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第23話 弱くしてから戦うのが卑怯?

 国境砦を出発する予定だった朝、レクスたちは一時間ほど足止めを食らった。


 原因は敵でも天候でもない。


 増援だった。


「遅くなって悪い!」


 砦の中庭へ入ってきた四人の冒険者を見て、ローディスが苦い顔をしながら懐中時計をしまった。


「昨夜到着予定と聞いていたぞ」


「馬が一頭へばったんだ。置いてくるわけにもいかねえだろ」


 先頭の男は三十歳前後。日に焼けた顔に短い赤髪、背には長大な槍を負っている。続く三人も装備の質を見る限り、かなり腕の立つ冒険者だった。


 ローディスがレクスたちへ紹介する。


「王都北部支部を拠点にしているAランクパーティ《烈槍》だ。今回、別経路から採掘坑周辺の異常を調べる予定だったが、情報を一本化するため我々と合流させた」


「《烈槍》のガレスだ」


 赤髪の男が名乗る。


「こっちは剣士のノーグ、斥候のラダ、魔術師のエミル。よろしく頼む」


 クラウディアが《銀翼》を紹介し、最後にレクスへ視線を向けた。


「それから――」


「知ってる」


 ガレスが先に言った。


 目がレクスの黒い外套へ向く。


「最近噂の《黒魔導士様》だろ?」


「様はいらない」


「本当にそう言うんだな」


 ガレスが笑った。


 悪意のある笑いではない。


 ただし、どこか値踏みするような色はあった。


「神話指定を弱らせて倒したって聞いた。大したもんだ」


「倒したのは《銀翼》だ」


「聞いてるよ。九割以上も弱くしたんだったか?」


「バルディオスなら九十二パーセントくらいだな」


「……そこまでやると、何と戦ってるんだか分からなくなりそうだけどな」


 妙な言い方だった。


 フィンの眉がぴくりと動く。


 クラウディアはまだ何も言わない。


 レクス自身は気に留めず、荷物の紐を確認した。


「弱くなっても同じ魔物だぞ」


「そういう意味じゃねえんだ」


 ガレスは槍の石突きを地面へ下ろした。


「俺たち冒険者ってのは、自分より強い相手へ挑んで腕を上げるもんだろ。最初から九割も削った相手を倒して『神話指定を討伐しました』って言われると、ちょっと違うんじゃないかと思ってな」


