第34話 敵は祭壇ではない
祭壇を全部止める。
言葉にすると簡単だったが、実際に地図へ印を付けていくと、誰もが途中から黙った。
確認済み十四基。
王国側に六。
エルディナ公国側に八。
旧監視塔のようにすでに破壊されたものや、旧採掘坑の中継柱は別に数えている。
しかも。
「たぶん、これで全部じゃありません」
アデルが言った。
「言うと思った」
フィンが椅子の背へ身体を預ける。
「せめて一回くらい、『実は思ったより少なかったです』って報告してくれません?」
「私もしたいですよ」
「じゃあしてください」
「事実を曲げていいなら」
「それは困る」
「でしょう?」
トルメ村の集会所。
昨日まで病人が寝ていた場所の半分は、今や臨時の作戦室になっていた。
卓を三つ並べ、その上に両国の地図、古代封印術式の写し、祭壇ごとの観測記録が置かれている。
レクスは一番西側の祭壇へ指を置いた。
「最初はここで試す」
「王国側?」
ローディスが確認する。
「ああ。国境から近い。失敗しても戻りやすいし、旧監視塔の祭壇と構造が近い」
「レクスさんが弱体化して」
アデルが続ける。
「私、ガレン翁、エルドさん、それから公国側の呪術師二名で反転部分を解析する」
「そこで手順が確立できれば?」
マリアナが尋ねる。
「二基目以降は、同型なら私たちだけで止められる可能性があります」
「可能性、ね」
ディアスが腕を組む。
「最近、その言葉にも慣れてきた」
「断言して外したら怒るでしょう」
「もちろん怒る」
「なら可能性で我慢してください」
レクスは十四基の位置を見る。
距離がある。
一基ずつ回れば何日もかかる。
その間にも、深層王へ何かが送り込まれ続ける。
「同時に止めたい」
「全部を?」
クラウディアが聞く。
「できるなら」
「できる?」
アデルが少し考えた。
「解除手順さえ完成すれば、班を分けられます」
「何人必要?」
「一基につき、最低でも術式を扱える者が二名。護衛は別」
「二十八人以上か」
「予備も欲しいです」
「多いな」
レクスが言うと、ディアスが呆れた顔をした。
「さっきまで『戦力を増やせ』と言っていたのは誰だ」
「廃都の近くには集めるなって話だろ」
「分かっている」
吸収圏。
深層王が覚醒し、戦闘状態へ入った場合、周辺の生命力を吸い上げる可能性がある。
四百年前には最大で八キロ近くまで広がった。
大軍を廃都へ集めれば、それだけ餌を増やすことにもなりかねない。
だから兵力は分散させる。
祭壇停止班。
退路確保。
医療班。
通信。
そして。
廃都へ入る少数精鋭。
「敵は祭壇じゃない」
レクスが言った。
全員の視線が集まる。
「祭壇を壊して終わりなら簡単だった。でも本当の敵は、その先にいる」
「深層王?」
フィンが聞く。
「深層王だけとも限らない」
黒い祭壇を作り替えた者。
魔物へ強化術式を埋め込んだ者。
寄生呪詛で人間から生命力を集めていた者。
誰かが意図してやっている。
「だから祭壇一個に時間をかけすぎるのも違う」
「機能だけ止めて、廃都へ向かう準備を優先する?」
クラウディアが言う。
「ああ」
「壊したくならない?」
「少し」
「少しはなるのね」
「見た目が敵っぽいからな」
「そこ?」
「でも今回は我慢する」
アデルが妙に感心した顔をした。
「成長しましたね」
「何で皆、俺を危ない奴みたいに扱うんだ」
「実績です」
「お前まで言うのか」
◇
最初の祭壇へ向かったのは、その日の昼前だった。
場所は王国側の国境から南西へ五キロ。
使われなくなった石切場の奥。
祭壇そのものは、旧監視塔で見たものより少し小さい。
黒い石盤。
中央の水晶。
地面へ食い込む術式線。
周囲には騎士団が簡易柵を作り、誰も近づかないよう封鎖していた。
