第24話 一割残っても、まだ化け物
黒い石柱の内部で響いた音は、一度で終わらなかった。
どくん、と。
少し間を置いて、もう一度。
規則正しい心臓の鼓動というより、遠くにある巨大な何かの脈動が、術式を伝ってここまで届いているような響きだった。
ローディスが腰の剣へ手を掛けたまま、低い声で尋ねる。
「レクス。あれは石柱から鳴っているのか?」
「音そのものはな。でも、発生源はここじゃない」
「分かるの?」
クラウディアが問いかける。
「この柱は中継点だ。北東へ伸びてる術式の流れが一瞬強くなった時に鳴った。向こうの何かと繋がってる」
レクスは床を這う黒い線へ視線を落とした。
旧監視塔で見た祭壇より、はるかに太い。
魔力を送る線。
何かを受け取る線。
さらに別の枝が、採掘坑の深部へ伸びている。
「そっちは?」
フィンが指差す。
「北東じゃなく、下へ向かってるぞ」
「ああ」
レクスも気づいていた。
「さっきの黒晶甲熊へ繋がっていた術式と似てる」
「ということは」
クラウディアの顔つきが変わる。
「この坑道のどこかに、まだ強化された魔物がいる?」
「可能性は高い」
「やっぱり壊した方が早くない?」
ドーガンが黒い石柱を見上げた。
その気持ちはレクスにも分かる。
放っておけば、また魔物へ力を流すかもしれない。
しかし。
「今壊すのは待った方がいい」
「理由は?」
「流れが多すぎる」
レクスは石柱を指した。
「旧監視塔の祭壇は、入口と出口が分かりやすかった。ここは違う。どこから来て、どこへ行ってるのかが何本も重なってる」
エルドが頷く。
「中継器を乱暴に壊せば、溜まった魔力が坑道内へ逆流するかもしれんのう」
「それだけならまだいい」
「まだあるの?」
「地下へ流してる方が止まった時、何が起きるか分からない」
クラウディアが少し嫌そうな顔をした。
「あなたが壊すのをためらうと、本当に怖く聞こえるわね」
「俺だって何でも壊すわけじゃない」
「前回の祭壇は?」
「向こうから攻撃してきたから」
「今回はまだ攻撃してない?」
「今のところは」
その直後だった。
坑道の奥で、岩が崩れる音がした。
全員が一斉に振り向く。
「……今ので、『今のところ』が終わった気がするんだけど」
フィンが弓を構えた。
もう一度、音がする。
今度は近い。
岩を踏み潰すような重い響き。
ローディスが騎士たちへ手を上げる。
「隊形を作れ。出口を塞ぐな。異常があれば即撤退する」
「了解!」
ドーガンが最前列へ出かけたところで、クラウディアが腕を掴んだ。
「真正面はやめて。狭い坑道で大型が来たら逃げ場がなくなる」
「分かってる。受けるんじゃなく、進路だけずらす」
「ならいい」
以前なら、重戦士が前へ立つのを見て何も思わなかったレクスも、最近は少し違う見方をするようになっていた。
どれだけ防御役が頑丈でも、受けなくていい攻撃を受ける理由はない。
バルディオスとの戦いで、それを嫌というほど見た。
坑道の闇が動く。
最初に見えたのは、二つの目だった。
赤くない。
青でもない。
黒い石の内側に、濁った白い光が埋まっている。
「何だ、あれ……」
フィンの声が低くなる。
巨大な頭部が闇から現れた。
四足。
長い首。
岩のような灰色の鱗。
背中には、採掘坑の壁と同じ色をした結晶が何本も生えている。
竜に似ている。
ただし翼はない。
それでも頭から尾まで、黒鎧のガルムより明らかに大きい。
何より異常なのは。
その身体のいたるところへ、黒い術式の線が食い込んでいることだった。
「岩脈竜……?」
エルドが目を細めた。
「知ってるのか?」
「古い記録でしか見たことがない。地中深くへ棲む大型竜種じゃ。普通なら人里近くへ出る魔物ではない」
「ランクは?」
「成体なら災害指定」
フィンが嫌そうに言う。
「最近、その言葉を聞きすぎじゃないか?」
「今回は普通の災害指定ではなさそうよ」
クラウディアの言う通りだった。
