第8話 白鯨の整備
頑張って毎週金曜日の朝更新頑張ります!
歓迎会から数日。
レンは白鯨の整備士となるべく、連日整備仕様書と睨めっこをしていた。だが、この日は机ではなく、現場に向かっていた。
第九管理区第三種失敗兵器管理部――整備区画。
レンは朝から重いため息を吐いていた。目の前には巨大な白い機体
――AR-12 《白鯨》
局地防衛用特化型兵装であり、全長約十八メートルの人型機動兵器。歓迎会の時と同じで白い装甲は淡くゆっくりと脈動するように発光していた。
巨大な格納ハンガーの中央で静かに立っているその姿は、兵器というよりも眠っている巨人のようだった。
「……で」
レンは隣の城崎を見た。
「自分はなんで呼ばれたんですか?」
城崎は腕を組みながら豪快に笑う。
「決まってんだろ!!」
「決まってるんですか!?」
「白鯨が整備させてくれねぇからだ!」
「……え?」
レンは聞き返した。城崎の後ろでは整備兵たちが気まずそうな顔をしている。
「いやな、正確には整備だけはできるんだわ」
城崎は頭を掻きながら答えた。
「なら問題ないんじゃ……」
「ただ、最低限しかさせてもらえなくてな」
その時だった。
「班長ーー!」
遠くから声がした。声の方を見ると若い整備兵が白鯨の脚部付近で何かを操作している。
「駆動部開けまーす!!」
「おう!!!」
端末を操作。
――ガシャンッ。
白鯨の脚部装甲が少し開いた。と思った瞬間
――ピタッ
装甲が途中で止まり、閉じていく。
整備兵が固まる。
「……あれ?」
もう一度試してみる。
ガシャン。
ピタッ。
「……。」
「……。」
三度目。
ガシャン。
ピタッ。
「なんでぇ!?」
整備兵が叫び、城崎が親指でそちらを指差す。
「あんな感じだ」
「なんですかあれ。」
「お前さんが来てくれたから行けると思ったんだがな」
レンは唖然とした。
シオンが近くの端末を見ながら言った。
「レン来る前まではもっと」
「え?」
「無反応だった」
「……」
城崎を見るとニコニコとしている。嫌な予感がした。
「新人!」
「嫌です」
「まだなんも言ってねぇよ!」
「でも嫌な予感しかしないです!」
「まぁまぁまぁまぁ、とりあえず行ってこい!!」
城崎に背中を押される。
「うわっ!?」
ズンズンと白鯨の元まで押されていく。
白鯨の足元。
改めて近くで見るととてつもない圧迫感である。全長約十八メートル、見上げていると首が痛くなってくる。機体表面の装甲は揺らめくように淡く発光していた。
そして。
『…………』
頭の奥が微かに疼いた。
言葉ではない、感覚が情報として流れ込んでくる。
安心感、喜び、少しの期待。
「……まさか、ね」
レンはゆっくりと白鯨の装甲に触れてみる。
瞬間。
――ウィーン
静かな機械音と共に各部装甲が開いていく。整備兵全員が固まり、開いた口が閉じなかった。
「……」
「……」
「……」
そんな中で城崎が呟いた。
「開いた」
次々に整備兵たちも騒ぎ始める。
「開いたぞ」
「やっば」
「なんで!?」
「知らねぇよ」
もちろんレンも知らない。
いや、なんとなくはわかる。だが認めても良いものか……認めたくなかった。
『――』
まるでドヤ顔でもしているかのような感情が流れてきて、レンは呆れる。
(なんか、犬みたいだな)
そんなことを考えている時だった。
「あははははは!!!!」
城崎が大笑いをしていた。わかってはいたがとてつもなくうるさい。
「やっぱりお前だ!新人!!!」
背中をバシバシと叩きながら続ける城崎。
「白鯨、お前のこと大好きじゃねぇか!!!!」
「痛いですって!違いますよ!」
「じゃあ、どう説明すんだ?」
「……。」
説明は、出来なかった。
確かに歓迎会の時から白鯨の反応で思いあたる節はあった。レンを見ると発光が穏やかになる。レンが触ると動く。
完全に懐いているペット的な反応であった。
「……認めたくない」
「諦めろ新人」
「嫌ですよ」
諦めの悪いレンを見てシオンが言う。
「懐かれてる」
「シオンさんまで!?」
「確率九十六パーセント」
「どこから出た数字ですか!?」
「なんと、なく?」
「適当じゃないですか!!」
周囲が笑い、レンは頭を抱えた。
その間にも整備は順調に進んでいく、レンが近くにいる限り白鯨はとても素直であった。
駆動部の総点検異常なし、各種摩耗品の交換完了。冷却材、潤滑剤の入れ替えも完了。
ついでに先日の自律起動時の稼働データも回収できた。むしろ問題は別のところにあった。
「……班長」
ある整備兵が端末を持って城崎のところに来た。城崎に端末のデータを見せる。
「ん?」
「白鯨の出力なのですが、記録よりも微量に上がっていまして」
「ほほう」
レンもデータを見せてもらう。確かに微量ではあるが数値が上昇している。決して危険な数値ではない、だが明らかに変化していた。
「制御系の不良でしょうか?」
「……いや、こりゃ異常じゃねぇな」
城崎は出力データの記録を確認しながら考え込む。端末を見せてもらったシオンが淡々と言った。
「機嫌が、いいだけ」
「……は?」
「感情同期型、あり得る」
それを聞いてレンは白鯨を見上げる。装甲表面の発光が心なしか以前よりも強いような気がした。
『……。』
脳内にまた感情が流れ込んでくる。
嬉しい、安心、楽しい。
言葉ではない穏やかな感情が確かに伝わってきた。
そして不意に、脳内に映像が流れ込んでくる。白い研究室。笑っている女性。白い巨大な機体。
『よかったね』
笑顔の女性の優しい声がした。
『ひとりじゃないよ』
それは一瞬であった。レンは目を見開き考える。
「……っ。」
「どうした、新人?」
城崎が怪訝そうに聞いてきたが、レンは慌てて首を横に振る。
「なんでもないです」
胸の中が温かくも、少しだけ苦しくなった。白鯨は暗い場所にひとりぼっちでどれほど待っていたのか。自分の気持ちが通じる存在が来るのを、誰かが手をとってくれるのを……。
ふと、レンは白鯨を撫でる。装甲が淡く脈動した。
――アリガトウ
レンにはそう聞こえた気がした。
「これからよろしく、白鯨」
気がつけば自然と白鯨に話しかけていた。感慨深く白鯨を撫でていると、遠くから城崎の声が響く。
「おおい新人!!!」
レンは振り返る。
「飯!行くぞ!!」
「え?」
「整備は無事終わったぞ!!!」
「はやっ!」
気がつけば白鯨の装甲は全て閉じており、整備兵も皆撤収している。残っているのはレンと白鯨、ハンガーの出口にいる城崎だけであった。
「今日は成功祝いだ!」
城崎はガハハと笑いながらハンガーを後にする。
「なんでもかんでも祝いすぎじゃないか?それじゃあ、また後でな。白鯨。」
レンは呆れながらも白鯨に別れを告げて城崎を追った。
バタバタとした騒がしい午前だったが、レンの中では第三と、白鯨と一緒にやって行けそうだと気持ちが固まった良い時間であった。
第三のメンバーとしてレンの覚悟が決まった時であった。
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