「ガレス」


 仲間の魔術師エミルが小声で止める。


「会った直後にする話じゃないでしょう」


「別に喧嘩を売ってるわけじゃねえよ」


 ガレスは肩をすくめた。


「弱体術が役立つのは認めてる。ただ俺は、強敵と戦うなら真正面から力比べしたいってだけだ」


「好きにすればいいんじゃないか?」


 レクスは答えた。


 拍子抜けしたようにガレスが瞬きをする。


「……腹立たねえの?」


「何が?」


「俺、お前の戦い方を卑怯だって言ってるようなもんだぞ」


「卑怯だと思うなら使わなければいいだろ。俺は使うけど」


「随分あっさりしてんな」


「弱くできる相手を、わざわざ強いまま相手する理由が分からない」


 ガレスが口を開きかけたところで、クラウディアが笑った。


「諦めた方がいいわよ。レクスに『真の強さ』とか『戦士の誇り』で話しても、たぶん噛み合わないから」


「私には誇りがないみたいに言うな」


「そうは言ってないでしょう」


 クラウディアはガレスへ向き直った。


「それと、私はレクスの考えに賛成」


「Sランクのお前が?」


「Sランクだからよ」


 彼女は腰の二本の剣を軽く叩いた。


「私たちが受ける依頼は、魔物と公平な決闘をするためにあるんじゃない。街道を守る。村を守る。護衛対象を生きて目的地まで運ぶ。そのために魔物を倒すの」


「それは分かるが」


「なら、敵を弱くできる仲間がいるのに使わない理由はないでしょう」


「でも、それじゃ自分が本当に強いのか分からない」


「訓練場で確かめればいいじゃない」


 あまりにも即答だったため、《烈槍》の斥候ラダが吹き出した。


「ガレス、俺はこの人の方が正しいと思うぞ」


「お前どっちの仲間だよ」


「死なない方の仲間」


「薄情な奴だな!」


 張り詰めかけた空気が少し緩んだ。


 だがガレスは納得し切ってはいないらしい。


「まあ、現場で見せてもらうさ」


「何を?」


「九割削るってやつだよ」


「必要ならな」


「必要なくても一回くらいやってみろよ」


「魔力がもったいない」


「お前、本当に噂通りだな……」


 ローディスが両手を叩いた。


「話は終わりだ。仲良く思想討論するために集めたわけじゃない。出発するぞ」


     ◇


 目的地の旧採掘坑までは、砦から半日弱だった。


 国境へ近づくにつれ、人の手が入った土地は急速に減っていく。


 街道と呼ぶには細すぎる土道の左右には、背の高い針葉樹が密集していた。地面は前日の雨を含んで柔らかく、踏むたびに湿った土と落ち葉の匂いが上がる。


 ただ、不自然なほど動物の気配がない。


 フィンが歩きながら弓へ手を掛けた。


「やっぱり変だな。鳥すらほとんどいない」


「獲物になる小動物も少ない」


 斥候のラダが同意する。


 彼は途中から何度も森へ入り、足跡を調べていた。


「南へ向かった跡ばっかりだ。鹿も猪も魔物も、みんな同じ方向」


「北東から離れてる」


 レクスが言う。


「ああ。偶然じゃないな」


 ガレスの軽い調子も、この頃には消えていた。


「動物は理由なく土地を捨てない」


 エルドが低く答える。


「火事、地震、天敵。あるいは、そこに居るだけで本能が危険を告げる何かじゃ」


「最後のは聞きたくなかったな」


 フィンがぼやいた。


 昼を少し過ぎた頃、森の切れ目から岩山が見えた。


 その中腹に、黒い穴が開いている。


 旧採掘坑だった。


 三十年前までは鉄と魔晶石を掘っていたらしいが、鉱脈が枯れたことで放棄されたという。


 入口付近には朽ちた木材や荷車の残骸が転がっている。


「まず外周を確認する」


 ローディスが指示を出す。


「二手に分かれる。《銀翼》とレクスは西側。《烈槍》は東。騎士は入口と退路を確保する。何か見つけても単独で奥へ入るな」


「了解」


 ガレスが答える。


 ローディスは念を押すように続けた。


「特に魔力反応を確認した場合は必ず合図しろ。前回の祭壇と同種なら、触れただけで寄生呪詛を受ける可能性がある」


「分かってるって」


「お前が一番心配だから言っている」


「俺かよ」


「今朝から妙に張り合っているだろう」


 図星だったのか、ガレスが口を閉じる。


 レクスは特に気にせず、《銀翼》と西側へ回った。


     ◇


 採掘坑周辺には、人間が最近出入りしたような足跡はなかった。


 しかし。


「ここ」


 クラウディアがしゃがみ込む。


 落ち葉の下から、黒い石片が出ていた。


 自然石ではない。


 表面に細い術式の溝が刻まれている。


「旧監視塔の祭壇と同じ?」


「似てる」


 レクスは触れずに近くから眺めた。


「でも、これは本体じゃない。何かの破片だ」


 エルドが杖の先を近づける。


「僅かじゃが魔力が残っておる」


「方向は分かる?」


 クラウディアが聞く。


「坑道の内側へ続いておるようじゃ」


