第7話 歓迎会
白鯨騒動の翌日。
第九管理区――通称《墓場》はいつもと変わらず稼働していた。
無数の運搬ドローンが区画内を飛び回り、遠くではクレーンのようなロボットアームが巨大な兵装を分解している。
時折、地下施設全体に重低音のような振動が響く。
昨日、あれほどの騒ぎがあったにも関わらず誰も一切を気にしている様子がない。
「……なんか普通にやってるな」
レンは通路を歩きながら小さく呟いた。
なんといっても昨日は人生で一番濃い一日だった。墓場に左遷され、兵器の声を聴き、巨大兵器が迎えに出てきたり。
普通なら寝込んでいてもおかしくはない。
それなのに周囲は何事もなかったかのように時間が流れている。
むしろ、自分だけが落ち着いていない。
「来た」
向かう先でシオンが待っていた。
今日も白衣姿である。
「こっち」
案内された先は休憩室であった。
「隊長室ではないのですか?」
「違う」
「……?」
シオンから説明はないまま休憩室の扉が開かれる。
そして。
「――んぇ?」
レンは固まってしまった。
休憩室内には長机が並べられ、その上には大量のお菓子やジュース、挙句の果てには鍋に鉄板、肉や野菜などの具材が大量に並んでいた。
そして壁には手書きの紙が貼られていた。
――第三新人歓迎会!――
数秒の沈黙。
「なにこれ……」
「歓迎会」
シオンは当然のように言った。
「それは、わかるのですが」
「毎回やる」
「はぁ……?」
(ここって左遷先なんだよな。そんな頻繁に新人が来るのか?)
「歓迎会、送別会、回復祝い、生還祝い、始末書終了祝い」
「なんか、おかしいの混ざってませんか!?」
「よくある」
「そ、そうですか」
「……んぁ、騒がしいな」
力の抜けた声が聞こえた。
声の方を見るとソファに灰崎が座っていた。いや、正確には半分横になる形で倒れていた。
目の下には酷いクマ、髪は乱れ、シャツには若干皺が寄っている。成仏寸前といった感じだ。
「た、隊長!?」
「……おー、レンか……」
灰崎は力無くゆっくりと言葉を紡ぐ。
「人間ってな……文字を見続けると、文字が……動き始めるんだ」
「大丈夫、ですか?」
「そう……見えるかい……?」
「……いえ、まったく。」
「ふふ……報告書もな、三十枚を超えてくると増殖するんだ」
「はぁ……?」
「ごめんなさいね」
入口の方から、初めて聞く女性の柔らかい声がした。長い黒髪に落ち着いた雰囲気、軍服の上からでもわかるほど整ったスタイル。その人物は優しい雰囲気を纏った人であった。
「初めまして、東雲真琴です。
第三種失敗兵器管理部で副官をしております。」
穏やかに微笑みながらレンに近づいてくる。
「よろしくお願いしますね。久城くん」
「あ!はい!!」
レンは思わず姿勢を正す。
今まで会った人たちの癖が強すぎたせいかもしれないが、東雲はとても安心感があった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「は、はい」
東雲は優しい笑顔のまま続けた。
「灰崎さん、今はこうなってますけど普段はしっかりしてるんですよ?」
「……フォローになってない……」
灰崎が死んでる声でぼやく。
東雲は苦笑した。
「朝まで始末書と報告書を書いてたみたいなんです」
「朝まで……ですか」
「えぇ、隊長室で最後の一枚を書き終えたまま寝てたので、おそらくですが」
灰崎を見ると見事に寝落ちしていた。
さっきまでは頑張って喋っていたがやはり限界だったようだ。
そうこうしていると、地響きのような聞き慣れない声がした。
「おおおおおおっ!新人!!来たかあ!!!!」
レンはビクッとして振り返る。
大きい、とにかく大きい、作業服を着た男がいた。肩幅がでかい、腕も太い、もちろん背も高い。顔は厳ついのにやたらと明るい笑顔の男。
「城崎剛だ!」
豪快に笑いながら近づいてきて、レンの肩をバシバシ叩きながら続けた。
「整備班の班長をしている!お前さんの上司だ!よろしく!!」
「うぐっ……久城、レンです」
レンはその圧に圧倒されながらなんとか名乗る。
城崎とそのまま握手を交わす。が、次の瞬間。
「いっっっっっっ!?」
骨が鳴った気がした。
「おっと、悪い悪い!!」
城崎が笑いながら謝り、周囲から笑い声があがった。
「ちょっ、班長ー!力入りすぎだって!!」
「加減してくださいよ〜!!」
城崎はそのままレンの肩を組み、またガハハと言った。
「まぁ、安心しろ!ここには変な奴しかいねぇ!!」
「安心できませんよ!」
そのまま鍋の方へと向かう。
「大丈夫だ!慣れる慣れる!!」
豪快に笑う城崎。
その後の歓迎会も終始騒がしかった。変な人ばかりだし、昨日までなら絶対に疲れていただろう。
でも、不思議と嫌ではなかった。
大盛り上がりの歓迎会中盤。
休憩室に常設されている端末が小さく音を鳴らした。
――ピッ。
シオンが端末を見る。数秒沈黙ののち、言った。
「白鯨、低出力起動」
その場の全員が固まる。寝ていたはずの灰崎も目を開けていた。先ほどまでの盛り上がりが嘘のように、休憩室を静寂が染める。
その中でシオンはいつもと変わらぬ様子で続けた。
「レン、呼んでる」
「……は?」
「歓迎会、気になるらしい」
全員が呆けた顔をしている。
静かになった休憩室で鍋の音と肉の焼ける音が徐々に大きくなっていった。
そして、城崎が吹き出した。
灰崎も笑った。
東雲まで口元を抑えている。
みんなが笑いだし、休憩室はまた時間が動き出した。
「レンはあとで白鯨のところに行ってきてね」
灰崎はすっかり目が覚めてしまったのか、レンに一言述べたら鍋をつつきに移動していった。
賑やかで騒がしい休憩室。
その窓の向こう、遠く離れた格納区画で
白い巨人が、ほんの少しだけ嬉しそうに発光した気がした。
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