第31話 世界最強でも、一人では行かない
旧バルハ廃都へ向かう。
その言葉だけなら簡単だった。
だが、四百年前に複数の国家と教会、魔術師、呪術師が総力を挙げても倒せず、地下へ封じるしかなかった存在が待っているかもしれない場所へ行くとなれば、話はまるで違う。
トルメ村の集会所には、その日の夜まで明かりが灯り続けていた。
卓上には王国とエルディナ公国、双方の地図が重ねられている。
確認済みの祭壇。
旧採掘坑の中継柱。
魔物の異常移動地点。
寄生呪詛の発症地。
そして、それらすべての流れが集まる旧バルハ廃都。
「最初に言っておく」
レクスは卓を囲む全員を見た。
クラウディア。
ドーガン。
フィン。
エルド。
ローディス。
マリアナ。
ディアス。
さらに、公国側の呪術師と古文書を扱う文官も数名同席している。
「今から廃都へ行くのは反対だ」
最初に口を開いたのがレクスだったことで、何人かが意外そうな顔をした。
中でもフィンは露骨だった。
「……本当にレクス?」
「何だよ」
「いや。昨日までのあなたなら、『じゃあ見に行こう』って言いそうだったから」
「俺を何だと思ってる」
「危険なものを見ると、とりあえず弱くできるか試す人」
「最近は試す前に考えてる」
「そこを成長って言うんですよ」
クラウディアが苦笑する。
レクスは少し不満だったが、否定できない部分もあった。
黒鎧のガルム。
天殻巨獣バルディオス。
岩脈竜。
戦うたび、同じ九十九パーセントでも意味が違うと知った。
敵が強くなればなるほど、自分の術が奪える力は増える。
それは間違いない。
しかし同時に、残る一パーセントも大きくなる。
しかも、今度の相手については「元の強さ」すら分かっていない。
「四百年前の記録では、倒せなかったんだろ」
レクスがエルドへ確認する。
「そうじゃな。少なくとも祈祷堂に残されていた記録では、討伐を断念し封印へ切り替えたとある」
「その時、どのくらいの戦力が集まってた?」
「人数までは残っておらん。ただし、『三王国の兵と七つの魔術結社、教会騎士団が参加した』という記述はあった」
ディアスが腕を組む。
「三王国……」
「今の国境とは違うじゃろうが、少なくとも少人数でどうにかした相手ではない」
レクスは頷いた。
「なら、今ここにいる人数で行く理由がない」
「珍しく慎重ね」
クラウディアが言う。
「岩脈竜に教わった」
「ドーガンが吹き飛ばされたやつ?」
「だから俺を毎回教材にするな」
ドーガンが低く抗議する。
「実際、分かりやすかったからな」
「盾役として複雑な気分だ」
ほんの少しだけ笑いが起こる。
しかしすぐに、レクスは地図へ視線を戻した。
「必要なのは三つだと思う」
「聞こう」
ローディスが言う。
「一つ目。あの地下にいるものが何なのか、できるだけ調べる」
「当然じゃな」
エルドが頷く。
「二つ目。祭壇と中継柱を、どう止めればいいか確認する」
マリアナが眉を寄せた。
「先にすべて破壊してしまうのでは?」
「それは危ない」
「なぜです?」
「今の祭壇群が、眠っているものへ力を送ってるのはたぶん間違いない。でも元々は封印の一部だった」
レクスは祈祷堂で見つけた石板の写しを指す。
「全部壊したら、生命力の供給は止まっても、封印まで一緒に消えるかもしれない」
「起こす手助けをする可能性がある?」
「ああ」
公国側の呪術師が苦い顔をした。
「厄介ですね。悪用されている部分だけを止め、元の封印機能を残さなければならない」
「俺一人じゃ解析できない」
レクスが言う。
一瞬。
室内が妙に静かになった。
クラウディアが先に反応した。
「今、ちゃんと言ったわね」
「何を?」
「俺一人じゃ無理って」
「無理なものは無理だろ」
「そうなんだけど」
「何だよ」
「少し前までのあなた、自分の担当範囲を広く取りすぎてたから」
レクスは反論しようとして、やめた。