「現在、寄生対象は?」
レクスが尋ねる。
ローディスが答える。
「確認なし。近隣住民は数日前から避難させている」
「ならやりやすい」
「攻撃されたら?」
「弱くする」
「それは分かっている」
クラウディアが笑った。
「その答えだけは早いのよね」
レクスは祭壇から十メートルほど離れた場所へ立つ。
アデルたちはさらに後方。
最初から全員で近づかない。
「行くぞ」
「はい」
「《深淵呪詛》」
まず防御術式。
抵抗が返ってくる。
強い。
だが。
もう未知ではない。
「呪詛反射、八十二パーセント低下」
黒水晶の光が揺れる。
「精神干渉、八十九」
地面の術式線が一瞬強く光った。
レクスは構わず続ける。
「防御、九十三。外部通信――」
そこで感触が変わった。
「何か来る」
「何が?」
クラウディアが剣へ手を掛ける。
「祭壇が、向こうへ知らせようとしてる」
「廃都?」
「たぶん」
「止められる?」
「やる」
レクスは対象を切り替えた。
「通信効率低下」
黒水晶の光が大きく明滅する。
抵抗。
かなり強い。
「七十……七十八……」
「まだ低い?」
アデルが尋ねる。
「ああ。ここだけ別系統だ」
「昔の封印機能ではなく、後から追加された監視術式かもしれません!」
「なら落としやすくなる?」
「構造が新しいなら、たぶん!」
「たぶん好きだな」
「確定情報がないんです!」
レクスはもう一段深く術を入れた。
「九十一……九十四」
光が消える。
「止まった」
「向こうへ連絡は?」
「途中までは行ったかもしれない」
「完全遮断ではない?」
「最初に触れた時点で少し流れた」
アデルが唇を噛む。
「なら、時間をかけられません」
「分かってる」
次。
生命力を地下へ送る反転術式。
これが本命だった。
「出力を落とす」
レクスが右手を向ける。
「送信効率――」
抵抗。
「八十六。九十……」
祭壇の周囲に黒い靄が浮かんだ。
「来るぞ」
ガレンが低く言う。
「何が?」
「反撃じゃ」
次の瞬間。
黒い靄が人の形へ変わった。
兵士。
女。
老人。
子供。
輪郭だけ。
顔はない。
「精神干渉型です!」
アデルが叫ぶ。
「見ないでください!」
「もう見た!」
フィンが顔を逸らす。
黒い影たちが囁く。
『渡せ』
『返せ』
『足りない』
旧監視塔と同じ声。
けれど。
今度は数が多い。
「レクス!」
クラウディアの声。
「ああ!」
レクスは人影ではなく、発生元を見る。
幻覚を消そうとする必要はない。
幻覚を生んでいる術式を落とせばいい。
「精神投射、九十六!」
人影が一斉に歪む。
「九十八!」
消えた。
静けさが戻る。
「……毎回思うけど」
フィンが顔を上げる。
「敵の嫌がらせまで数字で消すの、ちょっと反則っぽいですよね」
「便利ならいいだろ」
「否定はしません」
「解析始めます!」
アデルたちが前へ出る。
レクスは祭壇そのものを完全には止めない。
防御。
反射。
精神干渉。
通信。
そこだけを弱らせる。
反転術式の核は残す。
「ここですね」
アデルが石盤の外周へ膝をつく。
「元の封印式は、この向きで魔力を外へ逃がしていた。今は……」
指が逆方向へ進む。
「ここで反転している」
ガレンも覗き込む。
「後付けの楔じゃな」
「楔?」
「元の流れへ無理やり噛ませた別術式じゃ」
「それを抜けば戻る?」
「単純に抜くな」
ガレンがアデルの手を叩いた。
「痛っ!」
「先に固定を外せ。さもないと周囲の地脈が暴れる」
「分かってますよ!」
「今、触ろうとしたじゃろ」
「確認です!」
「指で確認するな」
レクスは少し離れたところから見ていた。
「俺、何かする?」
「今は何もしないでください」
「はっきり言うな」
「必要な時は呼びます!」
「分かった」
