」
「必要なら」
「俺たちは?」
「武器を落とさせる。道を開けさせる。できれば怪我を増やさない」
「分かった」
クラウディアがギルバートを見る。
「ずいぶん聞くのね」
「悪いか?」
「悪くない。むしろいい」
「何か上からだな」
「Sランクだから?」
「そういうところ!」
「冗談よ」
「分かりづらい!」
ローディスがまた机を叩いた。
「お前たちは明日までに仲良くなりすぎるな。作戦会議が進まん」
「俺たちが悪いのか?」
ギルバートが言う。
「半分くらい」
レクスが答える。
「お前も入ってるだろ!」
◇
翌朝。
空は薄曇りだった。
旧バルハ廃都へ向かう街道には。
二つの国の旗が並んでいた。
王国。
エルディナ公国。
少し前まで。
国境では互いに武器を向けていた兵たち。
今は同じ方向を見ている。
先頭近く。
レクスは歩いていた。
右側に《銀翼》。
少し離れた左側に。
ギルバート。
セシリア。
バルガス。
昔と似た並びになった瞬間。
レクスは少しだけ妙な感覚を覚えた。
懐かしい。
でも。
同じではない。
「なあ」
ギルバートが歩きながら声を掛けた。
「何だ?」
「昔なら、俺が一番前だったよな」
「そうだな」
「お前は後ろ」
「ああ」
「今は?」
レクスは前方を見る。
クラウディア。
ローディス。
公国側斥候。
その後ろに、自分たち。
「別に決まってない」
「そうか」
「何で?」
「いや」
ギルバートは少し笑う。
「それでいいと思っただけ」
勇者が先頭でなければならない。
黒魔導士は後ろで支える。
そんな決まりはない。
必要な者が。
必要な場所へ立つ。
それだけだ。
「レクス」
セシリアが呼ぶ。
「何?」
「今度は」
少し言葉を選ぶ。
「ちゃんと教えてね」
「何を?」
「何をしてるのか」
レクスは一瞬だけ黙った。
「分かった」
「私も言うから」
「残りの魔力?」
「それも。できることと、できないこと」
バルガスも横から言う。
「俺も盾がきつくなったら言う」
「昔は黙ってた?」
「格好悪いと思ってたからな」
「今は?」
「死ぬ方が格好悪い」
「それはそうだ」
ギルバートが最後に言う。
「俺も言う」
「何を?」
「怖くなったら」
レクスが少し驚く。
「勇者が?」
「ああ」
「言える?」
「たぶん」
「たぶんか」
「そこまで急に変わらねえよ」
四人の間に。
小さな笑いが起こる。
三年前。
何度も同じ道を歩いた。
同じ敵を倒した。
それでも。
お互いが何をしているのか。
何を怖がっているのか。
何が限界なのか。
本当には知らなかった。
今度は。
違う。
勇者パーティへ戻ったわけではない。
レクスは《銀翼》の仲間になったわけでもない。
それぞれが。
それぞれの立場で。
同じ仕事をするだけだ。
それでよかった。
◇
昼前。
一行は丘の上へ出た。
「見えた」
クラウディアが足を止める。
旧バルハ廃都。
谷の向こう。
崩れた城壁。
折れた塔。
屋根を失った建物。
六十年以上、人が住んでいない城塞都市。
遠くから見るだけなら。
ただの遺跡だった。
だが。
「……静かすぎる」
ギルバートが言う。
「ああ」
レクスも感じる。
鳥がいない。
虫の声も少ない。
風だけが。
崩れた城壁の間を抜けている。
そして。
廃都の中央。
かつて神殿だったらしい建物の地下から。
青黒い光が。
薄く。
脈を打つように漏れている。
どくん。
距離があるのに。
地面を通じて。
足裏へ伝わった。
フィンが乾いた声を出す。
「帰りたくなってきました」
「今ならまだ帰れるぞ」
レクスが言う。
「それ毎回言うのやめてください。ほんとに迷うから」
「怖いなら戻ってもいい」
「怖いです」
フィンは弓を握り直す。
「でも行きます」
ギルバートも聖剣の柄へ触れる。
クラウディアは二本の剣が抜ける位置を確認する。
バルガスとドーガンは盾の留め具を締め直した。
セシリアは杖。
エルドは魔法具。
アデルは術式測定器。
ガレンは呪札。
全員が。
自分の仕事を確かめる。
「ここから先」
ローディスが言う。
「予定通り、大部隊は外周へ展開。廃都内部へ入るのは選抜組だけだ」
ディアスも公国兵へ命じる。
「命令なしに八キロ圏内へ入るな。異常な倦怠感、魔力低下、胸部圧迫を感じた者は即撤退!」
各部隊が散る。
残ったのは。
廃都へ入る者たち。
レクスは一度だけ。
隣を見る。
ギルバートと目が合った。
「何だ?」
「いや」
ギルバートは少しだけ笑った。
「久しぶりだと思って」
「何が?」
「こうやって、お前の横で戦うの」
レクスは前を見る。
「まだ戦ってないぞ」
「分かってるよ」
「それに」
少し間を置く。
「今度は四人じゃない」
《銀翼》がいる。
魔術師がいる。
呪術師がいる。
二つの国の兵がいる。
これまで集めた情報がある。
四百年前の失敗がある。
「そうだな」
ギルバートも前を向いた。
「その方がいい」
勇者パーティが。
もう一度並んだ。
ただし。
昔へ戻るためではない。
昔とは違う戦い方をするために。
レクスたちは、誰もいない旧バルハ廃都の門をくぐった。