 フィンが入口を見る。


「やっぱり中か」


「予想通りすぎて嫌になるな」


 クラウディアが立ち上がった。


 その時だった。


 東側から甲高い笛の音が響いた。


 一度。


 続けて二度。


 警戒信号。


「《烈槍》だ」


 クラウディアが走り出す。


「レクス!」


「ああ」


 四人が東側へ回る。


 森を抜けた瞬間、激しい衝撃音が響いた。


「ぐあっ!」


 誰かが吹き飛ばされる。


 木の幹へ叩きつけられたのは、剣士ノーグだった。


「ノーグ!」


 ガレスの声。


 その先に、一頭の魔物がいた。


 熊に似ている。


 しかし普通の熊とは比較にならない。


 肩まででも成人男性の背丈を越え、全身を黒紫色の結晶が覆っている。額からは歪んだ二本の角が伸び、口の隙間から黒い靄のようなものが漏れていた。


「黒晶甲熊?」


 フィンが驚く。


「Aランク上位だぞ!」


「違う!」


 エルドが鋭く言った。


「身体の魔力がおかしい。何かを上乗せされておる!」


 ガレスが槍を突き出す。


 穂先が黒い結晶へ当たった。


 火花が散る。


「くそっ!」


 槍は弾かれた。


 黒晶甲熊の腕が横へ薙がれる。


 ガレスが後ろへ跳び、ぎりぎりでかわした。


「エミル!」


「今やってる!」


 後方の魔術師エミルが火炎弾を三発続けて撃つ。


 炎が巨体を包む。


 だが熊はほとんど怯まない。


「効いてない!」


「さっきからずっとこれだ!」


 斥候ラダが倒れたノーグを引きずりながら叫ぶ。


「ガレス、退け! こいつ普通の黒晶甲熊じゃない!」


「分かってる!」


 それでもガレスは退かない。


 ノーグとラダが逃げる時間を稼いでいる。


 朝の言葉とは違い、仲間を置いて自分だけ逃げるような男ではないらしい。


「クラウディア」


「ええ」


 《銀翼》が即座に動こうとする。


 しかしレクスが片手を上げた。


「少し待って」


「何か分かった?」


「あいつに、別の術式がくっついてる」


 目を凝らす。


 普通の魔力強化ではない。


 黒晶甲熊の身体を覆うように、細い魔力の線が何重にも絡んでいる。


 旧監視塔の祭壇で見た術式と、感触が似ていた。


「強化されてる?」


「ああ。筋力、防御、再生。たぶん痛覚も抑えられてる」


「誰かが?」


「たぶん」


「解除できる?」


「やってみる」


 ガレスがこちらへ気づいた。


「手ぇ出すな!」


 その声にクラウディアの眉が吊り上がる。


「今それ言う!?」


「こいつは俺たちが見つけた!」


「依頼中に獲物の所有権みたいな話してる場合じゃないでしょう!」


「倒せる!」


 ガレスが槍を構える。


 黒晶甲熊が吠えた。


 空気が震え、足元の小石が跳ねる。


 次の瞬間、巨体が突進した。


「ガレス!」


 正面から槍を突き出す。


 穂先が胸へ当たる。


 それでも止まらない。


「なっ――」


 槍ごと押し込まれた。


 ガレスの身体が宙へ浮く。


 黒晶甲熊の爪が迫る。


「《深淵呪詛》」


 レクスが術を放った。


 まず外側に絡む強化術式を敵として捉える。


 抵抗。


 強い。


 しかし旧監視塔の祭壇ほどではない。


「強化出力を八割……九割」


 黒晶甲熊の動きが突然鈍った。


 振り下ろされるはずだった爪が、途中で失速する。


 ガレスは地面へ転がりながら、その隙に距離を取った。


「何をした!?」


「強化を落とした」


「勝手に――」


「まだ来る!」


 クラウディアが叫ぶ。


 黒晶甲熊は完全に止まっていない。


 レクスは続けた。


「呪詛抵抗低下。筋力、防御、敏捷、再生……」


 術が一つずつ入る。


 結晶を覆っていた黒紫色の光が薄れていく。


 巨体の動きも急激に重くなった。


「九十六パーセントくらい」


「九十六……?」


 ガレスが呆然とする。


「今なら槍も通ると思う」


「思う、って……」


「試せば分かる」


 黒晶甲熊が再び突進しようとする。


 だが、先ほどまでの速度はない。


 ガレスは無意識に槍を構えた。


「来い!」


 踏み込む。


 全身を使った突き。


 今度は。


 穂先が黒い結晶を貫いた。


「……入った」


 ガレス自身が一番驚いていた。


「ガレス、ぼさっとするな!」


 ラダが叫ぶ。


「今だろ!」


「あ、ああ!」


 ガレスは槍を引き抜き、もう一度突く。


 エミルの火炎弾も今度は結晶を砕いた。


 立ち上がったノーグも、痛む肩を庇いながら剣を抜く。


「俺もまだやれる!」


「無理するな!」


「右腕は動く!」


「なら左から回れ!」


 《烈槍》の動きが変わった。


 相手が弱くなったからだけではない。


 本来Aランクまで上がったパーティだ。