クラウディアが笑う。
「手持ち無沙汰そうね」
「少し」
「自分の担当が終わったなら休んでればいいのよ」
「それが難しい」
「知ってる」
◇
一時間後。
アデルが立ち上がった。
「できました」
「止めた?」
「まだです」
「何で」
「解除手順を確定させました」
アデルは新しく書き起こした術式図を広げる。
「全部で七工程」
「多いな」
「でもレクスさんが弱体化しなくても可能です」
レクスの目が少し変わる。
「本当に?」
「はい」
アデルが指で順番を示す。
「まず後付けの監視式を切る。次に反転楔の外周固定を二点解除。それから生命送信路を閉じる。最後に元の地脈放出へ戻す」
「途中で失敗したら?」
「最悪、逆流します」
「やっぱり危ないじゃないか」
「だから二人以上必要なんです」
ガレンが鼻を鳴らす。
「一人が流れを見て、一人が解除する。未熟者なら三人じゃな」
「誰が未熟者ですか」
「おぬしじゃ」
「私は宮廷魔術師ですよ!」
「肩書きで術式は解けん」
「この人、ずっとこうなんですけど!」
レクスは少し笑った。
「でも使える?」
エルドが答える。
「儂らならな」
「公国側の呪術師は?」
「二人とも一基ずつ任せられる」
「なら班を作れる」
「そういうことです」
アデルが嬉しそうに頷いた。
「レクスさんが十四基全部回る必要はありません」
「助かる」
「本当に嬉しそうですね」
「移動だけで何日も使いたくない」
「普通、唯一できる技術を他人に渡す時って、もっと複雑な顔しません?」
「何で?」
「希少価値が下がるとか」
「下がって困る?」
「依頼料とか」
「俺、値上げしたいわけじゃない」
「でしょうね」
クラウディアが横から言う。
「この人、釣り竿の値段すら交渉しないから」
「まだそれ言う?」
「使いやすい話だから」
アデルは苦笑しながらも、手順書をさらに書き写した。
「じゃあ本当に、各班へ教えます」
「ああ」
「レクスさんがいなくても止められるように」
「ああ」
「嫌じゃない?」
「三回聞くな」
「研究者としては気になるんですよ」
「じゃあ答える。むしろその方がいい」
レクスは祭壇を見る。
「俺が倒れたら全部止まる作戦は、作戦じゃないだろ」
アデルの筆が一瞬止まった。
「……それ、誰かに言われたんですか?」
「いや」
「本当に自分で?」
「何で疑う」
「昔の記録を読んでいたら、ちょっと意外で」
「どの記録だよ」
「勇者パーティ時代の」
「勝手に見るな」
「公式記録です!」
◇
最初の祭壇を実際に停止させる瞬間。
全員が少し緊張していた。
「行きます」
アデルが言う。
隣にはガレン。
エルドが魔力流を監視する。
レクスは数歩離れて待機。
「監視式、切断」
黒水晶の光が一度消える。
「外周固定、一点目」
ガレンが杖の先で術式線へ触れる。
細い音。
「二点目」
別方向。
黒い線が薄れる。
「送信路を閉じます」
アデルの魔力が流れる。
祭壇の中央へ向かっていた光が止まった。
「地脈放出へ戻す!」
最後。
石盤の外周が淡い青へ変わる。
黒かった光が消える。
静かだった。
爆発も。
反撃も。
脈動も。
何もない。
「……終わり?」
フィンが恐る恐る聞く。
エルドが目を閉じる。
「生命力の流れ、なし」
ガレンも頷く。
「地下への送信も切れておる」
アデルは息を吐いた。
「成功です」
マリアナが小さく拳を握った。
「一基目」
「ああ」
レクスが祭壇を見る。
壊れてはいない。
けれど。
もう人間から命を吸わない。
そして。
地下へ力を送らない。
「これで同じ型なら、他も止められる」
「はい」
アデルの声が少し明るくなる。
「しかも元の封印式は残っています」
「じゃあ、深層王を弱らせる方向にも戻った?」
「わずかですが」