元勇者パーティにいた頃は、それが普通だった。
偵察。
装備調整。
野営準備。
状態異常対策。
敵への弱体化。
味方への補助。
誰かが困っていれば、自分でやった方が早いと思っていた。
結果として。
周囲も、それを「レクスがやって当然」と思うようになった。
そして自分自身も。
何でも自分で抱えることを、当たり前だと思っていた。
「今回は違う」
レクスは言った。
「古代術式はアデルやガレンの方が詳しい。エルドもいる。俺が全部見る必要はない」
エルドが顎髭を撫でる。
「殊勝なことを言うようになったのう」
「年寄りに褒められると妙に腹が立つな」
「ほっほ。若者は可愛げがないくらいがちょうどよい」
「それで三つ目は?」
ディアスが話を戻した。
「戦力」
レクスは短く答えた。
「足りないと思う」
「《銀翼》がいても?」
マリアナが尋ねる。
「バルディオスの時は、《銀翼》と俺で勝てた」
「なら今回も――」
「相手がバルディオスより弱い保証がない」
言い切った。
「むしろ、バルディオスが逃げた原因なら、もっと強いと考えた方がいい」
マリアナが黙る。
「俺が九十九パーセント落とせたとしても、残りが災害指定級かもしれない。そもそも、九十九まで入る保証もない」
「バルディオスでは九十二だったものね」
クラウディアが言う。
「ああ。抵抗を先に落として、ようやくだった」
「なら今度は?」
「もっと低いかもしれない」
フィンが顔をしかめる。
「聞けば聞くほど行きたくなくなるなあ」
「行かなくてもいいぞ」
レクスが言う。
「毎回そう言いますけど」
「嫌なら無理する必要ないだろ」
「……怖いのは本当です」
フィンは素直に認めた。
「でも、俺だけ残ったら後で絶対気になるんですよ。皆が帰ってくるまで、宿でずっと『今どうなってるんだろう』って考えるくらいなら、一緒に行った方がましです」
「ましなのか?」
「たぶん」
「それ、俺が言うと怒られる答えだな」
「自覚あるんですね」
◇
会議が一区切りついたところで、王国側への正式な緊急報告書が作られた。
内容は重い。
国境を越えて広がる寄生呪詛。
複数の祭壇。
四百年前の巨大封印術式。
旧バルハ廃都地下に眠る、討伐不能と記録された存在。
神話指定魔獣を含む広域の魔物移動。
そして、現在その封印が第三者によって逆用されている可能性。
ローディスは書き上げた文書を読み直し、少し嫌そうな顔をした。
「これを受け取る王都の連中が気の毒になってきた」
「仕事だろ」
「お前は他人事みたいに言うな」
「俺、王都の会議には出ないから」
「一番の当事者だろうが」
「会議より現場の方が向いてる」
「それは全員分かっている」
クラウディアが頷く。
「商人との交渉にも向いてなかったしね」
「まだ言うのか」
「今後ずっと言うかも」
「そんなにひどかった?」
「通行料を言い値で払おうとする人は、たぶん外交会議へ出さない方がいいわ」
ディアスが真面目な顔で同意した。
「そこは公国側からも賛成する」
「何でお前まで」
「国家間交渉で『払えばいいだろ』と言われたら困る」
「言わない」
「本当に?」
「……たぶん」
「今の返事で決まったな」
ローディスが報告書へ署名する。
伝書魔法と高速伝令を併用し、王都へ最優先で送る。
同時に。
もう一通。
「これは誰宛だ?」
レクスが尋ねる。
「宮廷魔術師アデルと、老呪術師ガレン」
「呼ぶのか」
「呼ぶ」
ローディスは即答した。
「アデルはお前の弱体術の測定と分析を最も多く行っている。ガレンは寄生呪詛の解除経験がある。今回、呼ばない理由がない」
「忙しくない?」
「国をまたいだ災厄の可能性より優先する仕事があるなら聞いてみたい」
「確かに」
エルドも同意する。
「儂一人で四百年前の術式すべてを読むのは骨じゃ。若い宮廷魔術師にも働いてもらおう」
「アデル、三十代だぞ」
「儂から見れば若い」