 攻撃が通ると分かれば、連携そのものは悪くない。


 ラダが目を射る。


 エミルが脚元を焼く。


 ノーグが結晶の割れ目へ剣を入れ、最後にガレスの槍が胸部深くへ突き刺さった。


「これで……終わりだ!」


 槍を捻る。


 黒晶甲熊の身体が大きく揺れ、そのまま倒れ込んだ。


 地面が震える。


 誰もすぐには武器を下ろさなかった。


「死んだ?」


 エミルが息を切らしながら聞く。


 エルドが魔力反応を確認する。


「死んでおる」


 ようやく緊張が解けた。


 ガレスは槍を杖代わりにしながら、その場へ座り込んだ。


「……くそ」


 嬉しそうではない。


 レクスが近づく。


「怪我は?」


「俺は大したことねえ」


「ノーグは?」


「肩をやった」


 治療できる程度だろうが、すぐに戦線復帰させるべきではない。


 エミルが応急処置を始めている。


 ガレスはしばらく倒れた黒晶甲熊を見ていた。


「お前」


「何だ?」


「どれくらい落とした?」


「最後は九十六パーセント前後」


「こいつ、本来は?」


「普通のAランク上位よりかなり強化されてた。強化込みなら、少なくとも災害指定に近いと思う」


 ガレスが乾いた笑いを漏らした。


「俺たち、災害指定に近い奴へ突っ込んでたのか」


「途中で気づいたんだろ?」


「認めたくなかった」


 その返事は意外だった。


 ガレスは土のついた手で顔を拭った。


「朝、お前に偉そうなこと言った手前な。ここで『無理です、助けてください』は格好悪いと思った」


 クラウディアが腕を組む。


「それで仲間ごと死にかける方が格好悪いでしょう」


「分かってるよ」


「今、分かったの?」


「……たぶん」


「そこは言い切りなさいよ」


 以前どこかで聞いたようなやり取りだった。


 レクスは黒晶甲熊の死骸を見る。


「別に、助けてくれって言われなくても手は出したけどな」


 ガレスが顔を上げる。


「何でだよ」


「死にそうだったから」


「俺、朝お前の戦い方を卑怯だって――」


「それとこれ、関係あるか?」


 ガレスは何も言えなくなった。


「お前が俺のやり方を嫌いでも、俺がお前を見殺しにする理由にはならない」


「……腹立つくらい普通に言うな」


「普通のことだろ」


「そういうところが腹立つんだよ」


 言葉とは裏腹に、ガレスは少し笑っていた。


 クラウディアが倒れた魔物の結晶を剣先で軽く叩く。


「それで、どうだった?」


「何が」


「弱くしてから戦うのは卑怯?」


 ガレスの顔が引きつった。


「今それ聞くか?」


「朝から散々言ってたでしょう」


「……撤回する」


「聞こえない」


「性格悪いな、お前!」


「私は最初から正論しか言ってないわよ」


 ガレスは頭を掻いた。


 そしてレクスを見る。


「悪かった」


「何が?」


「卑怯だって言ったことだよ」


「気にしてない」


「少しは気にしろ。こっちが謝りづらい」


「じゃあ、分かった」


「適当だな……」


 レクスは少し考えてから言った。


「ただ、強い相手とそのまま戦いたいなら、それはガレスの自由だと思う」


「まだ言うか」


「でも依頼でやるなら、仲間にも同じ危険を背負わせることになる」


 ガレスの顔から笑みが消えた。


 レクスはノーグを見る。


 肩を治療されながら、こちらの話を聞いている。


「自分一人の訓練なら好きにすればいい。でも、パーティで仕事をする時は別なんじゃないか」


 ガレスは何も言わなかった。


 代わりにノーグが笑う。


「それ、本人より俺たちが言いたかったやつだ」


「おい」


「前からガレスは『正面から行くぞ』が多いんだよ」


 エミルも治療魔法をかけながら頷く。


「言っても聞かないし」


「お前ら、今ここで裏切るなよ!」


「死なずに済んだから言えるんだ」


 ラダが肩をすくめた。


 しばらくして、ガレスも諦めたように笑った。


「分かったよ。今度から聞く」


「今度じゃなく今日からにしろ」


 ノーグの突っ込みに、全員が笑った。


     ◇


 騒ぎを聞いて駆けつけたローディスたちと合流した後、黒晶甲熊の死骸を詳しく調べることになった。


 問題は、なぜ本来の強さを大きく越えていたのか。


「これだな」


 レクスが首元の毛をかき分ける。


 皮膚へ、黒い破片が埋め込まれていた。


 旧監視塔で見た祭壇と同じ材質。


 細い術式が刻まれている。


「触るなよ」


 クラウディアが念を押す。


「分かってる」


「前回の実績があるから確認してるの」


「信用がないな」


「慎重と言って」


 エルドが魔力を調べる。


「こいつが外から強化を流し込んでおったのじゃろう」


「寄生呪詛とは逆?」


 フィンが聞く。


「似た仕組みじゃな。前は人間から奪う側。今回は魔物へ与える側」