レクスが顔を上げる。
「わずかでも戻ったなら意味はある」
四百年前の封印。
その一部が。
現代で初めて、本来の方向へ戻った。
◇
その日の夕方。
十四基の祭壇を停止させるため、各班の編成が始まった。
王国側。
公国側。
混成班も作る。
互いに術式の読み方が違うため、同じ国だけで固めるより、片方が見落とした時に補えるとアデルが判断した。
「第三班、王国魔術師一、公国呪術師二、護衛は中央軍四」
ローディスが名簿を読み上げる。
「第五班は?」
「ガレン翁、王国呪術師一、騎士三」
「儂に若造をつけるな」
「補助です」
「邪魔になる」
「勝手に一人で行こうとしないでください」
「昔のレクスと同じこと言ってる」
フィンが呟く。
「誰が小僧と同じじゃ」
「似てますよ」
「目が腐ったか」
「元気だなあ」
ディアスも自軍の配置を確認する。
「祭壇停止後、その場へ残る兵は?」
「最低限」
レクスが言う。
「壊されたり再起動されたら困る」
「敵が来る可能性は?」
「高いと思う」
クラウディアが言った。
「向こうだって、十四基全部止められるのを黙って見てるとは思えない」
「なら護衛は厚くした方がいい」
「でも廃都近くへは集めない」
「分かっている」
祭壇停止班は広域へ分散。
廃都から八キロ以内には、必要以上の兵力を入れない。
同時に。
旧バルハ廃都の外縁だけを観測する斥候班も出す。
「レクスは?」
マリアナが聞く。
「最初の同時停止時は、中央待機」
「どこで?」
「国境寄りの中継拠点」
ローディスが地図を指す。
「どの祭壇で異常が出ても、比較的動きやすい」
「俺が一つの班についていかなくていい?」
「今回はそれがいい」
アデルが言った。
「あなたがいると、皆すぐ頼ります」
「俺が悪いみたいに言うな」
「悪いというより便利すぎるんです」
「褒めてる?」
「半分」
「残り半分は?」
「訓練にならない」
レクスは少し考え。
「分かった」
「素直ですね」
「俺なしでできるようにするんだろ」
「はい」
「なら俺が横にいたら意味ない」
クラウディアが小さく笑った。
「本当に変わったわね」
「最近そればっかり言われる」
「最近本当に変わってるからでしょう」
◇
翌朝。
十四班が各地へ向けて出発した。
完全な同時停止は距離の関係で難しい。
それでも、魔法通信を使って時刻を合わせる。
午後二時。
全祭壇。
一斉に解除を開始。
レクスは国境近くの旧砦を改装した中継拠点にいた。
《銀翼》も一緒だ。
ローディスとマリアナは通信担当。
アデルは別の祭壇班へ同行している。
ガレンも別行動。
「落ち着かない?」
クラウディアが尋ねる。
「少し」
「自分で行きたい?」
「少し」
「少しばっかり」
「でも行かない」
「偉い」
「子供扱いするな」
通信水晶が光る。
『第一班、解除開始』
別の水晶。
『第二班、開始』
次。
『第三班、監視式切断』
レクスは無意識に立ったり座ったりしていた。
「じっとしててくださいよ」
フィンが言う。
「気が散る」
「俺も落ち着かないんだ」
「でも、向こうの人たち信じるんでしょう?」
「信じてる」
「じゃあ座って」
「分かった」
三十秒後。
また立った。
「レクス」
クラウディアが言う。
「何だ?」
「座って」
「……はい」
ドーガンが笑いを噛み殺していた。
「何だよ」
「いや」
「笑ってるだろ」
「少し」
「それ俺の真似?」
◇
午後二時十九分。
一基目。
『第一班、停止成功』
レクスの肩から少し力が抜ける。
続く。
『第四班、成功』
『第七班、生命送信停止』
『第九班、地脈放出復帰』
次々と。
黒い祭壇が。
本来の役割へ戻っていく。
人から奪った力を深層王へ送る装置ではなく。
地下から力を逃がす。
封印の末端へ。