「その基準なら大抵の奴が若いだろ」
◇
翌朝。
レクスたちは、トルメ村に残る軽症者への処置を始めた。
重症十六名ほど時間はかからない。
寄生固定力が弱いうちに外部接続を落とし、生命吸収と精神干渉を止める。
それでも百人を超える人数を一人で処理するのは現実的ではなかった。
「やっぱり、全部俺がやるのは遅いな」
レクスが言う。
隣でガレンの代わりに公国側の呪術師が術式を記録している。
「ですが、我々では同じ精度で寄生体だけを弱らせられません」
「完全に同じことをしなくていい」
「どういうことです?」
「俺が寄生固定力を落とす。切り離す作業はそっちでできないか?」
呪術師が目を瞬いた。
「分業する、と?」
「ああ」
「しかし、もし失敗すれば患者へ逆流が」
「だから最初は俺が隣で見る」
それから試した。
レクスが寄生体の固定力、吸収効率、抵抗力を先に大きく落とす。
公国側の呪術師が、弱くなった接続糸を解除術で切る。
一人目。
成功。
二人目。
成功。
三人目は途中で接続が強く戻りかけたため、レクスが追加で弱体化を入れた。
「今」
「はい!」
解除。
切れた。
患者が大きく息を吐く。
「できた……」
公国側の呪術師が、自分の手を見た。
「私でも」
「最初から一人でやるのは危ない。でも、俺が抵抗を落とせばできる」
「これなら人数を増やせます」
「ああ」
マリアナが近くで見ていた。
「レクス殿」
「何だ?」
「あなたが全員治すのではないのですね」
「その方が遅い」
「いえ、責めているのではなくて」
彼女は少し笑った。
「噂では、何でも一人で解決してしまう方だと聞いていました」
「誰がそんな噂を」
「王国の冒険者たちから」
「それは誇張だ」
クラウディアが横から口を挟む。
「少し前までは、本人もそんな感じだったわよ」
「また言うのか」
「事実でしょう?」
レクスは反論しなかった。
「でも今は?」
マリアナが尋ねる。
「俺にしかできないところだけやればいいと思ってる」
「なぜ?」
「皆ができることまで俺がやったら、俺がいない時に困るだろ」
口にしてから。
自分で少し引っかかった。
昔の勇者パーティが、まさにそうだった。
レクスが何でもやった。
何でも補った。
その結果。
レクスがいなくなった瞬間、彼らは自分たちが何を支えられていたのかさえ分からなかった。
「……そういうことか」
思わず呟く。
「何が?」
「いや」
レクスは次の患者へ向かった。
「昔の話」
◇
昼過ぎ。
公国側の呪術師三名が手順を覚えたことで、処置速度は一気に上がった。
レクス一人が全工程を行うより、ずっと早い。
もちろん難しい部分はまだ彼が担当する。
寄生体が深く食い込んでいる患者。
複数の接続を持つ者。
強い精神干渉を受けている者。
それ以外は、弱体化後の解除を他の呪術師へ任せる。
「百九十三人、今日中に全員終わるかもしれません」
マリアナが驚いていた。
「人数が足りればな」
「昨日まで、一人ずつあなたが処置するしかないと思っていました」
「俺も」
「そこは認めるんですね」
「実際そう思ってたから」
クラウディアが患者へ水を運びながら笑う。
「世界最強でも、人手不足には勝てないのね」
「そこは最初から勝つつもりない」
「じゃあ今回の題名にできそうね」
「何の話だ?」
「気にしないで」
妙なことを言われた。
◇
その日の夕方。
王都から最初の返答が届いた。
魔法通信による簡潔な文面だった。
『旧バルハ廃都への独断進入を禁ずる。
現地調査隊は現在位置を維持し、封印解析を優先せよ。
宮廷魔術師アデル、呪術師ガレンを派遣する。
追加戦力について協議中。
エルディナ公国との共同対応を正式に承認する。』
ローディスは読み終えると、少し安心したようだった。
「少なくとも『今すぐ戻れ』ではない」
ディアスが苦笑する。
「こちらより話が早いな」
「公国側の返事は?」