岩脈竜を覆う黒い術式。
黒晶甲熊とは規模が違う。
一本一本が太く、皮膚へ食い込むだけではなく、背中の結晶そのものと融合している。
「強化されてる」
レクスが言う。
「どのくらい?」
「まだ分からない」
岩脈竜が口を開いた。
咆哮ではなかった。
低く、耳ではなく腹に響くような音。
坑道の天井から砂と小石が降ってくる。
「まずい!」
エルドが杖を上げる。
「音じゃない、地脈へ干渉しておる!」
次の瞬間。
床が隆起した。
「散れ!」
クラウディアの声。
石の槍が地面から何本も突き出す。
騎士たちが左右へ飛び退く。
レクスも身体を捻って避けたが、背後の岩壁が一撃で砕かれた。
「これが災害指定の攻撃?」
「いや!」
エルドが叫ぶ。
「岩脈竜にここまでの地脈操作力はない!」
「強化分か!」
ドーガンが盾で飛んできた岩片を逸らす。
岩脈竜が一歩進んだ。
それだけで坑道の床へ亀裂が走った。
ローディスが歯を食いしばる。
「レクス!」
「ああ」
もう様子を見る余裕はない。
レクスは右手を向けた。
「《深淵呪詛》」
まず、外付けされた強化術式へ触れる。
黒晶甲熊の時とは比べ物にならない抵抗が返ってきた。
「硬いな」
「どのくらい?」
クラウディアが斬撃を飛ばしながら聞く。
剣圧が岩脈竜の頬へ当たる。
しかし鱗に薄い傷をつけただけだ。
「バルディオスより抵抗自体は低い。でも、外からずっと魔力を補充されてる」
「削っても戻る?」
「そのままなら」
レクスは術の狙いを変える。
相手本体ではない。
供給経路。
黒い線そのものを捉える。
「流入量低下」
術が入る。
黒い線の輝きが弱くなった。
「効いた!」
フィンが声を上げる。
「まだだ」
レクスは集中を続けた。
「魔力供給九十パーセント低下。強化効率九十一……九十二」
岩脈竜が大きく首を振る。
身体を覆っていた黒い光が薄れた。
だが。
「まだ動きが速い!」
クラウディアが飛び退く。
鋭い爪が、ほんの少し前まで彼女がいた地面を抉った。
「本体も削る」
筋力。
防御。
敏捷。
地脈干渉力。
再生。
感覚。
一つずつ入れていく。
抵抗は強い。
それでも通る。
「八十……八十五……」
「九十までいける?」
「いける」
レクスは術を重ねた。
「九十一。九十二……」
岩脈竜の動きが目に見えて鈍る。
「九十パーセント越えた!」
フィンが叫んだ。
「じゃあ、もういけるな!」
「待て!」
レクスが止める。
だが言葉より早く。
岩脈竜が尾を振った。
「ドーガン!」
「分かってる!」
真正面では受けない。
盾を斜めにして流す。
そのつもりだった。
巨大な尾が盾へ触れた。
次の瞬間。
「ぐっ――!」
ドーガンの巨体が横へ吹き飛んだ。
「ドーガン!」
クラウディアが叫ぶ。
盾は手放していない。
しかし十数メートル近く地面を滑り、岩壁へ背中をぶつけて止まった。
「生きてる!」
ドーガンが苦しそうに声を返した。
「だが……重い! 何だ、今の!」
フィンの顔色が変わる。
「九割落ちてるんじゃなかったのか!?」
「落ちてる!」
レクスも驚いていた。
術は入っている。
感覚に間違いはない。
「筋力は今、九十一パーセント下がってる」
「じゃあ何で、あんな威力なのよ!」
クラウディアが岩脈竜の爪を避けながら叫ぶ。
「元が大きすぎる!」
その答えを口にして、レクス自身が理解した。
九割落としている。
だから弱い。
その考え方が間違っていたわけではない。
ただし。
本来の力が、普通の災害指定を遥かに越えていたら。
十分の一になっても。
「残ってる力だけでAランク以上ある!」
「先に言って!」
「今分かった!」
「それなら仕方ないけど!」
クラウディアは文句を言いながらも、岩脈竜の視線を自分へ引きつける。
「全員、気を抜かないで! 弱くなったからって雑魚じゃない!」
「今さら実感してる!」
フィンの矢が飛ぶ。
目ではない。
関節。
弱体化しても鱗はまだ硬いと判断したのだろう。