「十基」
マリアナが数える。
「十一」
ローディスが別の水晶を見る。
「十二」
「あと二つ」
フィンが言う。
「いける」
その時。
一つの水晶が赤く光った。
『第十三班、問題発生!』
全員の表情が変わる。
「何があった!」
ローディスが通信へ身を乗り出す。
『反転楔が二重です! 手順書と違う!』
レクスが立つ。
「場所は?」
「公国東部。ここから遠い」
マリアナが地図を指す。
「馬でも二時間以上」
「間に合わない」
「レクスさん!」
通信の向こうから呪術師の声。
『どうすれば!』
レクスは一瞬考える。
直接見えない。
感触も分からない。
でも。
手順そのものは覚えている。
「楔の外周を触るな」
『はい!』
「二重なら、片方が偽物かもしれない」
『見分け方は?』
「魔力の流れを見る。地下へ送ってる方だけ止める」
『両方同じ方向です!』
「なら――」
レクスは詰まる。
ここで想像で言えば危ない。
「待て」
自分で全部答えようとするな。
「アデルの班と繋げる」
「距離があります!」
「通信だけでいい」
ローディスがすぐ別水晶を開く。
『こちら第五班!』
「アデル!」
『はい! 聞いてました!』
「二重楔、分かる?」
『図を口頭で説明してください!』
第十三班の術師が構造を伝える。
アデルが質問する。
ガレンの班にも繋ぐ。
三地点。
人間が。
同じ術式を。
離れた場所から考える。
「外側が新しい」
アデルが言う。
『内側は古い封印式の一部です! 切るなら外だけ!』
ガレンの声も入る。
『外側だけを閉じろ。内側は残せ!』
第十三班が作業へ入る。
数分。
長かった。
『……止まりました!』
中継拠点に歓声が上がった。
レクスは息を吐く。
「俺、ほとんど何もしてないな」
クラウディアが横を見る。
「それが今回の成功なんでしょう?」
「そうか」
「あなたがいなくても止められた」
「……ああ」
少しだけ。
嬉しかった。
◇
最後の十四基目が停止したのは、午後二時三十七分だった。
「全祭壇、生命力送信停止!」
マリアナの声。
「十四基すべて、本来の地脈放出へ復帰!」
成功。
誰も死ななかった。
大規模な逆流もない。
深層王へ送られていた流れが。
まとめて切れた。
レクスは目を閉じる。
遠く。
北東。
地下へ集まっていた圧力が。
ほんの僅かに弱くなった。
「効いてる」
「分かる?」
クラウディアが聞く。
「ああ」
「深層王も弱くなった?」
「まだ分からない」
地脈放出が戻った。
これから少しずつ。
四百年前の封印と同じ方向へ。
力を逃がしていくはずだ。
「これなら」
フィンが笑う。
「少し時間を稼げる?」
誰もすぐに答えなかった。
レクスも。
そう思いたかった。
その瞬間。
地面が大きく揺れた。
「何!?」
机の上の水晶が跳ねる。
壁の埃が落ちる。
馬が外でいななく。
次。
北東。
旧バルハ廃都の方向から。
青黒い光が空へ伸びた。
「……何だ、あれ」
ドーガンが外へ出る。
全員が続く。
遠い。
それでも見える。
廃都の方角。
地平線近くから、太い光柱が空へ突き上がっていた。
「祭壇は止めたのに!」
マリアナが叫ぶ。
「全部止まってる!」
ローディスが通信を確認する。
「各班、異常なし!」
レクスは光柱を見る。
違う。
祭壇からではない。
「中央だ」
「廃都?」
「ああ」
次の瞬間。
さらに強い脈動。
どくん。
地面そのものが一度持ち上がったように感じた。
アデルから緊急通信。
『レクスさん!』
「聞こえてる!」
『まずいです! これは外からの供給じゃない!』
「何?」
『廃都地下に溜め込まれていた魔力が、一気に中心へ流れています!』
クラウディアの顔から笑みが消える。
「貯めてた分?」
レクスが通信へ聞く。
