第6話 残された願い
レンの視界が揺れた。
白く大きな部屋、その一角は先の研究室のようになっていた。
積み上がった資料、乱雑に広げられた設計図、多数のモニターに表示される膨大な量の数値。
そして目の前には自分に触れている白衣の女性がいた。
震えている。肩も、声も。
『お願い……』
声と共に涙が落ちた。
『もう……誰も死なせないで』
次の瞬間、猛烈な悲しみと共に視界が弾けた。
先ほどまでの綺麗な白い壁ではない、無機質で少し埃っぽい床が見える。
『――ッ!」
誰かが声をあげているが、よくわからない。
今は大切な何かを失った喪失感、そしてそれはもう取り戻せないという猛烈な悲しみに支配されていた。
「――久城っ!!!!」
唐突に肩を揺さぶられ、レンは現実に戻ってきた。
顔を上げると視界に灰崎が映り、大声で名前を呼んでいる。
その後ろではシオンが二人を庇うように白鯨との間に立っていた。
「は、はい」
レンは視線を動かす、白鯨は手を伸ばしたまま変わっていない。おそらく先ほどのは一瞬の出来事だったのだろう。
「また聞こえたのかい」
意識が戻ったとわかり、安心した灰崎は落ち着いた声で問いかける。
レンは呼吸を整えながら頷いた。
「聞こえたというより、見えました」
「――!?一体何を見た」
「……開発者、だったと思います。」
レンは頭を抑える。
記憶が曖昧で鮮明には思い出せない。
だが、感情だけは強く残っていた。
悲しみ、後悔、そして強い願い。
「でも……、この子が人を傷つけたくないのはわかりました」
レンは白鯨を見る。
巨大な白い機体は動かない。
持ち上げた手も、掌を上にこちらに差し出した状態で止まっている。
静寂――
シオンが振り返って言った。
「それは知ってる」
「え?」
「だから失敗した」
シオンは淡々とした声だった。
そうだ、白鯨は戦場で敵兵までも守ったと灰崎が言っていた。
ではなぜ、今こんなことをしたのか。
レンは周りを見渡す、よく見るとシオンは盾のみを構え、武装はしまっていた。
灰崎も両の手に何も持っていない。
「戦闘の意思はなさそうなんですか」
「あぁ、実はそれは元々わかってはいたんだ」
灰崎はごめんねといった雰囲気で言った。
「白鯨が人を傷つけたことは過去に一度もないんだよ」
呆気に取られるレン。
あれほど脅すようなことを言っていたにも関わらずそんなことがあるだろうか。
はっとしてシオンを凝視する。
「命令は絶対」
こいつらっ――
「まぁまぁまぁ、脅したのは悪かった。だが、実際白鯨が隔壁を破壊するなんてことは初めてなんだよ。なぜそんなことをしたのか、それは調べなければならない。」
灰崎が少し真面目なトーンで言った。
言いたいことは沢山あるが、とりあえずは目の前の白鯨だ。灰崎の雰囲気ではおそらく警報は本物で破壊行為の原因は今の所不明なのだろう。
――ギギギ
白鯨の頭部センサーが音を立てながらこちらを向いた。
『――――』
脳裏に今までにない強さの安心感が伝わってきた。白鯨はレンを見つけるや否や、ゆっくりと立ち上がった。
シオンが盾を構え直し、腰の銃に手を添える。
だが、白鯨の動きは本当にゆっくりであり、その動きに害意はないように見えた。
自然とレンも白鯨に近づいていった。シオンは止めようとしたが、灰崎がそれを制す。
レンが白鯨の元に辿り着く、白鯨も動きを止め、ジッとレンを見ているかのようだ。
白鯨はゆっくりとしゃがむ。その動きはゆっくりであり、各駆動部からは悲鳴のような異音が鳴っていた。
レンは白鯨の装甲に触れる。すると白鯨の装甲が脈動するように淡く発光した。
『オム……カエ』
「……っ!」
レンは装甲に触れたまま、振り返り灰崎達に叫んだ。
「お迎え、だそうです!」
灰崎は面食らい、笑ってしまった。
「はははっ、なるほど。そういうことか」
白鯨はレンを迎えに行くために隔壁を破壊して出てきたようだ。
灰崎とシオンは白鯨と邂逅した時の違和感に納得がいった。どうりで隔壁以外が全くの無傷だったわけだ。
合点が行き、二人も白鯨の元へと向かう。
「やっぱり白鯨は安全な子だったね」
「そう、でも迷惑」
灰崎は白鯨に近づきながらも、その後ろでグニャグニャにひしゃげている隔壁を見てため息を吐くのであった。
この数時間後、灰崎は大量の始末書と報告書と格闘して燃え尽きたそうだ。
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