 レクスは黒い破片を見た。


「同じ網の中で、集めた魔力を別の場所へ流せるってことか」


 ローディスが表情を硬くする。


「つまり、旧監視塔で奪っていた生命力が、こういう魔物の強化へ使われていた可能性もある?」


「可能性はある」


「何のために魔物を強化する?」


「分からない」


 レクスは少し考えた。


「でも、こいつは自分からこの辺りへ来たんじゃないかもしれない」


「操られていた?」


「完全にじゃない。意識は残ってたと思う。ただ、怒りや攻撃性を強くされてた感じがある」


 エルドが頷く。


「人為的に境界周辺を荒らすためか。それとも何かから遠ざけるためか……」


 答えはまだ出ない。


 ただ。


 旧監視塔。


 南下する高位魔獣。


 魔力を送る祭壇。


 そして、強化された魔物。


 ばらばらだった点が、少しずつ同じ線の上へ並び始めている。


「坑道の中へ行くぞ」


 ローディスが言った。


「ただし《烈槍》はノーグの治療を優先して、入口待機だ」


「俺も行ける」


 ノーグが言う。


「駄目だ」


 今度はガレスが止めた。


 仲間たちが揃って彼を見る。


「何だよ」


「いや」


 ラダが笑う。


「ちょっと驚いただけ」


「俺だって学習くらいする」


 ガレスはレクスへ向き直った。


「先に行ってくれ。俺たちはここを守る」


「ああ」


「それと」


「何だ?」


「次に強い奴が出たら、最初から弱くしてくれ」


 クラウディアが吹き出した。


「変わり身早すぎない?」


「死ぬよりいい!」


「その答えなら合格ね」


「何の試験だよ!」


     ◇


 坑道の内部は、外よりずっと冷えていた。


 朽ちた支柱を避けながら、レクス、《銀翼》、ローディス、騎士たちが奥へ進む。


 壁には古い採掘跡が残っている。


 しかし途中から。


 別のものが混じり始めた。


「これ……」


 クラウディアが松明を近づける。


 岩壁に、黒い線が走っていた。


 自然の鉱脈ではない。


 術式だ。


 しかも一本ではない。


 奥へ進むほど数が増えていく。


「前回の祭壇より規模が大きい」


 レクスが言う。


「本体は奥?」


「たぶん」


 やがて通路が大きく開けた。


 そこは採掘坑の最深部だった。


 本来なら鉱石を集めるための空間だったのだろう。


 今は中央に、黒い石柱が立っている。


 祭壇ではない。


 柱から無数の術式が岩壁へ伸び、その一部はさらに地下へ潜っていた。


 ローディスが息を呑む。


「これが異常反応の正体か」


 レクスは近づきすぎない距離から観察した。


「違う」


「何が?」


「これも本体じゃない」


 石柱へ集まってくる魔力の流れ。


 そして、そこから出ていく流れ。


 どちらもある。


「中継点だ」


「また?」


 フィンが嫌そうな声を出す。


「ああ。旧監視塔より大きいけど、ここも途中だ」


 クラウディアが黒い線を追う。


「送ってる先は?」


 レクスは目を閉じ、魔力の方向を探った。


 北東。


 さらに遠く。


 国境の向こう。


 ただし、それだけではなかった。


「……変だな」


「何が?」


「こっちから送ってるだけじゃない」


 レクスは目を開いた。


「向こうからも何か流れてきてる」


 エルドの顔が険しくなる。


「何が?」


「魔力じゃない」


 正確な言葉が出てこない。


 冷たさに似ている。


 だが温度ではない。


 何か巨大なものが眠っている時に、その呼吸だけが地面を伝ってくるような感覚。


「……気配?」


 クラウディアが聞く。


「たぶん」


 レクスは黒い石柱を見た。


 それまで敵を見ても、能力値をどう削るかを先に考えてきた。


 今は違う。


 まだ姿さえ見えない。


 それなのに。


 まず距離を取りたいと感じた。


「レクス?」


 クラウディアが顔を覗き込む。


「どうしたの?」


「いや」


 レクスは一歩だけ後ろへ下がった。


「これ、壊す前に調べた方がいい」


「あなたがそう言うの?」


「そうだ」


 ローディスも驚いていた。


 旧監視塔では攻撃された瞬間、祭壇そのものを弱らせて破壊した男だ。


 そのレクスが。


 今は、自分から慎重になるよう求めている。


「何が気になる?」


「この先だ」


 レクスは北東を指した。


「この術式を作った奴だけじゃない」


 さらに奥。


 術式の先。


 そこに別のものがある。


「何かいる」


 誰も冗談を言わなかった。


 坑道の静けさの中。


 黒い石柱の内部で、心臓の鼓動に似た鈍い音が一度だけ響いた。

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