「中央司令部が揉めているらしい」
「何で?」
レクスが尋ねる。
「王国へ借りを作ることを嫌がる派閥と、今はそんなことを言っている場合ではないという派閥。それから、旧バルハ廃都の情報を中央政府がほとんど把握していなかったことで、誰の管理責任かを争っている」
「今やることか?」
「俺もそう思う」
ディアスは疲れた顔をした。
「人間は面倒だろ」
「最近よく分かる」
「ただし」
マリアナが通信文書を持って戻ってきた。
「公国政府も、医療協力そのものは承認しました。旧バルハ廃都への共同進入については保留ですが、祭壇調査までは許可されています」
「前進だな」
「はい」
彼女は続ける。
「それから、王国側の増援についても、人数と目的を事前通知するなら受け入れる方向です」
「誰が来るか決まった?」
「まだ」
ローディスが答えた。
「だが、候補にSランク冒険者複数、騎士団、宮廷魔術院、それから――」
一度言葉を切る。
「勇者パーティが挙がっている」
レクスの手が少し止まった。
「ギルバートたち?」
「ああ。再認定審査が終わったらしい」
「結果は?」
「この文書には書いていない」
「そうか」
自分でも、少し気になっていることに気づく。
戻るつもりはない。
それは今も変わらない。
でも。
再認定試験をどう終えたのかは、知りたかった。
「来てもいいの?」
クラウディアが何気なく尋ねる。
「俺が決めることじゃないだろ」
「そういう意味じゃなくて」
「嫌かどうかなら、別に嫌じゃない」
「へえ」
「何だよ」
「少し前なら、もっと面倒そうな顔したかなと思って」
「してたか?」
「してた」
「そうかな」
「してたわよ」
クラウディアは楽しそうに笑う。
「まあ、正式な増援なら問題ないと思う」
レクスは言った。
「今度は俺たちのパーティに戻るとかじゃない。別の戦力として来るんだろ」
「そうね」
「だったら普通だ」
口にすると。
本当にそう思えた。
◇
夜。
患者への処置がすべて終わった。
百九十三人。
重症者も含め、現時点では全員から外部接続が切れている。
再発がないか数日は観察が必要だが、少なくとも生命力を奪われ続ける状態からは抜けた。
集会所から外へ出ると。
トルメ村には久しぶりに人の声があった。
夕食を運ぶ声。
子供を叱る母親。
治った兵士たちが、まだふらつきながら仲間へ礼を言う声。
静かだった村へ。
生活の音が戻っている。
「終わったな」
ドーガンが言った。
「こっちはな」
レクスが答える。
「まだ廃都がある」
「分かっている」
「でも今日は終わり」
クラウディアが強めに言う。
「明日の朝まで、廃都も祭壇も見に行かない」
「行かないって」
「一応確認」
フィンが伸びをする。
「俺、今日は本気で寝ます。最近、寝るたび次の日に災害指定が出る気がして」
「縁起でもないこと言うな」
「レクスに言われたくないですよ」
そんな話をしながら宿舎へ向かおうとした時。
公国兵が一人、こちらへ走ってきた。
「レクス殿!」
「何だ?」
「王国から追加の伝書です!」
「緊急?」
「いえ。これは……個人宛です」
「俺に?」
「はい」
差し出された封筒には。
見覚えのある名前が書かれていた。
ギルバート。
レクスは少し意外に思いながら封を切る。
中の文章は短かった。
『再認定された。
まだ昔みたいに何でもできるわけじゃないし、たぶんその方がいいんだと思う。
約束したから報告する。
次に会った時は、少しくらい胸を張ってお前と話せそうだ。
あと、釣りはまだそんなに面白いのか?』
最後まで読む。
「何て?」
クラウディアが聞く。
「再認定されたって」
「勇者のまま?」
「ああ」
「よかったじゃない」
「そうだな」
自分でも意外なくらい、素直にそう思った。
あの三人が。
レクスなしで。
自分たちの力を確かめ直し。
それでも勇者パーティとして認められた。