「どのくらい?」
『測定不能です! 少なくとも祭壇十四基を止めた直後に、別系統から一斉放出されています!』
「誰かがやった?」
『自然反応には見えません!』
レクスは理解した。
相手は。
こちらの準備を待っていない。
祭壇を止められることすら。
想定していた。
「先回りされた」
クラウディアが言う。
「ああ」
祭壇は止めた。
作戦は成功した。
なのに。
本当の敵は。
祭壇ではない。
◇
旧バルハ廃都地下。
十四本の供給線が、一斉に暗くなった。
「全系統停止しました」
灰色の外套の男が報告する。
「予想より早かったわね」
黒衣の女は、青白く燃える巨大術式の中心に立っていた。
「レクス本人は一基にしか触れていません」
「そう」
「解除手順を共有したようです」
女は少し笑う。
「自分だけの力にしなかったのね」
「結果として、こちらの祭壇網が一日で無力化されました」
「優秀だわ」
「褒めている場合では」
「だからこそでしょう」
女は足元を見る。
巨大術式の中央。
四百年間。
封じられてきた穴。
その周囲には。
何年もかけて貯め込まれた魔力がある。
人間から。
魔物から。
地脈から。
少しずつ。
少しずつ。
「祭壇は、最初から永遠に使うつもりはなかった」
女が言う。
「十分に集めるまでの器よ」
「しかし予定では、もう少し――」
「予定は変わった」
右手の紋章が光る。
術式が反応する。
これまで周囲の貯蔵槽へ分散していた力が。
一斉に。
中央へ向かう。
「彼らが十四基すべて止められるなら、次はここまで来る」
「迎撃準備を?」
「ええ」
「深層王を完全覚醒させますか」
女は首を振った。
「まだ」
「では?」
「目を覚ましてもらうだけ」
男が息を呑む。
「それだけでも、周囲への影響が」
「だからいいの」
女は笑う。
「レクス・アルヴァーンが、準備を整えた安全な相手だけに強いのか」
青白い炎が。
一斉に大きくなる。
「それとも」
地下の遥か奥で。
巨大な何かが。
初めて。
自分の意思で動いた。
石壁が軋む。
天井から粉塵が落ちる。
「起きかけた災厄を、本当に弱くできるのか」
◇
トルメ村。
日が落ちる頃になっても。
北東の空は青黒く染まったままだった。
アデルたち各班は予定を変更し、最短距離でトルメ村へ戻ることになった。
王国。
公国。
どちらの軍も警戒態勢へ移行する。
「予定では、祭壇を止めてから戦力を集めるはずだった」
ローディスが言う。
「ああ」
「猶予がなくなった可能性がある」
「ああ」
「廃都へ行くか?」
レクスはすぐには答えなかった。
クラウディアも待っている。
以前なら。
行ったかもしれない。
相手が動いた。
なら今すぐ止める。
そんな単純な考えで。
「今日は行かない」
ローディスがわずかに驚く。
「いいのか?」
「今行っても、アデルもガレンも戻ってない。増援も揃ってない」
「その間に覚醒が進むかもしれない」
「だからって準備不足で行って全滅したら、誰が止める?」
レクスは青黒い空を見る。
怖くないわけではない。
早く行きたい気持ちもある。
けれど。
焦らされている。
そう感じた。
「向こうが俺たちを急がせようとしてるなら」
「なら?」
「なおさら、その通りには動かない」
クラウディアが少し笑った。
「いい判断だと思う」
「怖いけどな」
「私も」
「俺もです」
フィンがすぐ加わる。
「聞いてない」
「言わせてくださいよ。俺だけ平気そうに見られるの嫌なんで」
ドーガンが盾を肩へ担ぐ。
「怖いなら、準備をするしかない」
「ああ」
レクスは頷いた。
祭壇十四基。
停止。
作戦は成功した。
だが。
敵も動いた。
これでようやく。
互いが。
相手の存在を前提に。
次の手を打ち始めた。