矢が前脚の付け根へ刺さる。
岩脈竜が唸った。
「通った!」
「でも浅い!」
「前よりましだ!」
エルドの雷撃が続く。
傷口へ当たった。
岩脈竜が一歩下がる。
「レクス!」
クラウディアが叫ぶ。
「再生は?」
「九十三パーセント低下!」
「残り七パーセントは?」
「普通の大型魔獣より速い!」
「何なのよ、この化け物!」
傷口がゆっくり塞がり始めている。
九割以上削って、なおこれだ。
レクスは今まで、自分の術を「強い相手ほど有効」と考えてきた。
それ自体は正しい。
奪える数値は大きくなる。
しかし。
敵の元が強すぎれば。
奪い切れない残りも大きい。
「九十九まで行けない?」
クラウディアが聞く。
「試す!」
さらに抵抗を削る。
九十二。
九十三。
そこから急に重くなった。
「どう?」
「止まってる」
「どこで?」
「九十三前後」
「上がらない?」
「ああ」
外部から送られてくる魔力が、抵抗を支えている。
供給量そのものは九割落とした。
それでも流れてくる絶対量が大きい。
「中継柱を止めないと、これ以上は厳しい!」
「でも柱を壊すのは危ないんでしょう?」
「壊さない。流れだけ止める!」
レクスは岩脈竜から視線を外し、黒い石柱を見る。
戦闘中に別対象へ術を重ねる。
以前なら普通にやっていた。
ただ今回は相手が複雑すぎる。
「レクス、こっちは任せて!」
クラウディアの声。
「ああ!」
それだけで十分だった。
誰も「早くしろ」とは言わない。
レクスが必要な仕事をしていると分かっている。
クラウディアたちは、自分たちの仕事をする。
「ドーガン、立てる?」
「問題ない!」
「本当に?」
「右肩が少し痺れてる!」
「それは問題あり!」
「盾は持てる!」
「じゃあ正面で受けない!」
「最初からそのつもりだ!」
ドーガンが位置を変える。
今度は岩脈竜の進路を塞ぐのではなく、壁際へ誘導する。
「フィン、右目!」
「狙ってる!」
「エルド、地面!」
「人使いの荒い娘じゃ!」
土煙の中。
《銀翼》は明らかに以前より慎重に戦っていた。
神話指定を倒した経験が、無謀な自信ではなく、危険への理解として残っている。
レクスは黒い石柱へ《深淵呪詛》を重ねた。
「供給経路……抵抗低下」
石柱が低く震える。
「流出効率低下。接続安定性低下」
黒い線の一部が明滅する。
「遮断」
完全に壊すのではない。
魔力を運ぶ能力だけを落とす。
一本。
二本。
三本。
岩脈竜へ繋がっていた黒い光が、次々に消えていく。
同時に。
「入る」
レクスは再び岩脈竜へ向き直った。
「呪詛抵抗九十六……九十七……」
感触が変わった。
「九十八!」
「九十九は?」
「……いける!」
深く術を押し込む。
「筋力九十九。防御九十八。敏捷九十九。再生九十九。地脈干渉九十八!」
それでも。
岩脈竜は立っていた。
「……まだ倒れないのかよ」
フィンが呆れる。
「生きてるだけなら普通だ」
レクスが答える。
「今でも危険?」
クラウディアが聞く。
レクスは相手の残った力を感じ取る。
「前よりずっと弱い」
「だから、どのくらい?」
「たぶんBランク上位からAランク下位くらい」
一瞬。
全員が黙った。
「九十九パーセント落として?」
フィンが聞き返す。
「ああ」
「それでAランク?」
「元が異常なんだ」
「もう笑うしかないな!」
フィンが本当に笑った。
恐怖を誤魔化すような笑いだったが、動きは止まっていない。
「でも今なら勝てる!」
クラウディアが二本の剣を構え直した。
「レクス!」
「何だ?」
「ここからは私たちの仕事!」
「ああ」
彼女は走る。
岩脈竜の爪。
遅い。
それでも人間よりは速い。
クラウディアは紙一重で避ける。
一撃目を関節へ。
鱗が割れる。
二撃目。
深く入る。
「フィン!」
「任せろ!」
矢が傷へ突き刺さる。
「エルド!」
「毎回最後だけ儂へ回すな!」
文句を言いながら雷撃を撃つ。