なら。
あの別れは、悪いことばかりではなかったのかもしれない。
「他には?」
クラウディアが聞く。
「釣りはまだ面白いのかって」
「そこ聞くの?」
「ギルバートらしいといえば、らしい」
「返事書く?」
「ああ」
「何て?」
レクスは少し考えた。
長い文章は必要ない気がした。
宿舎へ入り。
紙を借り。
短く書く。
『再認定おめでとう。
釣りは面白い。
こっちは少し大きな仕事になりそうだ。』
そこまで書いて止まる。
クラウディアが横から覗く。
「短い」
「十分だろ」
「もう少し何かないの?」
「例えば?」
「身体に気をつけろ、とか」
「俺が書くと変じゃないか?」
「何で?」
「次の仕事で会うかもしれない」
「それなら」
クラウディアは少し考える。
「『来るなら無理するな』でいいんじゃない?」
「子供みたいだな」
「昔の仲間なんでしょう」
レクスは紙へ目を戻した。
少し迷って。
一文だけ足した。
『もしこっちへ来るなら、無理はするな。』
そこで筆を置く。
「これでいい」
「うん」
クラウディアは笑った。
「何だ?」
「別に」
「またそれか」
「ただ、戻らなくても関係って続くのね」
レクスは少し考えた。
「そうみたいだな」
昔の場所へ戻る必要はない。
だからといって。
過去まで全部捨てる必要もない。
自分は自分の道を進む。
ギルバートたちも、自分たちの道を進む。
必要な時。
また同じ場所で戦うこともある。
それでいい。
◇
翌朝。
トルメ村へ、新しい一団が到着した。
「レクス!」
馬車から勢いよく降りてきた男が手を振る。
宮廷魔術師アデルだった。
後ろから、ゆっくり杖をついて降りる老人もいる。
「急かすでない。腰が痛いわ」
「ガレン」
「久しぶりじゃな、小僧」
「誰が小僧だ」
「儂から見れば小僧じゃ」
レクスは少しだけ安心した。
術式を読む者が増えた。
呪いを扱える者も増えた。
アデルは挨拶もそこそこに、抱えていた書類束を卓へ置いた。
「王都へ届いた報告、全部読みました!」
「早いな」
「ほとんど寝てません!」
「寝ろよ」
「この状況で寝られますか!」
「だから寝ろって」
「あなたに言われると腹が立ちますね!」
変わっていない。
アデルはすぐに地図へ食いついた。
「それで、四百年前の封印術式はどこです? 黒い祭壇の記録は? 岩脈竜の強化量も詳しく! それから深層部の反応値を――」
「落ち着け」
「落ち着いてます!」
「嘘つけ」
ガレンが後頭部を杖で軽く小突いた。
「まず座れ。話を聞くところからじゃ」
「痛いですよ!」
「寝不足で暴走する方が悪い」
クラウディアが小さく笑う。
「頼もしい人たちが来たわね」
「少し不安だけどな」
「聞こえてますよ、レクス!」
「聞こえるように言った」
アデルは文句を言いながらも、やがて真剣な顔へ戻った。
「ただ」
「何だ?」
「王都も本気です」
空気が変わる。
「追加戦力の編成が始まりました。騎士団も、冒険者ギルドも動いています」
「どのくらい来る?」
「まだ確定ではありません。でも少なくとも、災害指定級の討伐隊より大きくなるでしょう」
レクスは頷いた。
「それでいい」
アデルが少し意外そうな顔をした。
「『俺と《銀翼》だけでいい』とは言わないんですね」
「言わない」
「なぜ?」
「分からない相手だから」
レクスは地図中央の旧バルハ廃都を指した。
「俺が弱くする」
そこまでは。
今までと同じ。
「でも、それで終わりじゃない」
敵を倒す者。
術式を読む者。
供給路を切る者。
怪我人を治す者。
退路を守る者。
誰かが失敗した時に補う者。
全部いる。
「世界最強って呼ばれてても」
レクスは静かに言った。
「一人で行く理由はない」
誰も笑わなかった。
それは弱気ではない。
逃げでもない。
勝つために。
生きて帰るために。
必要なものを、ようやく正しく数え始めただけだった。