傷口が焼ける。
岩脈竜が咆哮する。
地面が揺れた。
「地脈攻撃来る!」
レクスが叫ぶ。
黒い術式による強化を失っても、本来の能力は残っている。
床が盛り上がる。
「避けろ!」
石槍が突き出した。
一本がフィンの脚を掠める。
「痛っ!」
「フィン!」
「掠っただけ!」
血は出ている。
だが立てる。
「見ただろ!」
レクスが叫ぶ。
「九十九まで落としても、まともに当たれば危ない!」
「身をもって分かったよ!」
フィンが返す。
「次から先に言ってくれ!」
「だから今回は今分かったんだって!」
「戦いながら新発見すんな!」
こんな状況でも、クラウディアが少し笑った。
「喋れるなら余裕あるわね!」
「ない!」
「じゃあ集中!」
岩脈竜が頭を下げる。
突進。
弱くなっても、巨体そのものの質量は消えない。
「ドーガン!」
「正面には立たん!」
盾を壁際へ構える。
最後の瞬間にずれる。
岩脈竜の肩が盾へ僅かに触れ、軌道が変わる。
巨体が岩壁へ激突した。
坑道全体が揺れる。
「今!」
クラウディアが首元へ飛びつく。
二本の剣を交差させる。
ただし、一撃では届かない。
今の相手は弱体化してもなおAランク級。
「フィン!」
先に矢。
同じ場所。
「エルド!」
雷。
鱗が割れる。
「クラウディア!」
「分かってる!」
最後に剣が入った。
深く。
もう一本。
さらに奥へ。
岩脈竜の巨体が大きく震えた。
前脚が崩れる。
それでも首を振り、クラウディアを振り落とそうとする。
「しぶとい!」
「再生はほぼ止まってる!」
「なら、あと少し!」
クラウディアは剣を引き抜き、最後の一撃を突き込んだ。
刃が深部へ達した瞬間。
岩脈竜の身体から力が抜けた。
ゆっくり。
本当にゆっくりと。
巨大な身体が地面へ沈む。
坑道に重い振動が広がった。
誰もすぐには動かなかった。
「……今度こそ?」
フィンが息を切らしながら聞く。
エルドが魔力反応を確認する。
「死んだ」
「本当に?」
「今度は二回言ってもよい。死んだ」
フィンはその場へ座り込んだ。
「よかった……」
ドーガンも盾を下ろした。
クラウディアは剣についた血を払いながら、レクスへ向き直る。
「レクス」
「何だ?」
「今の、九十九パーセントまで落としたのよね?」
「ああ」
「それでも私たち、普通に危なかったわよね?」
「ああ」
「何か言うことは?」
レクスは少し考えた。
「九十九パーセントは、安全を意味しない」
「今さら!」
フィンの叫びが坑道へ響いた。
◇
岩脈竜の死骸を調べると、背中の結晶へ黒い欠片が何十枚も埋め込まれていた。
一つではない。
黒晶甲熊とは、強化の規模が違う。
エルドが慎重に術式を確認する。
「長期間かけて馴染ませた跡があるのう」
「さっき作ったものじゃない?」
クラウディアが聞く。
「少なくとも数日ではない。数か月……いや、もっとかもしれん」
「じゃあ、誰かが前からこの坑道で飼ってた?」
フィンの言葉に、ローディスが険しい顔をする。
「災害指定の竜を?」
「正確には、元は災害指定だと思う」
レクスが言った。
「強化された状態なら、それ以上だ」
「神話指定?」
「分類するなら、その可能性はある」
ローディスが岩脈竜の巨体を見る。
「それを九十九パーセント落として、なおAランク級……」
「ああ」
「今まで、お前の『九十九パーセント』を聞けば安心していた」
「俺も少しそう思ってた」
正直に言うと、クラウディアが驚いた。
「あなたも?」
「九十九落とせれば、大抵はどうにかなってたからな」
「じゃあ今日で考えが変わった?」
「ああ」
レクスは死骸を見る。
「割合だけ見ても駄目だ」
元が百なら、一になる。
それならほとんど何もできない。
だが。
元が十万なら、残り一パーセントでも千。
そして。
それを超える相手がいたら。
「相手の元の強さを見ないといけない」
アデルが以前言っていた。
強い敵ほど、レクスの価値は上がる。
それは正しい。
ただ、半分しか正しくなかった。
強い敵ほど、削った後にも大きな力が残る。
自分の術は、何でも雑魚へ変える力ではない。
「覚えておく」
クラウディアが少し笑う。
「何を?」
「あなたが九十九パーセント下げたって言っても、油断しない」
「そうしてくれ」
「その代わり、あなたも『九十九だから大丈夫』って勝手に判断しないでよ」
「ああ」
「珍しく素直ね」
「今日ドーガンが飛んだからな」
「俺を教訓にするな」
ドーガンが不満そうに言った。
「怪我は?」
「肩が痛い」
「やっぱり怪我してるじゃない」
クラウディアがすぐに詰め寄る。
「動くぞ」
「動くかどうかじゃなくて、痛いなら怪我でしょう」
「大したことはない」
「その台詞、前にも誰かが言ってたわね」
レクスが思い出す。
「ギルバートか?」
「あなたもよ」
「俺も?」
「自覚なさすぎ」
少しだけ笑いが起こった。
緊張が緩む。
けれど、完全には消えなかった。
ローディスが黒い石柱へ向き直る。
「問題はこっちだ」
岩脈竜へ繋がっていた供給線は、レクスが機能だけを弱らせたことでほぼ停止している。
それでも。
北東へ向かう太い術式は残っていた。
「今の竜へ流していた魔力は、この石柱全体から見れば一部だけだった」
レクスが言う。
「大半はまだ向こうへ送ってる」
「向こうに、これ以上の何かがいる可能性は?」
ローディスが聞く。
誰もすぐには口を開かなかった。
フィンが嫌そうに天井を見る。
「今日の奴より強いとか、聞きたくないんだけど」
「でも考えなきゃ駄目でしょうね」
クラウディアが言う。
レクスも頷いた。
「この岩脈竜は中継点の近くに置かれてた。守り役だった可能性が高い」
「守り役で、あの強さか」
「たぶん」
フィンが頭を抱えた。
「じゃあ守ってる先は何なんだよ……」
答えはない。
ただ。
さっきまで黒い石柱から聞こえていた脈動。
岩脈竜を倒してから。
それが少しだけ速くなっていた。
どくん。
どくん。
レクスは笑わなかった。
「今日はここまでにしよう」
クラウディアが少し驚く。
「奥へ行かない?」
「ああ」
「あなたから言うのね」
「分からないものが増えすぎた」
レクスは黒い術式を見た。
「岩脈竜で一つ分かった。強い相手を九割、九十九パーセント落とせても、それで勝ったことにはならない」
ローディスも頷く。
「砦へ戻って、情報を整理するか」
「ああ。それと、この中継点は監視を置く。今すぐ全部壊さない方がいい」
「向こうを逆探知できるかもしれないから?」
「それもある」
レクスは北東へ伸びる線を見る。
「向こうが俺たちに気づいてるなら、動きがあるかもしれない」
その言葉に。
誰も反論できなかった。
◇
その夜。
廃都地下。
黒衣の女は、卓上へ置かれた黒水晶がひび割れるのを黙って見ていた。
「岩脈竜との接続が消失しました」
灰色の外套の男が報告する。
「討伐された?」
「はい」
「誰に?」
「例の黒魔導士と、Sランクパーティ《銀翼》です」
「弱体率は?」
「観測できた範囲では、最終的に九十九パーセント近く」
女の口元が僅かに上がる。
「本当にそこまで届くのね」
「しかし」
「何?」
「討伐には時間を要しました。弱体化後も、岩脈竜には相当の戦闘力が残っていたようです」
「当然でしょう」
女は不思議そうに答えた。
「百を一にする魔法と、一千万を十万にする魔法では、同じ九十九パーセントでも意味が違うもの」
部下は黙った。
「彼は今日、そのことを知ったかしら」
「……おそらく」
「なら、ますます面白い」
女は別の水晶へ触れる。
その奥。
巨大な地下術式の中心では、まだ何かが眠り続けている。
「九十九パーセント」
女が小さく呟く。
「それでも足りない相手を見た時、あなたはどうするのかしら。レクス・アルヴァーン」
地下のさらに深い場所から。
ゆっくりと。
何かが寝返りを打つような振動が伝わってきた。




